第45章 名誉図書館長
今日アニーは、仲間の女性たちと『クリエーター祭』で着る服の布地を探しに朝から楽しそうに出掛けて行った。
クロエが裁縫スキルを習得しているようで、みんなで作る予定らしい。
ひとり残された俺は、部屋でゴロゴロと日向ぼっこのようなことをして時間を潰す趣味もないので、『かれん亭』でお茶でも飲みながら時間を流すことにした。
ロークは部屋探しに勤しんでいるらしい・・・フローラの返事がどうだったのかは知らないが。
先日図書館の帰りに古書店で見つけた本を小脇に抱えて店へと入る。
窓際の席を見つけ腰を下ろした。
ハーブティーはいまだによく解らないので、給仕係のお薦めのブレンドにしてみる。
「さて、本でも読みながら時間潰しするかぁ~」
BGM替わりに店内にゆったりと響くオルゴールの音色が、癒しの時間を流しているという気分にさせてくる。
そんな落ち着いた雰囲気の空間で本を開いた。
しばし微睡の時間の中で項を捲っていく・・・
コン、コンッ
窓を軽く叩く音がする。
俺はその音のする窓の方へと顔を上げた。
窓の向こう側に立つ女性・・・メイスカヤさんが微笑みながらそこに立っていた。
・・・・・・・・
「ショーヘイさん、おひとり?」
店内へと入ったメイスカヤは、席の周りをひと通り見回し俺が一人なのかを確認した。
「はい。仲間はみんな買い物や用事してて、今日はひとりで時間潰しています~ははっ」
「そうなんだぁ~・・・じゃあ、少しお邪魔してもイイかしら?」
彼女はにこやかな笑顔を浮かべ俺に訊ねた。
大人の女性はこういう卒の無い気遣いが本当に上手だ。
「どうぞ、どうぞ~!・・・それより今日お仕事は?」
「あぁ~~今日は非番なのよぉ~だから私もお買い物でもしようかと・・・そうしたら偶然にも君を見つけちゃって!ふふっふ」
「なるほど!」
俺の問い掛けに、彼女は席に腰を下ろしながら笑って答えてくれた。
店の前を通った時、窓際に座っている俺を見つけたってことか・・・これだけの人が行き交っている中での偶然もなかなか難しいと思う。
数万と並ぶ書物の中から一冊を選ぶ・・・たぶん仕事がら注意力や記憶力が養われているから、何かにつけ押さえるポイントも他人とは違うのかも知れない。
きっと俺なら素通りしてるだろうなぁ~そんなことを考えると可笑しくなった。
「ショーヘイさんは冒険者なの?」
「はい。しがない冒険者です~ははっ」
俺は頭を軽く掻きながら笑って答えた。
「それで魔術について調べていたのね?」
「まぁ~そんなところです・・・」
「魔道全書どうだった?少しは解った?」
さすがに司書だ。特に自分が薦めた本が気になったのか、少し前のめりに俺の目を見ながら訊ねてきた。
毎日毎日難しい書物を求める人たちが来館するにも係わらず、数日前の俺のこともちゃんとインプットされているんだ。
「いえ、触りだけしか読めなかったし・・・少し認識が増えた程度です」
「うんうん・・・少しずつ頑張って勉強して下さいねぇ~!ふふっ」
「はい。でも、興味深い一説を見つけました!」
正直なところ、本が分厚過ぎたし短時間だったこともあり、要点を流した程度だったが、この書物の編者のある一説だけは俺も気になって留めていた。
「どんなの?・・・」
俺はアイテムBOXからメモを取り出し、書き写していた部分をメイスカヤに手渡した。
《過って、古では上位魔法は魔法陣を描くことによって発動されていたが、『精霊王』の賜物で魔法陣は詠唱というものに姿を変えた。次なる『精霊王』の賜物として短縮詠唱と無詠唱で発動できる魔法が姿を現した。今後も『精霊王』の賜物を戴けるなら魔法は変化をし続けるだろう》
「この件が気になったんだぁ~ふふっ」
読み終えた彼女は興味深げに微笑んだ。
「少しだけ『英雄』と『精霊』に興味がありまして・・・少し研究してみようかなって!ははっは」
俺はそんな彼女へと照れ隠しのような事柄を言葉にして笑った。
するとメイスカヤは、俺の興味に対してか、別の何かに感応したのか判らないが、急に謎めいた笑みを浮かべた。
「この書物の編者ねぇ~・・・」
「はい?」
「私の祖父なのよぉ~~~図書館の名誉館長やってるの・・・笑えた?ふふっ」
「えっ?!」
「今度紹介するわぁ~~若者が研究している姿が大好きだから・・・君ならきっと喜んで話聞かせてくれると思うよ~ふふっふ」
メイスカヤはそう言うと楽しそうに笑った。
その言葉に俺はどう対応していいのか判らず、ただ苦笑いを浮かべるしか術が無かった。
・・・・・・・・
・・・・・・・・
メイスカヤさんと『かれん亭』で出会った2日後、俺はアニーに図書館で調べ物をしてくると部屋を出た。
『図書館』自体・・・元の世界では、小学生か中学生までは利用した記憶はあるが、所詮学校の図書室程度で、大人になってからは全く以って無縁の代物だった。
なのにこの世界では・・・どう間違いが起こったのか、女性司書と懇意になり、そして今やこの国の書物庫の頂点に立つような名誉館長の部屋に佇んでいる。
「緊張しなくていいよ~君がメイスカヤが言ってた若き研究者だね?」
歳は80歳前後だろうか、口元と顎に白い立派な髭を蓄えてるヒューマンの好々爺が、優しい眼差しで俺を見つめる。
書物まで編纂するようなその大人物に緊張しない方がおかしい。
「はい。ショーヘイ・クガと申します。この度はメイスカヤさんの厚意に甘えてお伺いしました!」
「ワシはクロフォード・リンデンバーグだぁ~老い先短きジジイだが宜しくなぁ~ほっほほ」
「はい。よろしくお願い致します!」
「うむ。早速だが、ワシの『魔道全書』に興味があるとか、『英雄』や『精霊』を研究してみたいとか聞いておるが・・・」
「研究ってほどでも無いのですが、知らないことが多すぎて、実際どこから調べようかと迷っていたところを、メイスカヤさんに助言戴いて・・・」
「そうか、そうか~~あやつはワシが言うのも変なんじゃが美人ではあるが、頭が切れ過ぎるのが『玉に瑕』なところがあってのぉ~25歳にもなってまだ独身じゃ!だがの・・・人を見る目はある。君はあやつに気に入られたようじゃなぁ~ほほっほ」
俺の返事に孫のメイスカヤのことを機嫌良さそうに教えてくれた。
メイスカヤさんは頭が切れる・・・これは俺も実感している。記憶力も注意力も人並み外れたものがある。
「・・・・」
「それで君の研究とやらはどこまで進んでおるんじゃ?」
「進むってほどじゃないですが、シフォーヌ・ヒュウガさまとお会いする機会がありまして・・・少しはお話を聞かせて戴きました」
「なんとっ!『精霊』さまと面識があるのかぁ~~君は?」
館長は俺のその言葉に食らいついた。
要らないことまで口にしてしまったかと思ったが、もう後の祭りだった。
俺は苦笑いをしながら自分の発言を繕おうとした。
「いや、ちょっと知り合いの方の紹介もありまして・・・」
「ん?その知り合いの名前は?」
「エルフの森の村長をされているホランド・ベルハートさんです」
「なんとっ!それはワシの師ではないかぁ~~~!!」
そのことに驚いたのは何も館長だけではない。それ以上にもう仰天である。アニーの爺さんの弟子なのか?
「へっ?・・・」
名誉館長であるクロフォード・リンデンバーグの俺を見る目つきが変わった。
それは先程までの好々爺の若者を見る優しい視線では無く、不惑の何かを見定める真剣な眼差しへと変化した。
きっと、シフォーヌとアニーの爺さんの名前を何気なく出してしまったのが悪かったのかも知れない。
彼にとって、その名前は・・・俺が思っているほど親しみとか気さくさではなく、きっと神聖化されたものだったに違いない。
『君はいったい何者なんじゃ?』




