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第49章 雪の降る夜


「今夜も楽しかったですねぇ~」


「そうだなぁ~・・・マリナさまがお忍びとは予想外だったけどなぁ~ははっ」


「ですねぇ~えへっ!」


店から出た帰り道・・・外は思った以上に冷え込んでいた。

アニーはしっかりと腕に寄り添い、俺も肩から引き寄せるようにくっついて歩いた。

寒いのも役得みたいな笑顔を浮かべる彼女が本当に愛らしく思える。


そんなふたりへと、小雪が風に吹かれ舞ってきた。

その花びらのような雪の結晶が街灯に照らされきらきらと輝いている。


「あっ!・・・雪が光ってキレイ~♪」


「ほんとだぁ~・・・」


そんな幻想的な光景にしばし目を奪われてしまった。

雪って、こういう風に見ると本当はすごくロマンティックなものだったんだ・・・

それはアニーと一緒だからかも知れないが、今さらながらにそんなことを思う。



「積もるかなぁ~・・・」


「この程度の泡雪じゃ無理かもねぇ~・・・」


「わたしの想いよ~~天に届けぇ~!あはっ」


「ははっ・・・届くといいなぁ~」


立ち止まってふたり空を見上げた。

闇色に染まった空から白い花びらが、ふたりの為にだけ贈られてきた・・・そんな風に感じられた。


「えへっ・・・何かご主人さま大好き~♪」


「こらこら~~ここは通りだって!」


「いいのです~~」


アニーは突然胸へと飛び込んできた。

俺はそんな彼女を諫めながらもしっかり抱き止めた。

目を伏せ微笑むその表情に愛しさが募ってゆく・・・俺たちは時間の止まった世界で、こういう時をどれほど刻んでいくんだろう。



・・・・・・・・



家に戻った直後、リビングの暖炉へ火を灯し、それぞれの部屋へと暖房を流す。

二人とも外出着から部屋着へと着替えくつろいだ。


自家製冷蔵庫から冷えたエールを取り出してリビングのテーブルに置く。

この世界でも大麦麦芽を発酵させる醸造法があるようだ。まるでビールそのものである。

『白き牝鹿亭』で飲むのも大抵がこのエールだ。

先日の名誉図書館長が言ってたように転移者はけっこういるらしいし、エールだけでなく日本酒に巡り会う日もそんな遠くない気がしてしまう。

類似したものはやたら多いし、やっぱり表裏一体の世界なのかも知れないと改めて思わされてしまった。



火炎魔法を付加した暖炉で部屋は急速に暖かさを増して来た。

冬でも暖かい部屋で冷たいエールを飲む・・・これもまた味わいのあるもんだ。


アニーは部屋着の上にエプロンを掛け簡単なおつまみを鼻歌交じりに作りだした。

ご機嫌のようだ。

この弾ける音は・・・港から上がったばかりの小エビを買っていたのを唐揚げ風にしているんだろう。

香ばしい匂いが漂う。

先程の飲み会では結局マリナに翻弄され、食べる物も適当に済ませてしまったので、こうしてアニーが小腹すかしに虫押さえできる物を作ってくれている・・・まるで、どこから見てもアツアツの新婚家庭にしか見えない。

そんなひとコマを見ていると面白可笑しくなってしまう。



俺とアニーはソファーに並んで腰かけ、改めてふたりでグラスを交わした。


「今夜はお疲れさま~」


「ご主人さまもお疲れ様でしたぁ~あはっ」


カチンッ


「冷たいエールは美味いなぁ~~!」


「です・・・あぁ~~~雪が降ってる!」


「どれどれ・・・」


「ほらぁ~~隣の屋根が白くなってますよぉ~あはっ」


アニーは窓を振り返り、白く染まりゆく景色に嬉しそうに笑った。

俺も同じように窓へと視線を移し外を見た。


「あっ、ホントだぁ~・・・」


「天に願いが届いたのかな?・・・えへっ」


「可愛いアニーの為に、神さまが聞き届けてくれたんだろう~ははっ」


「かなぁ~?・・・あはっ」


エールの入ったグラスを片手にふたりとも窓辺に立ち、夜空から絶え間なく降りしきる雪に見惚れていた。

静寂さの中で街一面をしんしんと塗り替えていく・・・意外ではあったが、雪明かりに照らされるかのように真っ白に染まりゆく街は明るく見えた。

ふたりで寄り添いながら、窓越しに広がるそんな美しく映える光景だけをただ眺めていた。


この世界に来て初めて迎える冬・・・

元の世界で抱いていた雪に関する負の記憶も、時が止まったように感じるこの空間の中では頭をよぎることすらなかった。



「後で少し外に出てみませんか?」


アニーは突然、俺の顔をまじまじと見つめ言葉にした。

持ち合わせていないその提案に俺は一瞬戸惑った。


「へっ!・・・また着替えるのか??」


「いえ、この部屋着の上にコートだけ羽織って・・・えへっ」


「道に出るだけならいいけど、風邪ひくぞぉ~ははっ」


「少しだけですから~大丈夫です!!」


エルフの森では雪花が舞っても積雪までは至らない。

アニーはこの積もりゆく雪景色に本当に嬉しそうな笑みを浮かべている。


『雪を踏みしめてみたい』・・・一種の憧れであるに違いない。

今でなくても明日でもいいじゃないかと思うのは、積雪を知っている俺だからこその感情で、アニーの逸る気持ちとは全く咬み合っていない。

けどそれは・・・俺が子供時代に感じた『得も知れぬ興奮』や『わくわく感』に通ずる感情を、今彼女が抱いているということなんだろう。

こんな突拍子もないお強請ねだりも・・・彼女の笑顔に見つめられると無碍に断ることもできない。


「わかったよぉ~それより先にさぁ~作ってくれた料理が冷めない内に食べてしまおう~それからね!」


「はいっ!あはっ」



・・・・・・・・



しんしんと粉雪が音もなく降り続けている。

集合住宅の前の坂道に出たふたりの肩にも降りかかる雪の粒が薄っすらと積もる。

道はすでに5CM(セントメルカ)ほど積もっていた。


ザクッ、ギュ、ギュ、ザクッ


アニーは嬉しそうに雪を踏みしめて周りを歩く。

まるで子供だなぁ~っと微笑んでしまうが、その行為が解らなくもなかった。

俺も昔はそうだった。誰も踏んでいない新雪を最初に踏みしめて歩く時の何とも言えないわくわくする気持ち。

アニーは正に今それなんだろう。


「ブーツが湿ってしまうぞぉ~」


「いいのです~あとで乾かすもん~あはっ」


「まったく~~」


親が子供を諫めるような感覚・・・そんな自分に少し笑えた。


「ご主人さまも~ほらほら~~」


アニーは俺の手を引き雪の積もる中へと誘い出した。


「おいおい~~急に~~うぅーー」


身体能力が上限値を遥か超越している俺も予期せぬ引っ張られ方にバランスを保てなかった。

そのまま滑って背中から仰向けに倒れてしまった。


うひゃーー!ズテンッ


きゃ~~~~!


アニーも俺が滑ったことでバランスを崩し、そのまま雪の上に寝そべる俺の胸へと倒れ込んできた。


「こらこら~~」


「えへ~・・・」


そんなじゃれ合う行為も楽しんだろう・・・そのまま起き上がろうともせず俺の胸の中に顔をうずめ甘えた。

俺はそんなアニーの背中に手を回して抱きしめた。


もし他人が見ていたなら・・・

こんな雪が降りしきる中で何いちゃついているんだと笑われそうだが・・・誰に何を言われようとも、このひと時がたまらなく好きだった。


さすがにパウダースノーと言えど、雪の上に寝転がると服も湿りっ気を含んでくる。

その上コートは羽織っていてもその下は部屋着だ・・・何となく背中が冷やっとしてきた。


「そろそろ中へ入ろう~お湯でも沸かして温もるといいかもね!」


「はぁ~い!それいいですねぇ~・・・あはっ」


俺とアニーは起き上がり、手を繋いだまま階段を部屋へと戻りゆく。

新雪を踏みしめたことに少しは満足したのか、アニーはとても上機嫌そうな笑顔を浮かべていた。



何の他愛もない会話にじゃれ合いのような行為・・・でもこの時間の大切さは流して初めて気が付く。

気付けない、気付こうともしなかった元の世界の自分と今の自分・・・180度人生も思考も変わってしまったけれど、時という流れの中で刻々と自分を刻めている事が心から嬉しい。

そしてアニーが傍らにいることで俺自身の存在価値も実感できる。







『何があっても守りたい。アニーもこのひと時も・・・』


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