第3章 黙示録の存在
「おぉ~サーシャも来てくれたのかぁ~」
「じぃじー、サーシャも来たよぉ~!」
「大きくなったのぉ~~お前さんはお母さんに似て美人じゃわい!ほほっほ」
名誉館長はサーシャを抱きかかえながら嬉しそうな笑顔を浮かべている。
それはまるで久しぶりに訪ねて来た孫やひ孫を幸せそうな顔で迎える好々爺そのものだった。
本当ならメイスカヤの子供をこういう風に抱きかかえたかったんだろうとは思う。
「館長、至急の要件とは・・・何があったのですか?」
「それじゃがの・・・」
好々爺はサーシャをアニーに預けながらソファーに腰を下ろした。
同じく俺も、そしてサーシャを抱かえたアニーも館長と向かい合わせに座るように腰を下ろす。
「マリナさまからもメールを戴きました。何かが見つかったようで・・・」
「うむ、そうなんじゃ!君は『黙示録』というものを知っておるか?」
「黙示録・・・ですか?」
元の世界では確か聖書に『ヨハネの黙示録』なるものがあったような記憶はあるが、それが何であったのかも内容も全く以って知らない。
「『黙示録』というのはな、神が選ばれた預言者に与えたとする『秘密の暴露』、またそれを記録したものを指してそう言うんじゃが・・・」
「神との会話のメモとか記録本なのですか?」
「簡単に言うとそうなるの!」
「それはこの世界でいう『創造神』が預言者に伝えたということでしょうか?」
「実際、手に取って確認できたわけでないから内容も何もよくわからんのじゃが・・・『創造神』がお話になられたことなら『この世界の理』はもちろんのこと、この世界の成り立ちまで触れておられるだろう・・・それに未来に関することなんぞもな!」
「その『黙示録』そのものが見つかったのではないのですか?」
「いや、『黙示録』自体は発見されてないが、書庫の蔵書の中からその存在を匂わす重要な文献が見つかったのじゃ!」
「なるほど・・・そこまでは理解できましたが、何故それが急ぎの要件になるのでしょうか?」
俺には疑問でしかなかった。
文献が見つかったこととメールが2件同時に届いたこととの関連性がイマイチ理解できなかった。
そんな俺の疑問はさも当然だろうと言わんばかりの表情で好々爺は笑みを浮かべた。
「ざっくばらんに言うと・・・この世界のすべての『理』の起源だからじゃ!ほほっほ」
「あぁ~・・・何となく解りました」
「これを手に入れることで、この世界を、もっと端的に言うとこの大陸すべてを牛耳れる代物かも知れぬということだ・・・わかるか?」
「『黙示録』自体にそんな重大な事柄が記されているといこうことですか?」
「それはわからん・・・だが君たちは不思議に思わないか?」
「何をでしょうか?・・・」
「ハイヒューマンとハイエルフという上位種がこの国・・・アドリア王国にだけしか存在していないことを!」
「他の国には存在していないのですか?」
これは初耳だった。
と言うより、これまで自分たちが『理』に翻弄され、そんなことを知り得る術も機会も逸し、その上興味も疑問も挿む余地さえ無かったのが本音だ。
「そうじゃ、広い大陸であるのに、今のところ古からそういう『理』になっておる!」
「・・・・」
「では、他の種族に上位種は存在していないのか・・・それも疑問だと思わんか?」
好々爺はテーブルに体を乗り出すように俺とアニーの顔を忙しく見回しながら言葉にした。
アニーもその言葉に素直に頷いている。
確かに館長の言うことは正論だと思える。
各種族に上位種が存在していても不思議でも何でもない。逆にヒューマンとエルフにのみ上位種が存在する方が余りにも不自然に感じられた。
「言われてみれば・・・確かに!」
「うむ、例えば英雄ヒューガ様が封印されておる魔王とは何ぞや?」
「わかりません・・・」
「もしかしたら魔人族の上位種と考えられんか?・・・」
「ですが、魔人族を率いていたわけではないですよね?」
「うむ、魔王の能力はテイミングなのかも知れない。だから扱いやすい魔族種のモンスターを自由自在に操っていたのかも知れない」
「なるほど・・・」
「ただ、この国に現れたから英雄ヒュウガ様が封印されたが・・・他の国だったらどうなっておる?」
「破壊され尽くされて魔王によって統一されているかも知れません・・・」
「そういう所までは理解できるな?」
「はい・・・」
「わしはのぉ~各種族に上位種は存在しておるのではないかと考えておる!」
「はい・・・可能性は否めないと思います」
言われてみればその通りだと思う。
ドワーフにだって、獣人族や竜人族にだって上位種が存在していても不思議でも何でもない。
「君やアニー殿のように善良で協力的な者ばかりでは無いかも知れぬ。先程例えにした魔王のように・・・まぁ実際、魔王そのものが上位種かどうかも不明だがな!」
「はい・・・そうですね」
「『黙示録』にはそのあたりのことや先の時代の予見など『秘密の暴露』がなされているのではないかと思っとる・・・またそれを見つけた者が何らかの形で利用するやも知れんとな!」
「確かに・・・」
「だから事を急ぐのじゃ!見つけて回収しておきたいと言うことなんじゃ・・・他国に悟られてしまうと悪用される惧れもあるわけでの!」
「なるほど・・・」
「幸いなことに、この国にはシフォーヌ様も居られ、君たちも居てくれている。実際それが支えにもなっている。だから何か事があれば頼るかもしれぬが、ひとまず安心はしておる・・・そう言うと重責だと怒るかも知れぬが~ほほっほ」
「いえ・・・それは無いです。俺もアニーも自分たちの『役割』を模索していますから~」
確かにそうだ。俺たちふたりは悠久の時の中で『役割』そのものを摸索して行かねばならない。
何も無いにこしたことはないが・・・何か事が起これば立ち上がらねばならない。それがハイヒューマンとハイエルフに与えられた『理』であり『役割』なんだと理解はしている。
だから俺もアニーも敢えて逆らうことなんて思っていない。自分たちが出来ることなら、誰かの役に立つことなら・・・そして自分たちが納得できることならやるべきだと常に考えている。
「うむうむ。何百年、何千年に1人現れるのかわからぬが、きっと他種族にも上位種は存在していると思われる。いや、思われるではなく存在しているであろう。
古では大陸は1国が統一しておったのじゃ、それが現在のように多様に分割されてしまっている。何故にそうなったのかは解らぬ・・・それが『神の意志』なのかどうかもな~」
「はい・・・」
「その謎が各種族の上位種と関連しているのかさえも不明なのだが・・・そういう起源に関する事柄が記載されているのが『黙示録』と思われる」
「・・・・」
「だからできるだけ早く回収したいのだ。他人の手に渡る前に!」
「それを私たちにお話になると言うことは・・・私たちに探して来て欲しいということなのでしょうか?」
話の流れを今ままでじっと黙って聞いていたアニーが口を開いた。
怒っている風では無かったが、彼女には『虫の良い話』に聞こえたのかも知れない。
そんなアニーの表情を読み取りながらも、強かな好々爺は笑って肯定する。
「ふほほっ・・・いつも、いつも察しがよいのぉ~『精霊』殿は~!要はそこなんじゃ、危険が付きまとうやも知れぬし、サーシャ殿もまだ幼子じゃしのぉ~アニー殿にはどうかと思うが、その辺りを汲み取ってマリナ様と相談してもらえないであろうか?」
俺たちに依頼が来るということは、逆に至難な事柄であると捉えた方がいいのだろう。
マリナが絡んでいる話なのに、そういう特別な部門を組織して探せないということはこの国に存在している代物で無いということ。
軍や国の関係者を動かせない場所であるからこそ俺たちに頼りたいという話なんだろう・・・館長との会話の流れの中だけでも何となくそういう風に感じ取れた。
「お話の内容は理解できました。我々がこの依頼を請ける請けないは別物として、取り敢えずマリナさまのお考えを聞いてみたいと思います」
「うむ、そうしてくれるかぁ~」
「それと・・・この話はまだ公になっておらず秘密裡に進められているということですか?」
「その通り!知っておる者はわしやマリナ様も含め信頼のおける数名じゃ。まだ王もお知りにはなっておらぬと思う」
「なるほど。だから国家事業として推進できる作業ではないと・・・隠密行動が必要なわけですね」
「そういうことになる。内容も不明な『黙示録』そのものの存在を今は公開できぬのじゃ!」
「わかりました!一度宮廷へ行って参ります」
「すまぬなぁ~いつも・・・」
クロフォード・リンデンバーグ名誉館長はソファーから立ち上がり、俺とアニーに向かって深々と頭を下げた。
そこには好々爺の顔はなかった。
俺とアニーは図書館を後した。
外へと出ると否応が無しに春爛漫の陽気な光景が飛び込んではくるが、その春のうららかさに反するような不透明な依頼に少し心は重たかった。
自分たちにも関係する話であるだけに断りようもない。
まだまだ『理』に翻弄されていく日々は続くのであろうか・・・
『サーシャ、お腹へったよぉ~』




