第67章 曲げられた意志
部屋の窓辺に凭れ、街灯が照らす夜の街並みをただ眺めていた。
ここから見える街は、王宮のテラスから広がる夜景のように、煌めく灯りを散りばめた宝石箱ように見える景色とは異なる。
家路を急ぐ人や仲睦ましく寄り添う男女、店を閉じる店主・・・人間ひとりひとりのドラマが垣間見れる。
ただ黙ってそんな光景を眺めた。
『君たちがその使命を与えられているのかも知れない!』と云う館長の言葉・・・それは『この世界の理』を俺たちがその使命で以って変えるということなのか。
神は果たしてそれを望んでいるのだろうか・・・その為に俺はハイヒューマンとして意図的に転移させられたんだろうか。
消化できない想いだけが頭の中を過っていく。
アニーはそんな俺の背中へ静かに体を預けてきた。
俺はアニーへと振り返りそっと胸に抱き留めた。
そして抱きしめたまま外の景色を眺めた。
「ご主人さま・・・」
「ん?・・・どうした?」
「わたしたちは、どうすれば良いのでしょうねぇ~・・・」
「うん。俺もいろいろ考えてしまうよぉ~ははっ」
「うん・・・」
「でもさ、急ぐ必要は無いと思う。時間を掛けて、ふたりで進む方向を見つけて行こう!」
「はい・・・」
ヨトゥンの言葉が蘇った。
『縁の繋がりとは広がりを意味する。そしてそれは無限に広がる可能性を意味することと同意語だ!』
この言葉は『縁』を繋ぐことの真意に思えた。
人と人が繋がることで可能性が広がる・・・これは自分が立つステージが変化していくということなのだろう。
階段を一段上がることで見える景色が変わる。もう一段上ると、それまでの景色とまた違うものが見えてくる。
今、俺とアニーは正にその階段に足を掛けているところなのかも知れない。
上る上らないは自由だ。そしてそれを決めるのはふたりの意志だ。
何段も続く階段を上り切ると・・・きっと見える世界そのものが変わるんだろう。それは『理』を越えるということだ。
そうすることが、神がふたりに与えた『役割』なのかも知れない・・・真意は判らぬが、そんな事がふと頭を過ってゆく。
でも急ぐ必要なんて何もないしそれに拘る必要もない。
闇雲に『理』に逆行しようとすることは尚更に滑稽だ。
掛けた足を踏み出すか立ち止まるか・・・今は時に流されながらで良い、ゆっくりと考えて行けば良いんだろうと思う。
ふたりは窓辺から離れ、ソファーに凭れ掛っていた。
アニーは俺の肩に頭を預けるように寄り添う。
「アニーはさ・・・」
「へっ?!」
「アニーはやっぱり子供が欲しい?」
「うん、ご主人さまの子供が欲しいです。家族を作りたいです~可能性があるなら・・・」
「そうだなぁ~・・・子供と一緒にアニーに叱られている光景が浮かんでくるよぉ~ははっ」
「そんな風になれたら幸せですねぇ~あはっ」
その言葉は男冥利に尽きる。
アニーの願望に応えてやりたい・・・それは傲慢な男の独りよがりな想いかも知れない。
けど、俺だって愛する者たちと笑みの絶えない家族を作ってみたい。
「俺はさ・・・アニーに出逢う為に時空を越えて来たのかも知れないなぁ~」
「うん・・・」
「時空の狭間で『時空の管理人』さんが、見知らぬ世界に放り出されても困るだろうからって『ハイヒューマン』を贈られた・・・」
「『時空の管理人』って?」
「あぁ~この世界で言うところの『創造神』なんだろうと思う」
「神さまに出会ったのですか?・・・」
「うん!」
「そして・・・扉を開けてこの世界へ来てどうすればイイんだと迷ってる時にアニーに出逢った!ははっ」
「わたしが奴隷商人に襲われていた時ですね・・・」
「そう!でも今から考えたらあまりにも出来過ぎな展開だよなぁ~~」
起こり得ぬ場所で、起こり得ぬことが、起こり得ぬタイミングで起こった。
偶然だと思っていたことがアニーと出逢ったことで必然へと替わった。
だから俺は・・・彼女の存在が俺にとって何なのか知りたいと思った。
今となってはもう懐かしい思い出だ。
「そうかも~あはっ」
「ハイヒューマンがさ、ハイエルフが居るその場所へ飛ばされたわけだから・・・ははっ」
「まるで神さまが仕組んだみたいですね~」
「ハイエルフなのに封印され、その上エルフの森から旅立った面白い娘がいることが判っていたんだろうなぁ~・・・そこへ俺が狭間に転がり込んだ」
「うん・・・」
「これは面白いことになった。こいつをハイヒューマンとして送り出したらもっと面白いことが見れそうだなんて悪戯心で扉を開けたのかも知れない~ははっ」
「その扉の開いた先にわたしが居たってことですね。あはっ」
「そう言うことだぁ~ははっは」
こうやって顧みてもヨトゥンが云った『悪戯心』で、神がふたりを強引に惹き合わせたのかも知れない。
また、そこには神の『意志』が働いていたのかも知れない。
けど、こうしてふたりは出逢い『縁』を繋いだ。
意図的に仕組まれたようなシチュエーションであっても、お互いが惹き合う気持ちは意図できない・・・それはふたりの心の問題だからだ。
神は『機会』だけを作ったのだ。後はお前たちで何とかしろ・・・これが正解なのかも知れない。
それは過っての『理』に反する神自身の『意志』でもって曲げられたもの・・・だから色合いが違うふたりに見え、神に選ばれた者という表現が出てくるのだろう。
ジロータに云われたように素直に考えていけば、疑問に思っていたことが不思議なほど自然に繋がっていく。
・・・・・・・・
「アニー・ベルハートと申します。ショーヘイさんがいつもお世話になっているそうで、ありがとうございます!」
アニーはにこやかな笑顔で自己紹介しながら軽くお辞儀をした。
「おぉ~~これは光栄至極!次代のハイエルフ殿のご尊顔を拝せるとは・・・名誉館長をやっておりますクロフォード・リンデンバーグで御座います。以後お見知りおきを!」」
好々爺はアニーの前へと素早く駆け寄り、そして跪き仰々しく敬って挨拶をした。
俺の時とは大違いだ・・・そう思うと可笑しくなってしまう。
「やめてください~~館長さま!わたし困ります~!」
逆にアニーは恐縮してしまい、オロオロと館長と俺の顔を交互に忙しく見つめ困り果てていた。
今日は過っての約束通りアニーを名誉館長に紹介しに図書館へと出向いてきた。
実は館長に内々の相談もあったのだが・・・
「いやぁ~~お美しい!・・・封印されているとお聞きしておりますが、それでもお美しい!!」
「館長~もうその辺で!・・・彼女が困っていますよ」
「君はそう言うが・・・『覚醒』されたらどんな女神のように美しく成られるか爺さんとしたら今から楽しみなのじゃ~ほほっほ」
「あぅ・・・」
「実は館長・・・今日はご相談があって参りました!」
「ほぉ~相談とな?」
「はい。先日お話したヨトゥンさまから戴いた『黄金の実』に関してのことです・・・」
「ふむふむ・・・」
「血脈を残せないこのふたりが、『黄金の実』を使うことで子供が授かる可能性があるのか医術的知りたいと思いまして・・・」
「ふむ・・・」
「メイスカヤさんに以前聞いたことがことがあります。館長はバサラッド王立大学の名誉理事長でもあられると・・・そこで医術の研究をされている学者さんをご紹介願えたらと・・・」
「なるほど・・・それは良い考えかも知れんなぁ~!」
「ご紹介願えますでしょうか?」
「もちろんじゃ!ハイヒューマンとハイエルフおふた方の願いを無碍にはできぬわぁ~飛び切りの人物を紹介させてもらうぞ!ほほっ」
「ありがとうございます!」
アニーは好々爺に満面に笑みを浮かべお礼を述べた。
好々爺もその返事に嬉しそうにしていた。
ふたりで話し合った結果、何故我々には子供が授からないのか・・・肉体的な見解を知りたいと専門家に教えを乞うことに決めた。その為には館長のパイプを頼るのが一番適切だと思えたのだ。




