第31章 慈愛の女神
黒服の執事に通された控え室。
小奇麗な格好には程遠いが、それでもアニーが見立ててくれた服装で、それなりに体裁は整えられたと思う。
アニーの両親に会った時以来の緊張感・・・心臓がばくばくと音を立てているのが分かる。
傍らのアニーはと言えば・・・何度も通過した儀式なのか平然とすまし顔で部屋の置物に目を凝らしていた。
「クガ様、ベルハート様、どうぞこちらへ。奥様がお待ちのお部屋へとご案内させて戴きます」
執事の案内で俺たち二人はシフォーヌの待つ部屋の扉の前に立った。
「奥様、クガ様とベルハート様をお連れ致しました」
「お通しして下さい~」
「では、こちらへ!」
扉を開けた執事に通され、俺たち二人は部屋の中へと進んで行った。
「いらっしゃい!・・・はじめまして~ショーヘイさん!!」
シフォーヌは満面の笑みで俺を迎え入れてくれた。
『精霊』が『美の女神』のように比喩されることも多いが、このシフォーヌは『慈愛の女神』と呼べるほど優しく慈しみのある笑顔を浮かべる。
初対面ではあったが・・・『精霊』も己を極めてくればこういう域にまで昇華していくもんなんだと俺は認識させられた。
「あ、はい。初めましてシフォーヌさま。ショーヘイ・クガと申します。この度はお招きいただき、ありがとうございます」
「まぁ~何はともあれ、まずはお掛けになってぇ~」
「ありがとうございます。失礼します!」
俺とアニーは肩を並べて、シフォーヌの正面へと腰を下ろした。
「あらら~そんな堅くならくても大丈夫ですよ。私はシフォーヌ・ヒュウガです。アニーさんとはお友達なの~ふふっふ」
俺の張り詰めた緊張に、彼女はざっくばらんな挨拶で受け答えしてくれた。
でも・・・堅くなるなと言われても、堅くならない方が無理である。
何せ目の前の女性は・・・一国の『英雄』の夫人であり、一国の魔法術の頂点にたつような『精霊』である。
ハイヒューマンとは言え、駆け出しのヒヨッ子の俺がそんな女性に緊張しないで済むという道理がない。
「お友達って・・・あぅ」
「失礼致します~」
俺たちの後ろから入ってきたメイドが、テーブルへとお茶をセットしていく。
ソファーに腰かけることで、どこか少し肩の力が抜けた気がした。
メイドがそれぞれのカップへとお茶を濾していくその合間の時間が、落着きを取り戻せる救いになってくれた。
お茶を注ぎ終わったメイドは一礼をして部屋を後にした。
「お茶をいただきながらお話しましょう~」
「はい・・・」
・・・・・・・・
「ショーヘイさんは、アニーさんの大切な方って聞いていますよ~もういつも、いつも自慢するんです。私も妬けちゃうぐらいに~!ふふっ」
シフォーヌはそう言うと、二人の顔を見比べながら目尻を下げて笑った。
「俺、いや私も、彼女は自分にとって何者にも替え難き存在だと思っています。ずっとこれからも大切にしたいです!」」
「まぁ!それはご馳走さま~!」
「・・・・」
アニーは俺の言葉に薄く頬染め、幸せそうな笑みを浮かべながら俯いてしまった。
今思えば、俺のこんな素直な気持ちをアニーに伝えたことは今まで無かったけれど・・・アニーの仕草を見るうちに、こういう風に気持ちを言葉にすることも大切な事なんだと教えられた気がした。
「ショーヘイさん、畏まらなくても『俺』でイイのですよ~ふふっ」
「はい、すみません・・・」
俺は恥ずかしくなって、頭を掻きながら俯き気味に視線を落としてしまった。
そんな俺を優しい顔で見つめながら、シフォーヌは急に何か思い出したようにアニーへと言葉を掛けた。
「あっ、そうそう!・・・アニー、悪いんだけど厨房へ行って、私が作り掛けにしているクッキーを職人さんたちを手伝って一緒に焼いてくれないかしら?」
「はい!お菓子作りも得意なので任せて下さい~!」
アニーは突然の申し出にも係わらず、嬉しそうにガッツポーズをしながら席から立ち上がった。
「ごめんなさいねぇ~・・・その間、少しショーヘイさんをお借りするわね~ふふっ」
「ご主人さまぁ~シフォーヌさまが美人だからって鼻の下伸ばしてたらダメですよぉ~あはっ」
「うぅ・・・」
「大丈夫よぉ~取って食べたりしないから~ふふっふ」
「あぅ・・・」
俺は二人の会話のやりとりに翻弄されてしまった。
シフォーヌはアニーに席を外させることで、意図的に俺と二人だけで会話のできる時間を作ったようだ。
彼女は席を立ち、中庭へ面した大きな窓扉を開け、俺を手招きしながら庭のテラスへと抜けていく。
俺は誘われるがまま、彼女の手招く方へと歩いた。
庭から見える空は・・・
その青さが目に痛いぐらい雲ひとつない秋空が広がっている。
すうっと~~中庭を吹きぬける風に金木犀の甘い香りが漂い鼻を擽ってゆく。
その香りが何とも言えないほど心地よい。
シフォーヌはテラスに置かれたチェアセットへと俺を座らせた。
「ショーヘイさん、アニーがハイエルフであることはご存知ですね?」
「はい。アニーの爺様から聞いております」
「ふふっ、ホランドも余程あなたを信頼しているのね・・・」
「・・・・」
「わたしは、ホランドからお願いされたこともあって、アニーが『精霊』として真の『覚醒』をするまで導く役目を任されました」
「はい・・・」
「これは押しつけではなく、わたしが彼女を導く宿命になっているんだと思っています。ふふっふ」
「宿命ですか・・・重たい言葉ですね」
「そうねぇ~~重たいけれど、これがわたしに課せられた『責務』なの・・・次のハイヒューマンとハイエルフを導くことが・・・」
シフォーヌは、何かを回想するかのようにそう言って目を伏せながら笑みを浮かべた。
これがジロータ・ヒュウガがシフォーヌに託した責務なのか・・・当然アニーは触りの部分しか話さなかったが、これのことなんだ。
爺様がアニーを此処へ寄越した理由が少し解った気がした。
「・・・・」
「アニーは、まだあなたがハイヒューマンであることは知らないんでしょう?」
「はい。伝える機会もなかったし、伝えようとも思っていません。アニーも自身がハイエルフであるとは俺には教えませんし・・・今はそんな二人の関係でいいかなぁ~って、いつかお互いが自然に判り合うまでそのままで・・・」
アニーが俺の正体を知りたいと思うまで、時の流れのままに委ねておけば良いと思っていた。
それに俺は、二人が例え『理』を越えても『縁』を繋げられる二人なんだと信じたかった。
「ふふっ、わたしも、あなたにそれをお願いしようと思っていましたの・・・」
シフォーヌは俺の言葉にどこか安堵したような表情を浮かべた。
「はい・・・」
「今は私も彼女の『封印』を解くつもりはありません!ときどき暴走することはあるかも知れませんが・・・ふふっ」
「はい・・・以前一度ありました!」
「あらぁ~そうだったの?でもアニーは記憶も無いでしょうし、すぐに元の姿に戻ったでしょう?」
「その通りです。周りの皆は神が降臨したと勘違いしてくれてますので、そのまま誤解してもらってます!ははっ」
「それでイイと思います。今後も『覚醒』する兆しはありますが、あなたが傍で見守ってやって下さい!」
「そのつもりでいます・・・」
俺を見つめる彼女の瞳は本当に柔らかだった。
「アニーにはあなたとの出逢いからの話も聞かせてもらったわぁ~」
「1年も前の話じゃないのに何かもう懐かしい気がします」
「ふふっ、私ね・・・とても不思議なことに気が付いたの・・・」
「不思議ですか?」
俺はシフォーヌの目に好奇心溢れる閃きを見つけてしまった。
「そう!あなたも主人のジロータも転移者であるのに・・・過去のハイヒューマンとハイエルフの出逢いの話もいっぱい聞かされ知っています」
「わたしも含め過去の番たちとね・・・」
『あなたたちは、出逢い方そのものから違ってるの・・・』




