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第4章 王太女からの言質


王宮の中庭にも桜の木が数本植樹されていた。

満開の薄ピンクの花びらが緑濃き芝生に映える美しい光景が広がっている。

そして風に吹かれ舞うその花びらのさまは何とも日本人ならではの『び』を知る者にしか味わえない儚さ感を漂わせていた。


そんな束の間の想いに耽りながら、俺は宮廷内を王太女府へと向かう。

王城が連なる棟の東側に建つマリナの居住兼執務室へと入る。

事務官に通され彼女が待つ部屋へと足を踏み入れた。


「ショーヘイ殿、お待ちしておりました!」


「しばらく振りです!」


「そうであるなぁ~、さぁさ~こちらへ!」


マリナは俺の返事に頷きながら笑顔でソファーへと手招きした。

質素な作りの中であっても厳かさをどこか感じさせる部屋の中は俺とマリナのふたりだけだった。

秘密裡に進めたい話に部外者はいらないという腹なんだろう。

ふたりは同時に、座り心地の良さそうなソファーへと向かい合わせに腰を下ろした。


「リンデンバーグ館長から話の内容はお聞き下さったと思うが・・・」


俺はマリナの最初のひと言に苦笑いを浮かべてしまった。


「マリナさま~~俺への敬語はヤメにしましょうよ。実際、そんな堅苦しい関係じゃないんですから~・・・これまでのマリナさまで居て下さい!」


「あはっ、それもそうじゃなぁ~・・・でもそなたがハイヒューマンであり、わらわと国の支え処になっておるのは否めない。こんな程度のことでは気が咎める。せめてわらわの気持ちとしてさせて欲しい」


「はいはい、では公式の場以外は友達の関係で願います!」


「あい解った!そうさせてもらうことにする。あはっ」


マリナも24歳になっている。

年々貫禄と共に美しさも増してきたように感じられる。

女性とは不思議な生き物だ。何に感応してそうなるのか・・・本当に姿形が怖ろしく変化していく。

そんな彼女に縁談話があるのかどうかは知らないが、王太女としてもそろそろ伴侶を迎えるには適齢期になってきていた。


「アニー殿もサーシャ殿も息災無いか?」


「はい。サーシャに梃子摺りながら日々を忙しく流しております。ははっ」


「そうか~~何かアニー殿の幸せそうな顔が浮かぶわぁ~・・・また昔みたいにみんなと席を囲みたい気分じゃ!あはっ」


「そうですね。またいつの日かみんなで席を囲みましょう!それはそうと・・・」


「そうじゃった!肝心な話をせねばならぬわぁ~」


「概ねの話は館長から伺っております」


「有り難い!実は書庫の整理中、ふとしたことから『創生記』なる書物が見つかったのじゃ!内容は実に興味深いものだったのだが・・・」


「その書物の中に『伝説の黙示録』なるものの記載があったということですね?」


今回の依頼の発端がここにあったわけだ。

発見した書物を紐解くことで『伝説の黙示録』の存在が明らかになったということなんだろう。


「その通りである!」


「それを俺に探して欲しいということですか?」


「・・・結論から言えばそう願いたいと思っておる」


マリナは少し心苦しそうな表情を浮かべて言葉にした。

そして俺の顔をまじまじと見つめた。

そんな彼女の視線を真摯に受け止め、ひと呼吸置いてから俺は口を開いた。


「俺が引き受ける引き受けない以前の問題として、ひとつマリナさまに確認しておきたいことがあります!」


館長との会話の中でも感じたことであったが、どうしてもその真意をマリナに確かめたいことが俺にはあった。

彼女の考え方、返答次第では引き受けないでおこうとさえ思っている。それだけ拘りのある大切な確認事項だった。


「何であろうか?・・・」


「館長のお話の中で他国の手に渡してはいけないとの言葉がありましたが、それはこの国に於いても然りなのではないのですか?」


「・・・・」


痛いところを突かれたのか、もしくは懸念を抱かさせてしまうだろうと予測していたのか、マリナは俺のその言葉を受け止めるかのように目を伏せ暫し沈黙した。

そんな彼女を見つめながら俺は言葉を続けた。


「他国に悪用なり利用されるのを防がねばならないということは理解できます。しかし、その『黙示録』なるものをこの国が利用しないという保証はどこにも無いのではないでしょうか?」


「ショーヘイ殿の疑問最もである。そう思われても致し方ない・・・が、しかし、わらわはそなたに誓う!妾の目の黒い内は絶対にそんなものを利用しない。そして妾亡き後の世でもそなたらが居る限り、それを防ぐこともできる。だから・・・他国の手では無く、妾とそなたらの手で秘密裡に管理しておきたいと考えたのじゃ!」


マリナは目元を引き締め、思いを込めた言葉で気持ちを伝えてきた。

彼女の性格だ・・・何が嫌いかと言えば言い訳だろう。

だから本音を包み隠さず言ってくれたのだろうと思う。


根底にある考え方は理解できた。そして彼女の覚悟も判った。

確かに俺やアニーは悠久の時を流し続けるであろう。マリナが存在しない後の世を信頼され託されても有難迷惑ではあるが、それも俺たちの『役割』なのかも知れない。

しかし、何故に今さらそんな管理の難しい『黙示録』に拘るのかという疑問も同時に浮かんだ。


「お考えは理解できます。でもマリナさま・・・ならば何百年も所在が行方知れずになって平和が保たれてきたものを今さらながらに何故なにゆえ掘り起こすのですか?」


「確かに『触らぬ神に祟り無し』だと思うが、この『創生記』なる本は複本なのじゃ!複本であるということは・・・他国のどこかにも同じ書物が存在すると考えなければならぬ。もうすでに『黙示録』探しを何十年も前から始めておる国があるやも知れぬということなのじゃ」


「でも見つかっていないと・・・そういうことですね?」


「その通りである。『創生記』に所在が記されているわけではないのじゃ。よってそれに関連する書物も紐解かねばならない・・・だから時間を要して当たり前なのかも知れぬ」


「そんな雲を掴むような話を俺やアニーに依頼されて発見できると思われるのですか?」


当然ながら俺としたらそう言わざるを得ない。

所在も何も全く情報の無い中で探し出すなんてことは奇跡さえも起こらない気がした。

そんな俺の反応に対し、マリナは少し微笑みを浮かべながら2、3度頷いた。


「その疑問もっともだと思う。しかし・・・実は『創生記』が見つかるまでも『伝説の黙示録』に関しては昔から噂があったのじゃ。だから書庫ではある程度の研究も以前からなされてきた。そんな中で存在を確証するような書物が今回明らかになったのじゃ!」


「なるほど・・・」


「雲をも掴む話には代わりはないが・・・全くもって何も情報が無いわけではないのだ」


何となく呑み込めてきた。

以前から『黙示録』については研究がなされてきたということ。

そして今回発見された『創生記』が複本であることが判明した為、急がねばならないという焦燥感が渦巻いているということであろう。



コン、コン



「入ってくれ!」


ドアをノックする音にマリナは即座に応答した。


痩せ型の白髪の老人がドアを開け部屋の中へと進んで来た。

そして俺たちが腰かけるソファーの前に立った。


「ショーヘイ殿、紹介しておこう。王室の蔵書庫の責任者である書庫管長のジョスラン・バルビエだ!」


「ほほっほ、お初にお目に掛かります。書庫を任されておりますジョスラン・バルビエでございます。ハイヒューマン殿にお会いできるとは光栄至極でございまする」


「あ、いえ、こちらこそ。ショーヘイ・クガと申します」


俺は彼の挨拶に慌ててその場で立ち上がり、頭を軽く下げながら挨拶を交わした。

彼はにこやかな笑顔で同じく会釈で応えてくれた。

この国の書物を管理するツートップと懇意になれるとは・・・元の世界では絶対に考えられないことだし、今さらながらに自分の環境変化が可笑しくなってしまう。


「ショーヘイ殿も管長も座ってたもれ!」


「『黙示録』に関する触りなど大まかな話の流れはショーヘイ殿に説明しておいた。後は管長の方から伝えなければばらぬことをお願いしたい。重複しても構わぬので重要な部分の話を頼みたい」


マリナはふたりを座らせながら管長に俺との会話の流れを簡単に説明した。


「解りました。まず所在を絞る前にお話をしておかなければならないことがあります」


「はい・・・」


「これは王太女殿下にも聞いていただきたい!」


「あい解った!」


書庫管長のジョスラン・バルビエは小脇に抱えていたこの大陸の地図をテーブル一杯に広げた。

俺にとってもこの世界に来て初めて見る代物だった。

かなり細かいところまで記載されているように見えたが、元の世界のような正確さがあるのかどうかは不明だ。

ジョスランはコーンになった小さな置物をポケットから取り出し、アドリア王国の首都バサラッドが記された位置にセットした。



春うららかな陽気に誘われた風が、開け放たれた大窓から執務室へとすうっと吹き込んでくる。

心地よいはずの風なのに、これからの事を考えるとどこか気分的に気怠く感じられてしまった。


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