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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第1章 聖痕の乙女
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聖痕の乙女 第6話

 


 聖騎士団の駐屯所で週に一度、魔法の練習ができるようになってからのタリアの日常には、体力向上のための時間が設けられるようになった。

 朝起きてから朝食までの一時間と、夕食までの二時間。オリヴァーに作ってもらったメニューをこなす。腹筋、背筋、腕立て伏せ。それに走り込み。朝食までの一時間は敷地内、端からはしまでを全力疾走して、歩きながら元の場所に戻って、また全力疾走を繰り返す。夕方は敷地内を延々と周回するか、オリヴァーに時間があれば敷地の外を走った。


 三ヶ月が経過すると、急に出かけることが増えた。

 オリヴァーが留守になる時には聖騎士団の駐屯所に預けられ、訓練に混ざって終わる日もあれば、副隊長のペニナは時間を見つけてはタリアを城下町に連れ出した。

 タリアとぺニナは治癒魔法の適正者なので、出かける際は聖騎士団に所属する攻撃魔法の使い手も一緒に。




 そんな日々を繰り返し、約束の一年が一ヶ月後に迫ったある日。

 夕食後、タリアはオリヴァーの書斎にいた。

 話があると言われて来てみると、オリヴァーは無言でタリアの前に大きな箱を置いた。その中には手紙が詰まっていた。


「あの、これは?」


 言いたくなさそうに、深くため息をついたオリヴァーに、タリアは嫌な予感しかしない。


「断っても断っても送られてくる貴族からの招待状だ」

「招待状? こんなに?」

「お前を連れて晩餐会に来て欲しいとか」

「……ああ」

「社交界でエスコートさせて欲しいとか」

「…………ははっ」

「いい加減、勘弁して欲しい」

「ですよねー……すみません」


 オリヴァーの里子として扱われるようになってから、タリアは目標通り三ヶ月で貴族の娘としての振る舞いを身につけ、カーラにお墨付きをもらった。

 約束通り、オリヴァーは剣の稽古をつけてくれたし、体術も教えてくれた。

 婚約や結婚などしたくないタリアの優先順位はいつだって「強くなるために必要なことをこなす」が一番。

 約束の一年が過ぎたのちにオリヴァーとの関係がどうなっているかも分からない。

 だから晩餐会の誘いや社交界は出来るだけ関わらないようにしたいと思ったタリアの意思を汲み、オリヴァーは貴族からの誘いの全てを断ってくれていたのだ。

 しかしそれももう限界らしい。


「まー、話と言うのは、俺が数年間レオを離れることになったんで、お前がどうしたいか聞いておきたいんだ」

「え? レオを、離れる?」

「調査を頼まれてな。簡単なものじゃないし、帰ってくるのがいつになるかも調査次第ってことになる」

「え……え? なら私は……」


 タリアにとって、オリヴァーが王都レオを離れることになるのは予想外だった。

 オリヴァーの保護下を離れることになっても、同じ街に住み、ずっと頼れる存在でいてくれるものとばかり思っていた。


 この大量の招待状の中から結婚相手でも探せということなのだろうか。

 しかし結婚するとなると、今のところ相手は貴族。貴族に嫁ぐということは、今までのようにいかなくなる。『強くなりたい』というタリアの願いが決して叶うことはなくなる。


「いくつか身の振り先を考えてみた。まず、この招待状の主たちの誘いに乗りつつ、結婚を視野に」

「それは嫌です。できれば」

「……まー、そう言うだろうと思っていた。だが、その容姿を活かせばいくらでも楽で贅沢な暮らしができるんじゃないのか?」

「確かに、そうかもしれません。でも……この顔も体も、私のだって実感が持てなくて、本物のタリアから一時的に借りてるものって気がしちゃって。いつか返すときに、知らない人と結婚してたらタリアが可哀想だなーとか、そんなことも思ってしまうんです」

「借り物、か」

「だって、この顔に慣れないんです。この顔だと、みんなが優しいんです。買い物すればどの店でもおまけをくれて、市場を歩けば貰い物だけでお腹がいっぱいになります。すれ違う男性は笑顔で手を振ってくるし、馬車で家まで送ると言ってくれます。この顔がもたらしてくれるもの全てが、前の世界で私が過ごしてきた日々と違いすぎるんです」

「自分の容姿をひけらかす様な感じが一切無いから疑問は感じてたが、そんな理由があったんだな」


 前の世界とこの世界は共通点の方が少ないので、タリアが感じた違いは仕方のないものだと最初のうちは思っていた。

 しかし、ペニナと出歩くようになって、タリアと歩くと良いことが沢山起きると喜んだぺニナに、お店の店員が、街行く人が優しいと思うのは、タリアを特別扱いしてくれているのだとわかった。

 可愛いからサービスしとくよ。可愛いねー、また来てね。お腹すいてないですか? 美味しいお店があるのでご一緒に。

 そんな言葉、前の世界ではかけられたこともない。

 前の世界の記憶などなければ、それを当たり前のものとして受け入れられたのかもしれないが。


「俺の場合は最初から、生まれ変わったんだと理解しちまったからなー」

「元の世界に戻りたいと思ったことはなかったんですか?」

「何度も思った。再会を約束した相手がいて……だが、元の世界に戻ったとしても、元の体のことを考えると、な」


 前の世界のオリヴァーは骨肉腫だった。複数の癌に体を蝕まれていた。その体に戻れたところでまた病魔に苦しみながら死を待つだけ。

 もしくは、戻ったところですでに肉体がなくなっている。とも考えられる。

 どちらにせよ、オリヴァーは再会の約束を果たせそうになく、元の世界に戻りたいという気持ちは持ちつつも、今の世界を生きていく他になかった。


 それに比べてタリアの場合、もしかすると死んで、生まれ変わった世界が今なのかもしれないと思いつつ、死んだ時の記憶もなく、死ぬ心当たりもなかった。

 すぐそばに、この世界に来て四十年以上を過ごしているオリヴァーがいるのだが、何かのきっかけで『永峰 茉莉子』に戻るのかもしれない。そんな思いがあった。


「貴族との結婚は現実的に考えると、今は無理だろう。『スティグマータの乙女』の可能性がある限り、面倒なことになるだろうからな」


 貴族と結婚することになれば、タリアが『スティグマータの乙女』の可能性があることを理解し、十分に保護する必要がある。

 数少ない治癒系魔法の適正者でもあるので、タリアの行くところ全てに攻撃系魔法適正者の警備をつけなければならなくなる。


「これまでの話を踏まえて、条件に合う打開策に一つ心当たりがある」

「結婚しなくて良い方法ですか?」

「もちろん。ただ、形式だけの婚約はしてほしい」

「形式だけ?」

「お互いに婚約者であることは公言するが、結婚はしない。相手はあと二、三年でクオーツを離れると言っているから、そうなれば婚約も解消するし、もちろん結婚もする必要がなくなる」

「へー! じゃあ、その人と婚約しておけば二、三年、時間稼ぎができる!」

「その頃にはお前の気持ちも変化してるかもしれないし、十六歳になれば兵士職や研究職に就けるようにもなる」

「で、お相手ってこの手紙の主の中にいるんですか?」

「いや」

「私の知ってる人、ではないですよね」

「いや」

「……知ってる人?」

「……知ってる」


 嫌に勿体つけて相手の名前を口にしないオリヴァーに、タリアは首を傾げた。

 出歩くようになったとはいえ、タリアの交友関係は狭く、主な知り合いは聖騎士団ばかりだった。


「第二王子、って言ってわかるか?」

「へ? 第二王子って……あの横暴仮面?」

「酷い言い方だな。そうだ」

「ちょ、ちょっと待ってください! まさか、あの横暴仮面が形式的な婚約者?」

「そうだ」

「嫌です! 形式だけって言ったって、あの人と関わりたくないです!」

「……まー、お前にとっての初対面の印象が悪かったのはわかってはいた」

「だったら、何であの人なんですか!」

「あいつなら都合が良すぎるんだ」


 現在、クオーツの王政事情は少々複雑になっている。

 現、国王は三年ほど前に一度引退をしている。その際、王位を継承したのは第一王子。

 しかし一年後、王となった第一王子は事故に巻き込まれて亡くなった。

 第一王子には娘がいたので、その娘が王位を継承するのだが、当時十歳。王位につくにはまだ少々早いと、一度は引退した王が再び王となった。


 第二王子は元々王位に興味はなく、幼い頃から兄を尊敬し、後々は兄を支えたいと願うような欲のない子供だった。

 しかしその兄、第一王子が目の前で亡くなった。

 今は、第一王子の娘が十三歳になり女王となるまで、父である国王の補佐をしている。

 それが、おおよそ二年後に迫っている。一応、引き継ぎの時間も考慮して三年はこの国に残るつもりだという。


 そして第二王子は現在十九歳。結婚を考えてはいない。タリア同様にかなりの縁談に悩まされている。主に家臣たちが。


「なんとなくの事情は把握しましたが、絶対に嫌です! 王位継承権を放棄するとは言っても王族ですよ? 私は超がつくほどのド庶民で」

「俺の里子扱い忘れてる」

「うっ……でもでも、オリヴァーさんの里子になるってことでも実家の両親卒倒したってお祖父様が手紙で言ってたし」

「お前の能力なら、俺じゃなくても貴族か王族が里親になってた」

「そうかもしれないですけど!」


 この世界では特殊魔法の適正と将来性があれば、王族や貴族の里子になる事ができる。そうなれば里親と里子の関係は一生涯続く。

 特殊魔法の適正と将来性があっても、誰かの里子になる必要はない。養成学校には寮があるし、里親の申し出がなかった子供も生活できる設備が整っているからだ。

 ただ、王族や貴族が里親になった場合、里子には色々な支援があるので断る者は少ない。それは里子にとっての支援は勿論だが、里子の本当の両親や、地元も税の軽減など恩恵を受けられるからだ。


 タリアの場合、王都レオに連れてこられた段階で特殊魔法の複数持ちだと言われていたし、最初から『スティグマータの乙女』の可能性があったため、ろくに特殊魔法の使い方を学べないままに王城に軟禁されるか、オリヴァーの里子になるかの二択しかなかったが。


 もしタリアに『スティグマータの乙女』の可能性がなかったとして、特殊魔法の適正二種持ちだけだったとしたら。

 ギルバートと同じように、寮に住みながらまずは一年間を養成学校で過ごした後、実力に合わせた別の養成学校に通う。

 一般的にまずは兵士養成学校に入学。力量次第で士官養成学校に進む。

 二種持ちならば大抵は聖騎士養成学校だ。

 兵士養成学校のみならば二年間。その後は兵士や研究職などに就く。

 士官・聖騎士養成学校は長くて六年間。早くても十五歳、遅くても二十歳までの間には上級士官か聖騎士の見習いとして実務にあたることになる。

 聖騎士の場合、見習いから本当に聖騎士になれるかどうかは功績次第だ。

 進学先がどこであっても寮はあるし、就職先がどこであっても宿舎があるので住む場所に困ることはない。

 タリアがただの二種持ちだったのなら、両親の強い要望でもない限りは貴族の里子にはならなかっただろう。


「相手が王族だって、今更気にすることでもないだろ」

「気にしますよ! ナイト貴族と王族じゃ、全く別物じゃないですか!」

「俺は爵位貴族だぞ?」

「へ?」

「あー、言ってなかったかもな。俺はナイト貴族じゃない。爵位貴族だ」


 この世界の貴族はいくつか種類がある。

 一つは爵位貴族や準爵位貴族と呼ばれている世襲制の貴族。爵位貴族は王族の血統。準爵位貴族は貴族の血統。代々深く政治に携わっている者で、王都内と地方に土地と屋敷を持ち、管理している農村部からの税が主な収入源となっている。

 もう一つはナイト貴族と呼ばれている一代限りの貴族。国のために働き武勲やなんらかの功績が認められた場合に貴族の称号が与えられた者で、その武勲や働きに応じて収入を得ている。

 聖騎士になる時に与えられるのは後者のナイト貴族だ。


「えっ……えっ? オリヴァーさんって王族だったんですか?」

「いや。ど田舎の農夫の息子だ」

「ならなんで爵位貴族なんです?」

「国、救っちまったからな」

「……あああーーっ、生きる英雄、そっかーーーっ」


 オリヴァーは聖騎士になった際にナイト貴族の爵位を得て、この屋敷を貰った。

 そして約二十年前に起きた戦争においてクオーツを守り抜き、『生きる英雄』と呼ばれるほどの功績を残し、国民から絶大な人気を誇っている。

 その功績を認められ、準爵位貴族を飛び越えて爵位貴族の称号を得たのだ。


 この屋敷はナイト貴族に与えられる区画の中にあり、オリヴァーがナイト貴族であると信じて疑いもしなかったタリアだが、オリヴァーが『生きる英雄』と呼ばれていることも知っていた。

 また、里子が聖騎士にでもなれば国にとって有益な人材を支援した功績を認められ、ナイト貴族であっても場合によっては準爵位貴族になれることもあることも知っていた。

 オリヴァーの養子はリアム、ユーゴ、ギルバート、そして里子のタリア。すでに二人も聖騎士になっている。

 オリヴァーがナイト貴族のままであることのほうが不自然だった。


 タリアは頭を抱える。

 今更、王族と婚約したくないとは言えない。


「第二王子と婚約するの、そんなに嫌か?」

「嫌ですよ。関わりたくないっ」

「関わらないのは無理だ。お前にスティグマータの乙女の可能性がある限り、な」


 タリアは頭を抱えながら深く、深くため息を吐き出した。


(ほんっと、どうせ異世界にくるなら男に生まれたかった……もっとこう、使い勝手のいいチートってあるじゃん! 今もチートと言えばチートだけどさー! 違うんだよっ! こんな不便な設定いらんっ!)


 タリアは容姿と特殊魔法以外、他者と比べて抜きん出た才能や能力があると思ったことはなかった。生活魔力は普通で生活に不自由しない程度。運動能力においては鍛えているとは言っても並以下だとオリヴァーに言われているし、自覚もある。

 何度も、どうせ生まれ変わるなら、異世界に転生するなら、男になりたかったと心の底から思っていた。例え魔力が並みであっても、女とは体の作りが違う。筋肉量が違う。鍛えれば強靭な肉体を手に入れることができた可能性がある。

 欲を言えばキリないが、理想は全てにおいてチートな能力が欲しかっただけでなく、父マティアスのようなイケメンで、しかもオリヴァーのように誰もが憧れる聖騎士になりたかった。


(恋愛対象は異性だけど、中身おっさんなんだよ! 可愛い女の子が好きなんだよ! 少女漫画みたいなイケメンになりたかったんだよ! ちやほやされたかったんだよー!)


 転生してからクレアを出るまでの九年間、特殊魔法があるかも分からず悶々として過ごしていた。

 そしてやっと特殊魔法複数持ちだと言われて王都に召喚されるとわかった時にどれだけ喜んだか。

 しかし回復系魔法を持っている事で単独行動は出来ず、『スティグマータの乙女』の可能性がある事で一般と同じ養成学校に通うことも出来ず。

 望まずして爵位貴族の里子になり、形式上とは言え第二王子の婚約者になろうとしている。

 男に生まれていれば、第二王子との婚約などする必要もなかった。


(くっそっ……私が少女漫画脳で恋愛脳だったら、この世界は楽しくて仕方なかったんだろうなー)


 前の世界でのタリアの日常の中には当たり前のように漫画やアニメがあった。

 しかし幼い頃からずっと、少女漫画や乙女ゲーム系が苦手だった。目にした作品が悪かったのかもしれないが、主人公という名のヒロインに共感が持てなかった。

 見るのはもっぱら少年漫画系だったが、何も出来ないのに可愛さだけで主人公に好かれているようなヒロインが登場する作品は、ヒロインを好きになれないので避けるようにしていた。


 現状、タリアは容姿が良く、誰かに守ってもらわなければ何もできない。

 ヒロインならばそれでもいいのだろうが、そんな現状が心底嫌だった。


 理想と現実の違いに不満は募るばかりだ。


「そんなに嫌か。参ったな……あいつ以上に都合いい奴、他にいないんだが」


 頭を抱えたままため息ばかりで顔も上げないタリアに、オリヴァーはただ困る。


「都合がいいって、私にとっても結婚しなくていい以外になにかありますか?」


 二、三年我慢すれば婚約もなかったことになる。第二王子と関わりたくないというのはタリアの我儘に過ぎず、このままではオリヴァーを困らせるだけだとはわかっていた。

 だから我慢する覚悟を半ば決め、何かほかにメリットがあれば完全に覚悟が決められる。そんな思いで口にした言葉だった。


「もちろんある……と思う」

(あるんだ)


 やっと、タリアは顔を上げた。


「俺が留守にする間、保護の為、王城に住んでもらうことにはなる」

「また軟禁ですか!」

「ただ、第二王子の婚約者になるって言うなら、堂々と護衛がつけられる。聖騎士のな」


 タリアが『スティグマータの乙女』である可能性があることは極秘。しかし国の重要保護対象の可能性があると言うことでもあるので、表立った護衛はつけられない。

 だからこそ、オリヴァーの保護下に置いて、秘密を守りつつ護衛も担ってくれていた。


 しかし第二王子の婚約者ともなれば、後々は王家に嫁ぐ身。堂々と聖騎士の護衛がつけられる。


「王城と聖騎士の駐屯所は繋がってるし、出入り自由になるのはお前に都合がいいんじゃないか?」


 タリアの目の色が変わったのを見逃さず、オリヴァーは畳み掛けるように続けた。


「それに前とは違い、客人扱いはされない。王城内で職務に就いている者の居住区もあって、そこに住むことになるだろう。王城内であれば常に聖騎士が配備されてるから、個別に護衛をつけることもない。魔法の研究施設もあるし、カーラがいるからその施設も出入り出来る。よくよく考えてみたら、好きな時に聖騎士の訓練を受けられて、研究所で最新の魔法に触れられる。お前には最高の環境になるな」


 オリヴァーとこの屋敷での暮らしが、現状では一番自由のある環境だと思っていた。

 しかし、形式上とは言え第二王子の婚約者として王城に住む方が、強くなるにも、魔法について学ぶのにも適していると言える。


 タリアの心は決まった。

 第二王子の婚約者という立場を思い切り利用してやろうと。


「なります。第二王子の婚約者に」


 オリヴァーはほっとしたように微笑む。


「でも、あちらは私でいいんですか? 私の存在自体、かなり面倒臭そうでしたけど」

「あっちの心配はない。早く結婚しろと毎日何度も言われる事がなくなって喜ぶはずだ」

「それならいいですけど……顔合わせとか、結納みたいなものはやるんですか?」

「やったことにする」

「はは、楽でいいですね。王子と顔を合わせる事が少ないに越した事ないですし」

「そんなに嫌いか」

「嫌いというか……一度しか会ってませんけど、関わりたくない人種です」

「いや、あの時は色々あって余裕がなかっただけで、普段はいい奴で」

「そうかもしれませんけど。普段がどれだけいい人でも、不足の事態に苛立って部下にきつくあたる上司って信用できません。しかも、あの時、全員が第二王子の顔色を伺って怯えてました。つまり、あの時以外にも多々あったってことです。自分もやらなきゃいけない事多すぎて大変なのかもしれませんけど、部下にもやらなきゃいけない事は沢山あるんです。その上、上司の顔色まで伺わなきゃいけないとか無理。部下に対してそういう配慮が出来ない上司ってロクでもない! と、私は思います」

「上司って……前の世界じゃ社会人だったか。……わかった。ま、どんな奴かは今後知る機会もあるだろ。他に聞いておきたいことはあるか?」

「うーん。特に、今は思いつきません。でも、強いて言うなら……あの仮面、何か意味はあるんですか?」

「あれな。王位継承がある間は、部外者に顔を見せない為だ」


 クオーツはここ約二十年ほど表立って戦争に関わってはいないが、それ以前は各国と争っていた。

 国王と王位継承者は狙われる事が多く、過去には何度も暗殺未遂があったので、いつの頃からか王位継承者は公の場に極力姿を見せず、見せても素顔を隠す事が義務付けられている。

 だから国政に深く関わっている第二王子も、公の場に出る公務は国王に任せている。

 タリアとの謁見の際に国王が不在だったので、王城内では普段素顔で過ごしているが、仕方なく仮面をつけて現れた。


「じゃあ、オリヴァーさんは第二王子の顔を知っているんですか?」

「ああ。教えることはできないけどな。でも、婚約者になるんだから、そのうち見られるさ」

「素顔にはちょっと興味あります」

「つまり一度見たら興味失せるってことか」

「そうなりますねー。あ、もし超絶美形だったら、見るだけなら何度でも」

「ははっ、それでも見るだけなのかよっ」


 オリヴァーが旅立つのは少なくともギルバートが養成学校を卒業し、その先の進路が決まってからになるとのことで、詳しい日程はまだ決まっていなかった。

 それでも、オリヴァーとこの屋敷で過ごす時間が終わるのは迫っている。




 翌日、タリアを聖騎士団の駐屯所に預けたオリヴァーは、第二王子とタリアの婚約の話しを進めに王城へと向かった。




 オリヴァーが旅立つと決まってからの日々は、これまでの日常と少し変わった。

 特殊な事情を持つタリアが困った時に頼れる存在があればいいと、二人でオリヴァーの知り合いを訪ねる日々になった。

 それはオリヴァーがどれだけ国民から愛されているのかを確認するような日々でもあり、顔見知りが増えるほどオリヴァーとの別れが近づいているのだと寂しくなる日々でもあった。


 前の世界の記憶を持っている人達にも会いに行った。

 会えたのは数人だったが、会った場所はこの世界では珍しいコーヒーを扱う喫茶店。

 その店の店主はまだ若いが、元聖騎士だった男。怪我で引退した後にその店を開いた。

 その店には時々、他では話せない話をしに、前の世界の記憶を持つ者が集まっていた。




 第6話 完

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