第28章 精霊と王女
誰もが目を疑った。
そして誰もがその出来事から目を離せなくなった。
それは敵である巨大な変異体でさえも同じだった。
薄白くも見える半透明な楕円形の輪が体そのものを覆うようにアニーを包み込み浮き上がった。
まるで神が、後光が射す中を降臨するかのような光景が広がる。
白い亜麻布で誂えたキトンを重ね着した銀髪の『精霊』が・・・
その輪の中へまるで神が如くその姿を整然と浮かび上がらせる。
目は伏せたままであったが、笑みを湛えるその美しさには誰もが息を呑んだ。
『美の女神』・・・それはこの『精霊』の為にある言葉に思えた。
その神々しい姿に、マリナとクロエは胸に手を組み片膝をついて涙を浮かべながら頭を下げた。
『精霊』が彼女たちには神にでも思えたんだろうか・・・
ロークとフローラは、何も言葉にできず、行動にもできず・・・ただ見惚れていた。
打ち据えられた壁から地面へと落とされた俺は、倒れた姿勢のままその光景を見つめた。
『覚醒』したのか・・・
しばし金縛りにあっていたかのように動きが止まっていたジャイアントゴブリンが突然奇声をあげた!
ウホォ~~~オ~!
その声に全員我に返ったように振り返り攻撃体勢をとった。
その瞬間、目を伏せた銀髪の『精霊』は右手を上げ、何の前触れもなく無詠唱で魔法最大級のひとつ「メテオ」を巨大な変異体へと落とした。
そしてその魔法を放った瞬間・・・半透明な楕円形の輪は消え、アニーは地面へと崩れ落ちていった。
ズゴォ~~~ン、ズゴォ~~ン、ズコン
メテオをまもともに貰った変異体は為す術もなく地面ごと黒焦げになった・・・が、その場で倒れることなく立ち続けている。
突然のことに全員その黒焦げになった変異体を茫然と見つめていた。
「まだだぁ~~!ローク、マリナ様~~トドメを!!」
「クロエ、フローラ~~アニーを看てやってくれ~頼む!」
俺は倒れ込んだ姿勢のまま、みんなに指示を流した。
「マリナ了解した!」
「合点だぁ~任せろ!!」
「アニーはわたしが看るから、クロエはショーヘイにヒールを!」
「了解~任せるなり~~!」
フローラに抱えられたアニーは、次第に銀髪の女神からいつもの可愛い金髪のアニーへと変化していった。
クロエは俺のもとへとすぐに駆け寄りハイヒールを掛けてくれた。
棒立ちのジャイアントゴブリン目掛けて突撃した二人は・・・
ロークは右側から「ディープスラッシュ」を叩き込み、マリナは正面から「シーリングストライク」を剣ごと突き刺した。
・・・それでも崩れゆかない巨大な変異体。
マリナはその場を一旦離れ、ロークは折り返し再度叩き込む。
「ありがとう~クロエ!アニーを頼む!」
「了解!おやすい御用なり~ウヒッ」
俺は二人の攻撃でも消滅しない巨大な変異体に向け立ち上がった。
「ローク離れろ~~!!」
「ショーヘイ、後は任せたぁ~~!」
うぉぉ~~~~~!
俺は雄叫びを上げながら黒焦げの変異体目掛け突撃した。
両手に握った大剣を上位スキルの『デスストローク』で右から左へと斬り抜ける。
そして、少し下がって助走をつけながら身体能力の跳躍を活かし、飛び掛かるように・・・
うりゃあ~~~~!
脳天から渾身の力を込めた『バーサーカーストライク』を叩き込み、そして両断するように斬り下げた。
黒焦げのジャイアントゴブリンは・・・両断された体を左右に崩した。
ドタ、ドタ、ドタン、バタンッ
そして・・・しだいに大量の灰へと化していった。
・・・・・・・・
・・・・・・・・
王宮では、先日の西方街道におけるゴブリン掃討戦完遂の祝賀会が催されていた。
実際は壊滅寸前の辛勝であり、祝賀会どころではないが・・・そこは王家のプロパガンダなのだろう。
そこには、貴族や軍関係者だけでなく、参戦した我々冒険者やギルド関係者なども招待され、フロアだけでなく、開け放たれたテラスも庭園も、溢れんばかりの人で一杯になっていた。
うちの女性たちもそれぞれに美しく着飾り、みんな楽しそうに笑いながら盛大なる宴のひとときを流していた。
あの出来事に関しては・・・
アニーは叫び声をあげたその時点から、俺に抱き起されるまでの記憶がない。
そしてその場を目撃したマリナもクロエも、フローラもロークも・・・アニーが『精霊』に覚醒したとは思っていなかった。
ただ、『神』がアニーに瞬間的に降臨したように感じていたようだ。
あまりにもの神々しさがそう感じさせたのか、それは俺には判断できないが・・・少なくとも『メテオ』発動後、アニーが元の姿に戻ったことにそういう解釈が出来上がったものと思われた。
俺は、敢えて真実を説明する必要性も感じず、ただみんなの勘違いを正当化しておきたいと思っていた。
それはアニーに対しても同じだった。
・・・・・・・・
酒に酔ったのか、人に酔ったのか・・・少し夜風に当たりたいと、俺はテラスの先から一人バサラッドの街を眺めていた。
灯火が照らすその街は星を散りばめたように美しく見える。
こういう時間を流せる今の自分がどこか嬉しくなる。
良かった・・・この世界に来れて・・・
「探したぞ!・・・ショーヘイ殿、良いかな?」
呼び掛けられた声に振り返ると、豪華さの中にもどこかシックさを醸す・・・王女であるこを漂わすドレス姿のマリナが立っていた。
軍服姿とはまったく別人のような印象を与えるマリナに少し戸惑ったが・・・
「あっ、これはマリナ姫殿下!」
「それはやめてくれ~~マリナと呼んで欲しい!」
「それは無理と申すものです・・・」
「無理・・・なのか?」
「はい。身分が違いすぎます。ですが・・・戦場通りマリナさまとは呼ばせていただくことにします。ははっ」
「身分とかそういうものは嫌いなんだが・・・ショーヘイ殿がそう言われるなら、それで良しとする。ふふっ」
マリナはそう言うと笑いながら俺の傍らへと寄り、夜の静寂に浮かぶ美しい街を肩を並べ眺めた。
「こんな景色を見ていると、先日の戦闘がウソみたいに思えるのぉ~ふふっ」
「確かにそうですねぇ~・・・」
「ひとつ聞いても良いか?・・・」
マリナは急に俺の顔へと、何か子供が興味津々という輝いた目をしながら顔を向けてきた。
俺は彼女が何を聞きたいのか何となく想像はできたが・・・その顔つきに少し困惑した。
「何をでしょうか?・・・」
「アニー殿は、いったい何者なんじゃ?そして、そなたはアニー殿とどういう関係なのじゃ?」
「う~~~ん・・・簡単そうで、一番難しい質問ですねぇ~ははっ」
「そう言って誤魔化すのか?」
「いえ、誤魔化すつもりはありませんよ・・・」
「妾は・・・アニー殿か神々しい神の如く見えたあの時から・・・」
「・・・・」
「あの光景は一生忘れないであろう・・・いや忘れる事など出来ないほど、妾にとっては焦熱となった!」
実感なんだろう・・・まるで『奇跡』のような出来事を目の当たりにして、その興奮が抜けないんだろう。
「・・・・」
「戻ってすぐに色々な文献を紐解いたのだが・・・」
「何か解ったのですか?」
「いや、解らん・・・解らなかった。だからそなたに聞いておるのじゃ!」
マリナは首を2,3度横に振り、懇願するような視線で俺を見つめた。
「あっ、ご主人さまぁ~~~ここに居たんですかぁ~」
手を振りながら笑顔で駆け寄るアニーに、俺は軽く手を上げた。
「あら?姫様とご一緒だったのですねぇ~あはっ」
「アニー殿、少しショーヘイ殿をお借りしておった・・・」
律儀にもアニーに頭を下げるマリナが、俺には少し微笑ましく思えた。
「はい!」
「アニー殿、教えてたもれ・・・妾は知りたい・・・」
「えっ?・・・」
『アニー殿は・・・いったい何者なのじゃ~!』




