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第50章 それぞれの前夜祭


先日来の雪は一度は溶けたが、また今朝から降り始めた。

天気予報の無い世界では、これからどう天候が移り変わるのか知るすべもないが、空を見上げる限りは一日降っていそうな気がする。

『クリエーター祭・前夜祭』・・・元の世界でいう「クリスマス・イブ」にあたる今夜の前夜祭を心待ちにしている若者たちが大勢いる。

その中の一人がロークである。


女性たちはクロエの自宅へケーキ作りに集まっている。

今夜、女性から意中の男性に手作りケーキを渡す『儀式』のようなイベントがあるらしい。

俺はすぐにバレンタインデーのチョコレートを思い出したが・・・この世界では『ケーキ』がそのアイテムになっているようだ。

そう考えると形は違え、やっぱりこの世界と元の世界は類似している点も多く、名誉館長の説でもないが、あながち『表裏一体説』も奇想天外な話では無いように思えてしまう。



俺はロークと冒険者ギルドの軽食堂でたむろしていた。

ロークは今夜の事が気になるのか、少し苛立ちの表情を見せている。


「ショーヘイはアニーちゃんから200%ケーキ貰えるからイイけど・・・俺貰えるかな?・・・うぅ」


「なんだよぉ~その200%って・・・うぅ」


「アニーちゃんがお前以外の誰を好きになるんだ~?だから確実って言いたいだけだ!チッ」


「なら・・・お前は誰から欲しいんだよぉ~~わかってるけど!ははっ」


「判っているなら敢えて聞くなぁ~~俺が情けなくなるわぁ~・・・」


「フローラは美人だしスタイル抜群だし、その上貴族様だしなぁ~言い寄る男性も多いよなぁ~!」


「チッ!」


「考えたらさぁ~恋敵こいがたき多過ぎるだろう?」


「俺が貴族なら、もうとっくの昔にプロポーズしてるわぁ~~!あぁ~~何で俺は庶民なんだ?・・・ちくしょーーー!」


「身分かぁ~・・・お前さ~マリナさまと懇意なんだから仕官すれば?それで出世ってどうよ?ははっ」


「そんなん時間掛かるわぁ~~~その間に嫁に行ってしまうだろうがぁーーーー!」


「うぅ~~なるほど・・・」


昔、王子が留学中に女子大生と恋に落ちるような映画を観たことがある。

その逆はあったけ?・・・俺の乏しい文化面の知識じゃ到底思い浮かばない。

何にせよ、ロークが一番気にしているのは身分の差だとは思うが、意外とフローラはそんなの気にしてないように見受けられるのだが。

まぁ、これは当人同士の問題だし、相談されているわけでも無いんだから・・・下手に首を突っ込まない方が良さそうだ。


「それより、先日言ってた部屋はどうしたんだよ?」


「借りた!お前ん家と同じような間取りの部屋を・・・」


「マジかぁ~?・・・」


「マジです・・・うぅ」


「それでフローラに同居申し込んだのか?」


「申し込めるわけねぇーーーだろ!そんな勇気ないわぁ~うぅ」


「へっ?!」


「お前は無謀な勇者かぁーーーなんて言うなよぉ~~~うぅ」


「うぅ・・・」


「今夜さ、ケーキ貰えたら伝えるつもりなんだぁ~・・・」


「そっか・・・」


ロークの想いが解るような気がする。

伝えたいけど伝えるのが怖い・・・結果を考えるとやっぱり二の足を踏む。

偶然は偶然でなく必然である。俺とアニーは出逢った瞬間から何かに惹き寄せられるように繋がりを持てた。

それがこの世界では『えにし』と呼ばれるものだと教えられた。

もし、ただ単なる男と女であったとして、お前はアニーに告白できるかと言われればやっぱり勇気がないと思う。

きっとロークの心情はこれなんだろう。


でも・・・いつかそれを乗り越えないとその先が見えてこない。

結果はともあれ、そんな悩めるロークを陰から応援したいと思う。


「・・・で、今夜はどうするんだ?また席を囲むのか?」


「いや、今夜はクロエもパウラもギルド主催のパーティーだし・・・お前らはふたりで過ごしたいだろ?」


「どっちでもイイけどさぁ~・・・お前が気になるし!」


「いや、取りあえず今夜はフローラを誘っているんで、俺は俺でどうにか頑張ってみるわぁ~」


「そうかぁ~お前がそれでイイならさ、健闘を心より祈ってるわぁ~ははっ」


「ああ~何か滅茶苦茶緊張してきたぁ~~うぅ」


「うぅ・・・」



・・・・・・・・



夕方になって雪は少し小止みになってきた。

街灯の灯りと雪明りで降り積もった雪は白さを増したように見える。


街は次第に『前夜祭』を祝うカップルの往来が多く見受けられるようになってきた。

すれ違うどの男女の顔もどこか楽しそうに映る。

そんな微笑ましい光景を眺めながら俺は商業区の酒屋でワインのような果実酒を買い、アニーとふたりだけの時間を過ごす為に家路へと急いだ。


石畳の坂道から見える俺たちの部屋には、すでに灯火トーチの明かりがこぼれていた。

アニーはクロエの家から戻っているようだ。


「ただいまぁ~!」


「おかえりなさい~♪」


アニーはじゃれつくかのように、玄関からリビングへ入る俺に抱きついてきた。

どこからどう見たって、まるで新婚夫婦だ。


「おいおい・・・お酒が~」


「いいのです!」


「うぅ・・・」


「今夜はね、わたしから『ご主人さま』に伝えたいことがあるの!」


「なんだろう?・・・」


「今はまだ秘密です!あはっ」


「何か怖いなぁ~・・・それ!」


「えへっ!」


クロエの家での女子会で何か吹き込まれたのか・・・アニーは上機嫌に振る舞う。

そんな彼女に苦笑しか浮かばない。

俺は自家製冷蔵庫に買ったばかりの果実酒を冷やし、リビングのソファーに腰を下ろした。

そこから見えるエプロン姿のアニーは、料理を作りながら主人の帰りを待ち詫びる新妻そのものに見えた。



・・・・・・・・



ロークは一世一代の勝負に出たのか、高級店『黄昏浪漫亭』に席を設けた。

緊張は高まるばかりだ。心臓がバクンバクンと早や鳴りを打つ。

後はフローラが来てくれるの待つばかり・・・不安と期待が交差する気持ちを抑えつつ席に着いていた。

フローラが店内を見回しながら現れた。


「あらぁ~・・・ローク早いじゃない?」


店員に椅子を引かれながらフローラは着席した。


「レディを待たせるのは紳士じゃねぇ~し!」


「いつから紳士になったのよぉ~~!きゃは」


「今さっきからだよぉ~~うぅ」


「似合ってないけど、まぁ~今夜は許してあげるわぁ~きゃはは」


「・・・・」


「これ、クロエの家で作ったケーキ・・・あんたにあげるわ!」


「マジですか?・・・」


「ここへ来る途中見かけた野良犬でもやろうかと思ったんだけど・・・似たようなもんだし~きゃはは」


「野良犬でもイイので欲しいのであります!」


「何よ~それ?ウソに決まってるじゃない!いつも世話になってるし~あんたに、あ・げ・る!」


「あぅ~~~何かめっちゃ嬉しい!」


「もう~~泣かないでよぉ~~みっともないから!」


ロークは涙がこぼれた。嬉しくて嬉しくて泣けた。

言葉と裏腹のフローラの気持ちがとっても嬉しかった。

フローラもきっと彼の気持ちが解っていたんだと思う。


・・・・・・・・


ソファーにふたり腰かけ、アニーの手作りの料理と買ってきた果実酒で、ささやかな『前夜祭』を過ごしていた。


「あのねぇ~前にシフォーヌさまに言われたの!」


「何を?・・・」


「『あなたが信じる思いを彼に伝えなさい。ともに時間を流しなさい~さすればわかる日も来ますから~』って!」


アニーはシフォーヌに云われたその言葉を胸に抱きしめるように口にした。


「うん・・・」


「だからね・・・ご主人さまに伝えなきゃって思ったの!」


「うん・・・」


「前に言ってくれましたよね~『一生寄り添って生きて行きたい』って!」


「うん。今もそう思ってるよ」


「わたしも、わたしの言葉で伝えたいの!あはっ」


「・・・・」






『未来にどんな世界が広がっても・・・一生あなたについて行きます。そして、一緒に時を流し続けたいのぉ~!』


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