第32章 この世界の理
「出逢い方が違うとは・・・どういう事なのでしょうか?」
秋風に誘われて・・・
俺とシフォーヌの空間には金木犀の甘い香りだけがほのかに漂っている。
シフォーヌはそんな空間に漂う、その甘い香りをかぐように息をひとつ吸ってから俺の目を見つめた。
「あなたとアニーはどこで出逢いましたか?」
「バサラッド近郊の森です・・・」
「そうねぇ~私もそう聞いています。私とジロータはね・・・エルフの森の近くで出逢ったの!ふふっ」
彼女はどこか嬉しそうに笑った。
「はい・・・」
「私の知り得るすべてのハイヒューマンとハイエルフの番は、誰も皆エルフの森近郊で出逢ってるのよ・・・」
「それに何か意味はあるのでしょうか?」
「解らないわぁ~・・・でも少なくともハイヒューマンとなるべく転移者は、ハイエルフの存在を知り得る場所にすべて現れたわ・・・」
「・・・・」
『数百年に1回ほど、お前のような者が流されてくる・・・そしてこの里へ訪れるんじゃ!それはずっと大昔も今も変わらん不変の理なのじゃ』
アニーの爺さんがそんなことを言っていたことを思い出した。
俺の疑問に彼女は首を横に振りながら話を続けた。
「私の場合は、転移したてのジロータが森の中でキズだらけで倒れていたの・・・それを偶然見つけた私が家に連れ帰り介抱したことから『縁』が繋がって行ったわ~」
「・・・・」
懐かしい話なんだろう・・・俺にそう語るシフォーヌの顔からは優しい笑みが零れていた。
誰だって男と女であれば、出逢いの思い出は大切な宝物なんだろう。
「彼は元の世界での戦の最中、相手に斬り掛かられた瞬間この世界へと飛ばされて着たんだと言っていたわ・・・」
「はい・・・」
「ショーヘイさんはどう?違うでしょう・・・??」
シフォーヌは話を巧みに誘導するかのように俺に訊ねてきた。
「はい。切っ掛けは地震と言うアクシデントでしたが、この世界へは直接飛ばされてきませんでした・・・」
「創造神が時空の狭間から此処への扉を開いたのね・・・それもハイヒューマンとして転移させて・・・」
「その通りです・・・」
「・・・・」
彼女には長年培った知識の集約、もしくは思い当たる節があるからそう言い切れるんだろうか・・・それはアニーの爺さまも然りだった。
裏付けの無いところに確信も断定も生まれない。
彼女はしばし頭の整理をする時間を置き、再び俺に語りかけた。
「それと、もうひとつ根本的に違う事があるの~・・・」
そう言うと、シフォーヌは少し目元を引き締めた。
「何が違うのでしょう?・・・」
「私たちは、生まれた時からハイエルフとして育てられてきたの!そしてエルフの森に住んでいる時に『縁』を繋げた・・・」
「アニーはどう?・・・」
「封印されていると認識していますが・・・」
「そうねぇ~その通りです。ハイエルフとしてこの森で育っていないから・・・当然ハイヒューマンと此処で『縁』を繋ぐことはできなかったの!」
俺はいまだこの世界の『理』については謎ばかり、理解できないことばかりだが、その道理から考えれば彼女の言うことが至極当たり前のように思えた。
でも考えたら・・・
「もしアニーがここでハイエルフとして育てられていたら・・・俺とは別の転移者が現れたってことでしょうか?」
もしそうなら・・・アニーは誰か別の転移者と出逢い、狭間からこの世界へきた俺はハイヒューマンでは無く、一般的なヒューマンとして転移していたんだろうか・・・
「それはわからないわぁ~天のみぞ知り得ることだから・・・でも、その可能性はあったかも知れませんね」
シフォーヌは俺の問い掛けに首を横に振りながらも否定はしなかった。
「・・・・」
「私はジロータがハイヒューマンとして、私と出逢う為にココへ辿り着いてくれたんだと思えたわ・・・この人と愛し愛されることが私たちの『運命』だと・・・これがこの世界の『理』なんだと彼も私も疑わなかった。そしてそうなったの・・・ふふっ」
ジロータのことを語る彼女は本当に嬉しそうに見える。
やはり、傍に居られないから余計にそういう思いが強くなるんだろう。
そんなノロケ話をしながらもシフォーヌの瞳には本筋を逸らさないだけの威圧があった。
「でも、あなたたちは違うわ・・・」
「『理』を知るより先に出逢ってしまった。ハイヒューマンとハイエルフとしての出逢いではなく・・・男と女として惹かれ合った・・・」
「それは本能的に『理』を知っていたからとも言えるし、そうでないかも知れない・・・」
「きっとお互いの存在を確かめ合うところから始まったはずよね?」
「はい。俺はアニーが俺にとって何なのか・・・この出逢いが何を意味するのか知りたいと思いました」
「そうよねぇ~~~アニーも多分同じ思いを抱いているはず・・・」
起こり得ぬ場所で、起こり得ぬことが、起こり得ぬタイミングで起こった。
偶然だと思っていたことがアニーと出逢ったことで必然へと替わった。
だから俺は・・・彼女の存在が俺にとって何なのか知りたいと思った。
「いろいろ独り喋っちゃったけどね・・・『違う』って意味はね・・・」
「・・・・」
「出逢った場所、出逢う為の条件、出逢ってからの過程・・・すべてが違うの!」
「私たちはこの世界の『理』に従って与えられた『縁』・・・そして、あなたたちは『理』に関係なく繋げていった『縁』と言えなくもない・・・」
「創造神があなたたち二人に何をさせたいのかは解りませんが、ひょっとしてこの『世界の理』を変えたいと思っているのかも知れませんね~ふふっふ」
そこまで言うとシフォーヌは『慈愛の女神』ような笑みを俺に注いでくれた。
確かに俺たち二人の出逢いと過去の人たちの出逢いとは、何かが根本的に違っているのかも知れない。
ジロータのように狭間を経由しない次元の瞬間転移が当たり前で、俺のような経由する形は稀なのかも知れない。
ハイエルフの存在が確認されていたからエルフの森近郊へ即座に番として転移して行くのか・・・全く以って不明なことだらけだ。
今思えば『時空の管理人』が思案しながら俺に与えた『贈り物』が「ハイヒューマン」だった。
何故思案したのか・・・
ハイヒューマンでなく、ヒューマンとして転移してくる者は、その何倍、何十倍も過去から現在に至るまでにはいたはずだ。
敢えて俺を熟考の末、「ハイヒューマン」として送り出したその意図は・・・
それは『封印』されたままのハイエルフと出逢わせる為だったのか・・・
そして今までのテンプレートのような『縁』の繋ぎ方ではなく、違う形にしたのは何故なのか・・・
答えの見えない謎と疑問は、とてもじゃないが消えそうにない。
・・・・・・・・
「クッキー美味しそうに焼けましたよぉ~あはっ」
アニーは満面に笑みを浮かべなら菓子皿に乗せたクッキーを部屋まで運んできた。
テーブルにはアニーと一緒に部屋に入ったメイドがお茶を煎れてくれている。
「ショーヘイさん、あなたにも、もっといろいろ伝えなきゃいけないことがあるの!それはまた別の機会にしましょう~ふふっ」
「はい。いろいろ教えて下さい!」
シフォーヌと俺はテラスからアニーの待つ室内のテーブルへと移動した。
焼き立てのクッキーの甘い香りが部屋中に漂う・・・
「美味しそうねぇ~~」
「でしょう?頑張りましたから~~えへっ」
アニーの張り切った顔を見ていると自然に笑みが零れてくる。
俺たちは、この先どんな風になっていくのか全く見えない。
けど、どんな世界が広がろうとも傍らで寄り添い合って生きる二人でありたい。
『この世界の理を越える二人になれるだろうか・・・』




