第54章 聖地からの帰還
何も無い白一色の空間が少し揺れた。
目の前にいるジロータが重なるようにぶれ始めた。
精神的な疲労度が限界に近いんだろう。
「そろそろ限界を迎えたようだ。私はしばし眠りに就く・・・今日は君と話が出来て楽しかったよ!」
「はい。わたしもお会いできたことが嬉しいです!」
「最後にひと言、君に贈っておこうかぁ~『理』を難しく考えるな。素直に受け止めていけば良いのだ。さすれば・・・必ず解る日が来る!」
「はい・・・そうしてみます」
「うむ、ではショーヘイ殿、また出逢おうぞ!」
「はい!」
目の前からその思念体で構成されたジロータの姿が消えた。
その途端、視界が歪み始めた・・・そして空間がぐるぐると回り始めて中央に黒い穴が開いた。
その中へと吸い込まれていく・・・
今度は螺旋階段を猛スピードで下って行く感覚に襲われた。
そしてその歪みが止まった瞬間、俺は広間に立っていた。
そこは英雄ジロータが聖剣と共に魔王を封印している鎖に囲われた場所・・・異次元トリップする前にみんなと移動した位置だった。
どちらの空間の時間が止まっていたのかは解らないが、『聖剣』の中へ招かれる直前の光景だった。
隣にはアニーが立っている。
俺は何も云わず彼女の手を握りしめた。
アニーは俺のその行為に手を強く握り返し・・・そして優しく微笑んだ。
たぶん彼女も思念体のジロータに言われたんだろう・・・この空間にふたりを招いたと。
アニーとジロータの会話の内容は知る術もない。
俺がハイヒューマンであることを教えられたかも知れないし、まだそれは伝わっていないかも知れない。
けれど、そんなことはどうでも良かった。
『ひとりの男と女として出逢い、そして繋がりをもてた・・・』
『お互いを知りたいと思い、その想いはお互いを求め合う気持ちへと変化していった』
ジロータが云ってくれた言葉を素直に捉えればいいんだ。
俺はハイエルフのアニーを好きになったんじゃない。きっとアニーもそう思ってくれているはず。
『波長』が惹き寄せた出逢いでも、お互いがお互いの選択肢に入っているという『理』も自然に受け止めていけばイイだけ。
今のふたりがココに寄り添っていることは、紛れもない事実であり現実なんだから・・・
ただひとつ・・・
『君たちは神に選ばれしふたりだと言うことだ!』
それが何を意味していることなのか今は解らないが・・・
何より重たく感じられるこの言葉を、先に続く未来へと背負わされたということは否めない。
「これが『聖剣』による封印なんかぁ~~生で見るとすげぇーーーな!目に焼き付けておかねば~~がはっ」
「あんたもジロータさまに封印してもらったら?きゃはは」
「聖水もオマケするなり~♪うひっ」
「十字架もサービスしておくのです~!ぷぷっ」
「ヤメっい!お前らココは神聖な場所だぞ!ホントに・・・」
「神聖な場所に一番居てはいけないのは穢れのロークなり~!うひょ」
「あぅ・・・」
「あははっ・・・そなたらは何処でも此処でも愉快千万だのぉ~!」
場所も弁えずいつもの光景が広がる。
そんな彼らに、マリナは咎めることもなく一緒になって笑っていた。
彼女はこの仲間が本当に好きなんだろう。
小うるさい調査隊にジロータも眠りに就けないだろうと想像すると自然に笑みがこぼれた。
「王女殿下、今回も異常個所を発見することは無かったようです!」
分隊長はマリナの前まで駆け寄り、巡察隊の調査結果を報告した。
「そうか・・・何事も無いのが一番じゃ!それでは、今回の調査はここまでとする。皆の者引き上げようぞぉ~!」
マリナの提案による今回の巡察隊に参加させてもらったことで、俺たちふたりは思いもよらぬ『英雄ジロータ・ヒュウガ』と触れ合うことができた。
その中でアニーは何を感じ取ったのか、何を知り得たのかは分からない・・・だが敢えて訊ねるのではなく、彼女が語ってくれるまで待とうと思う。
そして俺は、ジロータに云われたように『理』は難解であるという固定観念を捨て去ることから始めてみることにした。
ふたりにとって、この経験はとても有意義なものになったと思う。
・・・・・・・・
『聖地』巡察からバサラッドへと戻った2日後、俺たちは今回の巡行に帯同したことへの興奮が覚めやらず、いつものように『かれん亭』に席を囲んでいた。
アニーはあの日の出来事をシフォーヌに早く伝えたいと出向いて行った。
たぶん・・・アニーは口にしないだけで、俺がハイヒューマンであることを感じ取っていると思う。
ジロータはきっと出逢いから『縁』を繋ぐふたりの話をしている筈だ。
『森羅万象の理』に触れて育ってきたアニーが、会話の中から理解できることは俺とは比べ物にならないだろう。
でも・・・今まで通りの笑顔を、いやそれ以上の笑顔を見せてくれる。
心が通じ合ったふたりには言葉なんて要らないんだろう・・・お互いが感じ取れるものを信じて寄り添えば未来は広がる。
俺はあの日以来、自然の成り行きに身を任せればイイんだと思えるようになった。
バサラッド東の屋敷街の一画。
シフォーヌの部屋でアニーはジロータに出逢ったことを嬉しそうに話していた。
「そうなの~あの主人に出逢えたのね?ふふっ」
「はい。短時間でしたけど、いろいろお話を聞かせていただきました!」
シフォーヌは本当に嬉しそうな表情を浮かべてくれた。
その柔らかい笑顔を目の当たりにするとこちらまで釣られて嬉しくなる。
「難しいことは云わなかった?・・・」
「いえ、難しいお話はありませんでしたが・・・しばらく封印を解かない方が君にとっては良いと言われました。その意味は解りませんでしたが・・・あはっ」
「あらら・・・そうなのね。私も同意見よ~ふふっ」
「それって何か理由があるのでしょうか?・・・お二人に揃って言われると気になります」
アニーにすればそんなに気にも留めてなかったことに二人して同意されると、それがやけに気になってしまった。
そんな惑う彼女の表情にシフォーヌは少し目元を引き締めた。
「その前に・・・ひとつアニーに聞いておきたいの!」
「はい・・・」
「あなたはショーヘイさんが何者か知っていますか?・・・言い方悪いかしら?ふふっ」
「はい。ジロータさまは口には出されませんでしたが、あの空間へふたりが招かれたことで何となく判りました」
「そう・・・理解できたのね」
「はい。そして『彼を信じて共に悠久の時間を流せ』と言われたことで確信できました。ご主人さまは『ハイヒューマン』だったんだって!」
ショーヘイに知り得たことを伝える気はないが、やっぱり繋がるべくして繋がったふたりなんだと確信できたことが嬉しかった。
「そうねぇ~その通りです」
「でも、こうも言われました。君はハイヒューマンの彼を好きになったのではないだろう?・・・だから今まで通り、一人の好きな男性として彼を信じて時間を流しなさいって!」
わたしはジロータの言うように、ハイヒューマンの彼と出逢って好きになったのではない。
ショーヘイ・クガが大好きなんだ。愛しくてならない・・・同じ時間を一緒に流せることにたまらなく喜びを感じる。
「へぇ~~~ジロータもそんな事を言うのねぇ~何か笑えるわねぇ~ふふっふ」
「はい・・・あはっ」
「そんな優しい言葉を知っていたのね~あの闘神みたいな主人がぁ~ふふっ」
シフォーヌは少し驚いたようだったが、すぐに笑みを満面に浮かべた。
彼女にとっては、ジロータに似つかわしくないその言葉が意外だったのかも知れない。
「封印を今解かない方がいいと思う理由はね・・・」
「はい・・・」
『あなたが、あなたで無くなるからよ!』




