第55章 捨て去れぬもの
シフォーヌのその言葉の意味も真意も読み取れない。
部屋の空気が一変したかのように重く感じられた。
「わたしが、わたしで無くなるのですか?」
「そうよ~あなたが覚醒すると喜ぶ人もいるわよ。けれどね・・・今のあなたにはまだ早いわ~ふふっ」
シフォーヌはアニーが感じる重たさとは逆に手を口にあて軽く笑った。
「早いというのは・・・わたしがまだ『真の覚醒』に至るまで時間が掛かるからでしょうか?」
「違うわよ。そうじゃないの~」
「・・・・」
「アニーは今の生活が好きですか?・・・どう?」
「はい。とっても好きです。今の時間をこよなく愛しています!」
「それを捨てることができますか?」
「それは絶対に考えられません!」
彼女の問い掛けに真顔になりキッパリと気持ちのままを答えた。
そんなアニーの表情を優しい目で見つめていたシフォーヌは、その返答に目を伏せながら微笑んだ。
「そうですね~私もアニーには今の生活をできるだけ長く続けて欲しいと思うわ~ふふっ」
「はい・・・」
自分にとって何が大切かと問われたら、間違いなくショーヘイと流す今の時間であると即座に返せる。
この時間失うことは考えられないし考えたくもない。
今や・・・何ものにも替え難き大切な時間である。
悠久の時間をふたりで流し続けたい、愛しのご主人さまと・・・
「今はアニーもショーヘイさんも真のハイエルフとハイヒューマンになっていない状態だと考えればいいの・・・」
「それは、わたしが『覚醒』していないからですか?」
「そうねぇ~・・・この先に『番』になる為の今は準備期間みたいなものなの・・・」
「そうかも知れません。『番』になる為にわたしは封印を解いてもらった方が良いのでしょうか?」
彼女の含みのある話しにどう応じればいいのかわからない。アニーは戸惑いの中でシフォーヌを見つめた。
アニーの戸惑いは感じ取れてはいるが、伝えなければいけないことは言葉にしなくてはいけない。
シフォーヌは目元を引き締めながら、そんなアニーの目をしっかりと見つめ口を開いた。
「『覚醒』してしまうと背負わなければならない『役割』が生じてきます・・・これはハイヒューマンとハイエルフの『宿命』なのです」
「『役割』ですか?・・・」
「そうよぉ~これは過去から現在の私たち全ての『番』が何かしらの『役割』を担ってきたのよ」
「どういうものなのでしょう?」
「そうねぇ~ジロータはこの世界の平和を守る為に『守り手』として自らを封印したわ~それが彼の『役割』だったと思っています」
「はい・・・」
「たぶん、私に与えられたのは『導き手』・・・あなたとショーヘイさんを次代のハイエルフとハイヒューマンに導くのが『役割』だと思えるようになったの!」
「・・・・」
シフォーヌは実感しているかのように言葉にし、そしてひとり軽く頷いた。
たぶん・・・この500年間、自分の『役割』が見えてこなかったんだろう。
ジロータに託された責務の果たし方もわからぬまま時を流し続けてきたんだろう。
そして巡り逢った。このふたりに・・・
「何故、私が自分を『導き手』だと感じたのか・・・わかる?」
「いえ、わかりません・・・」
「それはねぇ~あなたたちが過去のハイエルフとハイヒューマンとは全く異なるふたりだからよ~」
「何が違うのでしょう・・・」
「私たちは『理』の中で『縁』を繋げてきたわ~・・・けれど、あなたたちふたりは『理』を超えて『縁』を繋いだの・・・」
「意味がよくわからないです・・・」
「あなたたちは『神に選ばれし者たち』なの・・・そして私は、そんなあなたたちと出逢ってしまったのよ~ふふっ」
それはもう確信できることだった。
このふたりは『神』が私に授けた、いや託した者たちなんだ・・・そしてふたりを自分が未来へと導いて行かねばならない。
それが私の責務であり『役割』なんだとシフォーヌは心に刷り込んでいった。
「えっ?!・・・」
「これが何を意味するのか自ずと理解できたわ~・・・あなたたちを真の『英雄』と『精霊』に導くのが私に与えられた『役割』なんだと・・・」
アニーの戸惑う気持ちとは裏腹に、シフォーヌは自分自身を納得させられたような気がした。
「・・・・」
「今は解らなくていいのよ・・・ゆっくりゆっくりとふたりの時間を流して行きなさい~『役割』を気にするのはずっと未来でいいのですから~ふふっ」
「はい・・・」
「アニー、だから『精霊』になることを急ぐ必要はないのですよ!」
シフォーヌの言葉を、ジロータの言葉を自分の中でどう消化していいのか正直よくわからない。
何をどうするのが正解なのかも解らないけれど自分は自分でしかない。『神に選ばれし者たち』と云われても、その言葉の意味も真意を理解できない。
けれど彼女の言う通り、今は無理にあれこれ考えずショーヘイとの時間をゆっくりと流していけば・・・ただそれで良いのかも知れない。
自然に身を任せていけば、いつか見えて来る世界があるんだろう・・・アニーはそんな風に思うことにした。
「もうしばらくこのままのアニーでいましょう~・・・ねっ?」
「はい・・・」
・・・・・・・・
『かれん亭』の一画は今日もくだらない話題に笑いが弾けている。
「おろ?・・・今日はアニーちゃんお出掛けか?」
「あぁ~ちょっと訪ねたい人があってなぁ~・・・そちらへ行ってるけど、もうここへ来る頃だと思う~!」
「ショーヘイとアニーって本当に仲がイイわよねぇ~?どうしてなの?」
「何でって言われても困るけど・・・うぅ」
「わたし見たのです~~『聖剣』の前で仲良く手を繋いでいるふたりを~~♪」
「ひゃーーーー恥ずかしいなり~!」
「何でクロエが恥ずかしいんだよぉ~~~!うぅ」
「でもさ、そんなふたりと一緒だと・・・こっちも何か羨ましいとか通り越して幸せな気分になれるわよねぇ~きゃは」
「なのです~♪ぷぷっ」
「あぁ~~俺も幸せになりたい~~!」
ロークのその言葉にフローラの頬が少し染まって見えた。
伝えることは伝えたんだぁ~・・・そう思ったら余所余所しいふたりの素振りも可愛く見える。
「あっ、ローク!雑魚寝部屋出たなりか~?・・・部屋借りたって聞いたなり~」
「おうよぉ~~俺もついに部屋を借りた!ショーヘイっ家と同じような部屋を!!がはっ」
「あへ?誰かと同居するのです・・・?」
「野良犬に決まってるじゃない?きゃはは」
「ちゃーうわぁ~~!断じてちゃーうわ!!」
「うぅ・・・」
訊くのも憚れたので敢えて訊かなかったが、ロークとフローラの同居はまだ実現していないようだ。
フローラの柵がそれを許さないのだろうが、『前夜祭』以降の彼女のロークを見る目が少し優しくなったように思える。
遠くない先に。ふたりはきっとそれを乗り越えるだろう・・・そんな気がする。
その後、アニーも『かれん亭』に合流した。
暫し他愛もない会話を流しつつ、久しぶりにみんなでクエストに出掛けようと取り決めたところで解散となった。
クロエとパウラは買い物に出掛けるらしくいそいそと立ち上がり、ロークとフローラはどうするのか知らないが肩を並べて店を後にしていった。
「さぁ~俺たちも帰ろうかぁ~!」
「はい!」
アニーは席を立ちあがった俺の横に寄り添い、嬉しそうな顔をして手を繋いできた。
その笑顔を見るとこっちまで自然と笑みがこぼれてしまう。
店を出たふたりは会話を交わすでもなく、ただ手を繋いだまま通りを歩いた。
石畳の坂道が見えてきた。
「いつまでも、いつまでも・・・こんな時間が続くといいなぁ~あはっ」
「そうだなぁ~・・・俺もそう願ってる!」
「ご主人さま~~」
「うん?・・・」
『わたしは・・・出逢えて本当に幸せです!』




