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第58章 秘めたる想い


 さすがに安宿のラウンジでこれ以上に話を深めることは相応しくない。

『壁に耳あり障子に目あり』ではないが、公共の場では誰が聞き耳を立てているかなんて知れたものではない。

そういう危険性は出来るだけ避けなくてはいけない。

三人は席を立ち、ロークの部屋へと密談の場を移した。


洒落気のない質素な部屋。

南海の孤島にリゾート地のような豪奢さを求めるのは間違っている。

ロークとクロエはベッドに腰掛け、ホランドは持ち込んだ酒を手にし一脚しかない小さなチェアセットへと腰を下ろした。



「先程のお話の続きですが・・・」


「うむ、そうじゃったな!」


ホランドは惚けたような返事をしながら、手持ちと部屋に常備されているグラスに持参の酒を注いだ。

そしてベッドに腰掛けるふたりに『一杯やりなさい』と微笑みながら手渡した。

クロエはグラスを手に取りながら苦笑いを浮かべている。

ワインではない。地元醸造のウィスキーだろうか・・・琥珀色をした酒だった。

ロークはそんな注がれた酒をじっと見つめながらグラスを口元へと運んだ。

『あっ、けっこう美味いなぁ~』

『いや、酒は後だ・・・提案が気になる』


「あの~それで、どのようなお考えをホランド師はお持ちなんでしょうか?」


「そうじゃなぁ~~簡単に言ってしまえば、必ずしも最善策を摸索する必要はなかろうて!」


「はぁ~~?」


「まぁ、結果的にそれが最善策になれば良いだけで、最初から欲張るもんではないってことじゃ!!ふほほっ」


「お、仰ることは解るような気もしますが、どう捉えて良いのやら・・・」


ロークは老人が愉快そうに語る言葉が呑み込めず、その戸惑いを隠すこともなく苦笑いを浮かべ頭を掻いた。


「ほほっほ~・・・漠然とし過ぎておるか?」


「はい・・・」



「それが必ずしも最善ベストでなくてもより優良ベターな柔軟な考え方であれば良いだろうと言うことじゃ~~一気に事を運ぼうと思うから悩んでしまう。置かれた現状より少し先の見える策から練れば良いのじゃと思う・・・」


「より優良ベターな考え方ですか?」


その言葉の綾に翻弄されてしまいそうだ。


「うむ・・・」


ホランドは頷くと琥珀酒を口に含んだ。そして優しい笑みをふたりに向ける。

ロークは美味しそうに酒を嗜むそんな好々爺をじっと見つめた。

何でもかんでも一切合切詰め込んだ考え方をするなと言われていることは理解できる。

でも少し先のところにある策が何なのか見えて来ない。


「どういう風に考えて行けば良いのでしょうか?・・・」


「そうじゃのぉ~~まず何をさて置き、妃殿下は殿下の御身だけでなく殿下に連なるすべての者の未来を案じておられるのではないのか?」


ホランドは左右に首を傾げながらベッドに座るふたりを見つめた。

その表情は、『どうだ?違うか?』とでも言わんばかりに返事を催促するような得意満面な顔つきに見えた。


「確かにそうかも知れません・・・」


「うむ・・・そう考えれば、親子を引き離すのは忍びないが、未来のあるご子息から救って差し上げろ!それが最善ベストでは無いかも知れんが、より優良ベターな考え方だろうとこの年寄りは思うぞ。どうだろうか?ふほほっほ」


「・・・と言いますと、具体的にどのように?」


「ん?・・・学校じゃ!王都の学校へお預かりするのも良いだろう~~もちろん後見人は陛下か王太女殿下での・・・」


「あぁ~~!!」


ロークはその提案に思わず声がこぼれてしまった。

クロエは声には出さないまでも、想定外の着眼点に開いた口が塞がらないような表情を浮かべている。

『抜かっていた・・・』

纏まらないなりに色々と考えは頭の中に描いたつもりだったが、その事に関しては完全に抜け落ちていた。

いや、抜け落ちていたと言うより、正直思い浮かびさえもさえもしなかった。



「これで、元第一王子グランデ・アドリア家の未来は繋がる。殿下よりも御身よりもお子息さまのこと・・・エリシアさまが一番懸念されていることではないのか?・・・どうだ?ふほほっほ」


「確かにそうかも知れません・・・」


「子供の身を案じぬ母親は居まいて~~ほほっほ」


「はい・・・」


言われて初めて気付く・・・全くその通りだ。

ロークもクロエも見えてなかった。

エリシアの刹那い瞳が放つ心情ばかりに気を捕らわれてしまっていた。

だから何とかして差し上げたいという気持ちばかりが空回りし、何から始めるのが良いのかさえも描き切れなかった。

それがこの老人には、『妃殿下のこと殿下のこと、そして陰謀に係わる者たちのこと』一切合切を詰め込み過ぎて不透明なモヤモヤ感を漂わすばかりで切り口が見えていない我々が青く映ったんだ。


「それが憂いのひとつである事は否めまい」


ロークはホランドの言葉に『目から鱗うろこが落ちる』そんな面持ちになった。



『殿下をお救い下さりますか?・・・』


この言葉の意味を履き違えていた。

エリシアは夫である元第一王子の身を案じているものとばかり思い込んでいた。

確かに不安定な思考に高じる夫の身を案じてはいるだろうが・・・その深層にある想いに気付けなかった。

だが、ホランドの示した提案でその言葉に秘められた意味が理解できたような気がする。

クロエは隣でひとつ先が見えたことに目尻に熱いものが込み上げて来た。

それは同性として気付けなかったエリシアの深層にある想いのひとつに触れられたこと、そして感じられたことが嬉しかったんだろう。



『ロザーリオ救済切望=子供たちの安全への保証だったんだ!』

『見えなかった。エリシアの刹那い瞳に秘められた想いが・・・』

『きっとマリナはこの提案を呑むだろう・・・そうすることが肉親以上に慕い、そして敬愛するエリシアの希望だとすれば絶対に!』

『言われる通り、俺たちはまだまだ青いヒヨっ子だわ~~』


ホランドから授けられた提案は幽閉されているロザーリオの立ち位置を変革させるものではないが、憂いすべてを絶つことなど出来ないにしても、少なくともエリシアの心の救い、そして支えになるものと思えた。


「結果がすべてじゃ~~」


「はい・・・」


「最初から最善策などあろうはずも無かろう。それは己の心の欺瞞がそう思わせる幻影じゃ!まずは可能な事、出来る事からやればそれで良いのじゃよ~ふほほっ」


「そうですね・・・」


「その結果が、妃殿下のお心をお救いすることのひとつになっておれば良い訳けじゃ~」


「はい、その通りだと思います!」


「殿下の身や妃殿下の身をお救いすることは時間を要することじゃ・・・だから今は、目の前にある憂いをひとつずつ解消して差し上げなされ!」



『はい!!』



ロークとクロエは霞のかかった視界が突然開けたような面持ちで元気に揃って返事をした。

そんなふたりを見守る好々爺の顔は本当にどこまでも優しかった。



 今日此処でホランド・ベルハートに出逢えたこと・・・

ロークとクロエの二人には、これは好々爺のような『コトワリ』の第一人者でなくても『えにし』が惹き寄せ合って繋がった賜物だと思えた。

そして、それは・・・

アニーとショーヘイに冒険者ギルドで声を掛けたその瞬間から始まっていたんだと改めてそう感じた。

その出逢いが無ければ、きっと今日は無かった。

マリナと出逢うこともフローラと結ばれることも無かった。

それは別の形で今日という日を迎えていただろうし、この場に居ることも無かったであろう。


全ての出逢いに何かしらの意味があるんだ。

縁が繋ぐ世界はそこから広がりを見せてゆく・・・出逢いは本当に『異なもの奇なもの』である。

ロークは俯き加減に視線を落とした先で、顔が妙に嬉しさに緩むのを感じた。



・・・・・・・・



 『ハイドワーフ』であるディルク・アルバレスを新たに加えた俺たち一行は、ファーナムの街を後にし、この旅の本来の目的地であるロンバルディア皇国の首都ポートルースを目指して一路進んでいた。


だる真夏の暑さも、アニーが発動してくれた氷魔法のクーリングヒールのお陰で狭い車内もそれなりに涼しさを保てて快適だった。

元の世界でいうところの『エアコン』なのかも知れないと考えてしまうとどこか笑みが零れてしまう。

魔脈とは本当に便利である。

魔法を発動する為の元素が流れている気脈がある限り、MPを消費することなく発動し続けられる。

それは一度発動してしまえば解除するまで永遠に効果を発揮する。


都市、町、村がそういう気脈の上に造られている。

街道もできる限りその魔脈に沿って敷かれている。

但し、どこにでもここにでも流れている分けでもないので、その切れ目を補う為に今回利用している魔導馬車には風系魔法の使える御者が従う。

勿論、その分お値段はバカ高い。

今回は出向いた先の方々の好意やマリナからの許可もあり使用出来ているが、普通は一般人が気安く使える代物では無いらしい。

逆にこんな若造たちが利用している事自体を不審がられてしまいかねない。

そんな現状に感謝しながら賑やかな馬車は、ロトリア川沿いに開ける長閑のどかな風景を流しながら熱風を切って南へと走る。


「あなたぁ~~昨夜のクロエさんからのメール、その後どうなったのかしら?」


「あぁ~~爺さんと出逢ったらしいねぇ~ははっ」


アニーは唐突に送られて着たクロエからのマジックメールが気になっていた。

そんな心配性の妻がいぢらしくて可愛く思えたが笑ってその懸念を流す。

爺さんは年の功だけでなく本当に頼りになる・・・出逢えたらそれなりのアドバイスも貰えるだろう。

そんな安心感をアニーの想いとは裏腹に感じていた。


「うん・・・」


「爺さんのことだ心配は要らないよ~~その内ロークから結果を知らせるメールでも来るさぁ~!」


「だとイイですけど・・・」


「お母さん、お母さん~~~何あれ?・・・」


サーシャがマーゴの膝の上から覗く車窓の景色に指をさした。

みんなもそれに釣られるように窓から顔を覗かせる。





『ん?・・・何だあれ??』


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