第59章 時間潰しの午後
ロークは先日のレイドクエスト『牛頭人身の怪物と番犬』の反省会と称した酒盛りを、今夜も仲間を集めては『白き牝鹿亭』にて席を囲んでいた。
前々日にはレイド組全員でクエ達成会をしたばかりだというのに・・・本当にこの手の集まりが好きな男である。
それがまた彼らしい所と言えばそうなんだろうが・・・付き合うこっちの身が持たない。
「わたし見たなり~~!」
クロエは席に着くなり、早々に猜疑の目でロークとフローラを見つめた。
先日来から触れたくて仕方がなかった話題なんだろう。
その言葉にアニーが反応した。
「何をですか?・・・」
「あの広間でロークがフローラに膝枕されてるの~~~!ローク嬉し泣きしてたなり~♪うひひっ」
「あぁ~~わたしも見たですよ!ぷぷっ」
「お前らーー!覗き見か?趣味悪いどぉーーー!!」
ロークはクロエとパウラを睨みながら少し顔を紅潮させて憤る。
そんな彼を横目で見ながら適当な話を繕おうとするフローラも少し頬を染めているのが見て取れる。
「あんたたち・・・それ気の迷いよ!ワンちゃんにペロペロされたんじゃないの?きっと麻痺毒で見た幻覚よぉ~!きゃはは」
「へ?・・・そうなり??」
「んっな分けないのですーー!!」
パウラは誤魔化すなとでも言いたげに両手を上げて何かを叩くように拳を振った。
「わたしも見ましたけど・・・あぅ」
「俺も見たよ~~ははっ」
「ショーヘイとアニーは牛野郎の瘴気にでも中ったんじゃないの?きゃは」
どうにもこうにもフローラはその記憶をみんなの頭から消し去りたいらしい。
彼女にとっては日頃のロークに対する言動とは別次元の優しさを見せてしまった事が照れくさかったんだろうと思う。
そんな必死さが逆に可愛くも見える。
「あぅ・・・」
「まぁ~そういう事にしとこうかぁ~!ははっ」
それ以上突っ込むのも気が引けるし、人の恋路をとかくいうのも憚れたので適当に流しておく。
丁度給仕係の女性二人がエールを運んで来てくれたし、この話をうやむやにするのにも切りが良かった。
「お待ちどうさま~!」
「おぉー!酒も来たし~乾杯しょっかぁーー!!がははっ」
ふたりを冷やかしたそんな話題を、ロークは気分よく笑いながら軽くいなす。
“乾杯~~♪”
「ローク、笑って誤魔化す気なりか~~~!ムキィーーー!!」
人が優しくなれるそんな時間がある。
幸せの感じ方は人それぞれに違って当たり前なのかも知れない。
ロークは今・・・心癒される時を刻んでいるんだろう。
きっと彼女の顔を見るだけで、そして束の間でも一緒の時間を流せるひと時が嬉しいんだろう・・・俺には彼がそんな風に見えた。
クロエとパウラはロークを問い質そうと話題を逸らさず食いついている。
賑やかなその光景とは別に、フローラはアニーの耳元へと顔を寄せそっと囁いた。
「アニー・・・今度部屋に訪ねて行ってもいい?」
「へっ?イイですけど・・・」
「いろいろ訊いてみたいことがあるの・・・」
「はい。いつでも大丈夫ですよ~」
「じゃあ~~明日伺うわぁ~よろしくね!」
「はい・・・あはっ」
天然ボケを地でいくアニーは、たぶんそれが何を意味しているのか解っていないと思われるが・・・洩れて来る囁きを耳にした俺は、フローラが何をアニーに訊きたいのか何となく想像できてしまった。
明日はどこかへ時間潰しにひとり出掛けるか・・・そんなことを考えてしまう自分がいた。
・・・・・・・・
図書館はいつも難しい顔をした学者や研究者で埋め尽くされている。
なのに漂うこの静寂感が不思議で仕方ない。
歩く音も書物を捲る音も静けさの中に何の違和感もなく溶け込んでいる。識者はお行儀がいいんだろう・・・そう思うと可笑しくなった。
俺は訪ねて来るフローラに気を遣い、時間潰しの為にひとり図書館へと出向いた。
丁度良い機会だし、先日ジロータが口にした『役割』について何か足掛かりになる物でもあればと足を運んで来たが、受付カウンターに頼りのメイスカヤの姿を見つけることはできなかった。
「メイスカヤさんは、今日は非番なのかなぁ~・・・」
仕方がないので、ひとりで書物棚を漁ってみるも全く以って分からない。
司書の有難味を痛感させられた。
どうにか『英雄伝』と『精霊伝』という二冊を探し出し、それを手に取り空いた席へと腰かける。
分厚い書物に嫌気がさすが、取りあえずページを捲っていく。
「あら~~ショーヘイ君じゃない?」
「・・・・」
俺の名を呼ぶ声に、書物から顔を上げる。
メイスカヤがにこやかな笑みとともに席へと近づいてきた。
「あぁ~メイスカヤさん。今日はカウンターに姿を見つけられなかったので、てっきりお休みかと思ってました!ははっ」
「少し奥で用事があったの~それで席を外していたのよぉ~ふふっ」
「そうだったんだぁ~」
「あら?今日も英雄のお勉強?・・・」
メイスカヤはテーブルの上の書物を目敏く見つけ手に取った。
「はい。ハイヒューマンとハイエルフについて知りたいと思いまして・・・」
「なるほどねぇ~~・・・」
「何かお薦め本ありますか?・・・」
「君が何を求めているのか分らないけど・・・この図書館にはハイヒューマンとハイエルフに関する資料は伝記物ばかりよ?」
「えっ?!それって物語ってことでしょうか?・・・」
俺はメイスカヤのその言葉に少し驚いた。
伝記物となればある程度の真実も混じっているだろうが、概ね執筆者の創造の世界の物語ってことか・・・
そんな俺の表情を読み取ってか、彼女は穏やかな笑みを浮かべて笑った。
「そうねぇ~~そんなのが中心ね。真の資料が欲しいならここでは無理かもね・・・だって秘蔵なんだもん!ふふっ」
「・・・どこでなら見ることができるのでしょう?」
「う~~ん、それけっこう難題よ!だって、王宮にある書物庫の蔵書なんだもん!」
彼女は、それは諦めなさいとでも言いたげに書物の在所を明言した。
「げっ!・・・」
「だから残念だけど・・・一般人では紐解けない資料になるわぁ~ふふっ」
「王宮か・・・うぅ」
王宮の書物庫か・・・
マリナに頼めば見れそうな気もするが、頭を下げてまで無理に見せてもらうのも気が咎める。
今は焦っても仕方がない。機会があればまたお願いしてみよう・・・その程度でイイのかも知れない。
ジロータも「どんな『役割』を担って次の時代を生きて行くのかは、君ら自身で感じ取って行かなければらない」と言った。
時の流れに身を任せていけば、いつか解る日も来るんだろう・・・俺は自分自身にそう言い聞かせることにした。
「ねぇ、ねぇ~よかったら隣の休憩室でお茶でも飲まない?」
「へっ?」
「私、今から休憩時間なのよぉ~ふふっ」
「そうしますかぁ~ははっ」
「行きましょう~行きましょう~♪」
メイスカヤはそう言うと、俺が持ってきた二冊の書物をテーブルの上から胸に抱えカウンターへと歩き始めた。
堅苦しい人物の来館が多い中、俺のような若者がこの場に居ること自体が彼女の中では清涼剤になっているんだろう。
にこやかな笑顔で足早に歩くメイスカヤを追いかけるように俺も席を立った。
・・・・・・・・
黄昏時が迫ってきている。
冬の寒風に澄んで見えた青空は薄く橙色が混じりかけてきた。
まだまだ春には遠いが、年が明けると少しずつ少しずつ陽が長くなってきたような気がする。
そんな染まりゆく空を眺めながら石畳の坂道を家路へと急いだ。
「ただいま~!」
「お帰りなさい~ご主人さま~♪」
俺がリビングに入ると同時に勢いよくアニーは胸に飛び込んできた。
「ははっ、いきなりどうしたぁ~!」
「いいのですぅ~!あはっ」
フローラとふたりでどんな会話をしたのかは知る術もないが・・・
アニーの機嫌が良いということは楽しかったんだろう。
後で少し教えて貰いたいもんだ。




