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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とめどなく、詰まるもの 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ふふん、こんな暑い日こそ、鍋を食す時だよなあ! 冬にテーブルを囲んでみんなでつつき合うばかりが能じゃないぜ! 夏だからこそ、ひいひい汗をかいて、身体の調子を整える。水だのアイスだので体まで冷やしちまったら、腸も胃袋も満足に働かなくなるってもんだ。

 それでつぶらやは何を買ってきたんだよ? 別に闇鍋をする気はないから、変なものはノーサンキューだって伝達しておいたと思うが。

 ――ちくわ? ふ〜ん、ちくわねえ……。

 ああ、いや。嫌いだとかじゃねえよ。魚のすり身系は、かまぼこはじめ好きな方だし。ただちくわに関してはなあ、ずっと前に聞いた話があって、ちょっとショッキングなのよ。

 物書きのお前が何を思って、これをチョイスしたかは分からん。はたまた何かの導きあってのことなのか……。

 ひとまず、お前のネタ帳の隅にでも入れておいてくれや。


 ちくわの歴史っていうのは、かなり古いものらしい。どうも、ずうっと昔の天皇が、公用で九州に立ち寄った時に、ほこの先に魚肉を潰したものを塗り付け、それを焼いて食べたことが発祥なのだとか。

 その食べ物の形状は、ちょうどがまの穂にそっくりだった。その食事は、「蒲」を「鉾」の先につけて食べるがごときこと。この二文字を取って並べ、その魚肉の塊は「蒲鉾かまぼこ」の名をつけられたらしい。

 で、このかまぼこは、のちのちくわと同じものなんだが、どうして分類されるようになったのか。江戸時代に起きたある出来事にその一端があるらしいんだ。


 当時のかまぼこは高級品。貧窮する下級武士たちにはなかなか手が出せず、対してお金を儲けている商人たちは、かまぼこを含めた様々なぜいたく品を食するという構図が広がりつつあった。

 武士は食わねど高楊枝。されど、それは自分に対してのみで、相手に対しては下卑た嫌みをぶつけてやることも珍しくない。


「なんでえ。刀を持てねえ商人のくせして、武士の魂たる『鉾』を食らうとは、どういう了見だ」


 このような言い分だったらしい。

 しょせんは負け惜しみに過ぎないわけだけど。この程度の言いがかりでも、悪評をばらまかれてはたまらない。身分の低いものは平身低頭をするのが常だった。

 特に口うるさいのが、藩最大の剣術道場の師範代だったらしい。熊みたいにわしゃわしゃと顔全体にひげを生やす姿は、数百年前の戦国武将と語っても納得できてしまうような、威圧感があったそうだ。

 そんな彼も、剣術ばかりにはまっていたわけではなく、上に申し出てお伊勢参りに行くことにしたらしい。その時も彼は旅装に加えて、刀を二本差し。実用一点張りの黒鉄の鞘に入ったそれは、重厚な雰囲気を漂わせていた。

 武芸者としては、穴のない格好。更にはなけなしの金で、弁当にかまぼこを選ぶという、言い出しっぺの意地らしきものを感じたようだ。

 元から感じのいい人ではなく、知っている者たちは、少しおっかなびっくりしながら彼の出発を見送ったらしい。


 だが、彼は思いもよらぬ状態で帰って来た。

 鼻づまり。言葉だけで見るならばさほどおかしいことではないが、彼の場合は鼻の穴が完物理的に完全にふさがっていた。

 両鼻を完全に塞いでいるのは、得体の知れない銀の塊だった。ぴっちりとはめられたそれは、指先はおろか、当時の様々な器具をもってしても取り出せないほど。

 あとは……鼻を削ぐより他にないのでは、と皆がひそひそと話し始めたが、当人である武芸者はそれをよしとしなかった。


「たとえ苦しくとも、親からいただいた体を失うとは何事だ。わしは絶対にそのようなことは選ばぬぞ」


 あくまで、彼は高楊枝の気位を忘れるつもりはなさそうだった。


 そして、半年後。意地を張り通した彼は、覚めない眠りに落ちてしまう。

 死んではいない。かすかに漏れるような息と、弱弱しい脈だけは、感じ取ることができたからだ。だが目を閉じ、身体を横たえて、何日も何日も動く気配を見せない。

 その彼の身体を調べた医師は、驚くべきことに気がつく。以前に彼の鼻の穴をすっかり塞いでいた、あの銀色の物体。それが喉の奥まで届いてしまっていることに。

 銀の塊に溺れながらも、その咽頭はわずかなすき間から、少ない息を吸っては吐き続けている。それが彼の命脈をかろうじて保っているのだろう、ということは、おぼろげながらも察することができたらしい。

 更に驚くべきことに、その銀色のものは彼の尻の穴にまで、姿をのぞかせていた。すなわち、喉から胃腸に至るまで、銀の支配が及んでいるということだ。これでは食物の摂取とその排泄すらも、満足に行うことはできまい。

 命が尽きるのも時間の問題、と医師たちは数日がかりで彼を診たが、生きている彼を開きにするわけにもいかず、他の患者たちも放っておくことはできなかった。大きい屋敷を持つ医師の部屋の一室に彼は寝かされ、日に二度の経過観察が成されて、この異状に関しての報告がまとめられる段になったんだ。得体の知れない銀が詰まっているためか、彼の身体は以前に比べて、ずっと重くなっていたという。


 ところが、事態はそれだけにとどまらなかった。

 お伊勢参りから帰って来た者のうち、何人かが件の男と同じ症状を示し、医者の元へと駆け込んできたんだ。

 今の技術ではどうしようもないことは分かっている。だが、医師たちはあえてそれを言わず、かの男で試したあらゆるすべを、患者の覚悟が決まったものから施していったんだ。

 同時に、お伊勢参りをする以外での、彼らの共通点に関しても調べられることになる。お伊勢参りは、準備と、仕事によっては上司にあたる人物からの許可があれば、身分を問わず行うことができる。

 彼らは私生活から旅行の工程まで洗われることになったが、やがて不思議な点が浮かび上がってくる。

 患者の中でも二人組で連れ立ち、旅をした者が何名かいたのだが、症状が片割れにだけ現れた場合が、いくつもあったんだ。その中でも、途中で別行動などは一切せず、風呂も食事も就寝も常に同じものを経験していながら、片割れにしか影響が出ていないという組が注目される。

 そこで浮かび上がった事実を他の組にも確かめたところ、条件が一致したんだ。

 

 彼らの共通点は装備だった。

 発症した片割れは、護身用の武器に関して、最初の武芸者と同様。きっちりとした刃物を用意していたんだ。身分が低い者でも、生涯に一度しかできないかも知れないからと、家具を質に入れてまで手にする、力の込め具合だったとか。

 対する発症していない片割れは、自分の懐具合と相談し、護身用の武器に刃物を選ぶことを避けた。代わりに自前で用意したんだ。

竹光たけみつ」。広くは木刀などもこう呼んだらしいが、元々は竹を使った疑似刀のことを指す。「たけみつ」という響きも、どこか刀工が打ったものらしい雰囲気が漂うよな。

 彼らは自分たちで竹林に入り、調達したらしい。つかと鍔の部分だけ立派にしておき、鞘に納めていれば立派な刀に見えるというわけだ。護身用としての威力も持たせるため、その先端は竹やりと同じように、鋭く加工されていたらしいが。


 竹光を用いた人たちは旅行の後、旅をした記念ということで捨てることはせず、家の中にしまい込んでいた。そのうちの一人の竹光を拝見したところ、異様に重い。

 そして鞘から抜き放つと、竹の中の節の部分に、患者たちの身体の節々に詰まっているものと同じ、みっちりと中を埋め作す、銀色の物体の姿があったんだ。

 件の竹光は許可をとって回収されたが、満足な検証を行うことができなかった。というのも、最初に報告された武芸者の彼の姿が、屋敷の中からこつ然と消えてしまったからなんだ。

 いなくなる前日まで、変わらない昏睡状態が続いていたことは記録されている。自分で起き上がったのか、誰かが連れ去ったのか。結局、足取りはつかめなかった。

 それに続いて、あの銀色の詰め物が確認された患者も、次々に姿を消していく。中には消える直前まで話をしていたのに、ひょいと目を離した隙にいなくなってしまった者もいたらしい。事態の収拾が優先された結果、竹光は置いて行かれたままになり、気づいた時にはこれもやはりなくなってしまっていたんだ。


 相次ぐ失踪事件は、ついに下手人を特定することはできなかった。だが、今後も同じような事態を引き起こさないよう、その地域では、お伊勢参りに行く時には必ず、節の空いた竹光を用意するように、声がかけられた。

 そして、その事件があってより、かまぼこの真ん中がくり抜かれて、あたかも竹のような形になったものが、魔除けとして扱われるようになる。

 時が流れ、久しく同じような事件が起こらなくなり、価格が安くなった時にも、かまぼこと並ぶその食べ物は、別の名で呼ばれていた。

 その身、竹の節の輪のごとし。「竹輪ちくわ」と。



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