第41章 憧れと現実
深い眠りから目覚めて3日後、体力的にも回復したことをアピールするアニーにせがまれ、二人して街に出ることにした。
アニーとしては、心配を掛けたみんなに早く元気になった姿を見せたいという気持ちがあったのだろうと思う。
勿論、出向く先はアニーの大好きなハーブティーのある『かれん亭』・・・きっと今日も賑やかな面々が揃っているんだろう。
海からこの通りへと吹き上げてくるこの季節の風はさすがに冷たい。
そんな風に少し震えながらも、アニーは嬉しそうな顔をして俺の腕にしっかり寄り添う。
そして、二人して石畳の坂道を他愛もない会話をしながら下って行く。
俺はこの光景を心から望んでいたんだと・・・
誰よりも何よりもこの時間を流したかったんだと・・・そう思うと何か胸一杯に湧き上るものがある。
嬉しさなのか幸せ感なのか、その気持ちを言葉で表現することは難しいけれど・・・アニーの存在無くしては溢れない想いだった。
そう思うと、この世界で感じる俺のすべての感情の『源』はやっぱり彼女から始まっているんだと・・・改めて自分の心にそう刻み込んだ。。
扉を開け、店内へと入る。
午後の微睡のひと時をハーブティーと共に優雅に過ごす人たちの間をすり抜け、いつものメンバーが集う席を目指す。
その一角は笑顔と楽しい会話が飛び交っているのが遠目でもわかった。
五月蠅くもなく、迷惑を掛けるでもなく・・・場の雰囲気を壊さない程度の節度が彼ららしくて微笑ましかった。
「おっ!アニー~~ちゃん!!」
「あっ!アニーさんだぁ~!!」
みんなはお互いの会話から視線を移し、目敏く見つけた俺たちに声を掛けてきた。
「アニー、もう大丈夫なの・・・出歩いて?」
「みなさんに、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでしたぁ~・・・」
アニーはテーブルの脇に立ち、みんなの顔を見回しながら笑顔で一人一人にお辞儀をしていった。
そんな彼女へみんなは優しい笑顔を返してくれる。
俺は椅子を引き、アニーを席に着かせてから、俺は俺なりに、みんなの協力と心配を掛けたことに対し感謝を述べた。
「みんな、本当にありがとうなぁ~・・・俺ひとりじゃどうしようも無かった。ホント助かったよ!」
「お互いさまじゃないかぁ~~俺たち仲間だろ?がははっは」
「何か偉そうに言ってるけど・・・あんた何したのよ?」
「そうなり~~ロークは何をしたなりかぁ~~?」
「俺か?・・・もちろん人一倍心配したさぁ~!!がははっ」
「女性陣にはホント感謝してる。俺は当分、みんなに頭上げられないよぉ~・・・トホホッ」
アニーが眠っている間、フローラやクロエ、それにパウラが交代で昼間に部屋へと顔を出してくれ、アニーの世話や買い物をしてくれた。
はっきり言って、男の俺は何もできず・・・ただおろおろしていただけと言うのが有り姿だった。
本当に女性たちには感謝仕切れないほどの恩を感じている。
「着替えはねぇ~純なショーヘイじゃ、さすがに無理でしょ?きゃははっ」
「アニーさんは、本当に綺麗な肌しているなり~~ちょっと妬けるなり!ウヒッ」
「うん!柔らかくてスベスベェ~~!!わたしなんて獣人族だからみんなより少し毛深いし・・・何か羨ましいのですよぉ~ププップ」
「あぅ・・・」
アニーはみんなの言葉に何も言えず、恥ずかしそうに頬を染めて俯いてしまった。
そんな仕草をみんなは微笑ましく見つめていた。
俺は、『役立たず』と認定されたみたいで・・・彼女とは別の意味で少し恥ずかしくなった。
「あわわわぁ~~~」
「ローク!・・・あんた、鼻血出してんじゃないわよぉ~!きゃはは」
「涎も・・・不潔なり~~!ふんっ」
「目が・・・昇天しているのです!ぷぷっ」
「ホント無節操な男だよねぇ~~発情して!きゃははっ」
「いやぁ~~何か想像してしまったわぁ~~!がははっは」
ロークは口元を手で拭いながら、テーブルにあった紙切れを丸めて鼻に詰め爆笑した。
「あぅ・・・」
この仲間と過ごす時間は、本当に刻まれていく時の流れを感じさせない。
出会えてよかった。心からこの仲間と笑い合えることが嬉しかった。
いつまで流せる時間かわからないが・・・
時の許す限り仲間であり続けたいと思う。
・・・・・・・・
和やかな時をみんなと流す。
それぞれが楽しい話題を提供し笑い転げる。
ここには戦闘中の真剣な眼差しも張り詰めた緊張感もない。
生き残れた者、無事に帰ってこれた者だけが味わえるひと時なんだと思えた。
冒険者稼業は気楽に見えて、実は生死の境を彷徨う命がけの仕事なんだと改めて認識させられる。
そんな中、俺はふと今回一番世話を焼いてくれたフローラに目が留まった。
ロークに対して口の悪いフローラは貴族の三女だからって分けでもないが・・・高飛車にロークをこき下ろすサド的な面も見せるが、内情は心優しき心づかいのできる素敵な女性だと今回発見できた気がする。
うちの女性陣のリーダーとも言える存在である彼女は・・・
さすがにエルフの亜種族のダークエルフだけのことはある。アニーがいるから目立たないだけで、背も高くやっぱり飛び抜けた美人である。
褐色掛かった肌に白っぽい髪が映えて、とても魅力的な女性だ。
ロークはそんなフローラがたぶん好きなんだと思う。
傍から見ていてもそんな風に感じさせるものがあるし、フローラも満更では無い素振りも見せる。
身分の違いって大きな壁もあるが、今後のふたりの発展を見届けたいと思う自分にひとり笑えた。
「ねぇ~アニー!少し教えてくれない?・・・」
フローラはテーブルに頬杖をつきながらアニーの顔をまざまざと見つめた。
突然の意味不明な問い掛けにアニーは首を傾げた。
「へっ?!何をですか?・・・」
「あのね・・・アニーって、ショーヘイと同居しているじゃない?」
「はい・・・」
「それってさ・・・親は何も言わないの?」
「へっ?・・・うちの親ですか?」
「そそ・・・」
アニーは人さし指を口元にあて、少し天井を見つめがら考え込んだ。
きっと両親や祖父、家族の顔と会話が頭の中を過っているんだろう。
そして首を少し傾げてから・・・呆気らかんとした笑顔を浮かべフローラにありのまま答えた。
「うちの親は・・・何も言いませんよ?逆に『ちゃんとご主人さまの役に立ちなさい』って言われましたけど?」
その意外な返答に困惑したのか、彼女はビックリしたように声をあげた。
「うそぉ~~~本当に?!」
「はい・・・あぅ」
「いや、フローラ~~それはアニーの説明が悪いだけでさ、俺たちは同居しているけど、ちゃんと部屋もシェアしているし・・・疚しくない関係であることは俺も目一杯アピールして来たし、ご両親には信頼してもらえていると自分では思っている。それに応えなきゃいけない俺もいるわけだけどさぁ~~ははっ」
俺は『天然ボケ』を地で行くアニーの返答に焦り、戸惑うフローラへと説明を付け加えた。
ここでフローラに、増してみんなに、俺とアニーの『縁』を繋ぐ関係を説明するわけにもいかないし、この世界の『理』を理解させることもできない。
実際、俺でさえよく解っていないのだから・・・
「・・・・」
何故今になってフローラがこの話題に触れたのか・・・
今回『冒険者』を続けることの許しは得たとはいえ、窮屈な屋敷での生活に辟易として、家を離れようと考えているのか・・・
その真意は判らないが、俺たちのような同居生活に憧れや興味を抱いていることは確かだ。
それはきっと・・・アニーの件で俺たちの部屋を出入りしてから、より一層高まった気持ちなのかも知れない。
『わたしも素敵な彼と同居してみたいなぁ・・・』




