第35章 誕生日プレゼント
「お誕生日おめでとう~♪」
「めでとうなり~♪ウヒッ」
「えっ?!」
フローラとクロエの提案で『白き牝鹿亭』の特別ルームを今夜は貸し切りにしてもらった。
今日が18歳の誕生日だということは前々から判ってはいたが・・・アニー自身も当然自覚はしていただろうが、敢えて口には出さなかったし、俺は俺で朝からその事に触れないようにするのにひと苦労だった。
アニーのそういう奥ゆかしがたまらく好きなんだが。
みんなの発声にアニーはビックリしたように目を丸くしていた。
部屋に通された直後の出来事だ・・・何が何だかわからなくても当たり前である。
サプライズな演出に驚かない方がおかしい。
アニーはみんなの顔を目を丸くしたまま唖然と見回した。
「アニー・・・18歳のお誕生日おめでとう~!」
彼女は俺のそのひと言に我に返り、この事態をようやく呑み込めたようだった。
みんなも零れるような笑顔を彼女に注いでいる。
先日、うちのパーティーに半ば強引に加入させられたパウラが花束を持ってアニーの前へと進む。
「アニーさん、お誕生日おめでとうなのです~♪」
満面に笑みを浮かべ花束を渡した。
「あ、ありがとうございます~パウラさん、そして皆さん・・・」
アニーはそれを受け取りながら、目にいっぱい涙を溜めた。
そして一人一人に感謝の意を込めたお辞儀をした。
ロークもフローラも、そしてクロエもパウラも・・・
本当に祝ってくれているのが、笑顔の端々からも感じ取れる。
アニーは嬉しかったんだろう、笑みをこぼしたままそっと静かに目を伏せた・・・
先日の出来事を知ってる者たちは、彼女が浮かべるその静かな笑みを見て、ハッと息を呑んだ。
『覚醒』したわけではないが・・・あの当時の『美の女神』の神々しい美しさとはまた違う、それでもどこかその面影を残す美しさに何ひとつ言葉にすることも出来ずただ見惚れていた。
パウラも・・・理由の解らないその不思議な美しさに惹き込まれてしまっていた。
沈黙だけが・・・暫しこの空間に漂っていた。
「失礼しますよぉ~」
その声にみんなは我に返るように自分自身を取り戻した。
店の給仕の女性二人が飲み物や料理を次から次へと運び来る。
仲間からの『誕生日プレゼント』は、今夜の豪華な飲み物と料理だった。奮発してくれたようで、逆に俺としては気が引けた。
「よっしゃーーーー!みんなグラスは持ったかぁ~?」
「準備万端なりよ~!」
「持ったです!」
「あんたは、ホントこんなお祭り騒ぎを仕切るのだけは天才よねぇ~きゃはは」
ロークは口を尖らせながらフローラに『うるせぇー』とでも言いたげな顔をした。
フローラはフローラなりに、貶しながらもロークの才あるところは認めているんだと思うと、俺は何か可笑しくなってしまった。
「ククっ、これもロークだからじゃない?」
「かもかも~~きゃは」
みんなはアニーを囲むようにグラスを翳した。
「アニーちゃん、18歳のお誕生日めでとう~!」
「おめでとう~!!!」
「乾杯~~!」
「乾杯~~♪」
カチッ、カチン、カチッ
ロークの音頭でみんなはグラスを交えた。
「あ、ありがとうございます。こんなにしてもらえて・・・何か嬉し過ぎます・・・」
アニーは笑顔をほころばせながら、恥ずかしそうに頬を染め俯いた。
そんな表情を見せるアニーの仕草が、一番アニーらしさを感じさせてくれて・・・俺はとても好きだった。
“おめでとう~アニー・・・”
・・・・・・・・
美味しい料理にお酒にと、その上三人組のお笑いで、場はけっこう盛り上がっていた。
アニーは勿論のこと、この仲間との付き合いがまだ浅いパウラでさえ、楽しそうに笑い合っている。
もう変な気遣いも心配もいらないぐらい溶け込んでいるようだ。
「なぁ、ショーヘイ!」
「うん?・・・」
「お前さぁ~・・・アニーちゃんのことどう思ってるんだよぉ~」
「あっ、それわたしも訊きたいよぉ~ショーヘイとアニーの関係がどうなってるのか・・・」
ロークはフォークで刺したウィンナーを片手に、フローラは口元に運びかけたワインを手に留め、俺の方へと視線を向けた。
それに釣られるようにクロエもパウラも、俺たち二人を見つめた。
「訊きたいなり~♪」
「わたしも・・・なのです♪」
「こらこら、お子ちゃま達は耳を塞いでおれぇーー!がははっ」
「誰がお子ちゃまなりかぁ~~失敬な!ふんっ」
「ど、どう思ってるって言われてもなぁ~・・・」
俺は言葉に詰まって、頭を掻きながらアニーの方へ視線を向けた。
アニーは俺と視線が合った途端、逸らすかのように恥ずかしがって俯いてしまった。
そんな素振りにますます答え難くなってしまった。
「た、大切に思ってる・・・」
「大切?・・・大切の尺度がわからんなぁ~」
ロークは椅子にドッカリと深く凭もたれ掛り、怪訝そうな視線を投げかけてくる
「漠然とし過ぎてるわよねぇ~?・・・例えば世界で一番愛してるとか・・・きゃは」
「キャーーーー、恥ずかしい!」
「何でクロエが恥ずかしいんだよぉ~!」
「ぷぷっぷ・・・」
「いやさぁ~・・・何て言うのかなぁ~」
俺はロークたちに茶化されている気分にもなったが・・・俺の言葉を待っているアニーに伝えなきゃいけないとは感じた。
「何だ、何だ?」
「愛してるとか愛してないとか・・・そんな俗っぽいことじゃなくて・・・」
「何?、何んなのよぉ~~」
「俺にとってのアニーは、俺が生きて行く上で絶対傍に居て欲しい存在で・・・何があっても守りたい存在で・・・」
「うんうん・・・」
「アニーと・・・一生寄り添って生きて行きたいって思ってる!」
俺は饒舌さには程遠いベタな言い回ししかできなかった。
本人を目の前にしては、あまりにも照れくさくて・・・その上、仲間に囃したてられちゃ気持ちを伝える言葉さえも思い浮かばなかった。
・・・・・・・・
・・・・・・・・
暗闇に包まれた部屋の中、テーブルのワインライトの灯りだけが男と女を浮かび上がらせた。
アニーは俺に凭れ掛るように寄り添って甘えている。
俺はそんなアニーの髪を何度もやさしく撫でた。
「誕生日プレゼントしてないけど、何がいいかなぁ~?何かさ、形あるものを選ぶのって苦手だし、アニーの望むものにしようかなって・・・」
「えっ?もう貰いましたよ?・・・」
「えっ!俺、何も渡してないよ?」
「貰いましたよぉ~~大切なものを!ふふっ」
「そうなの?・・・」
賑やかで楽しい宴は頃合いを見計らって切り上げ、俺たちは部屋のリビングのソファーでくつろいでいた。
二人だけの時間をゆっくり流す為、そして語らいの為に・・・部屋中の灯火をすべて落とした。
「はい。『一生寄り添って生きて行きたい』って・・・嬉しかったです」
「あぁ・・・」
「何かね~もうその言葉だけで、その気持ちだけで胸がいっぱいになりました・・・」
そう言うと、アニーは俺の胸へとより一層体を預け、そして静かに目を伏せた。
俺はそんな彼女を愛しく抱きとめた。
「それはさ・・・」
「うん・・・」
「男として、人生を共に歩んで行きたいと、そう心から願う女性ができたことが嬉しかったんだ・・・」
心からそう思った。
俺にとって、この世界で感じられる全ての感情の『源』は彼女から始まっていることに気付かされた。
アニーという存在があったからこそ、この見知らぬ世界で生きていける俺がいる。
だから大切にしたいと、寄り添って生きていきたいと・・・それが『理』かどうかなんて、どうでも良かった。
「うん・・・」
「照れるなぁ~自分で言ってて・・・何か」
「ふふっ、あのね~ひとつお願いしてもいいですか?」
自分の言葉に苦笑いを浮かべる俺に、アニーは下からそっと顔を見つめてきた。
「うん。何でもいいよぉ~・・・」
「ホントに?・・・」
「あぁ・・・」
『じゃあ~このまま、もう少しこのまま『ぎゅっと』抱きしめて下さい・・・』
この空間だけは時の流れが止まっているかのように感じられた。




