第47章 異なもの奇なもの
「わたしの場合は地震というアクシデントが起因して時空ポケットに落ちたように思いますが、何故多くの転移者は死に直面した際にこちらへと飛ばされて来たのでしょう?」
「ふむ・・・それはワシも考えた。時空の狭間はおかしいと思わないか?」
『この世界の理』に触れてしまうと疑問しか湧いてこない。
理不尽なものを含め、謎ばかりが膨らんでしまう。
何故そうなるのか、何故そうでなければいけないのか・・・自分を納得させる答えを導き出すことは、生半可な知識程度じゃ無理だ。
いや一生を賭けて研究をしていると自負するクロフォード・リンデンバーグでさえ理解できないと言う。
俺が齧る程度では、入り口でさえもまだ遥か先にあるのかも知れない。。
「どこが変なのでしょうか?」
「時空は、君の元いた世界からこちらの世界へ通ずる一方通行じゃ!そして人間しか通れぬ・・・どうじゃ?」
「皆さんの話を聞いてそうなのだと認識していますが・・・」
「では逆に・・・こちらから向こうの世界へ行くことはできぬと思うか?」
老人はやけに興味深い目をして俺を見つめた。
言われて初めて気付いた・・・全くその通りだ。
「わかりません。けど、言われてみれば、逆もあって然りだと思えますが・・・」
「うむ・・・そこでワシは仮説を立ててみたんじゃー!こちらからは実体としては向こうへは行けぬが、死を迎えた瞬間の『魂』が何かの拍子に流され転生しているのではないかと考えた。
そして向こうで転生した『魂』を持った実体が死に直面した際に、時空を通じてこちらへ引き戻されてきている・・・どうじゃ?」
「思いも付きませんでした~」
「だがのぉ~・・・『魂』が本当に時空間転生しているのかが裏付け出来ないんでは妄想止まりなんじゃがな~ほほっ」
俺は彼の仮説に正直衝撃を受けた。有り得ない話しでは無いと思えた。
一方通行であると勝手に思いこみ・・・それが疑問を挿まぬ固定観念となってしまっていたんだ。
形は違うがこの『輪廻転生』的な考え方をあくまで仮説だとはしているが、彼自身もはや確信の域に達しているのでは無いかと思う。
あとは部分的な考証ができるかできないか・・・
「まぁ、あくまでワシの仮説であるがのぉ~これは師匠にも話しておらぬ。まだこれからの研究課題として書物にも書き記しておらぬし・・・君が第1号だ!ほほっほ」
「えっ!」
「それほど『理』には謎が多くてのぉ~この歳になっても理解できぬことばかりなんじゃ・・・逆に研究対象が多いとも言えるがのぉ~ほほっ」
「その仮説を踏まえるとして、この世界とわたしのいた元の世界は繋がっているんでしょうか?」
「そうじゃのぉ~この世界と向こうの世界はふたつでひとつなんじゃないだろうか・・・または表裏一体とも言えるかのぉ~~そんなことさえ考えてしまうのじゃ~」
「なるほど・・・わたしもそのお話に共感する部分があります」
「そうか~そうか~!ほほっ」
奇想天外な話ではない・・・かなり信憑性のある説だと思える。
俺もアドアリ王国と日本はリンクしているのではないかとさえ思っていた。
益して俺よりも60年近くも長生きしている研究者がそう考えないという理由はどこにもない。
・・・・・・・・
「ついでに、もうひとつ面白い話を聞かせてやろうか?・・・ん?」
「はい。是非お願いします!」
「数十年前からちょっと面白い調査をしておってなぁ~この世界の人口比率なんだがのぉ~・・・資料を見てみるか?」
「はい!」
館長は何か弟子に享受するかのように楽しそうな表情を浮かべ、アイテムBOXから研究中の資料の一部を取り出し見せてくれた。
《人間族構成比率:ヒューマン族40%、獣人族20%、ドワーフ族15%、エルフ族15%、魔人族5%、竜人族5%》
「この比率はのぉ~~過去から現在まで変わってないのじゃ~~古の時代からのぉ~・・・不思議じゃろ?」
「そうなのですか・・・」
「長命種であるドワーフ・エルフ・魔人・竜人がいるにも拘らず、短命種のヒューマン・獣人の数を越えることがない・・・」
「それは出生率の問題か何かでしょうか?」
「出産はどの種族も若い世代でしか無理じゃ!人間もそうであろう?・・・60歳の女性や200歳のエルフの女性は子を成したりできぬ~ほほっ」
さすがにその通りである。
この世界でいうなら、種族関係なく成人の15歳~40歳までぐらいがそれに中るのだろうと思う。
「例えばヒューマンとエルフの間に生まれた子供はどちらに計上されるのでしょう?」
「異種族間で子が成せるのはヒューマン族とエルフ族のみじゃ!生まれた子は耳の形状で短命種と長命種に分けられるのが普通じゃ!」
「なるほどです!」
「長命種はのぉ~短命種の3倍は長生きする。だから比率が増えても良さそうに思うが、そうでもない・・・」
「・・・・」
「ヒューマンや獣人族が次世代へのサイクルが良くて子作りもしっかりやっているかと言えば・・・必ずしもそうでは無いんじゃ!」
「・・・・」
「まぁ、獣人族はヒューマンから比べると出生率は高いから、『種の保存』という本能はしっかりあるのかも知れんが・・・」
「ヒューマンはそうでも無いと?」
「そうじゃのぉ~~メイスカヤみたいなのがドンドン増えておるわぁ~ほほっほ」
「うぅ・・・」
好々爺は本当に楽しそうに笑い、そして次から次へと疑問を投げかけてくる。
たぶん俺のような次世代の若者に自分の知識を伝えることが嬉しいんだと思う。
「なのに、どうして比率が変わらんと思う?」
「わたしには解りません・・・」
「ワシはのぉ~仮説を立てたように、こちらの世界の住人の『魂』が流されて向こうの世界で転生しているのでは無いかと思っておる!そして時空の狭間はどうじゃ?・・・」
「人間しか通過できないかと・・・」
「そうじゃのぉ~そしてヒューマンとしてのみこちらへ転移してくる」
「はい・・・」
「表裏一体というワシの持論は、生命はこちらと向こうで一定数『巡回』しているのでは無いかと考えたのじゃ!」
さきほど仮説として述べた『輪廻転生』的な思考も含め、斬新な考え方に思えた。
「だからバランスが変わらないと・・・」
「たぶんの・・・例えばエルフの魂が何かの拍子で流され、向こうで人間として実体化する。そしてこちらへ転移したらヒューマンとなる」
「だから、けっこうな数の転移者が存在すると言われていたんですね・・・」
「うむ・・・しかし、そんな転移者だけの数で比率が不変だというのも理に適っておらん。どこかに謎があるんじゃ・・・」
矛盾点もしっかり把握しているところが賢人なんだろう。
俺にはそんな風にこの好々爺が見えた。
「なるほど・・・」
「この世界はすべてが謎だらけ!ワシもまだまだ死ねぬわぁ~ほほっほ」
「・・・・」
この世界は本当に不思議の塊である。
俺が持ち合わせていた既成概念も固定観念も通用しないのは判ってはいるが、『何故』とういう疑問符が付くことばかりが多すぎる。
それを研究し解き明かそうと努力を重ねるこの好々爺には、本当に頭が下がる。
メイスカヤに出会ったことで世界が広がった。人と人の繋がりは本当に『異なもの奇なもの』であると、そう感じさせられる。
今日ここで、クロフォード・リンデンバーグという賢人に出会えたことで、俺は足を一歩踏み出せた気がする。そして、彼と話ができたことにこれ以上ない有意義さを感じた。
疑問として抱く謎はまだまだ無数にあるが、時間を掛けてひとつひとつ自分の中で消化して行きたいと思う。
「またいつでも寄りなさい!君なら大歓迎っじゃ~ほほっほ」
「はい。今日はありがとうございました!」
にこやかに微笑む好々爺に、俺も笑顔で応えた。
そして頭を深々と下げ、館長室をあとにした。




