第27章 巨大な変異体
午後の微睡のひと時・・・
シフォーヌは訪ねて来てくれたアニーと楽しい時間を流していた。
「アニ~、私からあなたに伝えたいことはたくさんありますが、全部あなたがこれから自分で経験していくことばかりです」
「はい・・・」
「難しく考える必要はありませんよ。その内、私が云ってたことはコレだったんだと解る日も来ますから~ふふっ」
「はい・・・あはっ」
「次回は、大切な彼とご一緒してねぇ~ふふっ」
「はい!彼もシフォーヌ様にお会いしたいと言っていましたから・・・次は一緒にお邪魔させて頂きます!あはっ」
「はいはい・・・」
シフォーヌがアニーに向ける眼差しは本当に柔らかく優しい。
女神が慈しむ・・・それはシフォーヌだけに許された笑みのようにアニーには感じられた。
「あら、大切なこと忘れていました!」
「えっ!何でしょうか・・・?」
「アニーは、自身が『精霊』であることへの自覚は出来ていると思いますが・・・」
「はい・・・」
「ただ、今は封印を解いていないので真の『覚醒』はしていません。でもそれは・・・」
「それは?・・・・」
「あなたが、あなた自身の気持ちを押さえ切れなくなった時・・・あなたは『覚醒』する可能性があるのです」
「・・・どういう時なのでしょう?」
「あなたが『精霊』として為さねばならない事が起こった時でしょう・・・」
「よくわかりません・・・」
「今はわからなくても、その時がくればわかりますよぉ~ふふっ」
「・・・・」
「でも『真の覚醒』ではありませんから・・・すぐに今の姿にもどるでしょうけどねぇ~」
シフォーヌはそこまで言うと優しい笑みを浮かべ、その事には二度と触れなかった。
アニーはそれがどういう状況で引き起こされるのか、何を意味しているのか・・・彼女に確かめることが出来なかった。
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広間の床には無数のゴブリンと兵士が倒れている悲惨な状況となっていた。
中央で暴れるジャイアントゴブリンへ兵士10名ほどが取り囲み攻撃していた。
取り巻きの20体以上のゴブリンが脇で負傷した兵士に襲い掛かる。
それに対応すべく15名程度の兵士が必死で応戦していた。
俺たちはすぐさま救援として敵へと対応した。
「妾の事はよい、まずは取り巻きのゴブリンを処理する。兵士はそちらへ向かえ!」
マリナは開口一番、兵士たちに的確な指示を流した。そして護衛二人のみを傍に残した。
この悲惨な状況を目の当たりにしても気丈に振る舞えるのは、自分なりに『覚悟』を決めたからなんだと思えた。
「うぉぉ~~~こっちも行くぜぇ~!」
ロークは気合を入れるために雄叫びを上げ、巨大な変異体へと猪武者のように走り出した。
「クロエ、みんなに防御力アップ掛けたら、負傷している兵士を看てくれるか?」
「任せるなり~~」
クロエは短縮詠唱を唱え杖を俺たちへと振った。
「フローラとアニーは変異体に接近するな!遠巻きから撃ってくれぇ~!あとでガードにロークに戻ってもらう」
「アニー了解しました!」
「フローラ了解です!」
「体勢できたら掛かるぞぉ~!」
俺は取り巻きの処分を優先した。
兵士側がこの状況における数的優位なうちに、小賢しい邪魔者は早めに取り除いておくべきだと考えた。
俺は巨大な変異体の後ろ側にいる取り巻き3体目掛けて駆けだした。
その瞬間・・・居た!奥に1体マジシャン級が隠れている。
ゴブリンへ向けた俺の足は止まらない。
「アニーーー奥にマジシャン級1体!そっちから射てるかぁ~!!」
「了解!狙いますぅ~~!!」
俺はもらった情報の「行動不能系魔法」が頭を過った。
必ず俺に魔法を放ってくる。
俺は瞬時に魔術スキルMAXの状態異常耐性を自分に掛けた。
アニーの矢が届くより早くマジシャンは魔法を放った。
マジシャンはアニーに右腕を撃ちぬかれたが・・・発動した魔法に笑みを浮かべた。
しまった!広範囲魔法だぁ~~
「みんな下がれぇ~~行動不能魔法がくるぞぉ~!!」
俺はローリングしながら魔法を避けるように前方のゴブリン3体へと転がった。
まず正面の1体に炎弾を撃ちこむ。心臓を撃ちぬかれたゴブリンはその場で倒れた。
それを見た2体は俺を避けるようにマジシャン級の方へ逃げる。
チッ・・・そっちへ行くのかぁ~
「アニー、フローラ~~~遠巻きにマジシャンを狙え!」
「了解!!」
中央に目を移せば、ジャイアントゴブリン周辺の兵士の動きが止まっている。これは催眠系の範囲魔法だ・・・もろに射程内だったんだろう。
これはヤバイぞ・・・俺は変異体のタゲを取るため、移動しながら火球を連射した。
眠るように動きの止まった兵士を大斧のアックスで一旋しようとした変異体の視線が俺の方へと向いた。
クロエやプリーストたちに回復された軽傷の兵士たちが入れ替わるようにジャイアントゴブリンを取り囲んでいく。
「ローク!動けるならアニーとフローラのガード頼む!!」
「クロエ~~~中央の兵士へ状態異常解除頼む~!」
「合点だぁ~任せろ~!」
「クロエ了解なり~!」
マリナは護衛と共に向かい来る取り巻きを必死に捌いている。
覚悟を決めた王女の動きに迷いはない。
「もう少しだぁ~援軍も来よう!それまで持ち堪えるのだぁ~!!」
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取り巻きのゴブリンは全部仕留めた。
今立ち上がっている兵士は全員息が切れている。
「回復した者から中央の変異体へ取り掛かれ~!!疲弊してるものは下がって休め~~!」
マリナは状況を把握しながら毅然とした態度で命令を下していく。
残ったのは中央で大斧を振り回すジャイアントゴブリンと逃げ隠れしているマジシャン級の2体となっていた。
うちのパーティーメンバーもMP消費が半端なく、疲労度がかなり増している。
他の隊の冒険者たちも搬出された者がほとんどで、残っているのは僅かな上、疲弊しきっていた。
兵士も冒険者もまもともに戦えそうなのは数えるほどしか見当たらない。
しかし相手はお構いなしに攻撃の手を緩めない。
俺は超越した身体能力のお陰で、まだ十分闘えるが・・・何せ変異体2体を相手では多勢に無勢状態である。
そんな戦況の中で変異体が動いた!
マジシャン級が、俺たち王都軍目掛けて最大級の詠唱と共に催眠魔法を放ってきた!
ヤバイ!!瞬時に思った。
「ローク!フローラとクロエを!」
「よっしゃーーー!!」
俺は近くにいたアニーとマリナを両脇に抱きかかえ範囲内と思えるエリアから必死に飛び出した。
振り返ると、体力と精神力の疲弊している者から倒れるように催眠魔法に深く掛かってゆく・・・
気が付けば、まともな戦力は俺たち5人と王女だけとなってしまった。
「フローラ、マジシャンに渾身のクリムゾン撃て~~~!」
「アニーは詠唱済むまでショット連打と最後足止め頼む!」
「ローク!姫様とクロエを頼む!」
「了解!!!」
俺は巨大な変異体の目を引くために突撃を掛けた。
取り付きざまバッシュの連打を浴びせる。
その時、フローラのクリムゾンファイアーが発動された・・・と同時にマジシャンは俺に金縛り系の魔法を放った。
ゴォーボォ~~~ン、ボカン
マジシャンは俺へと放った魔法と引き換えに、フローラの一撃で敢え無く燃え尽きた。
しかし、巨大な変異体は動きの止まった俺をアックスで横から一旋した。
自由の効かぬ両手で剣を心許なく支えアックスを防ぐもその勢いは止まらない。
ドガッ、ドガ~~~ン
土煙が大きく巻き上がる。
俺は吹き飛ばされ、そのまま横壁にめり込むように打ち据えられた。
「イヤッ、いやぁ~~~~!ご主人さまぁ~~~!!」
アニーの叫び声だけがこの空間に響き渡っていた・・・




