第30章 酒場の交わり
「お邪魔してもよかろうか?・・・」
「うん?・・・ドヒャーーーーーーー!」
ロークは顔を斜め上に向け、その声の主を見た途端・・・素っ頓狂な声を突然上げて椅子ごと後ろに吹っ飛んだ。
「あ、あわ、あわわわ~~!」
クロエも同じく白目を剥いて椅子ごと後ろに倒れ込んだ。
そんな中、フローラだけは毅然として声の主の前へと片膝をつき頭を下げた。
俺とアニーは、テーブルの傍らに笑顔で立つ王女に、掛ける言葉も見つけられず・・・ただ息を呑んだまま唖然と見つめていた。
店内は俺たちの不自然極まりない行動と奇声にザワつき始め、こちらへと一挙に注目が集まってしまった。
これ、ヤバイだろ~・・・
お忍びでここへ来ているのは一目瞭然だ・・・何せ護衛が一人も見当たらない。
誰も「アドリア王国第二王女」がここにいるとは考えてないだろうが・・・
すぐさま、マリナの腕を引っ張って、俺の隣の席へと強引に座らせた。
アニーとフローラは驚きでひっくり返ってしまった二人を慌てて起こそうとしている。
「皆さん、お騒がせして申し訳ないです!ちょっと興奮したバカがいまして・・・もう大丈夫ですので!ははっ」
俺は一挙に集まってしまった店内の視線に対し、頭を掻きながら苦笑いを浮かべ頭を下げた。
「兄ちゃん、イイってことよぉ~!気にすんなぁ~!!」
「おうよ~それだけ別嬪さんばかりいたら、そこの兄ちゃんも興奮するわなぁ~がははっは」
「みんなぁ~~~飲み直しだぁ~~うほぉーー!」
職人風のドワーフのオヤジたちが、俺たちの方へ気さくに声を掛けてくれた。
何とか集まった視線は、ほろ酔い加減の陽気なオヤジたちのお陰で事なきを得たが、俺の横で平然とすましてる騒動の主は・・・
「マリナさま・・・お一人で突然どうしたんですか?」
俺は自分の口元に手を衝立のようにあて、彼女の耳元へと小声で呟いた。
「ショーヘイ殿とアニー殿に急に会いたくなってな、部屋から抜け出してきたのじゃ!ふふっ」
「抜け出して来たって・・・護衛の方もナシでですか?」
「そうじゃ!妾は、みんなと普通に飲んで語ってみたかったのじゃ~あやつらは邪魔な故、巻いてきた!あはは」
呆気らかんと笑顔で口にするマリナに、うちのメンバーはみんなどこか一歩引いたような気持ちで固まってしまった。
「マリナさま、うちの者に連絡を取ります故、お迎えをご用意致します・・・」
「あっ、フローラ~~~それには及ばん!妾には足がある故、自分で歩いて帰る!ふふっ」
「自分で帰るって・・・あわわ~~」
ドガァ~~~~ン、ドガ~~ン
ロークとクロエは一国の王女とも思えぬその言葉に・・・再び卒倒してしまった。
またかよぉ~~お前たち・・・大概にしろよ~それでなくても目立ちたく無いんだから。
そう文句のひとつも言いたくなる気分だった。
「そこのテーブルの冒険者さぁ~~ん、椅子を壊さないでおくれよぉ~!」
案の定、店主がカウンターから笑いながら声を掛けてきた。
「も、申し訳ありません!」
アニーは仲間を代表するかのように立ち上がり、店主へのお詫びに頭を深々と下げた。
それを見ていた近くのテーブルの者たちもどっと笑っていた。
「もし、よろしければ・・・今夜、わが屋敷にてお部屋を用意させますが・・・」
女性のひとり歩きでも、安全な街バサラッドとは言え危険であるのに、増して一国の王女を一人夜道を歩かせ帰らせるなんてことは考えにも及ばない・・・フローラは、フローラなりに気を遣っていた。
「フローラ・・・気を遣う必要はない。外泊するなら・・・ショーヘイ殿とアニー殿の部屋を所望する~!ふふっ」
ドガァ~~~~~ン
俺が倒れてどうするんだとは思ったが・・・その言葉に返す言葉も見つからなかった。
店の天井はどこか澱んでいたが・・・それ以上に俺の心が澱んでしまった。
「あぅ・・・ご主人さまぁ~~~!!」
・・・・・・・・
身分は『天と地』ほどの差はあるが・・・やること為すこと総てが破天荒な王女には、そんなことはどうでも良いことだった。
先日の掃討戦では、俗に言う『同じ釜の飯を食った仲』であったし、今日初めて会うわけでもなかったわけだから・・・
この仲間と打ち解け合うのが早いのは当然と言えば当然であった。
「いやぁ~~誰にも言えないけどさ、王女さまとこんな庶民臭い店で同席できるなんて夢みたいだわぁ~うんうん」
ロークは腕組みしながらひとり満悦した表情で頷いていた。
「今夜は、突然現れたりして申し訳なかった・・・でも、こういう時間は愉快で楽しいものじゃのぉ~!」
みんなを見回して栞らしく言葉にするマリナが、何となく微笑ましく思えた。
そう言えば、歳の頃は俺たちと変わらないわけだし、環境は違うと言えど、やっぱり同年代とこういう席を囲むことは楽しかったんだろう。
「ところで、マリナさまは・・・お歳はおいくつなんでしょう?わたしたちと変わらないようにお見受けいたしますが・・・」
俺の意を察したのか、はたまた自分自身の興味なのか、アニーはさり気なくマリナに訊ねた。
「今年で19の歳を数える・・・16を過ぎた歳の頃から、どこどこの国の王子がどうたら、あそこの侯爵家の誰がしがどうなの・・・毎日毎日そんな話ばかりを聞かされて、ほとほと嫌気がさしてな~~軍籍に身を置いて逃げ回っておるのじゃ~あははっ」
本音なんだろうと思う。
王家の娘として生まれた限りは『政略結婚』という不条理さから逃れられぬ事は解っているんだろう。
でも・・・この勝気で利発な王女が、単に飾られた花嫁として収まる器とは思えないし、そんな場面は想像もできない。
もう暫くは、こんな風に自由奔放にやって、周りのみんなを振り回して行くんだろうなと考えたら無性に可笑しくなった。
「でも、俺が一国の王子なら、こんな超美人の王女さまなら絶対に花嫁に迎えたいけどなぁ~がはっ」
「あんたが、どこの国の王子になれるわけなのよぉ~!」
「お花畑の王子さまなり~♪」
「きゃはは、確かに頭の中はそうだわぁ~!」
「ごらぁーー!いつも馬鹿にしやがってぇ~~じゃあ、フローラはどうなんだよぉ~?」
「わたし?・・・」
「お前も貴族さまの三女だろうが・・・」
「『縁』が在ってのことじゃないの?ステキな王子さまならすぐ決めるけど!あっ、王子でもお花畑には絶対行かないわよぉ~!!きゃはは」
「お断りなり~♪ウヒッ」
「何でクロエに断られるんだよぉ~~!!」
「あぅ・・・」
相手が誰であろうと、どんな場所であろうと・・・この三人の繰り広げる世界は本当に楽しい。
見ている者、聞いている者、みんながどこか幸せになれる。そんな感じがする。
「あははっは・・・そなたらは本当に愉快じゃのぉ~妾は、こんな時間を流してみたかったのじゃ~」
「・・・・」
「また寄せてもらってよいか?・・・」
「はい。マリナさまなら、みんな大歓迎ですわぁ~」
「そうか・・・そう言って貰えると嬉しい」
満面に笑みを湛えて、みんなを見回した。
そして・・・マリナは俺の耳元に小声で囁いた。
「今日は皆への挨拶じゃ・・・次はショーヘイ殿とアニー殿と三人で会いたい。訊きたいことが一杯なのじゃ~あはは」
「・・・はい」
「では、皆に心配掛けるのもさすがに気不味いので、今夜は帰るとする!」
マリナが席を立ちあがると、同時に店内にいた3人の男が立ち上がった。
さすがに王家だ・・・そういう抜け洩れは絶対にない。
居ないように見えても、ちゃんと護衛は付いていたんだ。




