第61章 神の実験場
「その言葉の意味をどう捉えたらイイのでしょう・・・」
「う~~ん・・・やけに意味深な言い回しなんですねぇ~」
「表と裏か・・・何か焦臭いものを感じてしまうのぉ~~ふほっほ」
ディルクは女性たちの戸惑う言葉に深く頷きながら顎鬚を右手で擦り、そして怪しいまでにニヤっと微笑んだ。
そんな彼の表情に苦笑いしか返せない。
「まぁ、捉え方はそれぞれだろうけどねぇ~・・・そんな構えて考えなくても良いと思うんだよ!」
「・・・と言うと?」
俺の返答に壁に凭れ掛かったままのルーカスは空かさず突っ込んで来た。。
「うん、そうだなぁ~普通に捉えて考えて行けばさ・・・シュトラウス以前にも神託者はかなり居たと思われるんじゃない?でないと、シュトラウスが存在した時代から『この世界の理』が始まったわけじゃないし、その何百年も以前から伝えられてきたと考えるのが極々自然な流れだと思う」
全員を見回しながら俺はそう言葉を紡いだ。
その言葉にこの場の全員が理解したかのように頷く。
「そうなると、太古の昔から託宣を受けた者たちが『取捨選択』をしてきたと言う分けですか?」
「そうなの?・・・」
「どうだろうねぇ~・・・何ひとつ確証足るものが無い今は、ハッキリそうだと言い切り難いんだけどねぇ~」
小狭な空間に彷徨う懐疑的な空気に曖昧な返事しか返せない。
そんな空間に漂う空気の中、俺はひと呼吸おいてから言葉を続けた。
「えっと・・・ディルクさんは出逢う前の事なんで知らないけどさ、みんなはモルガン・デュパール氏との会話を覚えているかい?」
「へっ?!・・・何だろう?」
「どんな部分のお話ですか?・・・」
「そうだね、ちょっと漠然過ぎた問い掛けになってしまったね~ははっ」
頭に『?』を灯し続け首を傾げるマーゴットとソニアが、どこか面白可笑しく見えてしまう。
俺はそんな二人の女性に笑みを浮かべながら周りのみんなの顔を見回した。
そしてグラスに注がれた酒をひと口含んでから言葉を続けた。
「モルガンさんはさ、このロトリア川流域国家を神は『聖域』とし『実験』してるんじゃないだろうかって言っていたの覚えているかい?」
「あぁ~~確かにそんなこと言われてましたね」
女性陣も壁に背中を預けたままのルーカスも、脳裏に蘇る会話と共にコクリと頷いた。
「うん。俺はさ、それって何もその地域だけに限った事じゃ無いと思うんだ。神がこの世界全体を創生して行く中でも同じ事が言えるんじゃないかと思うんだよ」
「つまり、それは・・・神が『試行錯誤』する中で、適所適所、時代時代に合ったものに姿を変えて行ったってことですか?」
「極論で言えばそう考えれば良いんじゃないかなぁ~」
「その都度、その都度、神託を預けてきたってことですよね?」
マーゴットは俺の言葉を咀嚼しながら、窺うような顔つきで覗き込んできた。
そんな彼女に整然とした笑みを返してやる。
「うん・・・そうだと思う!」
「そして『預言者』が現れるってことか・・・」
「その中のひとりがシュトラウスってことですね?」
「うん。そう考えるのが妥当だと思うんだ・・・理を研究するひとりの探究者としてはそう考えている!」
「うむうむ・・・しかし、それが『表と裏の理』にどう結びつくんじゃ?」
ディルクが口にした疑問は全員の疑問なんだろう。
その場の全員の視線が俺にまとわりつくように寄せられた。
「そうですね。例えばねぇ~・・・」
俺は何をどう例えてみるのが、みんなに一番理解してもらい易いか、軽く腕組みをして天井へと視線を逸らせ思考を巡らせてみる。
俺の思考タイムに、みんなは手に持ったグラスの氷を揺らしながらおのおの口元へと運んでいた。
・・・・・・・
アニーがサーシャを寝かし付けたのか、そっとドアを開けてルーカスとディルクの部屋へと入ってきた。
みんなの視線が一瞬アニーへ注がれる。
「おかえりなさい~」
「お疲れ様でしたぁ~」
女性陣から労いの優しい言葉が飛びかう。
俺はニコリと笑みを浮かべ、娘を任せっきりにしている妻を労う。
そんな俺へといつもと変わらぬ微笑みを返してくれるのが、育児に携わらないことに苛まれる心の救いなのかも知れない。
「奥方も一杯いかがじゃ?ん?・・・」
有無を言わせずグラスに注いだ酒をアニーに手渡すデュルク。
アニーもそんな無骨な行為に、クスクス笑いながらグラスを受け取る。
そんな光景も場に和みを与えた。
「はい。いただきます!」
“ココにあるじゃないか、もっとも解り易い例えが・・・”
ふと脳裏に閃いた。
「ここで、みんなに少し考えてみて欲しいことがあるんだけど・・・」
「へっ?!何をですか?」
ソニアが不思議そうな顔つきで覗き込んでくる。
そんな彼女が可笑しくて仕方なかった。
「それは、サーシャの存在さ・・・」
「サーシャさまですか?」
「あぁ~~~なるほど、なるほど・・・」
「何が『なるほど』なんですか?サーシャさまの存在がどう関係するのですか?」
ソニアの理解し得ない疑問符だらけの視線が、納得したように頷くルーカスへと注がれた。
そんな彼女に諭すように彼は苦笑いを浮かべながら言葉を選んだ。
「そうだなぁ~~サーシャちゃんの存在は『理』の裏の部分ってことだよ~・・・まぁ、平たく言ってしまうと、一般大衆が知り得る部分の『理』でないってことさ!」
「なるほどです・・・上位種の方々の存在自体が公表されていない闇ってのか裏の部分ってことですよね?」
「うぅ~・・・何か存在していることを否定されているような言われ方・・・」
「いやいや、マーゴさんやアニーさまはその美しさだけでも、一般人のわたしからすれば反則ですから!でへっ」
「あぅ・・・」
少し困惑気味の表情を浮かべるアニーとマーゴット・・・それもソニアならではの表現だから愉快さが募る。
ハハッハ
この場に居合わせた者たちの顔が自然に綻ぶ。
「ククッ、まぁ、サーシャの存在が表とか裏とかの定義付けはさておき、それはあってはいけない出来事ってのか、今まであるべきでない事象だと思ってきたこと・・・勝手に自分たちでそう信じてきた部分だってことだと思う」
「所謂、誰もが疑いも無く『不変の真理』だと思ってきたってことですよね?」
「そういうことだ!」
「生きとし生ける全ての万物が対象じゃったんじゃなぁ~・・・ふむぅ~~」
「あのぉ~今イチ理解し難いのですが・・・うぅ」
「そうだなぁ~単純に言葉にすれば『理』はさ、誰も変えることのできないものだと今まで思い込んできたってことだよ!」
「それは時の流れの中で、潜在的に『森羅万象の理』として刷り込まれてきたってことさ!」
「ふむふむ~それを大将たちが越えたってことか・・・」
「俺とアニーはそんな大層な事やってないって!人間として、生物として血の継承を普通の人と同じように望んだだけさ!」
ディレクのひとり納得に、思わず苦笑いが浮かんでしまう。
「そう考えると『禁忌』だと伝えられたことなんて、最初から『禁忌』で無かったってことでしょうか?」
そんな俺を傍目に、マーゴットは顎に指を重ねながらじっと考え込むように少し首を傾けた。
傍らのソニアも、その言葉に同意するかのように小さく頷いた。
「そうかも知れないね。神が方向性を示すこと・・・人類の進むべき道はこうあるべきだと示したことが『理』なんじゃないかな?・・・こういう風に創生したいって方向に、人類のベクトルを合わせておきたいってことなんだと思う」
「要らぬことは考えるな。それは『禁忌』なんだぞって刷り込みですか?」
「儂を信じて、こっちを向いとれ。余所見するなってことじゃな!ぶははっは」
ディレクはそう言うと愉快そうに笑った。
それが今の時点で導き出せる「理」が存在していることへの解答なんだと思えた。
「極論はそういうことだと思う」
「・・・・」
俺の得心したようなその言葉に、その場にいる誰もが深く沈黙した。
「でもね・・・全知全能の神であっても補修なり補完しなくちゃいけない部分が出てくるってことさ。何せ進むのは神自身ではなく人類なんだから・・・」
「なるほど!人類を歩かせて行く中で、見守って行く中で、いろいろと齟齬が生じてくるってことですね?」
「そう!!モルガン・デュパール氏が『実験』と例えたのはさ、神が『理』自体をその時その時に合わせて補正していることを意味してるんだと思うよ」
そうなんだ。
きっと、そうなんだ。
自分が言葉を紡いで行く中で、それはもう確信となっている。
きっと神が理想と描く有り姿が前提として存在しているんだ。
そしてその世界を創生していく上で、その理想郷を人類に歩ませる中で・・・方向性を示す為に伝えられてきたのが『表の理』なんだ。
この世界は試行錯誤していく中での『神の実験場』・・・それ以外にあり得ない!