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外伝4話 男爵家の末っ娘


男爵であるエドリア・バシュラールは、アドリア王国におけるダークエルフ族を永年束ねてきた族長の直系にあたる。

300年前の第二次人魔大戦の功により爵位を授けられた曾祖父の代から宮廷に使える貴族として名を連ねてきた。

貴族としては下級爵位ではあるが、一族の族長としての身分も保有しているが為、同じ男爵とは少し格が違っていた。

実質、族長としての責務は曾祖父の弟の直系が代理を務めているわけで、本人たちはダークエルフの里に居る必要も無く、今は他の貴族たちと同じように王都バサラッドの屋敷街の一画にて居を構えていた。

そして、ひと度事が起こればいつでも掛け参じられる江戸時代で例えるなら『直参旗本』として王家に使えてきた。

そのエドリアには1人の息子と3人の娘がいた。

一番末っ娘をフローラ・バシュラールという。


「フローラを呼んでくれるか・・・」


「はい。旦那様!」


エドリアとしては2人の娘は順風漫歩にそこそこの家柄へと嫁がせることができたが、3番目のフローラには少し手を焼いていた。

如何せん自分の意を汲んでくれない。

女の幸せが結婚であるとは考えてもいないが、縁談話があるならば普通に娘を嫁がせたいという思いは父親であれば誰しもが抱くことであろう。

自由奔放に育ててきた所為なのか、姉たちと同じように結婚を考えないなら仕官でもしてくれれば良いと薦めてみるも本人は笑って誤魔化すだけ。

その日暮らしの『冒険者稼業』などという訳も解らぬ職業を自ら選択し喜々としている。

今となっては、何故なにゆえにそれを選んでしまったのかも理解できない。

親としては娘が活き活きとしていることは喜ばしいことなのであろうが・・・全く以って自分の思惑とは裏腹の言動に困り果ててしまう。

3人目にして、年頃の娘は難しいものだとつくづく思い知らされた。


当の本人であるフローラと言えば・・・

今の『冒険者』という生活に充実感を覚え始めていた。

それは同じ方向を目指す仲間ができたからだ。

そこに生き甲斐さえ感じ、いろんな人と触れ合うことの楽しさも知った。


「父上、何で御座いましょうか?」


フローラは父の書斎へと入る。

机に背を向けるように窓から瑞々しく緑が映える庭を眺めていたエドリアは、フローラのその声に向き直る。

そして愛娘まなむすめへと笑みを浮かべた。


「何と言う訳でもないのだが・・・久しぶりにお前の顔が見たくてな!」


「そんな他愛もないことでお呼びになられたのですか?」


「そう突っ慳貪けんどんに言うな!私は私なりにお前と接したいと思っているのだから・・・ふははっ」


父としての本音である。自分の意に背くこの娘が一番可愛いく思えてしまう。

そして可愛いと思うのと同時に興味が湧いて仕方がないのだ。


「父上に呼ばれますと嫁に行けと口煩くばかり言われておりますので、今日もそうかと思っておりました」


「確かにお前には普通の幸せを掴んで貰いたいとは思っておるが・・・お前の言動はそういう親としての思いを木っ端微塵に打ち砕いてしまうほど私の範疇を越えることばかりだ」


「・・・・」


「それが何なのか、どうしてそうなったのか・・・ちとお前に教えて貰いたいと思ってな!」


「それは・・・言葉にするのは難しゅう御座います」


「ふむ・・・それでは言い方を変えよう。冒険者とは結婚も仕官も考えられぬほど面白いのか?」


「面白いのかと言われれば面白いのですが・・・それはニュアンス的に少し違います」


フローラは父の問い掛けに、何か思いを秘めたかのように視線を少し落とした。

エドリアはそんな娘の仕草に得も知れぬ興味が益々募ってくる。


「ほぉ~どう違うのか少し教えてくれぬか?」


「それも難しゅう御座いますが・・・」


「そんなに難しいのか?」


「はい。気持ちを言葉にするのは難しいのですが・・・ひと言で言えばわたしが『笑顔』になれる世界だからです!」


「笑顔とな?」


「はい。『笑顔』になれる世界が広がっているのです!」


フローラは父エドリアが困惑してしまうほどまばゆいまでの笑みを浮かべていた。

その笑顔にエドリアはそれ以上何も言葉を見つけられなくなってしまった。


フローラは感じていた・・・

それは単に楽しく会話や冒険ができる仲間ができたからということではない。

しがらみに縛られない自由な時間を流せるから笑顔になれるというのも違う。

確かに時間も環境も拘束される中では自分が自分らしく今は器用に生きていくことができないと感じていたが、短絡的にそこから逃げたいと思ったわけでもない。

人生の分岐点を自分で選んだからこそ嬉しいのだ。

右を選ぶか左を選ぶか・・・

親の敷いたレールに何ら疑問を感じることなく安易に進むべき道と、それを敢えて拒絶する道との岐路に自分が決断できたこと。

それは単なる反抗心や反発心ではなく、進む先により自分らしさを見いだせる世界が広がっていると信じて選んだ道。

それが例え描いたものと違っていても後戻りはしない。自分が自分で決断して選択した人生だから・・・


好きな相手がいるなら結婚して家庭を持つのも良いとも思った。将来を考えれば、父が薦めるように仕官してみるのも悪くないと考えた時期もあった。

そういう人生を素直にチョイスしてみるのもひとつの選択肢であったんだと思いもしたが、親に薦められた道、占い師が示した道を選んで事が上手く運ばなかったら、きっと責任は自分ではなく薦めた者の所為にしてしまう。

そんな自分にはなりたくなかった。

右に行くか左へ行くか・・・自分で選んだ限りはあくまで責任は自分にあるのだ。

だから自分が心底その道で生きて行くことに納得できるものを選択したいと考えたかっただけ。


そこに自身の望むものが本当に見い出せるのかどうかなんてわからないけれど、何かをやることで経験を積んでゆく・・・そして成長している自分を実感できることは妙に嬉しかった。

人生なんて楽しいことばかりがあるわけではない。逆に苦しむことや悔しい思いをする事の方が多いのかも知れない。それはよく理解できている。

けれど、生きていることを実感できる。生きる術を感じ取れる『冒険者』という道を選んだことに後悔はない。

フローラは自分が言葉にした『笑顔』とは『充実感』なんだと改めて胸の中へと刷り込んでいった。



この世界に限ったことではないだろうが・・・

本人たちも悩み葛藤もしているのであろうが、特に年頃の王族や貴族のお姫さまには、ひと筋縄ではいかない跳ねっ返りが多いようである。

それは小さな箱庭世界に嵌り切らない、収まり切らない器と可能性を秘めた姫たちが存在していることの証なのであろう。



・・・・・・・・



冒険者ギルドにほど近い『かれん亭』では3人の女性が午後の微睡まどろみのひと時を流していた。

ロークとショーヘイの男性二人はと言えば、冒険者クラスアップに向け、次の適当なクエスト探しの為、ギルドの依頼掲示板と睨めっこしていた。

初心者まがいのパーティーでは中々旨味のある依頼は多くない。コツコツと数をこなして行くしか術は無いのであろう。

そんな彼らの苦悩とは別次元のように店内では美味しいハーブティを片手にくだらない話に花が咲いていた。


「フローラ・・・その衣装って少し露出し過ぎじゃないなりか?」


クロエはフローラを見回しながらそんな忠告地味た言葉を口にした。

確かにフローラはスタイルも自分とは比べ物にならないぐらい良いし、とてもセクシーで男を惹き寄せる女性ホルモンがプンプン漂っているようにも感じる。

でも、何もこれはクロエの無い物強請(ねだ)りの妬っかみではない。同性として少し気になっただけ。


「そう?・・・」


「欲求不満の女子が男を誘ってるようにしか見えないなり~~」


「え?!・・・そんな風に見える?」


「わたしは、とってもフローラさんには似合っていると思いますけど・・・あぅ」


体にフィットした黒いTシャツに同じく濃い目の黒っぽいベスト、腕は肘まである黒革の手袋、それに腰巻風スカートに膝上までのタイトなロングブーツ・・・

言われてみれば、確かに肌の露出部分は多いかも知れないとフローラも思ったが、衣装そのものに耐性魔法も攻撃付加魔法も掛けてあるし、何にも増して動きやすいので今さら露出を減らす違う装備へ変更する気も更々なかった。

それに、アニーの言葉のように傍目から見れば薄褐色の肌に黒で統一された衣装はとてもマッチングもセンスもよく、フローラにはとても似合っていた。


「クロエみたいなローブ苦手なのよぉ~・・・何か動き難くくって!」


「ロークさんやショーヘイさんたちだけじゃなく、その辺りにいるやからたちの視線気にならないなりか?」


「へ?見られて減るもんじゃないし~~イイじゃない!きゃは」


「あぅ・・・ご主人さまも見てるのかなぁ~~複雑な気分です」


「スケベそうな目で見てるなりよぉ~ロークさんは露骨だけど・・・イシッシ」


「クロエこそ、ローブの裾切ってミニスカにすれば?逃げる時動きやすいよぉ~きっと!きゃはは」


「ふん!わたしは神官だから色ボケしないなり~~ぷんぷん」


「あぅ・・・」


女子の会話は不思議だ。

他人の事など放置しておけば良いのに、それでも気になってしまうようだ。

女性心理を理解することは途轍も無く難解なことなんだろう。


「色ボケで思い出した。アニーはショーヘイと同棲しているんでしょう?」


「ひゃーーー!ど、同棲なりかぁ~~?」


「同棲とは違いますよ~正確には同居です。部屋をシェアしているのです!」


「同じことじゃないの?・・・違うの?」


「ち、違います!そんな関係ではありませんから・・・決して!」


そう言って頬を薄く染めて俯くアニー。

フローラもクロエもそんな弁明を必死にするアニーが可愛いと思った。


出会ってからそんなに月日が経つわけでもない。

でも昨日まで知らない者同士だった者が楽しく席を囲める。そして打ち解け合って仲間と呼べる存在へとなっていく。

それは何も『冒険者』に限ったことでは無いだろうが、人と人が触れ合う中で世界が広がっていく・・・そんな醍醐味は貴族のお嬢様やっているだけでは味わえない。

既定路線のように敷かれたレールを走っていては見い出せないものだとフローラは思った。


『充実感』とは活き活きと過ごす中でしか得られないものかも知れない。

失敗だろうと成功だろうとそれは関係ない。目一杯やった者にしか与えられないもの。

この道を選んだことに後悔は無い。

そう、これからもこの仲間たちと自分自身を見つける人生の旅を続けてみたい・・・きっと未来には何か得られる物があるはず。

それが何かなのかは今は判らないけれど、この道を誰(はばか)ること無く進んで行けることが嬉しい。

フローラは確信していた。






『未来は与えられる物でなく自らが掴み取るものだと!』


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