第32章 魔物の襲来
「ご一緒させてもらっても構わぬだろうか?・・・」
「あっ、はい~!・・・どうぞです!!」
モルガンはどこか照れ臭そうな表情を浮かべ声を掛けてきた。
アニーはその声に振り向き、そんな突然の申し出に優しい笑みを返していた。
倒木封鎖事件の後、俺たちはルクソニア公国からバーラム共和国へ抜けた先で野宿をすることにした。
本来なら、国境から一番近い町まで魔導馬車を走らせるつもりではあったのだが、街道を塞ぐ倒木を排除せねばならぬという想定外のトラブルに見舞われ、それも巨木であったが為に時間を要してしまい、建てたばかりの旅程を計画通りこなすことができなくなったからだ。
それは何も俺たち一行だけの話ではなく、立ち往生していた者たちみんながそうせざるを得なかった。
さすがに日没が近づくと闇にどっぷりと浸かりゆく夜道を魔脈を活用できるとは言え、カンテラのみで走る切ることは余りにも無謀であり危険である。
増して、モルガン・デュパールの弁ではないが、魔物を利用した人為的な企てなら、それを実行しようとした張本人もその実行犯である魔物も遠くない先に潜んでいる可能性も否めない。
俺たちは国境で事件の報告を済ませたのち、この野営地まで辿り着いていた。
そして夕食を済ませた後の残り火を焚火代わりに囲んで暫しくつろいでいた。
初夏とはいえ、さすがにまだこの季節の夜風は少々ヒンヤリと肌を擦ってゆく。
「お酒でも如何ですかな?・・・うん?ふほっほ」
「あ、ありがとうございます!どうぞお座り下さい~」
「いいですねぇ~~ククッ」
モルガンは俺の隣へと丸太を半分にスライスさせた椅子もどきのベンチへと腰を下ろした。
街道の野営地はそれなりに設備は整っている。
水汲みに困ることのないように、この手の野原でもちゃんと小川から水源の導線が引かれているし、魔脈が通っている場所に存在しているので灯火も使えるし、元の世界で例えれば、ちょっとしたキャンプ場並みの最低限必須のインフラは整っていた。
さすがにアドリア王国のように至る所に小屋が設置されているというのは稀であり、往来の激しい街道でさえ、この程度が極当たり前の世界観なのである。
「あなたぁ~・・・サーシャをお風呂に入れてきますね!」
「そうだなぁ~~昼間は土埃も一杯浴びただろうし、それに夕食の後片付けも手伝ってくれたしさ・・・いつになく疲れてるだろうから早やく休ませてやろう!ははっ」
「はぁ~い、では皆さん、お先に失礼しますねぇ~」
「サーシャ、お風呂いってくるねぇ~!イヒッ」
「いってらっしゃぁ~~~~~い!!」
手を挙げながら満面に笑みを浮かべるサーシャ・・・
この場のみんなに軽く会釈をしながら立ち上がるアニーに手を牽かれた彼女へと、ソニアもマーゴットも手を振りながら笑顔で応えていた。
そんな和やかなひとコマを見つめながらも呆気に取られたような面持ちのモルガンが口を開いた。
「ほぉ~~こちらのテントには風呂まであるのですか?これは驚きですなぁ~・・・少し向こうに板で仕切った簡易シャワー室のようなものはありましたが、さすがに魔導馬車で旅をなされる御尽は下々の我々とはやる事為す事全てが桁違いで御座いますなぁ~ふははっは」
「うぅ・・・」
「あぅ・・・」
これには絶句である。
皮肉っぽく言葉にし高笑いはするが、そこには驚きなる不審さと共に我々に対する範疇外の未知なる興味のようなものが伺えた。
どこからどう考えても、王族とも貴族とも見受けられないこんな若造の一行が、高額な魔導馬車を使いながら旅を続けていることは常識的に考えても有り得ない。
俺もルーカスも、そしてソニアもマーゴットも・・・彼に対し何ひとつ真っ当な説明も弁解も儘ならず、ただただ苦笑いしか返せなかった。
「いや~~何、少し急ぎの依頼を請けましてね、その依頼主の方からご用意戴いたんですよ~・・・そうでなければ我々のような冒険者風情がこんな高価なもの使えませんから~ははっ」
「なるほど、なるほど~・・・まぁ、そこは何かご事情があるのでしょうから深くは触れないでおきましょうか!私も同じような事情持ちですからなぁ~・・・ふははっは」
俺の躱すような適当な弁明に納得などできるわけもなかろうが、そこは一国の重臣を務めるような人物である・・・自分のことも併せ持ち、話をそれ以上に大人気無く掘り下げるでもなくサラリと受け流すだけの懐の広さを垣間見せた。
・・・・・・・・
バーラム共和国大統領の第一補佐官であり外務担当大臣を兼務しているモルガン・デュパール・・・実質バーラムにおける大統領に次ぐNo.2と思われるこの初老の紳士が何故に強迫めいた行為を受けるのか、理由は知る由もないが、こうやって一緒に席を囲んで感じる気さくさからはそういう恨みや妬みを買うような人物像には見受けられなかった。
それが自己本位的な党利党略で動く政治の世界なのかもしれないが・・・全く以って俺には不思議で不可解なものにしか思えなかった。
夜の静寂が深く闇に溶け込んでゆく時間帯。
月明かりの中、スポットライトを浴びたのかようにこの場所だけが浮き上がって映える。
くだらない冒険譚や政治の裏話しに一頻り花が咲き、時の経つのも忘れるぐらい笑いが絶えない愉快な時間を流してきたが、周りの他の人たちも就寝準備を始めた頃合いだし、こちらのみんなもホロ酔い気分に浸かりだしたので、そろそろお開きにしようと立ち上がりかけたその時・・・
ガサッ、ガサッ、ズシン、ズシン
その音にこの場の全員が振り返り身構えた。
遠くない先の森から茂みが擦れ合う音と共に、その不穏な足音らしい響きに草木が激しく揺れているのが目に留まる。
まさかとは思ったが、微かに獣の悪臭が風に漂う。
決して警戒を怠っていたわけではないし、現にアニーよる広範囲バリアも張ってあるのだが、少しばかりの気の緩みによる油断が無かったと言い切れない、言い切ればそれはそれで傲慢チキな虚栄になるのかも知れない。
「何かが来ます!」
ソニアのそのひと言に、俺はすかさず索敵スキルを発動した。
30M先に大きな赤い点が2つ、その傍らに小さめの赤い点が2つ・・・魔物2体とそれをテイムし誘導する輩が2名と判断してよいだろう。
「魔物2体、不明の誘導者2名!」
「了解しました!!」
ルーカスは左手に盾、右手に片手剣を握り身構え、ソニアは背中に担いだ両手剣を素早く抜刀した。
俺はアニーとマーゴットに振り向いた。
「アニーにはテントのサーシャや他の方々を護衛しつつ後方に注意を払ってもらいたい、マーゴさんにはモルガン殿の警護と後方からの援護射撃をお願いします!」
「アニー了解です!」
「マーゴ了解しました!」
俺の指示を耳にしたのかテントから御者や従者が慌てて飛び出してきた。
その気配を察知した俺はすぐさま彼らにも指示を出した。
「上級の魔物2体がこちらへ向かってきています。魔法に覚えのある方は、後方援護を!無い方はアニーの指示に従って後方で待機して下さい」
「はい!!!」
みんなが俺の指示に頷くのを見届けて、俺は前方で剣を構えるルーカスとソニアの傍らへと走った。
ビーストテイマーがいる。
それも上級の魔物を操り使役できる使い手となればそれなりに高レベルのハイスキル保持者だと考えなければならない。
スキルとして魔物や魔獣を手懐けたり、飼い慣らすことのできる『テイム』が得意なのは魔人族と獣人族なのだが・・・他種族だって習得できなくもないが、それは愛玩のペット止まりだ。
俺たちの後ろでマーゴットが何やら呪文を小声で詠唱し始める。
すぐさま斜め後ろ辺りに何かが姿を現そうとするかのように空間が光り歪みかけた。
そしてそこには・・・上半身は人間の女性、下半身は鳥の姿をした白く美しい翼を持った怪鳥『ハーピー』が『召喚』された。
「ショーヘイさん、召喚獣ハーピーにテイマーを攻撃させますね!」
「了解!お願いします!!」
流石に魔人族の上位種『ハイマジシャン』である。
押さえるべき闇系のハイスキルはちゃんと習得保持が為されているようだ。
『召喚』スキル自体は上位種独自の高次元ハイスキルではないが、『テイム』とは違い、習得するのは極めて難しいスキルである。
それを見て、魔法に覚えのある者たちもモルガンを囲むようにマーゴットの後ろへと自らを配置した。
「あなたぁー!この召喚獣も使って下さい~!!」
アニーのその言葉に振り返ると、もう1体の召喚獣がアニーの前方へと空間から『召喚』された。
マーゴットに刺激されたのか、上級魔物2体に対し戦力不足と判断したのかは解らないが、アニーが今まで使うのを控えていた闇系スキルを発動した。
金色の毛で炎をまとった鳥、聖獣『フェニックス』が姿を現し、ハーピーと並ぶように飛翔した。
漆黒の夜空に舞うその美しさと眩しさに目を奪われてしまいそうだったが、今はそんな悠長なことは感じておれない。
前方では荒々しく木々や雑草が揺れ出した。
魔物は近い。もう至近距離まで勢いよく突進してきているようだ。
闇の中で鬱蒼とした森の中から2体の魔物が草木を掻き分けるように姿を現した!
『レッドボア1体、ブラックベアーが1体だぁ~~!!』
ルーカスはその姿を確認し、この場に身構える全員へと叫んだ。




