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第7章 ふたりの賢人


アドリア王国の書物を管理する二大巨頭である王立図書館の名誉館長であり、バサラッド王立大学の名誉理事長をも兼任するクロフォード・リンデンバーグと、王宮の書庫管長であるジョスラン・バルビエは宮廷の一室で膝を交えていた。


「『黙示録』の状況はどうなっておる?」


「現在、王太女殿下からハイヒューマン殿に依頼を懇願されておる最中である。場所が場所だけに・・・何とか引き受けてもらえると良いのじゃが!」


「うむ、彼なら心配はなかろうて!必ずわしらの期待に応えてくれるだろうよ~ふほっほ」


「そうであることを願っておる・・・」


クロフォードとジョスランは旧知の仲だった。

正確には幼馴染の二人であった。二人して幼い頃からこの世界に広がる万物に興味を持ち、それが何故そうなるのかをお互いが納得がいくまで意見を交わしながら育ってきた。

クロフォードは大学で人間学や文化学を、ジョスランは歴史学や地勢学を専攻し、それぞれの得意な分野へと進んで行った。そして紆余曲折を重ねながら現在に至っている。

そういう流れから若かりし日のクロフォードは、学問を追究する為にエルフの森のホランドに師事し、『コトワリ』に深く触れていった経歴がある。



「それはそうと、選定地なんじゃが・・・お前さんは何故なにゆえにそこを選んだのじゃ?」


「ほほっほ、これはのぉ~頑なまでに文献を重視し信仰する学者たちが絶対に対象外にするだろうと思われるものを敢えて選んでみたのじゃよ!」


クロフォードはこの広い大陸に針を落とすような状況下で、ジョスランが『黙示録』の封印場所をピンポイントに選定したことに興味が湧いていた。

そんな彼の興味に対し、ジョスランは研究者の端くれとしては全くセオリーを無視した異端的な方向からアプローチを掛けたことを述べた。

頭の固い者には浮かばない発想なんだろう。伊達に管長などという大職を担っていないということだ。


「ほぉ~~興味深いのぉ~・・・それはどんな事なんじゃ?」


「女だよ!」


「女?それは女性ってことか?」


「そうだ!預言者シュトラウスは旅好きだったのと同時に無類の女好きだったのじゃ!」


ジョスランは笑いながらクロフォードに言った。


「なるほど!預言者という表の顔と放蕩者という裏の顔か・・・さすがにお前さんは目の付け所が違うのぉ~ほほっほ」


「お前もそう思うか?これは一種の博打みたいなもんじゃが、研究者というものは史実に捕らわれ過ぎて結果や事実からしか物事を判断できぬ傾向が強いのじゃ。過っての私もお前もそうじゃったようにな!ほほっ」


「そうじゃのぉ~それは確かじゃ!史実に沿ったものしか見えぬところはあるわいのぉ~視点を変えた物の捉え方は異説であり邪説にされたりのぉ~ふはっは」


二人とも今では笑って語れることなんだろうが、学生の頃はそれなりに苦労をしていたようだ。

正解在りきのところに別視点から物事を見ることは邪推な考え方としか捉えて貰えなかったのであろう。


「そんな過去の文献は正義だとしか捉えない学者たちが好色に耽るシュトラウスのそんな部分を研究すると思うか?」


「余程の物好きか異端児でない限り、そんな部分の研究に価値を見い出し没頭したりはせぬわなぁ~~」


「そこで真面目な部分のシュトラウスを追うのではなく、怠惰に耽る部分のシュトラウスに研究の対象を移してみたんじゃよ・・・」


クロフォードは思った。この発想の転換はジョスランにしか出来ぬと・・・柔軟な発想ができる彼だからこそなんだろう。

正統性を競いたいやからには絶対に無理だろう。それは今までの自分の研究を全否定することになるからだ。


「それは面白いのぉ~案外的を得てるかも知れんぞ!」


「そうであれば良いがのぉ~」


「女好きとなれば、旅の道程でいくらでも浮いた話があるだろうが・・・それと『黙示録』の隠し場所と何ぞ関連性があるのか?」


「そこが味噌なんじゃがなぁ~~実はお前が言うところの異端児が一人居たんだよ。シュトラウスの付き人で弟子の一人だったマーロフという者が・・・」


ジョスランはクロフォードが自分の見解を肯定してくれることが実に嬉しかった。

遠き昔の二人に戻ったような感覚を懐かしみながら話を続けた。


「学術的に優れた説を唱えたわけでは無いので見落されてきたそのマーロフが『預言者の旅日記』なる書物を執筆していたのじゃ!」


「ほぉ~・・・して内容は?」


「くだらん女性遍歴であったわぁ~まぁ師の暴露本みたいなものじゃな!シュトラウスの死後、思い出したように執筆したようだ」


「興味があるのぉ~その書物に目を通してみたいものじゃ!」


「お前は心理学とか人間学やってたから判るだろうが・・・男とは女には甘いもんだと改めて良ぉ~く理解できたわ!ほほっほ」


「参考にしたいものじゃのぉ~まだまだわしも捨てたもんじゃないぞ!」


「色恋に歳は関係ないからのぉ~ふははっは」


「ふほほっほ~・・・」


二人に師事してる弟子や研究員がこの光景を見れば絶句するだろう。

賢人とまで謳われるふたりが腹を捻じりながら笑いこけているのだから・・・



・・・・・・・・



「マーロフの『預言者の旅日記』に登場する女性の中で一人だけ気になる者がいたのだが・・・これがのぉ~ある貴族の令嬢でな、好色のシュトラウスではあったが、どうしても口説けなかったのじゃ!」


「ほぉ~~」


「地図を見てくれるか?・・・」


ジョスランはそういうと大陸地図をテーブルに広げた。

預言者シュトラウスが活動していた時期は、大ローラン帝国の首都が大陸中央部のファーナムに移されて数十年経ていたが、その西方域ではすでに独立した国が現れだし、所謂いわゆる混迷期と呼ばれる時代へと突入し始めた頃であった。


「書き記された日記では、シュトラウスはファーナムからまず北へ進み、そこからは時計回りに各主要都市を数年掛けて旅しておるんじゃが・・・ところが旅の途中で神から『託宣』を授けられたという記述が日記には一切ないのじゃ。ということは、旅に出る前にすでに授けられていた可能性が高いと思われる」


「ふむ・・・その根拠はあるのか?」


「その時期は特定出来んが、マーロフがシュトラウスに師事するということは・・・すでに『託宣』を授けられた人物として評判になっていたからではないかと考えてみたのじゃ!」


「なるほど・・・そうかも知れんの!」


「シュトラウスの表の顔は名得手の歴史学者であったが、『託宣』については伝聞でさえも痕跡がないのだ!だから『創生記』を編纂した弟子のマクウェルやその他の弟子たちの前で『託宣』を授かったと伝えたことが広がっていったのではないかと推測できるのだが・・・お前はどう考える?」


「『託宣』の痕跡については、知る者ぞ知るではないが・・・現在伝わってきている『コトワリ』ではないかとわしは考えておる。ただそれは民間伝承として不特定多数の人間が知り得る部分と、シュトラウス自身が故意に秘匿した部分があったのではないだろうか・・・それが『伝説の黙示録』に記された部分であろうと思っとる。だからマクウェルは師の記した『黙示録』の存在は知っていたが内容も封印場所も書き残せなかったのだろうよ!」


「あぁ~~~そこには気付かなかったわい!」


「わしの『黙示録』に対しての見解は、公にできぬ部分のみを抜粋して書き記してあるものだと思っておる。だからこそ誰もが手にしたいんじゃろうなぁ~」


「うむ。お前さんの見解はもっともだと思う。目から鱗が落ちた気分じゃ!」


「ほほっ~わしらもまだ二人合わせて一人前のレベルなんじゃろうて~・・・」


「かも知れんのぉ~・・・まだまだヒヨっ子の部類じゃなぁ~ほほっほ」



クロフォードもジョスランも学術界の巨頭であり、偉大なる賢人であると誰もが認めるふたりではあるが、そんな彼らを以ってしても学問は突き詰められない。

それほどまでに奥が深いのであろう。

過去の文献を紐解くということは己の推理をもって解釈していかねばならぬことばかりだ。

どこに正解があるのか、何を述べたかったのかは記した本人でなければ解りえぬこと・・・だからそれをひとつひとつ解いていく作業が必要になる。

でもそれが苦にならなかった二人だからこそ今があるのだろう・・・


「さて、先ほど口にしていた令嬢の件はどうなったんじゃ?」


「そうであったのぉ~・・・ファーナムからだと500Kキルカ南にポートルースという街があってな・・・現在のロンバルディア皇国の首都になっている場所だが、彼の当時は公爵家の持領だった街でな、そこに避暑を兼てかどうかは知らぬが公爵一家が静養に来ていたのじゃ。その街へ辿り着いていたシュトラウスは高名な学者であり預言者がこの街を訪れていると噂が立ち、それを聞きつけた公爵が別荘へと彼を招いたようだ。そこで出会ったのがその令嬢なんだよ」


「ふむ・・・確かシュトラウスは生涯独身であったな?」


「そうだ。そう認識しておる。だから訪れた街々で好色三昧していたのだろうよ~ほほっ」


「なるほど、そしてこの令嬢にまつわる話が選定地をお前さんが推理し絞り込んだ理由なんだな?」


「ふほっほ・・・そうなるの!」


脇の小テーブルに置かれたカップに手を伸ばし、ジョスランは自分の推理をクロフォードに伝える為に喉を潤した。


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