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第5章 預言者シュトラウス


「過ってこのヴィクトリア大陸は今のように多数の国が乱立している状態では無く一国によって統一がなされていました。東西にすれば何千(キルカ)に渡る正に太陽が沈まぬ一大帝国であったようです。その国の名を『大ローラン帝国』と呼び、首都は我がアドリア王国の首都ともなっておりますこのバサラッドに置かれていたのです」


ジョスランは地図を指し示し、俺とマリナの顔を交互に見ながら説明を続けた。


「この『大ローラン帝国』は交易を主にいろんな文化や学術が流れ込みとても繁栄した国だったようです。それ故にこのバサラッドには他の国以上に起源になるものや遺跡が無数残されておるわけです。ところが人間族とは厄介な種族でして・・・いくら繁栄しておろうが生活が向上しようが、今より高みがあるはずだと思考する傾向がありましてなぁ~解放だの自由だなどと叫びたくなるようで!まぁ~欲深いと言いますかのぉ~~ふははっ」


俺もマリナもその見解に大きく頷いた。

そんなふたりにジョスランは目を細めながら優しい微笑みを浮かべた。


「次第に首都から遠方になる地域ほど独立の機運が高まり、徐々に帝国は分割されて行ったのです。広大な大陸を一国が支配するという離れ業も限界だったのでしょう。それにバサラッドはこの大陸の東端ですので、当然首都から離れた地域ではそういうことが起こっても不思議でも無かったと思われます。そこまで目が届かなかったのでしょうなぁ~そんな各地の独立機運が高まる中、時の皇帝は帝国の威厳と権威を取り戻す為に首都を移されたのです。大陸中央部へと・・・」


「それが現在のアバディーン王国の首都ファーナムということか・・・」


マリナはジョスランの説明に口を挿んだ。

学生時代に齧った歴史の一部分が蘇ってきたのだろう。


「そうです。初期~大栄華期の首都はバサラッド、混迷期~崩壊期までの首都はファーナムとお考え戴ければ良いかと思います。そしてファーナムには帝国の終焉までの首都であったが故に、残された遺物も多数あると考えられます。それに託宣された時期は特定できませんが、預言者シュトラウスはファーナム出身であることは判明しております」


「わたしは転移者ですので、この世界の歴史に関しては全く無知でありますが・・・今の管長のお話を聞いておりますと、『黙示録』はそのファーナム周辺のどこかに存在していると言うことでしょうか?」


俺の質問にジョスランはニヤリと笑った。


「そうであれば話は簡単なのでありましょうが・・・預言者シュトラウスは無類の旅好きであったようで、どの地で『神の託宣』を授けられたのか判明しないのです。またどの地で授けられたとしてもどこで『黙示録』を書き記したのか・・・そこも謎なのです」


「なるほど・・・」


「またそれに書き記した場所と『黙示録』を封印した場所が同じだとも限りませんしなぁ~なかなかに難解でございます。ほほっほ」


そこまで説明し終わるとジョスランはマリナに話の主導を渡すかのように、中腰に地図を指し示していた姿勢からゆっくりソファーへと腰を下ろした。


「今までの話ではショーヘイ殿の言われるように雲をも掴む話で終わってしまうだろうが・・・うちの書庫の研究者たちが数多くの文献を紐解いた結果、可能性の高そうな場所を選定してくれたのじゃ!」


「えっ?!それは凄いことですねぇ~」


「まぁ~実際そこに『黙示録』が存在しているのかどうかは判りませんが・・・シュトラウスの人物像を追いかけているうちに彼の一定のパターンを見つけたのです。それを他国の研究者が気付いたのかどうかは判りませんが、今だに発見されたという情報を耳にしませんので気付いていない可能性もあります。気付く気付かない以前にうちが辿り着いた方向が全くのお門違いなのやも知れませんがのぉ~ほほっほ」


ジョスランは独り高笑いしながら話を続けた。


「如何せん『黙示録』に関連させる文献は膨大ですからの~どの方向から取り組んで行くかです。だから、うちはうちなりのアプローチを掛けてみたのです。それが正解なのかはたまた不正解なのかは今は判断できかねますがな!」


「よって、我が国は我が国の解釈でもって『黙示録』探しをしたいのじゃ!どうであろう?」


管長の話の区切りにマリナは言葉を付け加えた。

そして俺の顔を凝視するかのようにじっと見つめた。

そんな彼女に、俺はもうひとつ確かめたいことがあった。


「お話は何となく見えてきました。ところで・・・マリナさまにもうひとつ確認したいことがあります!」


「何であろうか?・・・」


「この話が俺に回ってくるということは・・・探索なり捜索なりできる部門を組織できる力も人材もありながらそれを為されないということは、話の流れからもその選定地が国内では無く国外と考えて宜しいのですね?」


「・・・・」


「・・・・」


「・・・ご明答である。王国内であれば秘密裡であっても探索隊を組織できるが、国外となればそれは不可能じゃ!だから信頼のできる者に委ねたいと考えたのじゃ・・・」


即答するのに躊躇いがあったのか、俺の指摘に詰まったのか言葉を少し考えるようにマリナは口を開いた。

やはり部下に命令するのでは無く、友人に依頼することに心苦しさもあるのであろう。


「それが俺たち夫婦であると・・・いうことですか?」


「その通りである。全く以って迷惑千万な依頼事だと思われるだろうが・・・妾に力を貸して貰えないであろうか~ショーヘイ殿」


マリナはショーヘイに向かって深々と頭を下げた。


王太女という立場上、他国に先駆けられることは、屈辱であるというような安っぽい観念ではなく、それは絶対にあってはならない、どんなに足掻こうとも避けなければならないという使命感にも似た思いを抱いていた。

だから、ショーヘイに言われたように『この国が利用しないという保証は無い』という手厳しい疑念は、王太女の立場としても友としての立ち位置に於いても心に突き刺さった。

でもそう思われて当然のことである。

だから・・・誓いたかった。ハイヒューマンであるショーヘイに、友と思ってくれるショーヘイには誓いたかった。

そして心から願う。この探索を、この『封印』しておきたいという願いに協力して欲しいと・・・この世界を喧噪の渦に巻き込んではならない。そんなことはあってはならないことなのだ。



・・・・・・・・



王太女府から出て、中庭を城門へと歩いてゆく。

この春のうららかな青空とは真逆に、俺の心はマリナの思いに応えるべきかどうかで雲が重くし掛かるように曇っていた。

アニーはサーシャのことで手一杯であることは分かり切っていることだ。

増して慣れぬ国外へ赴くということはより一層に負担を掛ける。

この依頼を請けるなら・・・俺ひとりで行く気持ちを固めておかないといけないであろう。

そんなことを思い浮かべながら歩いた。


「お~~い、ショーヘイ!」


俺の名を呼ぶその声に振り返える。

ロークが小走りで駆け寄ってくる姿が目に入った。

いっぱしの騎士たる姿格好だ。仕官5年にもなれば当然ながら鎧姿も板についていた。

俺はその場で立ち止まり、ロークの方へと笑顔で軽く手を上げた。


「マリナさまのところへ行っていたのか?・・・」


ロークは俺の傍らに立ち、息を整えてそう言葉にした。


「あぁ~ちょっとな!・・・」


「相談事でもあったのか?」


「まぁ、そんなところだ・・・少し厄介な相談だったがなぁ~ははっ」


「そうか・・・」


「実はなぁ~俺も今から王太女府へ行くんだ。呼びつけられてさ~~何を言われることやら~がはっ」


ロークは少し顔をしかめながらも笑みをこぼした。

呼び出しは毎度のことなのだろう。


「そうなんだ~・・・俺は今から家に帰るよ。それよりフローラもシェリルも元気か?」


「お陰さんでなぁ~~仕事がら起きている時に相手してやれないのがちょっと淋しいけど、スクスク育っているわぁ~お前のところは?」


「おませになってきたよ!良く喋るし賑やかな毎日さ~ははっ」


「そうかそうか~またさ今度一緒に飲もうやぁ~!」


「それもイイかもなぁ~」


「あぁ、また連絡するな!取り敢えず、姫が怒ると怖いから執務室へ行ってくるわぁ~~じゃあな!」


ロークはそう言葉にすると俺の肩をポンッと軽く叩いた。

そして笑顔を浮かべながらまた小走りで俺が歩いて来た方向へと駆け出し始めた。

そんな彼の後姿を微笑みながら目で追った。


重い気分はとてもじゃないが晴れそうにないが、それでもロークと言葉を交わしたことで少し軽くなった気がした。

友達って本当にイイもんなんだ。

元の世界の俺には友達と呼べる間柄の奴が居なかった。居なかったというより欲して無かったんだと思う。

そんな奴が居ても居なくてもルーティンワークのように繰り返される味気ない日々には関係なかった。

今思えば・・・淋しいつまらない人間だったんだろう。


今さらながらにそう思い返すと・・・180度変化した人生だけど本当にこの世界へ来れてよかった。

心からそう感じる。




『人間は変わることが出来るんだ!』

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