第63章 雪中行軍
山小屋の中では暖炉に焼べられた薪がパチパチと音を立てて燃えている。
この世界では・・・魔脈の上にない地域では暖をとるにも乾いた薪のストックが無いことには儘ならぬ環境下に置かれる。
元の世界では当たり前のことが当たり前でないことにはもう慣れてきたが、いまだ謎の多きこの世界に戸惑いを感じてしまう。
「ジャックフロスト?・・・そいつは『霜の巨人』の手下なのか?」
「雪の妖精みたいなもんだなぁ~~聞こえは可愛いが悪戯好きの雪だるまと思ったらいいよ!」
ロークの問いにクルスと名乗る近くにいたパーティーのリーダーは簡潔に説明してくれた。
「危害は加えてくるのかな?」
フレッドはその説明に反応するかのように訊ねた。
クルスは軽く頷きながら忠告をしてくれた。
「悪戯程度だと思うが人を凍らせることができるから近づかない方がいいかもなぁ~」
「なるほど・・・了解した!」
「伝説なのかどうかは知らないけど、ビフレストは天界と人界を結ぶ架け橋という意味らしくてさ・・・ここから先は不思議な現象がよく起きると聞いている。いつ何時危険に陥るかも知れないし細心の注意が必要かと思うよ」
俺のその言葉に近くで暖をとっていた全員が耳を傾けていた。
悪天候の中での慣れない雪中行軍の上に徘徊する魔物もいる・・・報酬額に釣られた者たちの顔も気分も少しは引き締まったような気がした。
暖を十分とったパーティーから小屋を後にして行く。
山小屋は俺たちが入って来た時から比べると半分ぐらいの人数に減った。
クエストの『種明かし』を知る身としては・・・慌てても仕方ないのにと思うが、知らないみんなは逸る気持ちを抑え切れないんだろう。
他人よりも早く見つけたい・・・誰しもが抱く心理なのかも知れない。
そんな中、俺は芯から冷えた体を温もらす為に『無限バッグ』からティーポットを取り出した。
それを受け取ったアニーは、ティーカップのある分だけ辺りの冒険者にもハーブティーを注いで回ってくれた。
これで少しは体も気持ちもひと息吐けただろう。
暖炉のパチパチ燃える薪の音が部屋に響き渡る。
みんなそれなりに落ち着いてきたみたいだ・・・どの顔も笑みがこぼれている。
そんな中、フレッドとエミリアは今さらって感じでうちの女性陣を見て驚いた。
「おいおい、雪被っていたから判らなくて今気付いたけど・・・ウサミミ集団可愛すぎるだろう?ぶははっ」
「似合ってる上に、お揃いってのがステキ過ぎですよぉ~あはっ」
「だろ?うちの自慢のレディーたちだ!がははっ」
「何が自慢なりかぁ~~お前ら狩るぞぉーーとかバカにしてたの誰なりか~~?ふん!」
「それはだなぁ~~クロエが可愛すぎて本物のウサギさんに見えたからさぁー!がはっ」
「ローク!誰が可愛いって?・・・」
「いや、その~・・・フローラさまが一番かと思います・・です」
「あぅ・・・」
場所を選ばん奴らだなと思いつつもやり取りに微笑んでしまう。
周りのみんなも笑っているし、不安も緊張も解れて良かったのかも知れない。
一歩間違えば危地に陥るこういう場所で、わずかひと時でも和やかな時間を流せることは大切だと思う。
それは気が緩むのではなく、慣れぬ雪中行軍で強張った体と心が癒されるということだ。
他パーティーのメンバーも・・・うちのウサミミフードの女性たちを見て、少しは心に余裕も出来たであろう。勿論、俺自身もだが。
・・・・・・・・
フレッドやクルスのパーティーも先に小屋を出て行った。
入れ替わるように二組のパーティーが暖を求めて入ってきた。
やっぱりけっこうな数のクエスト受注者がいるんだ・・・改めてそう気付かされた。
「よっしゃー!俺たちも陽が沈むまでに目指す山小屋まで登っておくかぁ~!!」
「了解!!!」
このビフレスト山脈は風光明媚なこともあって、夏場は訪れる者が多いらしくこの手の山小屋は割と点在しているようだ。
MAPの中でも数か所は確認が取れている。
きっと山菜取りや研究者なども頻繁に入ってくるのだろう。
雪の中での慣れない行軍だ・・・走破できる距離と時間を考慮しながら俺たちはひとつ上の小屋を目指す為に吹雪の中へと身を晒した。
ザクッ ズボリ ズボズボッ ズボ・・・
ロークを先頭に摺り足で新雪を掻き分けて歩を進めて行く。
俺は最後尾から話題になっていた『ジャックフロスト』を警戒しながらその轍を歩く。
「索敵スキルに2体掛かった。たぶんジャックフロストと思われるが距離があるから避けよう!」
「そうですねぇ~不慣れな足場ですし・・・できるだけ回避の方向がイイのです!」
俺の情報に2番目を歩くパウラが反応した。
「雪だるまの魔物って聞いたら可愛いのを想像するわねぇ~!きゃは」
「可愛いなんて言って近づいたら春まで凍らされるぞ!ははっ」
フローラの膨らます想像に言葉で釘をさしてやる。
「怖い、怖い、怖いなり~」
「女性は雪と同じ白色ベースの防寒着だから、案外雪と同化してて見つかり難いかもですねぇ~あはっ」
「ロークが生贄になればイイなり~♪うひひ」
「お前らぁーーー!減らず口叩かず歩けぇーーー!!」
吹雪は最初の頃から比べると収まってきたように思える。
こんな山中の天候なんぞ気まぐれですぐに変わるんだろうが・・・今のうちに歩を進めておきたい。
この広い山脈をみんなが同じ場所を目掛けて行軍しているわけではない。
過去の文献を基に練に練ってポイントを定め行軍を続けている。
俺は名誉館長から聞かされた話をベースに山腹の洞窟があるような場所をみんなに提案した。
まず『霜の巨人』に出会えそうな場所探し・・・ココが最重要だ。
洞窟と思われる場所に近い山小屋を見つけた。
今はそこを目指して雪中行軍に耐える。
後にも先にも雪を掻き分けた形跡がない。たぶん俺たちだけがそこを目指しているようだ
・・・・・・・・
段々と灰色の重たい空はより一層黒さを増し闇が迫ってきたことを告げる。
俺たちは体の芯まで冷え切った体を引き摺りながら山小屋の扉を開けた。
辿り着けたのは良かったが人の気配が全く無い為、部屋の照明を着け暖炉に薪を焼べるところから始めなければならなかった。
冷え切った体に小屋の寒さは堪えたが・・・これは致し方ない。
暖がようやくとれるようになり体も気持ちも少し落ち着いてきた。
「今夜は携帯食で済まそうかぁ~~不味いからキライなんだけどさ~うぅ」
「まぁ~これは仕方ないし・・・『無限バッグ』からシュラフも出しておくから、疲れた者から早めに休むことにしよう!」
「ローク、わたしが可愛いからって襲わないなりよぉ~~うひっ」
「誰が襲うかぁーーー!うぅ」
クロエはロークを逆らうように笑った。
それをロークは全力で拒絶する。そのふたりの光景がたまらなく可笑しい。
「へぇ~~ロークってクロエがタイプなんだぁ・・・ふぅ~~ん」
「違います、違います~~天に誓って違います・・・です!うぅ」
ロークは起立し顔を何度も横に振りながらフローラへと情けなさそうな表情を浮かべる。
まったく以って滑稽な顔と態度に、みんなはクスクスと笑った。
「クロエさん、全力で拒否されてるのです~ぷぷっ」
「あぅ・・・」
「ははっ、そんな冗談言えるぐらいの元気がみんなに残ってて安心したよぉ~!」
「ショーヘイとアニーは一緒のシュラフ?」
「えへっ・・・それでもいいですよぉ~♪」
アニーはフローラの言葉にそう言い返すと、俺の顔を覗い恥ずかしそうな仕草を見せた。
何も言葉を返せなかった。
「うぅ・・・」
この仲間は本当に素敵だと思う。
どんなにしんどくても笑顔を見せ合える・・・それだけで疲れも吹き飛んでいく。
それは苦境や逆境、危地に立たされた時でも好転させられる原動力になる。これは絶対に大切なことだ。




