第38章 沼地の攻防戦
葦が生い茂る沼の中を気取られるように、息を潜め近づいて行く。
ズボッ、ズコッ、ズボズボ・・・
左右二手に分かれた分隊は四苦八苦しながらも何とか所定位置に辿り着いたようだ。
後は攻撃指令を待つだけとなった。
まだこの距離ではヒュドラたちには察知されていないようだが、確認できる姿は、変異体は首が5本、通常体は3本・・・見るも悍ましき異様な醜体を晒している。
変異体も最上クラスになると首が9本とも言われており、目の前にいる変異体はクラス的にはBクラス相当と思われる。
それでも強敵であることには変わりはない。
俺たちは沼地を迂回しながらヒュドラの後方へと、ひたすら向かう・・・
足に纏わりつく泥の跳ね具合を気にしながらも気配を覚られるように葦の林を移動し続けていた。
「攻撃開始!!」
「うぉーーーーーー!」
左右の分隊から兵士が一斉に通常ヒュドラ目掛けて突撃を開始した!
それを察知した通常体ヒュドラも双方へ動き始めた。
真ん中にいた変異体のみは微動だにせず、5本の首を左右の攻撃に対し向けただけだった。
ヒュドラは決して火炎耐性が無いわけではない。
削り取っても再生を繰り返す為、同時に全部の首を飛ばし斬り裂くか、火炎系魔法で斬った断面から焼き尽くすしか対処法が無い魔物だ。
マリナとすれば・・・その為に火炎系魔法を使える俺やフローラが必要となったわけだ。
分隊の攻撃を横目に俺たちはようやく変異体の後方へと辿り着いた。
「注意しなくちゃいけないのが『毒ガス』攻撃だぁ~!これは完全に麻痺させられるぞ!!」
「アニーとフローラは中距離から、ロークとパウラと俺で仕掛けよう!クロエは異常耐性呪文を頼む!」
変異体は通常体が攻撃されている様子だけをいまだ微動だにせず見ていたが、距離を於いた正面にいるマリナと護衛、それに数人の兵士を視界に捕らえ、今にも動き出しそうになっていた。
ロークはそれを感づいて慌てて駆けだした!
うりゃーーー!
続いてパウラも変異体の側面へと走りだす。
俺はその状況を見つつ、アニーへと攻撃を指示した。
「アニー~~こちらにタゲ取れるように初撃を頼む~~!」
「アニー了解です!」
ビシュ、ビシューー
アニーは中央のヒュドラ目掛けて矢を連射し始めた。
「フローラ、首を飛ばしたらそこへピンポイントで火弾撃ってくれるかー!」
「難しいけどやってみる!!」
ロークは変異体に取り付きバッシュを連続で掛け、タゲを自分の方へと向けさせる。
変異体は前に出しかけた足を後ろから攻撃するロークへと振り向き出し直した。
「パウラ~~左端の首を1本狙っていこう!」
「了解なのです!」
俺はパウラに指示を出しながら猛ダッシュを掛け、パウラの狙う首へと同時にスラッシュで斬り割く。
クロエは変異体に取り付いた前衛3人に異常耐性呪文を唱える。
バシュ、ズガッ
パウラと俺は一旦離れる。ロークはタゲを取ったまま凌ぐ。
フローラが落とした首跡へと火弾を撃ちこむ・・・首根っこは焼けて爛れていく。
ふと分隊の状況を見ると、毒ガスを吐かれたようで・・・麻痺した兵士が多数転がっている。
しかし左右に散った魔術師の頑張りもあり、1体は倒し、もう1体は瀕死まで追い込んでいる。
さすがに軍だ。人数だけでなく指揮系統もしっかりと統率されている。
マリナは正面から残る1体の通常体へと攻撃を仕掛けていた。
焼け焦げた傷跡から再生しようと試みるも、なかなか思うようにいかないヒュドラはロークから体の向きを変え、残った4本の口から通常体に群がる兵士へと毒ガスを吐いた。
俺たちは瞬時に転がりながら回避することができたが、不意を突かれた兵士たちは避けようが無かった。
4本から吐き出された毒ガスは広範囲に振り撒かれた。
マリナと数名は範囲外にいた為被害は免れたが、取り囲んでいた10数名の兵士が麻痺したまま倒れた。
都合20名以上が麻痺毒に侵されたまま地面に伏せてしまっていた。
無事だった兵士たちが倒れた者たちを引き摺るように後方へと下げる作業をしている。
そんな兵士たちを横目に俺は叫んだ!
「アニー、フローラ~~通常体にラストショットを!今なら行ける~!!」
「アニー了解です!」
「フローラ了解!」
アニーは即座に弓を引き絞り、ポイズン系を付与したマグナムショットを、フローラは威力増強のバーニングバレットを撃った。
首1本残した通常体は、その二人の攻撃をモロに受け・・・そのまま爆発するように消滅した。
「上出来だぁ~!」
ロークは消滅を見終えた後、そう声を掛けるとすぐさま後ろから変異体に攻撃を仕掛けていった。
変異体は正面にいるマリナたち数名に遅い掛かろうとしている。
「クロエ~兵士さんたちの回復のサポートを頼む!」
「了解~任せるなり!」
「パウラ~~さっき斬った反対側の首へ取り掛かろう~!」
「パウラ了解です!」
俺とパウラは右端の首へと斬りかかった。
パウラは獣人族の特有の瞬発力を活かしてテレポートストライクで即座に斬り裂く。
続いて俺もスラッシュでパウラの切り口へと重ね斬りで2本目の首を吹き飛ばし、そのまま切り返し傷口へと炎弾を撃ちこむ。
3本首になった変異体はロークのガードを跳ね除け、正面のマリナの方へ足を止めない。
「マリナさま~~~わたし達の方へ移動して下さい!」
フローラが叫ぶ。
「姫はあちらへ!ココは我々が凌ぎます!!」
そう言うと、マリナが駆けだしたの見届けたのち、護衛と数名の兵士たちは玉砕するかのように変異体へと突撃していった。
「毒ガスが来るぞぉ~~避けろぉーー!」
ロークが護衛達に叫ぶも、走り出した護衛達の足は止まらない。彼らはマリナさえ逃がせれば満足なのか、ニヤっとロークに笑い、そして転がるように正面から取り付いて行った。
ヒュドラの変異体は、彼らに3本目の首を落とされたのもお構いなしに残った口から毒ガスを吐いた。
護衛達はその場で片膝をつき、そのままヒュドラに蹴り倒された。
「お前たちぃーーー!!」
マリナはフローラに抱きかかえながら倒れる護衛達に叫んだ。
「大丈夫です!あとで回復士たちが必ず治療してくれます。安心して下さい!」
アニーはそんなマリナに優しく微笑み掛けた。
涙を滲ませたマリナもアニーにコクッと素直に頷いた。
残存兵力は兵士数十名と俺たちのメンバーだけになった。
「ローク!落とした首跡はどうなってる?・・・再生はしていないか?」
俺は変異体に近いロークに確認を促した。
「最初の傷口が盛り上がり始めてるぞぉ~~これヤバイかも~!」
ロークは再生し始めた首を見て少し焦った。
俺にもその状況はひしひしと伝わってきた。
「了解した。これは勝負を急いだ方がいいなぁ~・・・」
「ショーヘイさん、もう一度アタック掛けますか?毒ガス吐いた後だし・・・連続は無いと思うのです!」
俺はパウラの意見に頷いた。そしてロークの方へ向かって叫んだ。
「ロォーーーク!しばらく足を止めてくれるかぁーー?」
「フローラ~!俺とパウラが斬ったあとへ火弾を撃ってくれ~!・・・アニーはマリナさまのガードを頼む!」
「了解した!」
「了解~!!」
「分隊の方々は、俺たちが斬ったあと、最後の首へと攻撃を願います!!」
「わかった!みんな突撃の準備をしろぉーー!!」
分隊長格の兵士は俺の言葉に頷き、すぐさま兵士たちへと指示を流した。
動ける兵士数も限られている。早めの決着しかない・・・俺とパウラは再度変異体へとアタックを仕掛けた。
ロークが止めるヒュドラの変異体は、その時、俺たちの見立てを外し予想よりも早く・・・
『3本目の首を再生させた!』




