第70章 未来に向けて
二人が『結婚』しても生活環境そのものが変化するわけではない。
『恋人』が『夫婦』にジョブチェンジするようなものかも知れない。
けど、気持ちに区切りを着けたことは何かとても晴れやかで新鮮に感じられた。
気持ちを固めたふたりはご両親への挨拶にエルフの森を訪れていた。
父親のクレマン、母親のエランに『結婚』したい旨を告げた。
二人は抱き合って大喜びしてくれた。
『番』になりたいと俺が伝えてくる今日と言う日がいつ来るのか心待ちにしてくれてた気がする。
たぶん、俺が何者か判っているだけに反対する理由など何も無かったんだろう・・・いや娘の嫁ぎ先は以前から判っていたのだから早いか遅いかだけの問題だったのかも知れない。
迎えてくれた姉のマリンも弟のイアンも我が事のように喜んでくれた。
アニーは両親や兄弟たちと積もる話もあるだろうからと、俺はひとりでホランドの住まいを訪ねた。
まだ春前だという言うのに、並々と葉が生い茂った大木に吊るされた縄梯子に足を掛け、祖父ホランドの住む部屋へと瞬間移動する。
ここを訪ねるのも半年ぶり近くになる。
「お久しぶりです!」
「ほほぉ~少し顔つきが変わったのぉ~暫くぶりだハイヒューマン殿!」
ホランドは人懐っこい顔で俺を懐かしそうに見つめる。
そんな顔を見るとこちらまで顔がほころんでくる。
「はい!」
「ついに身を固める気になったのかぁ~ふははっ」
「はい。曖昧な関係でいる理由が無いので、アニーさんと夫婦として時を流して行こうかと思います」
「そうか・・・アニーもお前さんのところへいよいよ嫁ぐか・・・」
「はい。爺さまの期待に応えられるように、ふたりで人生を歩いていきます!」
「うむ、末永く可愛がってやってくれ~ジジイの願いはそれだけじゃ!」
以前にもそう言われた。
『悠久の時をアニーとともに流すであろうお前にジジイからのお願いじゃ・・末永く可愛がってやってくれ・・・』
本当にアニーが可愛いんだろうと思う。
「はい!」
「ところで、最近クロフォードの所へ出入りしとるようじゃのぉ~伝えてきおったわぁ~~!ふはは」
「名誉館長は爺さまのお弟子さんだと言われてましたが・・・」
「あやつが若い頃、そうじゃお前さんぐらいの頃に訪ねてきてなぁ~~いろいろ教えて欲しいとせがまれてのぉ~・・・懐かしい話だわい」
そう言うと昔を懐かしむように少し遠い目をした。
名誉館長の研究のルーツがここにあったのかと思うと少し可笑しくなった。
「研究者からしたら、爺さまは『生き字引』みたいな存在でしょうから~ははっ」
「ただ単に長生きしとるだけじゃわい・・・それより聞いたぞ!」
「何をでしょうか?・・・」
「精霊ヨトゥンから『金の実』を特別に授かったそうだのぉ~」
エルフの森に里帰りすることを事前に館長にも知らせたものだから、こうしてふたりの近況もホランドは知り得ることができたんだろう。
俺はそんなホランドにヨトゥンから云われたままを伝えた。
「はい。自分たちの為に使えと!そして・・・『理』を越えてみせろと言われました」
「ふむ・・・今お前さんたちが、ヨトゥンと出会えたということはそうかも知れんなぁ~シフォーヌ様も時期を逃された・・・」
ホランドは頷きながらシフォーヌの事を気に掛けた。
過ってそんな話をしたことがあったのかも知れない。
その時期に関して、俺はひとつの疑問を抱いている。それをホランドに訊ねてみたいと思った。
「爺さまにひとつ訊いてもよろしいですか?」
「何であろうか?」
「適齢期なのは解りますが、何故今がその時期なんでしょう?多少ズレても子供を授かる可能性はあるかと思うのですが・・・」
「それは『神の領域』の話じゃのぉ~ただ言えることは、お前さんはハイヒューマンに成り立てじゃから問題ないが、この世界では成人年齢は何歳か知っておるな?」
「はい。15歳だと聞いております」
「うむ・・・ハイエルフは成人すると数年のうちに真の姿へと覚醒していく。そうするとハイヒューマンが現れ『番』になっていく・・・」
「はい・・・」
「お前たちは『金の実』を使って子供が授かりたいと願っておるのじゃろ?」
「はい、その通りです!」
「ハイエルフもハイヒューマンも月日を重ねる事に一般人からかけ離れていくんじゃ・・・その意味はわかるか?」
「アニーが大学の研究室の先生から詳しく聞いています・・・生殖機能が不完全なものになってしまうと!」
「そうだ。だがお前たちは違う!お前さんは成りたて、アニーは本質はハイエルフといえまだ不完全・・・今から数年が一番適齢期と言えよう!」
「なるほど・・・」
色合いの違うふたりに見えたのは、真実しか見えぬヨトゥンだからこそ不完全さが解っていたんだ。
だから考えたのちに『黄金のマンドラゴラ』を授けようと言ってくれたんだ。
ハイエルフは成人と同時に機能を失っているのかも知れない。そしてその後にハイヒューマンと出逢う・・・ハイヒューマンは転移者である為すぐに機能を失うことは無いがしだいに不完全になると言うこと。
だから今がふたりの体質改善する最善であり最後の時期なんだ。
この時期だからこそ、ヨトゥンは出会いを『運命』だと強調したんだと思う。俺は子供を授かりやすい年齢のことばかり考えていたが、裏には時期がズレてしまうと『金の実』の効能が効かなくなるんだ。
だから10年内と言ったんだ。繋がった・・・パズルがひとつ埋まった気がした。
「この世界の理は神が創りたもうたもの・・・だが、お前たちに『金の実』を授けられたのも神の意志であろう」
「はい・・・」
「理を越えるも越えぬもお前たち次第だ・・・世界を変えて見せるかぁ~ハイヒューマン殿よ?ふははっ」
「今は何をどうすれば良いのかわかりません・・・」
「うむ、それでいいのじゃよぉ~焦ることは何も無いぞ!」
「はい・・・」
「出逢いとは『異なもの奇なもの』じゃて・・・悠久の時の中で『縁』を繋いでいけば自ずと道は示されていくもんじゃ!」
「はい・・・」
「今、お前が為さねば為らぬことから始めて行けば良いのじゃよ~ほほっほ」
「はい。自分たちに何が求められているのかはいまだ見えて来ませんが、この世界で与えられたその『役割』をアニーと一緒に気長に探してみたいと思います!」
「ふははっは・・・それでよい!」
この世界には渦巻く謎や不思議に感じることが多すぎて、『理』というパズルは簡単には埋まっていかない。
けどそれはそれで良いのかも知れない。
形の合わないピースを握って意固地になり探すのではなく、視点を変えたり別のピースに握り直すことも大切だと気付くことができた。
出逢う人、出逢う人からいろいろと教えられる・・・『縁』を繋いでいくことで可能性は無限に広がってきた。
そして今や『神の領域』までに触れようとしている。
ジロータによって守られた世界、そしてシフォーヌによって導かれる次代の俺たちふたり・・・そんな世界で、過ってのハイヒューマンとハイエルフが手にすることの無かった『金の実』を授かった俺たちふたりの進むべき道は自ずと決まってくる。
それを神が許すということは・・・
何かを俺たちにやらせたいというのは自明の理である。
神の悪戯心から始まったことなのかも知れないが、そんな神の気まぐれに付き合ってみるのも悪くない。
まずは目の前の階段を上り切ることから始めてみようと思う。
ふたりなら・・・きっと辿り着ける。
・・・・・・・・
バサラッドに戻ったふたりは石畳の坂道を手を繋ぎ歩いた。
言葉なんか無くてもそこに笑顔があればそれでいい。
ふたりは坂道の途中で立ち止まり振り返った。
ここから見える街の景色も照り返す海も見慣れたはずなのにどこか映えて見える。
寄り添いながらそんな光景を眺めるふたりに、潮の香りを運ぶ海からの風が勢いよく吹きぬけてゆく。
『春を連れて来たよ~』
アニーのスカートの裾がヒラリと『春一番』に舞った。
あとがき
この章にて『世界の理編』は最終章となります。
拙い文章に内容に・・・
約2か月間に渡りお付き合い戴きました皆様には心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
『理』はまだまだ謎を残しております。
次編では夫婦となった数年後のふたりを中心に新たな登場人物も加え新展開させて行こうかと考えております。
しばしのご猶予を戴き再執筆したいと思っていますので・・・またこの誌上にてお出逢いできることを楽しみにしています。
その際には是非お立ち寄り戴ければ幸いです!
【追伸】
不定期にはなりますが、挿入していないストーリーを外伝という形で投稿していく予定です。
本編再開までの繋ぎにどうぞ!
作者敬具




