第65章 運命の端境期
ヨトゥンのその言葉はアニーにとっては衝撃だった。
自分がハイエルフが為に許されないと言うなら・・・そんな者に成りたくないとさえ思った。
「えっ?・・・わたしは愛する人の子供を産めないのですか?」
「現実ではそれが『理』と言える・・・」
ヨトゥンは目尻に涙を浮かべ見つめる彼女にどう答えるべきか迷った。
何かにつけ人知外の存在である上位種が故に失ってしまうものもある。
「そう宣言されると何かツライです・・・」
そう言って哀しそうに俯くアニーへ、俺は掛ける言葉を何ひとつ見つけることができない。
「うむ、確かにツライであろう。だが『精霊』殿からは愛を感じる・・・それも深い深いどこまでも深く愛が溢れているのが手に取るようにわかる!」
彼はそっと俯くアニーの肩に手をかけ優しく微笑み掛けた。
アニーは顔を上げることなく静かに何かを思い耽るように目を伏せた。
「血を繋げられないってことは、私たちふたりがこの世界に存在したという証を残せないということですか?」
「君たちの存在は歴史として残って行く・・・それが幸せかどうかは私には判断しかねる事だ」
俺の問い掛けに淡々と答え、そのまま言葉を続けた。
「ハイヒューマンはこの世界では生まれないことは知っているな?」
「はい・・・転移者のみと聞いています」
「その通りである。しかしハイエルフはこの世界で生まれる。エルフの森という『理』はあるが・・・私が最初に言った言葉を覚えているかな?」
「・・・・」
どの言葉を指してそうヨトゥンが言うのか判らなかった。
彼は少し戸惑う表情の俺を楽しむかのような笑顔を浮かべている。
「神の悪戯か思し召しか判らぬが、過去のハイヒューマンとハイエルとは君たちふたりは色合いが違うように見えると言っただろ?」
「はい・・・」
「そしてこうも言ったぞ・・・ここで出会ったことは『運命』かも知れぬと!ふははっ」
ヨトゥンは自分の言葉を思い出したかと言わんばかりに俺に再確認させて笑った。
「はい・・・確かにそう云われました」
「『精霊』殿は私の言葉がショックだったのかも知れないが、何もそう決めつけることも無かろうと思う!」
「どう捉えたら良いのでしょう?・・・」
「私と出会ったことは神の思し召しか悪戯かは判らないが、これも『縁』だと考えたら良い」
「はい・・・」
「神はこの『世界の理』を君たちに変えさせようとしているのかも知れないなぁ~!」
「意味が良くわからないのですが、以前にも違う方にそう云われた事があります」
シフォーヌにも以前同じようなことを言われた。
『創造神があなたたち二人に何をさせたいのかは解りませんが、ひょっとしてこの世界の理を変えたいと思っているのかも知れませんね』
その言葉の真意が見えないまま、俺は謎ばかりを深めていた。
「なるほど!・・・君は私が『受胎効果』のある実を授けることのできる精霊だと知っているな?」
「はい・・・」
「そして適齢期の君たちが50年に一度しか現れない私と出会ったんだよ・・・これが『運命』で無くして何であるか?ふははっ」
「適齢期と言うのは・・・子作りに適した年代ということでしょうか?」
「そうだ・・・これが例えば20~30年ズレるとそうは行かぬ。意味がわかるな?」
「はい。何となく・・・」
『霜の巨人』ヨトゥンが何を以って『運命』と位置付けているのかは朧げながら理解できる。
この適齢期に出会ったことは『偶然』でなく『必然』と言いたいのだろう。
それは、20~30年後が50年周期目であったなら今日という日は無かったってこと・・・もしかして出会いも違う形になっていたかも知れない。
ヨトゥンは何かを思案するかのように天井の輝く水晶を暫し眺めていた。
そして俺とアニーへと視線を戻すと優しい笑みと共に口を開いた。
「うむ。君たちに『黄金のマンドラゴラ』を数本授けてあげよう・・・その内の1本は必ずふたりの為に使いなさい!」
「はい・・・」
「今から10年以内に彼女に子が授かる可能性がある。それは『理』を壊すことにもなりかねない。だが・・・これは神が望んでいることだと考えなさい!」
「えっ?!・・・」
「『縁』の繋がりとは広がりを意味する。そしてそれは無限に広がる可能性を意味することと同意語だ!」
「・・・・」
「きっとハイヒューマンは無理だろうが、ハイエルフが生まれる可能性はある・・・」
「へっ?!・・・わたしはショーヘイさんの子供を授かれるのでしょうか?」
今まで俯き加減に沈黙しただ話を聞いていただけのアニーが、突如その言葉に反応し口を開いた。
突然のその反応に彼は少し驚いた表情を見せたが、そんな彼女に自分の見解を優しく述べた。
「あくまで可能性だが・・・たぶん間違いないと私は考えている」
「ヨトゥンさまにひとつ訊いてもよろしいでしょうか?・・・」
「どんな事だろうか?」
「わたしは封印された状態ですが、子供を授かるとすれば『覚醒』した方が良いのでしょうか?」
「ふははっ・・・それは関係ない。君の本質は『精霊』なのだから~励むことを励めばイイだけの事だよ!」
アニーはその言葉に恥ずかしそうに俺の顔をチラッと見た。
頬を染めるその顔がたまらなく愛しく思える。何か無性に抱きしめたくなってヨトゥンの前にも係わらずアニーを引き寄せた。
俺の胸に顔を埋める彼女のその顔は本当に嬉しそうに見える。
彼はそんなふたりの行為をやさしい目をして見守ってくれた。
男女である限りいろんな愛の形があり契りがあって然りである。
夫婦間においても同じである。何も子供だけが『愛の結晶』ではないが、アニーにとっては大家族の中で育ってきた関係上、親、兄弟、祖父・・・みんなから注がれた愛情は無限だったのだろう。
それを自分が作る家族・・・俺であり生まれる子供に注ぎたいという想いが人一倍強いのだと思う。
だから最初に『血脈は残せない』と云われたことがショックだったんだ。
暫しの時間、彼はこの世界の不思議さについていろいろ教えてくれた。
そして空間から『黄金のマンドラゴラ』を取り出したところで区切りを着けた。
「1本は君たちの為に、3本はこれを待ち望んでいる者たちに授けよう!ふははっ」
「ありがとうございます。俺もアニーも何か心の迷いがひとつ弾けた気がします。出会えたことに感謝致します!」
「いや~こちらこそ、君たちふたりに出会えて嬉しかった!私の言葉が『理』にそして『神』に逆らうように聞こえたかも知れぬが、この出会いもきっと『運命』なのだろう。そして君たちふたりなら立ちはだかる壁も乗り越えられると思う!」
「はい!!」
「また50年後にその後の経過を報告してくれる事を楽しみにしている!・・・私が消えると君たちの友達も解凍されるから安心してくれ!」
「はい。必ず報告に参ります~!」
「うむ、ではまたの~!さらばじゃ!!」
『霜の巨人』ヨトゥンはそう告げると笑顔を浮かべたまま次元の歪の中へと消えていった。
俺は彼から特別に授かった1本を『無限バッグ』に収納し、アニーの手元には3本の『金の実』をつけたマンドラゴラが残った。
アニーは俺の肩に体を預けるように寄り添ってきた。俺はそんな彼女の腰に手を回して引き寄せた。
わずかな時間だけの接触ではあったが、時間以上に中身は濃かったように思う。
ローク達が次第に解凍されていく。
たぶん凍ってる間の記憶は無いものと思われる。
「おろ?俺たち何してたん?」
「あれれ・・・わたし寝てたなりか?」
「あれ?凍った瞬間までは覚えてるけど・・・どうなっていたの?」
「ココはどこなのです・・・?」
みんなキョロキョロと自分の体や周りを不思議そうな顔で見回している。
瞬間の出来事だったもの・・・何も覚えてなくて当たり前だろう。
「みんながジャックフロストに凍らされてる間に・・・ほら!」
「『黄金のマンドラゴラ』3本貰ったですよぉ~『霜の巨人』さんから!あはっ」




