外伝3話 王家の実態
軍の規律は概ね厳しい。
厳しくあるべきなのだが・・・そこはさすがに一兵卒としての扱いは王族に対して冒涜に値するのであろうか、最初から1個小隊の隊長付き補佐としての軍生活が始まった。
マリナにしてみれば一兵卒の扱いでも甘んじて受け入れるつもりではあったが、軍上層部としては腫れ物にでも触る感覚でしかないのであろう。
考えれば軍務大臣としても扱いに困るマリナの入隊など望んでもいなかったであろうが、本人の起っての希望となれば受け入れざるを得ない。
そんな関係諸氏の複雑な心境の中、彼女は自分の信念として軍籍へと身を投じた。
『女のお前が何を好き好んで軍などに入る?』
兄たちからも嘲笑されたり揶揄されたりと散々小馬鹿にされてきた。
でも、そんな事はマリナにはどうでも良いことだった。
自分が自分らしく、今よりも進化する為にはどこかで殻を破らねばならない。
それは代わり映えのしないルーティンワークのように繰り返される日常生活には見い出せなかった。だから自分の置き場所を変えてみようと思っただけ。
そう、彼女には時間がなかった・・・兄たちのように怠惰に流す無意味な時間はなかったのだ。
焦りかと言えば焦りかも知れない。
他に道は無かったのか言われればそうなのかも知れない。
けれど、生温い環境に身を置いていても何も変わらない・・・だから『命』のやり取りという緊張感漂う場所に居てこそ何かが見つけられると思った。
そうすることで得られる結果は自身の進化なのか挫折なのか・・・今は判らない。
マリナは王の執務室へと呼び出しを受けた。
豪奢な執務机の向こうには父である王ベネディクトが鎮座し、その傍らには王太子としてまだ正式には任命されていないが第一王子のロザーリオが立っていた。
「マリナよ、何を思って今さら軍籍に身を置こうとする」
父である王の最初の言葉だった。
息災なく過ごしていたかなど我が子を気遣う父親としての言葉は無かったが、それは別段掛けてもらいたい言葉でもなかったし、一般家庭における普通の親子の関係とは全く以って異なるものであるからして今さら欲する言葉でも無かった。
父の言葉に続いて兄が空かさず口を開いた。
「お前はいったい何を考えてこんな我儘を通すのか?イスリーナのようにしとやかにしておれば嫁の貰い手などいくらでもあろうに!」
二人の言葉はマリナには『籠の中の鳥』として大人しくしていろと言われているのと同意語に思えた。
そこには娘として妹しての存在は感じられなかった。
厄介事を持ちこむ異端児としてしか見られていないのだろう。
「国を思ってで御座います。陛下!」
マリナは執務机に鎮座する父に対し跪き頭を垂れて言葉にした。
何も国を思ってしたわけではないが、放蕩三昧の兄たちへ皮肉と釘を射すことの意味合いも込め詭弁を語る。
「ほぉ~~お前が国を思って軍に身を寄せるか・・・ふはっは」
「はい!」
「お前如きが何の役に立つと言うのか!」
ロザーリオは小生意気ことを言うなとばかりにマリナを睨みつけた。
「役に立つかどうかは判りませぬが、少なくとも兄上たちよりは国の為に役立ちたいとは思っております」
「小賢しいことをぬかすな!」
平然と言い切る彼女にロザーリオは顔を顰めながら怒りの表情を浮かべた。
兄たちを馬鹿にしているわけではないが、日頃の言動を目の当たりにしていると尊敬の念など微塵も抱かない。
王も盲目ではあるまい。聡明な人物であったからこそ今の地位に立つ。だからマリナの言わんとすることは感じ取れているはずだ。
「まぁ~マリナの言うことはもっともだ。お前たちよりも遥かに国の行く末を考えておることは自明の理だ」
「陛下!・・・私どもが無能だとおっしゃりたいのですか?」
「そうは言わぬが、お前たちからマリナのような言葉は聞いたことがない」
とんだトバッチリだとロザーリオは思った。
妹がくだらぬ事をしでかしたが為にこっちにも火の粉が降りかかる。
今だ決まらぬ王太子への任命にマリナの所為で余計に苛立ちが募る。
ベネディクトは考えていた。
『王の器』とは『王の資質』とは何を以って基準とすべきものなのか・・・正直考えあぐねていた。
だから第一王子のロザーリオを素直に王太子に任命してしまうことに一抹の不安と躊躇いがあった。
長子を立てぬと国が乱れる・・・そんなことはよく理解できている。
できてはいるが、この国の行く末も気になる。器量の無いものが後継となると、今の国家間のバランスや国の安泰が意図も簡単に崩れ去りそうな気がしてしまう。
そうなることは絶対に回避せねばならない。それが現国王としての最大の責務だと感じていた。
「陛下は妾が軍に属することに反対されまするか?」
「いや、反対はせぬが、何故今になって思い立ったのか予には不思議に思えただけだ。意図するものがあるならそなたの話を訊いてみたいとな・・・ははっは」
「意図はございません。が、しかし・・・自分自身を変える為に違う環境に身を置いてみたかったのです」
「何故そこに拘るのじゃ?・・・今の生活では充足感は得られぬのか?」
「それは・・・」
「マリナ、それは兄である我への当て付けか?」
王宮内での風評をロザーリオは聞き知っていた。
第二王女が一番器量と風格があると・・・
それは彼にとって癪に障ることだった。女性が故、継承には本人も周りも無関心であることは承知もしていたが、第一王子である自分よりも評判が良いと聞こえてくることは非常に面白くない。
そんな妹がまたこんなことで風評にあがる・・・それが我慢できないものになっていた。
「滅相もありません。兄上にご迷惑をお掛けするつもりもありませぬ!」
「なら大人しく花嫁修業でもしておれ!」
「兄上、それが妾の人生の選択肢なのですか?」
「そうじゃ!女は男に可愛がってもらえればよいのじゃ!!」
マリナは兄のその言葉に眉を吊り上げた。
所詮このような考え方しかできぬ者に将来国民は尊敬も敬愛も抱かないであろう。
傍目でふたりのやり取りを見ていたベネディクトは溜息と共に苦笑いを浮かべた。
「もうよい!ここでの兄弟喧嘩はならぬ!!ロザーリオもマリナも下がるがよかろう~」
「はい!」
「マリナよ、軍務大臣には予から声掛けもしておくが、王家の名を汚すことの無きよう精進せよ。以上だ!」
「ははぁ~肝に命じます!」
ふたりの兄妹は、父である王に深く頭を下げ執務室を後にした。
母は違えといえど、決して兄弟仲が悪いわけではなかったが、大人になるにつれそれぞれに思惑も魂胆も違ってきた。
それはそれで当たり前のことなのかも知れない。
・・・・・・・・
「陛下、今の会話聞かせていただきました」
ふたりが部屋を後にすると同時に控えの間からひとりの初老の男が現れた。
この国の宰相を務めるサイラス・アルドリッジが執務机へと近づいてきた。
「聞いておったか・・・」
「姫様もじゃじゃ馬的なところがお有りになるようで・・・私には少し微笑ましく思えましたが・・・」
「ははっ、そうじゃの~あれが男なら予は迷いもせずに王太子に任命するであろうよ・・・」
ベネディクトは王として、また父としてマリナの器量は見抜いていた。
もちろん宮廷内に漂う風評も聞き及んでいた。
「それは口にしてはなりませぬ陛下!私もそう思いますが、序列を乱すことは国が乱れる原因にもなりますし、増して女王の誕生などこの国の歴史そのものがひっくり返ってしまいまする」
サイラスは王の断言するかのようなその言葉に手と頭を勢いよく横へ振りながらながら慌てふためく。
そんな彼を見ながらベネディクトは少し物思いに耽るかのよう顎を天井方向へと向けしばし目を閉じた。
「それも良いかとも思うが・・・歴史も仕来りも絶対のものではあるまい。その時々に沿ったものでは無くてはならぬと予は考えておる」
「御意!しかしお世継ぎがおられぬならまだしも・・・男子が大勢おられます。そこを飛び越えるのも如何なものかと・・・」
「ふむ・・・」
「もうしばらく様子を覗っても良いではございませんか?」
「予もそう思うが、ロザーリオの不満も増してくるであろう・・・悩ましいところじゃな!」
「さすれば、期限を切られたらいかがですか?」
長子を気遣い悩むベネディクトにサイラスはひとつの提案を持ち掛ける。
「期限を切るとは?」
「はい、例えば1年後に正式発表するとか・・・その間に陛下のお考えもまとまるのではありませぬか?」
この提案は、ただ単に悩む期間を延ばすだけの下策かも知れぬが、期限を切ることで何か変化が生まれることも考えられる。
それが各王子を擁立する貴族間の派閥抗争になるのか、王子や王女そのものの人柄や言動が一変するのか・・・それは今の時点では予測できない。
しかし、そういう手を打ってみるのも良い機会かも知れないとサイラスは思った。
「なるほど・・・それも一考に値するな!」
「その期間に第一王子を含め王子全員の身も引き締まりましょう!」
「ふむ・・・考えてみよう。じゃが、後継を選ぶということは国の行く末を選ぶのと同じじゃ、できれば資質と器量のある者を選びたいのぉ~」
「御意!マリナ様もその選択肢のお一人でございます」
一見、長閑で平和に思えるこの国も、王宮内では世継ぎ問題で揺れ始めていた。
ベネディクトの心情はマリナが男であったらということに尽きるのであろうが、何もかも万事が上手く行くわけでもない。
そんな良い事尽くめの世界など有り得ない産物なんであろう。
・・・・・・・・
マリナは王宮に寄ったついでに自室へと戻った。
少し着替えなどを詰め込もうとしたその時、侍従長のナスターシャがマリナを目敏く見つけ駆け寄ってきた。
自分が不在のうちに話を勝手に進められてしまったことに彼女は憤りを感じていたし、マリナに少しお灸を据えたいとも思っていた。
「マリナさま、何故に軍などと野蛮なところへ身を寄せられるか?」
「野蛮なのか?」
「そうです!第二王女の姫さまが行かれるところではありませぬ!」
「ナスターシャは宮殿におるから分からぬだろうが、兵はこの国を守る礎だぞ?」
「それは姫に言われるがまでもなく、私共もよぉ~~く理解しております。が、しかし何故に姫がそうしなければならないのです。私には理解できませぬ!!」
「ここには妾の求めるものが無いからじゃ!」
「求めるものとは何なのでありましょうか?」
ナスターシャは荷物を詰め込んで部屋を出て行こうとするマリナの顔を不審なものを見つめるような目つきで睨んだ。
『刺激という妾の心を擽って止まぬものじゃ!あははっ』
目を丸く見開くナスターシャを傍目に、マリナの笑い声は長く続く廊下に気持ちよく木霊していった。




