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第40章 眠り姫



枯葉はすべて風に舞い散ってしまい、少し寒々しくも見える街路樹だけが並ぶ石畳を、俺は一人シフォーヌの屋敷へと足早に向かったていた。

アニーが目を覚まさないことに内心焦っていたんだと思う。



アニーは『レルネール村』の一件以来、目を覚まさないまま4日目となっている。

すぐにバサラッドに戻り、心配するマリナの厚意にも甘え、王宮専属の医師にも看てもらったが・・・目覚めぬ原因は依然不明だった。

募る不安がはち切れんばかりにどんどんと膨らんでいく・・・

俺は『覚醒』後に引き起こされた症状でもあり、シフォーヌに相談するのが一番手っ取り早いのかも知れないと・・・『藁にも縋る』思いで訪ねることにした。




「・・・そう、2度目の『覚醒』が起こったのね」


「はい。何が『覚醒』する起因になっているのかは解らないのですが・・・」


「あなたも相当鈍い口なのねぇ~今のアニーが『覚醒』を引き起こす要因は・・・ショーヘイさん、あなたしか居ないでしょう?ふふっ」


「えっ?!」


シフォーヌはティーカップを片手に、感覚のズレた朴念仁ぼくねんじんを見るような表情で俺に笑った。

そんな彼女に見つめられた俺は・・・何も返せず恥ずかしさのあまり下を向いてしまった。

彼女は俺にはお構いなしに言葉を続ける。


「あなた方に当て嵌まるのかどうかは私も判らないわぁ~~けれどね・・・」


「・・・・」


「ハイエルフとして為さねばならないことの一意はハイヒューマンを守ること・・・その裏返しも然りです」


「・・・はい」


「当然、まず第一にあなたに危険が迫った時、彼女の本能が呼び起こされたと考えるのが筋でしょうね・・・」


「・・・・」


『覚醒』の起因がそこにあるのかどうかは判らない・・・

そして、本能というものがハイエルフの根底にあるのかどうかも知り得ない。

それはハイヒューマンとハイエルフとしてのみ起こり得ることではなく、一人の男と女の行動と考えても何ら不思議でもなく、当たり前の事のように俺には思えた。

『愛する者を守りたい』・・・これは人間として不変の心理なんだと感じている。


「シフォーヌさま、でもそれは普通の男女としても、そうしたいと思うのではないでしょうか?」


「その通りね。でもね・・・」


「はい・・・」


「普通のエルフなら、そんな時に『覚醒』はしないわぁ~~当たり前だけど!ふふっ」


「確かに・・・」


「上位種はね・・・与えられた『宿命』が違うの・・・それが『この世界のコトワリ』なの!」


「・・・・」


「何故『つがい』になるのか・・・何故『えにし』を繋げていくのか不思議に思うでしょう?」


「はい・・・」


首を少し傾げ気味に微笑むそのやさしい顔に何も言葉にできない。


「ふふっ~これはまた別の機会にお話しましょう!・・・今はアニーのことの方があなたは気になるのでしょう?」


「・・・はい」


俺はシフォーヌの言葉に軽く頷いた。

彼女が口にした断片的な内容は、確かに俺の中で消化できないことばかりだ。でも今はそれにこだわる必要性も感じない。

まずはアニーが目を覚ましてくれること・・・これだけは絶対に譲れない何ものにも替え難き優先事項だ。

そんな悲痛さが顔に滲み出ていたのか、シフォーヌは俺の表情と深層にある心理を読み取るかのように笑いながら言葉にした。




「どんなお医者さまに看て貰っても無理よ~~それに、いくらハイポーションを飲ませても治らないわぁ~」


「・・・・」


「アニーが目覚めない件に関しては、はっきり言って心配要らないわよぉ~~~ふふっ」


「えっ?!」


呆気らかんと平然と口にする彼女に、俺は開いた口が塞がらなかった。

シフォーヌはそんな顔の俺を楽しむかのように微笑みながら言葉を続けた。


「まだ未完なんですから・・・精神と肉体が『精霊』として追いついてないだけなのよ!わたしたちの様に幼少からハイエルフとして育っていないんだから・・・ふふっ」


「・・・・」


「大丈夫!今は彼女自身もいろいろ葛藤もしているでしょうけど・・・もうすぐ目を覚ますから!」


さも当然よとでも言いたげに口にする彼女に俺は唖然としたまま自失していた。

シフォーヌはそんな俺の肩に手を伸ばし、安心しろと言わんばかりに軽くポンポンと叩いてくれた。

でも・・・やっぱり気になる。


「確かに負担も大きかったと思います。でも、前回はすぐに目を覚ましてくれましたが、今回は・・・」


「『精霊』としての自覚はあっても精神も肉体も封印された状態から異常『覚醒』しているのだから・・・特に今回はハイスキルを瞬間に連続発動したのでしょう?」


「はい・・・」


「尚更、反動も大きいわよぉ~」


俺の不安げな表情に、彼女はにこやかな表情を浮かべながらもキッパリと言い切った。


「・・・・」


「大丈夫だから~~そんな顔しないで!帰ったら目覚めてるかも知れないわよぉ~ふふっふ」


「・・・はい」


「あら、そうだったわぁ~・・・眠ってるアニーの手を握っておやりなさい!二人なら温もりも心も繋がるはずよぉ~きっと!ふふっ」


そう言うとシフォーヌは『慈愛の女神』のような笑みを注いでくれた。


「そうします・・・」




考えてみれば、シフォーヌの言うことは、今のアニーに起こっている状態そのものかも知れない。

言われて初めて気づき・・・そして納得してしまう自分がいた。


今後も異常『覚醒』する度にこういう事態に陥る可能性があることは認識できた。

アニー自体は無意識の中での出来事なのかも知れないが、俺にはそういう事態が起きるという覚悟が必要ということだ。


彼女のことを思えば、完全覚醒させるのが良いのか、今の封印状態がベストなのか・・・それは俺には判断しかねる。

でも、今アニーが封印を解かれハイエルフへと完全『覚醒』してしまうということは・・・何かにつけ彼女から今の生活を取り上げてしまうのとイコールである。

それは俺がハイヒューマンであることを隠し続けることと同じ事なのである。


何にせよ・・・独りよがりな思考を巡らせても今は仕方がない。

まだしばらくは、シフォーヌにアニーの総てを委ねるのが正解なのかもと、俺はひとりそう思うことにした。



・・・・・・・・



家路に向かう石畳の坂道・・・

いつもならアニーが傍らにいて、楽しく会話をしながら歩く道。

アニーが目を覚ましてくれているといいなぁ~と思いつつも、まだ眠り続けているのかと考えると何か無性に淋しくなる。

会話の無い世界がこんなにもつまらない物だとは思いも依らなかった。

元の世界では煩わしいだけのものと思い込んでいた自分がいたし・・・

俺は本当にこの世界へ転移して来たことで、人生も思考も何もかもすべてが変わったように思う。



家に戻った俺は、リビングからそっと静かにアニーの部屋へと入る。

アニーはまだ眠ったままだった。

その眠ったままの顔が『美の女神』の面影を漂わせるように美しく見えた。

俺はベッドの脇でひざまずき、シフォーヌに言われたようにアニーの手を両手で握りしめた。


伝わる彼女の温もり・・・


「アニー・・・」



小一時間ほどそのままベッド脇に付いていた。

ふと窓に目をやれば・・・重たく流れゆく雲の合間から白い花びらが舞うように雪の欠片が風に吹かれている。

先程までは何とも無かったのに、この季節の空模様は移り気なようだ。

そんな景色をアニーの手を握りしめながら暫し眺めていた。



「ご、ご主人さま?・・・」



アニーが不意に目を覚まし、俺に語り掛けた。


「アニー~気が付いたんだぁ~!良かったよぉ~!!」


俺は目を覚ましてくれた彼女に嬉しくなって涙を滲ませた。

彼女は、俺が両手で握りしめた右手に左手を添え、少し自分の方へと引き寄せて頬ずりをした。

そして目を伏せ静かに微笑んだ。

その目尻に浮かんだひと粒の涙が、頬を伝って零れていった・・・









『何かね・・・とっても長い夢を見ていました』

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