第36章 澱みゆく好奇心
思わせぶりな謎掛けに、恥ずかしながら心を躍らせてしまう。
その投げ掛けられた言葉が意味不明であればあるほどに惹かれてしまうのは、探究心というこれ見よがしな美辞麗句でなく、聞き齧ってしまった以上は何が何でも答えを炙り出し、導かなければならないという欲求の塊や義務感、そして切り口の見えない入り口にじれったく感じてしまう憤懣が入り乱れ、それが次第に胸をジリジリと焦がし始める・・・これは人間の持つ『好奇心』という性なのだろうか。
ロトリア川が流れる4か国・・・
俺たちは夕食の後、貸し与えられた一室のテーブルにソニアが取り出した簡易マップを広げ睨んでいた。
モルガン・デュパールは「ロトリア川は4か国を跨ぐ『神聖なる川』なのですよ・・・謎でしたかな?」という言葉を投げ掛けたまま、それ以後、自分が発したその意味不明な言葉の真意について笑みを浮かべるだけで何も語らなかった。
それは逆に意味を知りたいなら自分たちで解き明かしてみろという裏返しだったのかも知れないし、若しくは彼自身が、明かせない何かを俺たちに暗に伝えたかったのかも知れない。
実際、『伝説の黙示録』探しという大役を担っていることもあり、そんな立ち寄った先の揉め事や謎解きに首を突っ込む云われもないのだが・・・どうしてなのか、何故なのか解らないが、不明瞭な彼のその言葉と温厚な顔に浮かぶ不思議な笑みに吸い込まれてしまうようで仕方がなかった。
そこに何が隠されているのか、興味と言う好奇心が頭の芯から爪先まで体全体を駆け巡ってゆく。
これは解き明かさねばなるまい、謎に終止符を打つだけの価値がきっとある・・・そう感じてしまうのは、それは単に俺の直感だけではあるまい。
アニーの目がいつにも増して輝いている事自体が、より惹き付けられてしまう所以なんだろう。
直観力に長ける精霊の『第六感』を、そこに少し垣間見たような気がした。
「ロトリア川の水源はルクソニア公国のラグーンの山脈に発していますね・・・」
「あぁ、確か美しい湖があったよねぇ~・・・そこを経由しているのかな?」
「そうですね。山脈を発した水の流れはラグーン湖を通して南ではなく西へ流れています・・・そして国境を越えてバーラム共和国のウェイレストを通り、そこで南西へうねりアバディーン王国のファーナムへ・・・そしてそこから南方向へ流れを変えてロンバルディア皇国の首都ポートルースを通過し、最後は海へと流れ着いているようですね~」
ルーカスはマップ上を川の流れに沿って指をさしながら説明をくれた。
「そう言えば、ラグーンは王族や貴族の避暑地なんでしょう?・・・落ち着いた雰囲気が良かったし、いっぱい別荘のようなお屋敷が並んでいましたよ。とってもステキな場所ですよねぇ~」
「そうだねぇ~~風光明媚な場所だから、ルクソニア公国内だけではなく親交のある諸外国の王侯貴族たちの別荘もあると聞いてるよ~」
ソニアは自分が見て感じたままを言葉にした。
ルーカスには、そんな風に語る彼女の瞳がどこか憧れに満ち溢れてるように感じられ、少し可笑しくなって笑みが洩れてしまった。
・・・・・・・・
小一時間、地図を睨みながら唸ってはいたものの、何ひとつヒントになるものさえ見い出せない・・・だから巡らす思考回路も当然働かない。
何せ、俺たちはロトリア川が何故に『神聖なる川』と呼ばれているのかその云われも知識も情報も、当然ながら何もかも持ち合わせていない。
何でそう呼ばれてるのか・・・きっとデュパールの言葉の謎を解く鍵はそこにあるんだろうと思う。
まずはその辺りから切り込んで行かねばならないだろう。
「情報が無い中でさ、こうやって顔を顰めてても仕方ないんだから、それぞれのすることを先に済ませてしまおうよ。少し休憩にしよう!」
俺はテーブルを囲むみんなに声を掛けながらも少し眠たげな顔を見せるサーシャが気に掛かり、アニーにシャワーを浴びさせて先に休ませるよう促した。
大人にとっての夜はこれからだが、魔物の襲撃以来、ここに辿り着くまで幼いながらも強張る体と気持ちを気丈に耐えていたし、肉体的にも精神的にも本当にキツイ道中になった。
「そうですねぇ~・・・先にシャワー戴いて隣室で休ませてもらいますね」
アニーはみんなの顔を見回しながら母親ならではの優しい笑みを浮かべた。
「ですね。順次シャワーをいただきましょう~エヘッ」
「サーシャ、シャワーよりお風呂がいいのに~~~!ぷぷっ」
「ここはお家じゃないの!我儘は許しませんよぉ~めっ!」
アニーはサーシャを睨みつけるように眉を少し吊り上げた。
母親業がすっかり身に着いたそんな妻が可笑しくもあり、それと同時にその作る表情に益々愛しさが募ってくる。
まぁ、王侯貴族でも無い限り、一般庶民には毎日湯船に浸かって疲れを癒すという習慣はこの世界には皆無に近いほど浸透していない。
だから浴室と言えばシャワー室であり『バスタブ』が常備されていないのが当たり前なのである。
ただ、俺と係わった者たちはみんな虜になってしまったようだが。
「ふわぁ~~~い!」
「サーシャちゃん、お姉ちゃんもお風呂大好きだけど、無い物強請りはダメだからね。後で行くからさぁ~我儘言わずに先に行って待っててね!」
ソニアは少しバツ悪げな返事で母親を見つめるサーシャへとにこやかな笑みを投げ掛けてくれた。
その言葉に少し母親からの厳しい視線を避けられたのか・・・
「うん、わかったなり~~イシシッ」
「イヒヒッ・・・」
ふたりして口元に手を当て笑い合う。
そんな和やかな光景を目の当たりにしていると、俺はソニアの心遣いに気分を軽やかにし大好きなクロエ口調で応えるサーシャに、数年前のあのパーティー時代が重なり合ったようで何処か懐かしく思えた。
「ククッ、サーシャはクロエかよぉ~~」
・・・・・・・・
女性たちが順次浴室へと消えて行く。
賑やかしい喧騒が一瞬に去ったのかのように静まり返った部屋の中には、俺とルーカスの男ふたりだけが取り残されたような形でテーブル脇の椅子に佇んでいた。
ただコチコチと時を刻む時計の針の音だけがしばし空間に反響してゆく。
そんな部屋へと開け放たれたテラスから川音を乗せた涼しそうな風が吹き込んでくる。
気持ちよさ気な夜風に少し身を晒してみるのも良いかと椅子から立ち上がろうとした瞬間・・・
「ショーヘイさん、モルガンさんの謎掛けもそうなんですけどね・・・」
そんな静寂が漂う空間を劈くように、ルーカスは考えあぐねたような表情を浮かべ、徐に口を開いた。
「ん?・・・・」
俺は彼の言葉に立ち上がろうとした椅子へと再び腰を下ろした。
「先日語ってくれたじゃないですかぁ~・・・『伝説の黙示録』の件!」
「うん・・・・」
「何かねぇ~あくまで俺個人の見解なんですが、どこかダブってというのか何か関連がありそうでシンクロしているように思えるんですけど・・・これは飛躍し過ぎなんでしょうか?」
「うん・・・どうだろうねぇ~・・・」
「それとも全然お門違いの異質な事柄なんでしょうかね?」
ルーカスは男ふたりだけになった空間で、考えがまとまらないなりに思考を幾度となく繰り返していたんだろう。
「それは俺も思ったけど・・・どこかで何かが関連しているのかも知れないけどさ、『伝説の黙示録』はシュトラウスという奇才が神から託宣を授けられたことが記述されていると言われている物なんだ。それが書物なのか紙切れなのか、石碑なのか現時点では知る術も無いんだけど・・・」
俺はそこで一度言葉を区切り、前のめりに俺を窺うその興味津々のルーカスの顔付きへと苦笑いを浮かべた。
そして自身の考えを続けた。
「それと真意は見えないし計り知れないけど、モルガン・デュパール氏が語った『神聖なる川』という言葉はさ、この地方に残された伝説のようなものなんだろう?・・・そこに接点が存在するのか、若しくは全くもって関係無いのか・・・それは俺自身も今は判断できないよ」
「そりゃ、当然ですよね・・・」
「だから、言葉の真意や謎が解けたわけじゃないから関係がわからなくて当たり前なんじゃない?」
「ですねぇ~・・・そうすると今はふたつの事柄は出生自体が別物と考えた方が良いってことですかね?」
「どうだろう・・・そこが味噌でさ、強ち別物とも言い切れないのかも!」
「へ?!・・・と言うと?」
「あくまで憶測でしかないんだけどさ、出生はたぶんどちらも神の放った言葉が起源なんじゃないかなぁ~・・・そんな気がする。脈々と伝えられていく話には必ず『神』や『理』が付き纏うのがこの世界の基本なんだから・・・だから残された神託と伝説という形態は違うんだけど、そこに何らかの接点が存在してもおかしくはないよね?まぁ、情報皆無の雲を掴むような話に断言なんて出来ないんだけどね。ははっ」
「ふむふむ・・・そう考えると、出所がどちらも神の言葉なりその『理』だとすれば、全く関連が無い事柄とも言い切れないってことか・・・」
「ただ、モルガンさんが放った謎の起源が神が発した言葉の場合ってことだよ~当然のことだけどさ・・・全く違う云われが根源にあるなら『黙示録』との関連性はきっと無いだろうね」
「ですね~・・・まぁ、何にせよ、奥は深そうだけど乗り掛かった船だし、是非とも解き明かしておきたいなぁ~ははっは」
「ははっ、変な興味に踊らされてさ、逆に厄介事に首を突っ込んだのかも知れないぞ!」
「ククッ、ともかく、まずは情報収集からですね!」
確かに・・・・
目指す未来にも、そして現在にも暗雲が漂っている訳でもないのに・・・宴で放たれた謎が頭の片隅から離れなくなってしまい、どこか気持ちが最初に感じたワクワクした高揚感よりも考えれば考え込むほど重みに深く沈んでしまいそうになる。
突き詰めて行けば行くほどに、きっと壁にぶち当たって行くんだろう。
この世界は本当に元の世界から比べれば理不尽な不思議さが無尽蔵に澱んでいる。




