第34章 撃退
ブラックベアーは支えになる何かを探すが如く鋭い爪を前後左右にバタつかせ、立ち上がる為に必死に藻掻く。
剥かれた目は血走り、口元からは興奮の為か白い泡が盛り上がり、涎として流れてゆく。
彼の思考には往生際が悪いなんて言葉は無いんだろう。
俺はそんな巨大な熊に『バーサーカー・ストライク』を叩き込むつもりで両手剣をしっかりと握り直した。
地面に藻掻く爪先が深く刺し込まれた。
その時、ブラックベアーは掘り返したその土を俺目掛けて投げつけてきた。
正直面食らった。
高次元ハイスキル発動の為のモーションに入ろうとした矢先の出来事・・・顔面へと飛んで来る土の塊を防ぐのに気を取られてしまった。
「ショーヘイさん、そっちへ加勢します!」
ルーカスはレッドボアを撃退した余韻に浸ることも無く、状況を見取ってこちらへと動き始めた。
土を避ける為に頭を下げ、片膝をついた瞬間・・・
巨大な熊は地面を足掛かりに踏ん張り、そして巨体に似つかわしくない機敏さで素早く立ち上がった。
そして空気が震え、耳を劈くばかりの咆哮を轟かした。
ウゴォ~~~~~~オ
ブラックベアーはレッドボアの力任せに突進・突撃するしか能の無い直線的な動きとは違う。
二足歩行が可能な魔物としては自由に使える手足が曲者になる。所謂、それは彼の最大の武器であり凶器でもある。
右手を一旋、俺を目掛けて振り下ろそうとした。
ルーカスはローリングしながら俺の眼前で盾を構えた。
ドガッ、ドゴォ~~ン
『間一髪』、熊の鋭角な爪は盾に弾き返される。
「ありがとうー!助かった!!」
「なんの、なんの!凌ぎますので攻撃お願いします!!」
「了解!!」
怒りに目を血走らせた巨大熊の交互の腕から放たれるスイングをルーカスは苦痛に歪んだ表情を浮かべ耐えてくれた。
レッドボアとの戦闘の後である・・・長くは凌げないであろう。
その凄まじいまでの勢いにじわじわと押されている。
俺は身構える盾の後ろにスクッと立ち上がり、ブラックベアーの視線をこちらへ向けさせる為に転がりながら背中側へと移動した。
巨大な熊は眼前をすり抜けた俺へと振り返り一瞬動きを止める。
それを見て取ったソニアは、スキを覗っていたかのように脇から勢いよくダッシュをかけ、横っ腹へと一旋を浴びせかけた。
モルガンを守るように囲んでいた魔導士たちも、土壁の後ろからブラックベアーを視認できる位置へと動いた。
そして火炎弾をすかさず打ち込む。
ボンッ、ボンッ、ボボッーーン
ウゴォーーーーオ
その攻撃に悶え、空へと咆哮する。
「アニー、マーゴさん、テイマーたちを!」
「了解です!」
「了解しました!!」
『召喚獣』と『テイム』とは基本的には同じように対象物を操り動かすスキルではあるが、根本的な部分で全くの別物と言えた。
『テイム』は最初に対象物に指示を与えた催眠術をかけ、その催眠効果による使役となる。その行動と時間はテイマーの能力に比例するのだが、その使役する対象物の近くで見守りながら掛け続けなければならない。
テイマーの意識が別の何かに移ると、催眠効果が薄れてしまうというのはそう言うことである。
ただし、使役者が最初に描いた意図とは反してしまうだろうが、魔物や魔獣は一度闘争本能に火が着けば、その行動は止まることを知らない。
片や『召喚獣』とは、使役者と異次元空間から呼び出された召喚獣の間に交わされた使従関係で成り立っている。
召喚できる対象は召喚者のスキル能力に比例する。
行動は思念を送ることで意図を感じ取り、使役者の意識や行動が別のものに移ろうが、次なる指令が送られるまではその行動は薄れてしまうことも変化することもない。
呼び出された怪鳥『ハーピー』は上級、聖獣『フェニックス』は最上級の『召喚獣』であるが、一般の者がそれを目の当たりにしても、それがどういう位置付けの召喚獣でありどんなスキルなのかを熟知できている者は皆無に等しい。
高次元ではないが習得の難易なスキルな為に目にする機会も少ないからであろう。
それはきっと『テイム』された使役対象と『召喚獣』のハッキリとした違いが差し詰め判らないものと思われた。
それはそれで都合が良いのかも知れない。
勿論、高次元ハイスキルも然りである。知り得る者は居ない。
何故なら・・・この世界の人口比率から考えてみても『上位種』なる存在と偶然にでさえも遭遇する確率など最早奇跡に近い代物なんであろう。
背中側へと回った俺は、ブラックベアーの脳天から斬り下ろす為に助走をつけるかのように飛び上がった。
ブラックベアーは体全体を盾からこちら側へと向きを変えた。
そして鋭利な爪が尖る右腕を振り上げた。
俺の『バーサーカー・ストライク』が脳天に届くのが早いか、巨大熊の凶器が俺を引き裂くのが早いか・・・
ルーカスもソニアもその動きに大きく目を見開き息を呑んだ。
『跳躍!!』
俺はそう唱え、身体能力を瞬間UPさせた。
助走をつけたように飛び上がった空間より更に一段階高く飛翔した。
勢いよく右手を振り落とした熊の視線の先には、狙うべく獲物の姿は無かった。
そして顔を空へと向けた瞬間・・・月明かりに反射するかのように眩く光る物が落ちてきた。
ズガッ、ズガガガガッーーー、ズコッ
俺は脳天から『バーサーカー・ストライク』をモロに叩き込み、ジャンプした勢いそのままに両手剣を斬り下ろした。
表面を斬り裂くのとは違う・・・その対象を切断した重い感覚が、手応えが柄を通して腕に伝わってくる。
静まり返った。
誰もがその戦闘に、光景に釘付けになっていた。
ドコッ、グググッグーーー、ズタン、バッタン!
ブラックベアーは脳天から切断されたそのふたつの肉塊を地面へと晒した。
そして、間もなく肉の欠片が弾け飛ぶように霧散した。
再び歓喜の渦が巻き起こる。
「おぉーーーー!」
「うぉーーーー!!」
「うっしゃーーーーー!」
「やった、やったです~♪」
一般の旅人も商人の従者も御者もそして・・・
そんなみんなの沸き起こる歓声の中、ルーカスはその場で達成感を噛締めるようにガッツポーズを、ソニアは小躍りするかのように飛び跳ねて喜んでいた。
上級魔物二体が相手だ。それも『上位種』である俺たちだって梃子摺るような敵を倒せたことに一種の満足感はあったんだろうと思う。
モルガンは急ぎ足で俺の方へと駆け寄ってきた。
「ありがとう!また助けられたですなぁ~本当にありがとう!!」
満面に笑みを浮かべ、俺の手を両手で力強く握り、感謝の言葉を述べる。
俺はその笑顔に対し、顔を綻ばせて小さく頷くに留めた・・・全てがまだ終わったわけではない。
アニーとマーゴはその歓喜の渦とは別次元のエリアに存在しているかのように表情を崩すことはなかった。
『召喚獣』はテイマーを追い詰める。
それは彼らを俺たちのもとへと向かわせるような囲い方をしていた。
彼らはそれに追い立てられるように森から街道へと姿を現した。
バタバタ、ドタドタッ
「くそぉーココまでかー!」
「チッ!撒け切れないー」
テイマーたちから喘ぐセリフが洩れる。
ルーカスとソニアは召喚獣が追い詰めるテイマーたちの逃げ惑う足音と舌打ちを察知した。
「押さえます!」
「わたしも行きます!」
「我々も~!!」
ふたりは『召喚獣』が追い詰めるテイマー目掛けて駆け出した。
それに釣られるように魔導士たちも続いた。
ハーピーがひとりのテイマーの頭を鷲掴みするように捕らえ、持ち上げようとする。
その地面から浮かび上がったテイマーは、地に着かない足をバタつかせるだけでどうすることも出来なくなっていた。
もう一方のテイマーはフェニックスの吐いた渦巻き状の炎に、まるでロープでグルグル巻きにされたように自由を奪われ、地面へとそのまま倒れ込んだ。
彼らの思惑と計画はここに挫折を迎えた。
モルガンの御者・・・たぶんバーラム共和国の重臣護衛の魔導士なんであろう・・・がテイマーふたりをいち早く取り押え捕獲した。
そして縄を手錠のように縛り、ふたりをモルガンの方へ引っ立てるように連行していた。
自分たちに課せられた仕事を終えた『召喚獣』はアニーとマーゴの頭上へと羽ばたく。
そしてふたりの頭上で、美しくも勇敢なるその姿を静かに次元の中へと消した。
アニーとマーゴは、顔を見合わせお互いに安堵の笑みを浮かべあった。
『召喚獣』が上手く意を汲み任務を熟してくれたことにたぶんホッとしたんだろうと思う。
詰まった息を抜く為か、ふたりとも大きく肩を上下させ、そして背伸びするように顔を空へと向けた。
そんな彼女たちを傍らで見つめながら俺はそっと労いの言葉をかけた。
「アニーもマーゴさんもお疲れさま!!」
月が煌々と照らす夜空は、満天の星々のキラメキが彩りを添えていた。




