第52章 聖剣の中へ
落ちるのではなく吸い上げられていく。
回転しながら上昇するような・・・まるで螺旋階段を猛スピードで駆け抜けていく感覚を抱かせる。
その回転が止まった先は『時空の狭間』を彷彿させるような白一色だけの空間だった。
『俺はまた狭間に飛ばされたのか?』
そんな事がふと頭を過った。
それよりもアニーが心配になり、ぐるりと周りを見回してみるも姿を見つけられない。どうも、この空間に飛ばされてきたのは俺ひとりのようだ。
アニーは大丈夫だろうか・・・どうすることもできない不安ばかりが膨らんでいく。
しばらくすると、その白い空間に人物らしき黒い影がこちらへと次第に近づいて来るのに気付いた。
その人物は遠目から見ても勇壮な甲冑を纏っているのが判る。
武人らしき人影はどんどん近づいて来、そして俺の前で歩を止めた。
「ショーヘイ殿だな?・・・」
俺の名前を突然呼ぶその声と笑顔は、どこか優しさが溢れていた。
「はい・・・」
「逢いたかったぞ~次世代のハイヒューマンの君に!」
「もしかして、ジロータさまでしょうか?」
「如何にも~私はジロータ・ヒュウガだ!君の目の前にいる私は思念体が創りだしている仮の姿だと思ってくれたら良い。ははっ」
「はい・・・ジロータさまだとすると、ここはどこなのでしょうか?」
俺は時空の狭間と同じような白の空間をキョロキョロと見回した。
「ここは『聖剣』の中だ!私が君とアニー君を呼んだのだ!」
ジロータは、どうやら俺たちふたりをこの聖剣の中という異次元空間へ招き入れたようだ。
しかし、ふたりと言えどアニーの姿はどこにも見えない。
「えっ!アニーは何処なのでしょう?」
「心配しなくても大丈夫だ!」
「・・・・」
「アニー君はもうひとりの思念体の私と出逢っている・・・君のようにな!」
「えっ!」
「簡単に言えば分身だよ~それで解るかな?」
「はい、なんとか・・・アニーが無事ならそれで落ち着けます!」
俺はアニーが無事であることにひと安心できた。
そんな俺の表情を柔らかな目で見ていたジロータは笑った。
「そうか・・・優しい男だな君は!ははっ」
「それより、わたしたち二人が消えたとなると外は大騒ぎになっていると思うのですが?」
「それは心配ない!時間が止まっているからなぁ~・・・みんな君たちが消えたことを知る術もない!」
「なるほどです・・・」
この空間に時の流れがあるのかどうかは知らないが、広間は時間が止まっていると彼は言った。
何もそれは広間の時間をジロータが故意に止めたわけではなく、ただ単に俺たちが時の刻みを無視した異次元空間へ飛ばされただけで・・・実際止まっているのは広間でなくこちらの空間なのかも知れない。
そんなふうに感じられた。
・・・・・・・・
ジロータは何も無い空間に胡坐を掻いて座った。
そして俺にも座れと手で足元の空間を指した。
「君をここへ召喚したのは、シフォーヌからも念波でいろいろ聞かせてもらっていてなぁ~~すごく興味が湧いたのだ!」
「はい・・・」
「『この世界の理を超えたハイヒューマンとハイエルフをわたしは授けられました』・・・とシフォーヌが言うんだよ~興味が湧かない理由がないだろ?ははっ」
そう言葉にすると、ジロータは俺の顏を下から覗うように楽しそうに笑った。
「えっ?!・・・そうすると『聖地』へわたしたちが来るようにジロータさまが仕向けられたのでしょうか?」
「いや、私は世間では『英雄』と呼ばれているらしいが、単なるハイヒューマンであって『神』では無い。そんな人の心や行動を操る人智を越えた事などできる筈もないよ~」
彼は自分が俺たちをこの『聖地』へ誘ったことをキッパリと否定した。
「はい・・・」
「でも考えてごらん。人と人の出逢いって面白いだろ?繋がっては広がっていく~ホランドやシフォーヌに出逢い・・・そして君はここへ来るべくして来た!」
「おわかりになるのですか?」
「今は実体を離れた思念体であるが故、同じハイヒューマンである君と共鳴できる部分は多いのだよ」
「はい・・・」
「君がこうしてこの場所へ辿り着いたということは、王室の誰かと繋がりを持てたということだろう。それは如何にしてそうなったのかな?」
俺と触れ合うことで共鳴して読み取れているのか、それとも念波によってシフォーヌに通じているのか・・・どちらにせよ、ここへ至る事情をジロータは理解しているようだった。
「封印されているアニーが、王女さまの目の前で『精霊』に異常覚醒したことが切っ掛けで、それから懇意な関係となれました」
「なるほどなぁ~・・・『精霊』アニーのおかげで今日ここで私と出逢う君が居るわけだ。人の繋がりとは『異なもの奇なもの』計り知れぬものがあるよなぁ~ははっ」
「わたしも、そう思います・・・」
巡り巡って今がある。ジロータの言葉の端々から、人が繋がって行く中で自然とこういう流れになった・・・それは、偶然を装った必然の出来事だと捉えられる。
でも俺は何か意図的にプログラムされているような、誰かに操られているような気がして仕方なかった。
そんな心を読み取ったのか、ジロータは笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「君はどう捉えているのかは知らないが・・・『この世界の理』に謎は多いが、そんなに難しく考える必要はないよ~素直に受け止めれば自ずと解ってくるもんだ!」
「そうなのでしょうか・・・わたしには全てが謎に包まれています」
「そうだろうなぁ~~私も最初は不思議で仕方なかった!ははっ」
「ジロータさま・・・ひとつ訊いてもよろしいでしょうか?」
「どんなことだろうか?・・・ん?」
「何故、ハイヒューマンとハイエルフは『縁』によって繋がり、そして『番』になるのでしょう?」
何もかもが不思議に思えるこの世界の中で、自分では消化できない部分をジロータに訊いてみたいと思った。
そんな俺に彼は笑いながら平然と言葉にした。
「ははっ・・・君はハイエルフのアニー君を好きになったのか?」
「断じて違います。彼女がハイエルフと判る前から好きになっていました。ひとりの男として彼女を愛しています・・・」
「私もそうだった・・・シフォーヌがハイエルフだから好きになったわけじゃない。それに転移したての負傷した私は自分がハイヒューマンなどと知らなかったしな!ははっ」
お互いがお互いの正体を知って繋がるものでは無い。
彼にとって、男と女の出逢いはそんな理屈っぽいものじゃないと言いたげだった。それには俺も同感できた。
「はい・・・」
「どの世界でもそうだろう?何故男と女は好きになり、愛し合い結婚をしたりするんだ?・・・それはお互いが『この人』だって直観が働くからだろ?・・・違うか?」
「確かに、その通りだと思います」
「『縁』ってのは、簡単に云えば、二人が同時に『波長』を合わせ感じ合う直観力なんだよ~・・・だから自分がどうしてもと望んでもどうにもならないことが多い。それは物でも人でも惹き寄せ合う波長が合わないからなんだ。合わないものを無理やり合わそうとしても結局は上手くいかないだろ?」
「はい・・・」
「例えば・・・君が数多くの女性を知っていたとしても、その中で絶対にアニー君を選ぶと思うぞ!」
「・・・・」
ジロータは優しい目で俺を見つめながら確信しているかのように言葉にした。
自分自身でもそう思う。幾千、幾万の女性の中からでもアニーを絶対に選ぶという自信がある。
「ここで大切な事は・・・知らず知らずの内に君のその選択肢にアニー君が入っていることなんだ。これが『理』のひとつなんだよ。それは、お互いの『波長』が惹き寄せ合っているんだと私は思っている!」
「だからハイヒューマンとハイエルフだから惹き合うんじゃない。波長の合ったふたりの結果が単にハイヒューマンとハイエルフだったと思えばいいんだよ~ははっ」
目から鱗が落ちた。
『理』に触れる人たちはみんなが言う・・・人と人の繋がりの不思議さを。
少しだけ解った気がする。
「それを『縁』と呼んでるわけだ!」




