第26章 露見する秘密
薄暗いダンジョンの中に安全地帯として設けられているエリアへと我々は辿り着いた。
この結界エリアにいる限り魔物から攻撃を受けることも無く、安心して休憩や消耗アイテムの補充などができる。
三層のボス部屋は、ここからは目と鼻の先にある。
我々はボスに対しての攻略方法を確認しておく事も含め、暫しこの場所で体と張り詰めた緊張感を癒すことにした。
ここまでは初見のダンジョンとしては、ルーカスの的確な指示もあり、何ら問題無く順調に進んでこれた。
声を大にしては言えないが・・・考えてみれば、ハイヒューマンにハイエルフ、それにハイドラゴンがメインで構成されているパーティーである・・・舐めて掛からなければ問題などあろう筈も無い。
ルーカスにすれば、幾度となく潜ってきたもう慣れに慣れた自分の庭みたいなものなんだろうし、今更ながらに新鮮さを感じることも無かっただろうが、それでもお互いがお互いを知る為のシチュエーションとしては気軽にアタックできる妥当な相手と場所として選んでくれたんだろう。
それにも益して、今回は件の彼女も誘うことに成功したし、俺やアニーと一緒に臨むことも踏まえ、集うメンバーがメンバーなだけに腕が鳴っていたのであろう・・・それはソニアにしても同じ事が言えたが、潜る前からかなり興奮しやる気満々の意気込む素振りにそれが伺えた。
ただ、俺やアニーにとっては、冒険すること自体が久方ぶりなので正直勘を取り戻すのに少々時間を要したが、これまでに培ってきた経験や体験は体に沁みこんでいる・・・徐々に戻る勘と本能的に持っている直感力に支えられ体が次第に動き始め、以前の自分たちを蘇らせる為の充分なるウォームアップとリハビリは出来たように思う。
「さすがですねぇ~・・・ダンジョン潜るのって5年ぶりぐらいでしょ?」
ルーカスは俺とアニーを交互に見つめながら感嘆したように言葉にした。
そんな彼に俺は苦笑いしか返せない。
「勘と体のキレがねぇ~・・・でも何となく取り戻せたかなと思うよ。ははっ」
アニーもソニアもそのやり取りに笑みを浮かべていたが、その傍らに座っているマーゴットは表情を変えることも無く、ただ静かに沈黙を貪っていた。
アニーに指摘されたスキル名に正体を見破られた可能性があると思ったのか・・・マーゴットはライカンスロープに使ったスキルはあの時一度きりで、その後は通常の黒魔導士が発動可能なスキルしか使わなかった。
でもその一度きりのスキルが彼女の正体を俺に『確信』させるものとなった。
マーゴット・キャバリエは『ハイインフリータ』『ハイマジシャン』であると・・・興味本位でしかなかった半信半疑な気持ちが『確信』に変わった。
高次元ハイスキルを知らない者からすれば、マーゴットが使うスキルは見慣れぬ変わった不思議なスキルにしか思えなくても当然である。
『知る者ぞ知る』スキルであるなら尚更である。
俺自身も一応全属性に適応はしているが、アニーとは内容がまるで異なるし、魔術系より武技系に特化されたステイタスなので闇魔法の『高次元ハイスキル』なんてのは知る由もなかった。
だからアニーのみが知り得るスキルであり、この場にアニーが居なければ彼女が何者か知ることもなかったであろう。
彼女にしてみても高次元ハイスキルの存在を知るアニーが一体何者なのか不思議に思っているのではないかと推測できる。
きっとそれが沈黙となっているのであろう。
動揺と疑心が渦巻く心情的なものを同じ女性として読み取ったんだろうか・・・そんな彼女にさりげなくアニーは声を掛けた。
その言葉には同じ魔術系スキルを使う者としてのアニー自身の興味も少なからずあったと思う。
「マーゴットさん、あの人狼に発動された攻撃スキル凄かったですねぇ~・・・ビックリしました!あはっ」
「・・・・」
「『黒魔導士』の方と初めてご一緒したんですけど・・・その凄さに少し感激してしまいました!うんうん」
アニーの本音だと感じられた。
自身としては『闇属性』をあまり使わないだけに、マーゴットが使ったそのスキルの破壊力に正直驚いたのだろうと思う。
そしてその感情と共にスキルそのものを再認識したかのように笑顔で頷いていた。
「あの・・・」
マーゴットは、満面に優しい笑みを浮かべるアニーに、少し躊躇いがちに視線を落としながらも重い口を開いた。
「はい?・・・」
「このパーティーに誘われた時・・・」
「うん・・・」
「アドリアから来られた特A級の方々がいるって・・・」
「特A級ですか?・・・」
「はい。わたしはその言葉に惹かれたのと、もうひとつ自身の興味もあって参加させてもらったのですが・・・」
「そうなんだぁ~・・・」
「不躾なのですが・・・アニーさん、あなたは一体何者なのですか?」
マーゴットにはどうしても『高次元ハイスキル』の存在を知っているアニーが常人の冒険者に思えなかった。
「えっ?!急に何者かって言われても困りますけど・・・わたしはわたしなのですよ~?主人の妻なのです~あはっ」
「あぅ・・・」
アニーの天然的なその言葉に自分の意図した意味をはぐらかされ肩透かしを食らったマーゴットは目を白黒させていた。
第三者として傍らで会話を聞いている分には良かったのだが・・・俺にはアニーらしいはぐらかしにマーゴットがどこか気の毒に思え、堪え切れずに笑いが洩れてしまった。
「ククッ、マーゴットさん、すみませんね~・・・天然ボケかます妻で!」
ルーカスもソニアも腹を捩って笑い転げていた。
アニーの返しもマーゴットの呆気に捕らわれた表情も、傍目からはとても面白可笑しく見える代物だったんであろう。
・・・・・・・・
出逢いは思いがけぬところに転がっている。
近すぎても見落す、遠すぎても気が付かない・・・けれど、そんな出逢いも『縁』が繋ぐ世界は未来に向かってどんどんと膨らみを増して行くようだ。
それは望もうと望むまいと自然に広がってゆく。そこに個人としての意思は関係ない。それがこの世界の『摂理』なのである。
『偶然』を装いながらも『必然』として繋がっていく不思議さ・・・これはこの世界に来てから嫌と言うほど思い知らされた。
マーゴット・キャバリエが『ハイインフリータ』とか『ハイマジシャン』とか呼ばれている魔人族の『上位種』であることは、彼女からの言質がなくても『高次元ハイスキル』を所持していることで『確信』に至れた。
ウルマスが言うようにひとつ繋がれば、言葉は的確では無いかも知れないが『芋ずる』的に連鎖していくのかも知れない。
『使徒』と飛ばれる存在に、またひとり出逢えたような気がした。
彼女自身に上位種としての認識があるのかどうかは今だ不明だが、少なからずハイスキルを知っているということは本能の為せる技なのか、はたまた同種族の誰かから自身の立ち位置を教えられたということは間違いないであろう。
それはハイスキルの存在をアニーに指摘されたことに戸惑ったことでも窺える。
「マーゴットさん、ひとつ聞いても宜しいでしょうか?」
「どんな事でしょうか?・・・」
マーゴットは不審そうな顔つきで俺を見つめた。
俺たちパーティーはボス部屋近くの安全地帯で、ボス攻略のことなど頭から抜け落ちたかのように話し込んでいた。
俺はどうしても彼女から真相を教えて貰いたいと思った。
『秘密裡』にしておきたい事柄・・・一般人としての生活を守るが為に俺たちも気心の知れた者にしか教えていない秘密を、今日初めて出逢った我々に彼女が素直に語ってくれるかどうかは疑問であるが、こちら側から投げ掛けだけはしておきたかった。
「マーゴットさんはアニーが言葉にしたように、何故にハイスキルを習得されているのでしょうか?誰かに教われたのでしょうか?・・・少し疑問に思って!ははっ」
核心を付きながらも、俺は出来るだけ彼女が言葉にしやすい雰囲気を作ろうと心掛けた。
彼女の隠しておきたい部分をモロに刺激はしているのだが、そこで閉ざされてしまうと会話が成り立たなくなる。
「・・・・」
「・・・・」
「『スプレイションフィールド』のことでしょうか?・・・」
マーゴットはひと呼吸措いたのち、意を決したかのように俺の疑問に口を開いた。
「わたしは魔術系のスキルに関しては詳しくないのですが・・・相手を瞬殺できるだけの破壊力ある『高次元ハイスキル』に思えました」
「そうですねぇ~・・・あれは『黒魔導士』が習得できるスキルではありません!」
「・・・と言うことは『闇属性』におけるスキルということでしょうか?」
「そうです・・・」
「これまで誰も不思議がりませんでしたか?『今のはスキルは何て言うのですか?』・・・なんて!ははっ」
「聞かれましたよ・・・でも、いつも『秘密なのです!』って笑って誤魔化していました。あはっ」
俺の問いに彼女は笑ってくれた。
ダンジョンに入ってから初めてみるマーゴットの笑顔だった。
「なるほど、それが今回アニーに思いもよらぬ指摘をされてしまったということですか・・・」
「はい・・・だから、それを知るアニーさんが何者か知りたいと思ったのです!」
さもあらんや・・・今まで『秘密』として誤魔化してこれたことが、今回は通用しなかったのだから、彼女としてはそれが疑問に思えて当たり前だったんだろう。
「ははっ、『高次元ハイスキル』を知る者など普通は居ませんものねぇ~」
「はい・・・」
俺が笑って答えるその言葉にマーゴットは大きく頷いた。
「マーゴットさんの疑問にお応えする前に、最後にひとつ確認させて下さい!」
「お答えできるものなら構いませんが・・・」
俺の真剣なる眼差しに少し不安気な表情を漂わせながら彼女は弱々しく言葉にした。
マーゴットの心臓が俺から放たれる言葉に早鳴りしているのが聞こえてきそうだ。
そんな彼女に対し、俺は少し前のめりになりながら口を開いた。
「マーゴットさん、あなたは『ハイマジシャン』なのですか?」




