第51章 聖地巡行
第ニ陣の出発日の朝、俺たちは王宮前広場に集まっていた。
第一陣は、現在『聖地』監視舎に駐屯している小隊と交代する為、すでに二日前に出立していた。
巡察隊の移動ともなると行軍も大変だと想像してたが・・・そこは魔法在りきの世界だ。
聖地にもっとも近い街オールステットの軍施設までは瞬間移動で進むらしい。
もっともそこから『聖地』までは行軍となるようだが・・・
今回の巡察隊は第一陣1個小隊約50名、第二陣1個小隊50名の編成となっている。
俺たちは第二陣の司令官として小隊を率いるマリナの側近として参加させてもらった。
バサラッドから『聖地』までは直線距離で300Kあるが、オールステットの街からは約30K程なので1日もあれば辿り着ける。
1個小隊は全員が馬と馬車での行軍となるので、それほど疲労は感じない。
感じるとすれば馬車の揺れと、何故か俺たちの馬車に乗り込んできたこの小隊の司令官殿だけだった。
「なんでマリナさまがこの馬車に乗ってるんスかねぇ~?」
ロークは不審そうな顔つきでマリナを眺めた。
そんな彼に対して、マリナは真逆に機嫌良さそうな眼差しを返し笑った。
「嫌か?・・・あははっ」
「イヤって・・・専用馬車あるじゃないッスかぁ~~~!」
「そなたらと居るほうが楽しい!それに、今回そなたらは妾の側近故、近くにおるのが当たり前だろ?・・・違うか?ふふっ」
「でたよぉ~~姫の我儘がぁーー!がははっ」
ロークならではの切り返しだ。
こいつには節操や弁えなぞ無いのかと思わされるが、それはそれでマリナも親しみを感じているし、これがロークたる所以でもある。
そんなロークとは対照的にフローラは貴族らしく畏れ多く振る舞う。
「何にせよ、今回の『聖地』巡察にご同行させて戴けるだけでも光栄の極みで御座います!」
「フローラ・・・そなたは畏まり過ぎるぞ!ここでは仲間と思って欲しい~」
身分などという垣根が大嫌いなマリナらしい心づかいなんだろう。
フローラは素直に頷いた。
「はい。ではその様に心がけます!」
「了解なり~♪うひっ」
「クロエ~~お前は馬鹿か?そんなこと真に受けていたら衛兵の皆さんに磔獄門の刑に処せられるぞ!がはっ」
「ヒィーーー!」
「無い無い~~気楽に参ろうぞ~あははっ」
マリナは陽気に笑う。
俺とアニーはそんな会話に微笑みはしたが、それぞれに『ジロータ・ヒュウガ』に想い馳せる別の感情が頭の中を過っていた。
俺は同じハイヒューマンとして、彼女はシフォーヌの夫としてのジロータに・・・その『聖地』で何を感じ取れるだろう。
・・・・・・・・
『聖地』と呼ばれる過っての古戦場跡は、生い茂る草の中にゴツゴツとした岩が転がる野原にあった。
如何にも『兵どもが夢の跡』そのものの光景が広がった。
その野原の一画に王国の聖地監視舎が見えて来た。
その建物の後方には崩れかけた古びた神殿が建っている。
『あの神殿の中に聖剣と共に我が身を監視役として封印しているジロータ・ヒュウガがいる』
アニーがシフォーヌから伝えられた話では、肉体は存在しないが精神は存在しているらしい・・・所謂、眠っている状態なのであろう。
第一次人魔大戦後の『同じ轍を踏む』ことは許されぬと、第二次人魔大戦後に自らをも封印してから約300年・・・王室は以後この地を『聖地』と称し、何人たりとも立ち入らせぬ場所として監視し続けてきた。
「そろそろ着くようじゃ~!」
「おぉーーー!」
「マリナさま、今回の巡察って何をするのでしょう?」
俺は今回の巡察そのものが何をするものか解らなかった。
「あぁ・・・巡察と言っても、今どのような状況になっているか調査するだけだ。まあ、実情は300年間何も変わっておらぬ。それに監視舎があるから不法侵入もできぬしな!」
「なるほど・・・」
「神殿の中へは入れるのですか?」
アニーの問いにマリナは笑顔で大きく頷いた。
「もちろんじゃ!それが今回の妾の任務なのじゃ~入って封印状況を確認すること・・・そしてそれを小うるさい宮廷管理官に報告するのじゃ!あはっは」
「それは感激だなぁ~~『英雄ヒュウガ』さまに会えるなんて、この先一生もう無いぞぉ~!がはっ」
ロークだけでなく仲間の目も輝いている。
『聖地』自体を封印管理されてる状況で、ただ単なる庶民が立ち入ることすら奇跡に近い。
彼の言葉ではないが、一生に一回の経験になるやも知れぬと思うと、何か興奮と緊張が交差する気持ちが高まってきた。
馬車は古戦場の一画を占める監視舎に着いた。
時刻の頃はもう夕方に近かった。
建物入口から数人が馬車目掛けて駆け寄ってくる。
「王女姫殿下、この度は『巡察』のご任務に遠路遥々お越しいただき痛み入ります。さぞやお疲れになったで御座いましょう。寒風の中でもございますので、どうぞ早よう~中へお入り下され!」
「そなたらもご苦労である!」
「本日はこちらにてお休み戴き、神殿内には明日の朝入る予定になっております!」
「あい解った!そなたらには迷惑掛けるが良しなに頼む!!」
「はっはぁーーー!」
この監視舎の施設長と思わしき人物と側付がマリナの御前に跪き頭を下げて挨拶した。
そして、今回側近として仕える俺たち諸共中へ迎え入れてくれた。
国に対してはシフォーヌからの助言もあったのであろう。
念波による会話はできても日増しに薄くなりつつある。過去を繰り返してはならぬという思いは人一倍持っていて当たり前である。
何せ愛しい主人の実体を失ってまで守っている平和なのだから・・・
王としてもそんな『精霊』の言葉を聞き入れ、こうして常時監視できる施設と巡察隊を派遣しているものと思われる。
「マリナさまって、やっぱり王女の貫禄ありますね~あはっ」
「だなぁ~ククッ」
アニーは俺の耳元で小声で囁いた。
やはり臣下の前では威風堂々としている。酒場のマリナとのギャップに笑えてしまうが・・・
・・・・・・・・
翌朝、1個小隊は2分隊に分かれた。
一方は神殿内巡察、もう一方は古戦場跡巡察。
中へは先導役の施設長とその側近、そして俺たちを含めた分隊25名が神殿内に入ることになった。
神殿内の通路は松明が燃やされていた。
ここは魔脈の上に存在していない場所なんだろう。灯火が着けられていない。
だから結界が張れないから封印が必要なのか・・・俺は少し理解できた気がした。
薄暗い通路を30名ほどの一行が淡々と進んでいく。
目の前に大きな広間が見えた。たぶんあそこが『聖剣』と共に『英雄ジロータ・ヒュウガ』が封印されている場所なんだろう。
広間の正面に鎖で囲われたスペースが見えてきた。
その中に『聖剣』が薄い影のようなものごと床に突き刺さっていた。
その影が、きっと『魔王』なのだろう。
「巡察隊はこの広間を洩れなくチェックするように!」
分隊長らしき人物は広間に入ると同時に兵士たちに向かって命令を下した。
兵士たちは巡察隊らしく、状態確認の為に部屋の隅々へと即座に散開していった。
そんな中、マリナと俺たちはそっとその鎖で囲われた『聖剣』が突き刺さる正面まで移動した。
「この『聖剣』に『英雄』は自らを封印されておられるのかぁ~・・・」
「薄く影らしき見えるのが『魔王』なんでしょうかね?」
「そうに違いない!妾もここへ来るのは初めてなので良くは判らぬが・・・」
俺の問いにマリナは自信無さそうに答えた。
その時、異変が起こった。
正確にはこの部屋にいる全員ではなく、俺とアニーだけに起こったように見えた。
視界が歪んでゆく・・・そしてぐるぐると部屋が回りだし、何かに体を引っ張られるように中央にできた黒い穴へと吸い込まれて行く・・・
咄嗟にアニーへと手を伸ばしたが間に合わない。
俺とアニーは別々にその中へと吸い込まれてしまった。
『何だこれ?・・・異次元トリップが起こったのか?』




