第29章 困惑と決意
『ご主人さまのメイドですよ?』
雲の間から射し込む月明かりが・・・まるで舞台で演じる役者をスポットライトが照らすかのようにテラスに佇む三人を浮かび上がらせた。
「はぁあ~?・・・」
「メイドなのです!わたしはご主人さま専属のメイドなのです~あははっ」
「いや、ちょっと・・・ショーヘイ殿、何か言ってくれ!」
彼女はアニーの予想外の返答に困惑した顔で、俺に縋るような視線を送ってきた。
アニーは別にマリナを困らせようと茶化した理由では無いが、彼女の意図は何となくわかっていたようだ。
「ははっ・・・正解ではありませんが、ある意味間違っていないと思いますよ!」
「アニー殿、妾が訊きたいのは・・・そういう事ではなくて・・・」
「姫さま~、わたしは姫さまが思い描いておられるような者ではありません~」
アニーはエルフの森から帰ってきてから、週に一度はシフォーヌの屋敷へと足を運ぶようになっていた。
俺自身まだ面識は無いが、爺さまの言葉の節々から彼女がハイエルフであることは予測ができた。
そして先日の『覚醒』もアニーには記憶が無いようだが、自身がハイエルフであるという自覚はすでに持っていたんだと思う。
それが何によって引き起こされたのかは解らなかったが・・・そういう前触れが起こる事はきっと聞かされていたはずだ。俺にはそんな風に思えた。
「妾は・・・あの時、アニー殿が神のように思えた。その現象が何故そなたに起きたのか知りたいと思った・・・」
「フローラさんやクロエさんから聞かされました。あの時のわたしのこと・・・」
「神は誰にでも降臨しない。だからアニー殿が神に選ばれた選定者なのだと・・・焦熱の思いに駆られてしまったのじゃ」
マリナはその時感じた率直なまでの気持ちをアニーに伝えた。
「・・・・」
「だから、アニー殿をもっと知りたいと思った・・・」
「わたしは神さまでも、神さまに選ばれるような者でもありませんよ~」
「でも、しかし・・・」
「アニーの爺様が以前言っていました。『アニーは神懸った娘ではないぞ』って・・・今思い出しましたよ」
「そうか・・・」
マリナはそれ以上言葉にするのを止めた。
ショーヘイもアニーも他人に晒したく無い何かを秘めてることは薄々感じ取れている。
それが何であるのかはわからないが、今自分がこの二人に問い質そうとしていることは・・・二人にとっては、きっと愚問であり迷惑この上ない事なのかも知れない。
「姫さま~わたしは、わたしなのです!」
「・・・・」
「ご主人さまのメイドのアニーなのです!あはっ」
マリナは・・・
ショーヘイの傍らで笑うアニーの、その笑顔の眩しさに・・・
為す術も言うべき事も失い、ただ自分の早急なる浅はかさに恥ずかしくなった。
時間を掛けて付き合っていけば、いつか答えのわかる日も来るのだろう。
今はそう思うことにした。
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つい先日も冒険者ギルドでの慰労会、軍関係者の祝勝会・・・王家のプロパガンダはいつまで続くのかと俺は半ば呆れ返っていた。
たぶん、こういう被害甚大な悲惨な戦いの後には、負の転換がどこかで、何かで必要とされるのだろう。
この類の集まりに少し辟易としていたが、それも視点の変えようでは必要不可欠なものなんだと考えさせられた。
王宮で開かれた祝賀会の10日後、俺たちは仲間だけの慰労会をこの「白き牝鹿亭」で開いていた。
「白き牝鹿亭」は今夜も満員御礼だった。
それぞれが、それぞれぞの依頼の自慢話や失敗話に笑いが飛び交う。
酒に酔う奴、泣いている奴・・・
女性を口説く奴、ふられる奴・・・悲喜交々の人間ドラマが垣間見れる。
自分を繕うことも身分の違いに畏まることもなく過ごせる・・・
自分らしさを開けっ広げにできる空間が・・・
そして人間臭さが感じられるこの空間が、俺はこよなく愛せた。
「こういう雰囲気がやっぱイイなぁ~!がはっ」
ロークはジョッキを片手に満面の笑みを浮かべている。気遣いの要らないこういうひと時が本当に好きなんだろう。
それは何も彼だけではない、フローラもクロエも俺たち二人も・・・感じることは同じである。
「ホント、ほんと・・・けっこう気疲れしたわよねぇ~ふぅ」
フローラはテーブルに寝そべるように体を投げ出し、クロエは自分の頬を2,3度軽く手のひらで叩いていた。
「もう~お肌が荒れちゃうなり~~」
「ん?・・・荒れたら耕せよぉ~!がはっは」
「クロエ、芋でも植えておけば?きゃはは」
「何でローク植えなきゃいけないなり~~ふんっ!」
「はぁ~~ん?何で俺がイモなんだよぉ~!」
「イヒヒッ・・・」
「ははっは・・・やっぱり、みんなと居るのが一番楽しいなぁ~」
「うんうん、わたしも好きです~あはっ」
この仲間と過ごすこの時間は、本当に掛け替えのない、そして何ものにも替え難き大切なものだとしみじみ思う。
見知らぬ異世界における俺の『オアシス』なんだと・・・そういつも俺に思わせてくれる。
「そうそう、みんな知っているか?今度さ・・・」
ロークは突然思い出したように、みんなの顔を見回し話題を振った。
「何があったのよぉ~・・・」
「いやぁ~この間の掃討戦、冒険者パーティーの被害も半端なかったじゃん!」
「そうだなぁ~けっこうB級クラスのパーティーも油断していたのか、ボロボロになってたよなぁ~」
確かにそうだ。下位クラスの俺たちの方が目覚ましい活躍をしたということは・・・上位クラスの冒険者たちが『ゴブリンごとき』と舐めていたということの裏返しだ。
ロークはそんな俺の言葉に頷きながら話を続けた。
「そそっ!そこでギルドがちょっと依頼やパーティーそのものを改編するらしいわぁ~」
「それ、どういことなのよぉ~!」
フローラは口に運ぼうとした野菜スティックを手に留めロークを睨む。
「う~~ん・・・俺も小耳に挿んだだけだから良くわかんねぇ~けど・・・」
「何なり~それ!」
「依頼の相当クラスの変更とかですか?・・・」
クロエもアニーも『改編』って言葉が気になったのか口を挿んだ。
「それもあるだろうなぁ~」
「俺が聞いたのはさ・・・パーティーの上限5人を6人に変更しようかと検討中らしいわぁ~!」
「えっ!!」
全員がロークの得たその情報に、思わず声を洩らしてしまった。
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「姫様~~こんな陽が沈んでから市中へのお忍びはお止め下さい~!」
侍女二人が慌ててマリナを諫めようと腕に縋りつく。
「大丈夫よぉ~何もお前たちを困らせることはしないから~」
「いえ、それがもう私どもを困らせておられます!」
「妾は・・・どうしても知りたいことがあるのじゃ!」
「せめて陽の高いうちに護衛とお出掛け頂きませんと・・・私どもが侍従長からお叱りを受けます・・・」
侍女たちは大股で歩き始めたマリナの後ろから、袖を掴んだまま懇願しながら追い縋る。
「よいよい、侍従長のナスターシャには妾が取り計らうから・・・それで良いじゃろ?あははっ」
そう言うとマリナは侍女たちを振り払い、部屋の扉を押し開けた。
隠密に動いている密偵から、ショーヘイとアニーが仲間たちと「白き牝鹿亭」で席を囲んでいるとの情報を得ていた。
どうしても二人と接したい。焦熱の思いを鎮めるには、より二人を知ることから始めなければならない。
それは王宮にいても為せることではない・・・
マリナは意を決したように王宮の廊下を闊歩した。
『妾は決めた。焦熱の思いの果てを見てみたい!』




