第46章 賢人と若造
書物を管理する立場は、市井に文献を開放するこの王立図書館の館長と王宮にある書物庫の蔵書を管理する書庫管長がトップとも言える。
その内の王立図書館の名誉館長であるこのクロフォード・リンデンバーグという老人は、一線を退いたとはいえ、『名誉』が付くぐらい貢献度の高い人物であった。
名誉館長と称されるその老人は、ただ単なる若者にしか見えない俺と、自分の中で神聖化している人物たちとの接点に得も知れぬ不思議さを感じているようだ。
そんな彼に真実を話すわけにも行かず、さりとてその場を上手く繕い躱す言葉さえ見つけることが出来ない。
「君は若いのに・・・何故お二方と知り合えたのじゃ?興味があるのぉ~ほほっ」
体を乗り出すように少し前のめりに俺の顔をじっと見つめる。
「いえ、少しご縁があって・・・」
「どんな縁で知り合えたのか知りたくもあるが・・・ん?」
「はぁ~~少し複雑なので・・・」
「ふむ、そうか~・・・言いたくない理由があるのなら、それはそれで致し方ないのぉ~」
本意ではない解答しか返ってこない俺にどう問うたものかと彼は苦笑いを浮かべている。
俺はそんな老人に素直に謝るしかなかった。
「すみません・・・」
「しかし、二人と懇意に会話したとなると『英雄』や『精霊』のことだけではなく、『縁』や『この世界の理』についても触れられたであろう?」
「はい。多少は聞いておりますが理解し難いことが多くて・・・消化できないことばかりです」
「お二方が若い君にそれを語られるとは・・・王族に対してもそんなことはお語りにはなられんぞ!君はいったい何者なんじゃ?」
「・・・・」
「それも語れぬか~~ほほっほ」
若造の俺と『精霊』の接点がどうしても見えない・・・行きつくところは、やっぱりそこになってしまうんだろう。
申し訳なく思ってしまうが、今はその関係を誰にでも気軽には喋れない。
それは自身とアニーの立場と生活を守る為にも・・・
「すみません・・・」
「・・・・」
「・・・・」
暫し、二人の空間を沈黙の時間だけが流れて行った。
彼は視線を天井へと向け、思考を巡らすように一点を見入っていた。
そんな彼とは対照的に、俺は机へと視線を下げてしまった。
「ワシが当ててやろうか?」
そんな中、徐に老人は俺を見つめた。
彼は彼なりに答えを導き出せたのか、はたまた単なる憶測に過ぎないのか・・・ニコッと笑ってそう言葉にした。
「えっ?!」
「ワシも伊達に長生きはしておらぬ。この一生を君が理解し難いと思うものに精魂込めて研究をしてきたつもりじゃ。それでもいまだに至れぬが・・・」
「はい・・・」
「君が何者かはワシなりに判断できた!メイスカヤも見る目が高いのぉ~ほほっほ」
「館長はわたしの正体がお判りになるのですか?・・・」
「師匠のベルハート様が絡んでいることでも一目瞭然じゃ!ただの若造である君が『精霊』シフォーヌさまと面識がある・・・普通じゃ考えられんじゃろ?」
「・・・・」
『精霊』=『村長』=『若者』の関係で思い当たるものはひとつしかない。
それがただ単なる知り合いとして繋がっていく関係と言うには、彼にとっては余りにも不自然極まりない代物でしかない。
さすれば、長年の研究で培われた理論、そして蓄積された成果・・・頭の中を整理していけば自ずと答えが導き出せた。
自分自身のその考えに納得がいったのか、老人は気持ちよさそうに高笑いをした。
「まぁ~よい!敢えては言わぬわぁ~ほほっほ」
「はい・・・」
「メイスカヤが君と出会い、そしてワシと出会った。これは偶然なのかも知れないが、そうでないのかも知れない・・・」
「必然なんでしょうか?」
「それは判らん!師匠と繋がりをお互いが持っている。これもまた不思議なことじゃ・・・そう思わんか?」
「はい。『この世界の理』でいう『縁』なんでしょうか?」
「人と人の繋がりというものは本当に『奇なもの』でなぁ~そこに因果関係があるのか無いのかも解らん・・・けど不思議と繋がり広がっていく」
「それは自分も実感として持っています!」
「世間は広いようで狭くもあり、狭いようで途轍もない広がりも見せる・・・そう思うじゃろ?ほほっほ」
自分なりに俺が何者かと答えを導きだせた老人は、『糠に釘』のような問答を繰り返していた目つきとは違い、師匠が弟子に諭し教えるような優しい眼差しを注いでくれた。
隠したいと思うことを無理やり答えさせない・・・そして会話の端々からそれを拾い取り理解していく。またそれを敢えて口にしない・・・
年の功だけではあるまい。やはり名誉館長クロフォード・リンデンバーグは偉人であり賢人なんだと、俺にはそう感じられた。
・・・・・・・・
老人は机に置かれた温熱魔法の掛けられたティーポットからお茶を煎れてくれた。
正体を悟られたことで隠す必要も無くなり、張り詰めた気持ちも少し軽くなったような気はした。
「ところで君は、何が消化できないんだ?ワシに解ることなら教えて進ぜるぞ!」
老人はテーブルからカップを口元へと運びながら柔らかな視線をくれた。
「何もかもなのですが・・・」
「ほほっほ・・・それはワシも同じじゃあ~謎多きことばかりじゃしのぉ~」」
「はい。まずは、シフォーヌさまとお話した中で、この世界への転移の有り方に疑問を持ちました」
「・・・と申すと?」
「ジロータさまは、この世界へ瞬間転移をされたとか・・・ところがわたしは違いました」
シフォーヌとの会話以来、俺はこの点に拘りを持っていた。
何故、瞬間転移と狭間経由があるのか・・・何が原因で違うのか不思議に思えていた。
「違うとは?・・・君は時空の狭間に飛ばされたということか?」
さすがにアニーの爺さんのお弟子のことはある。この類の内容はよく理解されているようだ。
「はい。その通りです!」
「なるほど・・・」
「違いは何なのでしょう?」
「うむ。その事はワシも研究した。その事だけではないが、この世界へ転移してきた者を調査し数多くの話も聞かせてもらった。君が想像するよりも転移者はかなりいるぞ!ほほっ」
彼の一生を掛けた研究は『この世界の理』を根底に広がっているんだろう。
そこには『英雄』と『精霊』、『縁』や『転移者』など多肢に渡る研究が必要不可欠な項目として連なっているんだと思えた。
「そうなんですか?」
「うむ!ただし、ジロータ様以外はみんなヒューマンだったがな・・・ほほっほ」
「でしょうねぇ~・・・」
「調査の結果判ったことがある。瞬間転移と狭間経由の違いはワシなりには理解できたんじゃ!」
「えっ!ホントですか?」
「うむ。それが正解なのかはたまた不正解なのかは天のみぞ知ることだろうが、まず間違いないとワシは考えておる・・・」
「・・・・」
「『生死』じゃ!ジロータ様や他の多くの転移者はそのままその世界にいると死という状況を迎えている。だから死に直面する寸前に、偶然にも開いた時空の歪を通ってこちら側へ飛ばされたということじゃ!」
「君はたぶん、そのままその世界にいても死んではおらん。だが、何かの弾みで時空の狭間に落ちてしまったということじゃ・・・わかるか?」
「なるほど・・・」
俺は彼の話を聞いて思い出したことがあった。
時空の管理人は『時空の狭間に迷い込んだお前のような奴を保護し、帰してやるのが仕事だ』そう言った。
そして『お前が落ちた時空ポケットは震動のエネルギーにより歪みが生じ消滅した』だから帰してやれないと・・・そして一方通行の先にあったのがこの世界だった。
つまりポケットが消滅していなければ、俺は元の世界へ生きて戻れたということ。
しかし他の転移者は同じ一方通行でも元の世界では死を迎えるしかなかったって事なんだ。同じように選択肢は無くても状況が全く異なっていたんだ。
難解な『パズル』のワンピースが埋まった気がした。




