第36章 王女からの伝言
「フローラを呼んでくれるかな?」
「はい。ご主人さま」
バサラッド東地区の閑静な屋敷街の一画に建つバシュラール男爵の邸宅。
爵位的には低いとはいえ、過去の先祖たちの王家への絶対なる忠誠とその戦功に対して叙勲された地位・・・かってはダークエルフの族長を務めていた家柄であったことは後に聞き知った。
「お父さま、何事でしょう・・・こんな夜更けに!」
フローラは不機嫌だった。
父親に呼び出されるということは冒険者をヤメて仕官しろということ、もしくは嫁げとの裏返しであることを過去の会話から学び取っていた。
姉二人はすでにそれなりの家柄へと嫁ぎ終えている。
「ふむ・・・仕事が忙しくて、お前とも真面に顔を合わすことすらなかったが・・・」
「そうですね~久しぶりになりましょうか?・・・」
「まぁ~いくら放任しているとは言え、父親としては嫁にも行かぬ年頃の娘がどうしてるのやら気になってな~ふはっは」
彼女の不機嫌さとは裏腹に、父親はいたく機嫌良さそうに笑った。
フローラは、父親の見せる表情に何か裏があるのではないかと勘繰りもしたくなった。
「・・・・」
「何、呼びつけたのは・・・先日、マリナ姫殿下からお褒めを預かってなぁ~」
「え?・・・」
「お前たちは、姫殿下に大そう懇意にしてもらってるそうじゃないか・・・ん?」
「はい・・・光栄の到りです」
「そうだな~バシュラール家にとっても名誉なことだ・・・」
機嫌の良さはココにあったのか・・・まぁ、下級爵位の家柄としては姫殿下から親しくお声掛けされるなんてことは稀であるからにして、父親が上機嫌になるのも解らなくもなかった。
「はい・・・」
「ふむ、そこでだが・・・姫殿下がわしに申されたのは、一週間後バサラッド南方のレルネール村に、フローラと仲間たちに合流してもらい、共に戦って欲しいとの旨だった。それをお前に伝言してくれと直に頼まれたのじゃ・・・」
「へっ?!」
「姫殿下は甚く、お前たちをお気に入りのようだ。くれぐれも粗相の無きよう姫殿下のお力になってさしあげろ!」
これは一人で判断する問題では無いが、『王女からの伝言』とあらば仲間たちも受けざるを得ないだろう。
それよりも・・・
「・・・と言うことは、まだしばらく冒険者をやっても良いとお認め頂けると、そう受け取ってもよろしいのでしょうか?」
「已むを得まい・・・はっはは」
父親からまだしばらく自由に冒険者をやっても良いという言質を取れたことは、フローラにとっては王女の依頼よりも本懐だった。
これはマリナさまに足を向けて眠れないと・・・そう思うとひとり笑えた。
・・・・・・・・
「・・・・と言う『伝言』が届いたのよ!」
「レルネール村か・・・ここから結構距離あるぞ。あの王女さまも人使いが荒いよなぁ~!」
ロークはフローラの話に苦笑いを浮かべた。
俺たちは、6人パーティーへの申請変更も兼ねて、今日は冒険者ギルドの軽食堂の一画に席を囲んでいた。
「レルネール村なら、わたしの住んでたホロステ村の少し先なので、主要街道の南方街道上だし・・・定期馬車を使うと早いと思うのです!」
「魔道馬車とか使えばもっとイイなり~~経費は王女さま持ちで!ププップ」
「イヒヒッヒ・・・」
パウラとクロエは気が合うのか、二人して不敵な笑みを浮かべた。
そんな二人とは対照的に、フローラは現実的な問題として頭を閃かせた。
「馬車代バカにならないよね・・・いいわぁ~、今はうちの父親も上機嫌だからオネダリしてみるよ~きゃはは」
「ぷぷっぷ・・・」
「ロークはさ・・・この『王女からの伝言』を引き受けるつもりなんだな?」
「うむ・・・マリナさまから直の依頼の上に、フローラやフローラの親父さんの顔もあるからなぁ~~引き受けざるを得んだろう?」
内容が不明なままの勅命じみた王女の依頼を、俺は素直に引き受ける事には躊躇いがあった。
わざわざ指名で呼びつける裏には何か魂胆がありそうな気がするし、あの破天荒なマリナのことだ・・・必ずどこかに意図があるんだろうとは思う。
まあ、ロークが自分なりに考えて答えをだしたのなら、敢えて反対するつもりも無いが。
「そうかぁ~わかった!それなら俺もアニーも了解だ!」
「ショーヘイ・・・ゴメンね。マリナさまがあんた達にご執心なの知ってるし、変に気を遣わしてしまうみたいで!」
フローラはどこか申し訳なさそうな顔で俺を見つめた。
俺はそんな彼女へ笑いながら言葉にした。
「何を言うんだよ~~その為の仲間だろ?ははっは」
「王女さまは、お前たちに虎視眈々だからなぁ~・・・それよりさ、今日アニーちゃんは?」
ロークは俺を茶化しながらも周りをキョロキョロと見回した。
それに釣られてフローラも確かめるように俺の周りを見ていた。
「ホントだ・・・珍しいねぇ~」
「おめでたなり~~産婆さんところに検診!!」
「ドヒャーーーー!」
「マジかぁ~~??」
「バァ~~カ!そんなことあるわけ無いじゃん・・・今日はちょっと里のお友達のところさ!ははっ」
俺は苦笑いしながらも、一度クロエの頭の中を覗いてみたいという衝動に駆られた。
この瞬時に浮かぶ頓智がどこから生まれてくるのか・・・
「よっしゃーー!2日後出立ということで、各自準備怠るなよぉ~・・・それでいいよな?」
「アニーには俺から伝えておく!」
「了解!」
「おやつはいくらまでイイなりか?・・・」
「バナナはおやつなのです?・・・」
「ごらぁ~~~!お前らぁ~遠足ちゃーうわ!~~現地まで歩かすぞぉーーーー!!」
いつの間にかパウラもクロエに感化され、もうすっかりうちのメンバーの一員だ。
そんな微笑ましい二人を見ていると・・・人と人の繋がりって、思いも掛けぬところから広がって行くんもんなんだと改めて再認識させられた。
・・・・・・・・
フローラの父親からの厚意もあり、俺たち一行はレルネール村まで馬に迅速魔法を掛けた『魔道馬車』で向かうことができた。
常に魔脈の上ばかりを走るわけではないので、御者は当然魔術の心得のある者2名が務める。
予約制の上、当然費用は高額・・・貴族や金持ちの商人あたりしか利用できない代物である。
ただ、普通の定期馬車の半分以下の時間で行ける為、無駄な行程が省けるのは助かるが、一般人には常に利用できるような気安いものでは無かった。
「おぉ~~レルネール村が見えて来たぞぉ~!」
「割と大きな村ねぇ~・・・」
女性たちはみんな馬車の窓から顔を出して、沼地の向こうに見えて来るその村を眺めた。
澱んでいるのではなく、馬車から見える沼地は、けっこう澄んでいるように見える。
周りを見渡すと・・・あちらこちらに大なり小なりの沼地が確認できた。
「王女さまの指定よりも2日ほど早く着けたなぁ~ははっ」
「フローラさんのお父さまに本当に感謝ですよねぇ~あはっ」
アニーはフローラへ軽く会釈をしながら笑っている。
フローラもそんなアニーに『どういたしまして』というような笑みを返した。
「よ~~し、思ったより早く着けそうなんで、先に宿の確保しとくかぁ~!」
「王女さまたちはすでに戦闘やってるのかしら?・・・」
「そうだなぁ~~依頼内容も不明だし・・・情報収集が必要だな」
俺はフローラのその言葉に、『合流せよ』とは言われたが、何をするのかも、どう対応すれば良いのかも一切わからない現状を早く打開しないといけないと感じた。
ロークも彼なりにそれは感じているんだろう・・・リーダーらしく、みんなに手際よく役割分担をしていく。
「よっしゃーーー!村に着いたら、俺とショーヘイは王女さまの動向調査、女性陣は宿の確保頼むわぁ~!」
「了解したなり~!」




