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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第1章 聖痕の乙女
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聖痕の乙女 第5話

 



 オリヴァーの話は深夜まで続き、ドリスはもっと話が聞きたい。もっと詳しく説明してほしいと食い下がったが叩き出され、続きは後日ということになった。

 部屋に戻ったタリアは眠れそうになく、ベッドの中でオリヴァーから聞かされた話を反芻していた。


 オリヴァーが出会ったと言う、この世界ではない世界で生きた記憶を持つ人たちのこと。

 時期は違えど、日本という国に生きていたこと。

 死んだ時の記憶は無いにせよ、若くして亡くなるだけの要素はあったこと。


「私の場合は、急性心不全、とかかな」


 電車の中での突然死であったなら、誰にでも起こりうるし、この世界にくる直前の記憶が電車の中だった理由になる。

 急性心不全のように、原因も分からず突然心臓が停止して死に至るようなもの以外の病気には心当たりがない。

 ほかに考えられるとしたら列車事故のような大規模なもので、その場合、自分以外の人がたくさん被害にあったはずで、そんな状況にあったなら、最後の記憶はもっと恐ろしい内容になっているとも思えた。


「でも私、若くは……なかったよね」


 他の人は十代でこの世界に来たという話で、オリヴァーは十七歳だったというから、二十七歳は決して若いとは言えない年齢だ。

 それにタリアはこの世界に来てすぐ、四歳児の体になっていることに驚きはしたものの、慢性化していた頭痛も肩凝りも腰痛もない開放感に喜びまくった経緯もある。

 若くはなかったのだ、決して。


 オリヴァーが話した内容の中で、一番引っかかるのはやはり『スティグマータの乙女は別物』という内容だった。


 オリヴァーの考えはこうだ。

 『スティグマータの乙女』と呼ばれる存在もまた、タリアたちのいた世界と同じ世界から来た。

 初代は、世界に十二箇所ある龍脈を人々に教え、それぞれに名前をつけて区別していた。その名前が今も残り、都市の名前になっている。

 その十二都市の名前というのが全て、前の世界でいう十二星座のそれと同じ。

 クオーツの中で龍脈のある都市は三つ。首都のレオは獅子座を、キャンサーは蟹座、ヴァーゴは乙女座のことだった。


 また、この世界での一日は二十四時間に区切られていること、世界共通の時計が存在していること、一年が三百六十五日になっていることも、誰かがこの世界に前の世界の知識や技術を伝えたと思わせる要因の一つだった。

 初代から最後に確認された『スティグマータの乙女』は全部で四人。最後に確認されている『スティグマータの乙女』であっても五百年前の人なので、その功績の詳細は分かっていない。

 しかし星座や日時の根本は紛れもなく、タリアたちのいた世界と同じものが持ち込まれている。

 そしてそれが世界中に浸透するほどの影響力を持っていた人物となると、この世界の歴史上に名前を残しているのは『スティグマータの乙女』以外には考えられないとのことだった。


「スティグマータの乙女、かー」


『スティグマータの乙女』がオリヴァーの予想した通り、この世界ではない世界から来た人であるならば、タリアが『スティグマータの乙女』である可能性がまた濃厚になる。

 ただやはり、スティグマータのその名の通り聖痕が一番の特徴と言えるのにそれがないこと。髪と目が銀色と言う身体的特徴とは違う容姿のタリアが『スティグマータの乙女』であるという決定打がない。

 他の人間が持ち得ない強い魔法が使えても、魔力を視る目を持っていても、時々未来を視るのも、『スティグマータの乙女』の可能性を示唆するものに過ぎない。


「ま、いいや。寝よ」


 情報過多で頭の整理が追いついていない。

 もし本当に自分が『スティグマータの乙女』であった場合、どうするべきなのか。それを考えようとしたタリアではあったが、今、それを考えたところで意味はないと思ってやめた。

 このまま一生、『スティグマータの乙女』の可能性があるだけの存在でいる可能性もあるのだ。

 もし本当に『スティグマータの乙女』だと確定したら、その後何をするのか、何が出来るのか、何をしたいのかを考えればいい。


 それよりも、まずはゆっくり休むこと。

 明日からはカーラに貴族の作法を教え込まれることになる。

 三ヶ月で礼儀作法を身につけて、オリヴァーに剣を教わる。それが当面の目標だ。

 それに、オリヴァーの保護下を離れる一年後、貴族のお家争いの道具にされないように身の振り方も考えておかなければならない。

 勝負はこの一年で決まる。


 そんな決意を胸に、タリアは目を閉じた。



  ※ ※



 タリアは一日のほとんどをカーラををもに過ごしていた。

 貴族らしい言葉遣い、立ち居振る舞い、細かい所作、歩き方まで常に観察され、注意される日々。加えてダンスのレッスン。

 貴族の女性は楽器の演奏もできるし、刺繍も得意であるべきだと言われたが、その二つに関しての基礎はすでに出来上がっていた。


 タリアの父、マティアスは妻アリアと結婚するまでは、アルフーという弦楽器を片手に旅をしていた。アリアとの結婚を機にクレアに戻ったのだが、クレアでは一番の演奏家だった。

 タリアの家では毎晩マティアスが奏でる音色が聞こえていたし、タリアは五歳から楽器に触れている。

 それをオリヴァーに話すと、楽器店に連れていかれた。そこはタリアたちと同じ世界の記憶を持つ人の店で、前の世界で見たことあるような楽器が並んでいた。元の世界で音楽が好きだった彼は、この世界の楽器職人と共に、この世界では新しい楽器の製作を試みている。

 タリアはその店でマティスが使っていたアルフーを買ってもらった。

 タリアは元の世界で音楽は聞くものの楽器に興味を持ったことがなかったので知らなかったが、アルフーは中国の楽器、二胡にこの音色に近い。弦は四本なので日本の古来の楽器、胡弓こきゅうかもしれない。とのことだった。

 その楽器も『スティグマータの乙女』がもたらしたものかもしれないと、オリヴァーが言った。


 刺繍に関してはタリアの母、アリアが裁縫を日常的に行っていて、タリアはお手伝いの一環で教わっていた。

 ただ、カーラの求める刺繍は布に刺繍糸で装飾を施していくもので技術を要する。それはカーラに教わりながらだったが、針と糸の扱いは慣れたものだったので苦はなかった。



 オリヴァー邸に滞在して三週間が過ぎ、やっとタリアの家庭教師がやってきた。

 防御系魔法と回復系魔法を教えてくれる人がそれぞれにやってきたのだが、口頭で説明できる基礎だけ教え、「これ以上はタリアに教えようがない」と言って一週間で帰ってしまった。

 それはすでにタリアが誰よりも強い防御系魔法と回復系魔法を使えるということ。また、タリアが早急に知りたい「自分に魔法を発動する方法」が家庭教師にも分からず、タリアの疑問に答えられないので家庭教師になる資格はないということだった。

 やっと魔法を勉強し、防御系魔法の防御と身体操作を使えるようになれる。そうすれば戦う術を得られると期待していたタリアは落胆した。




 それからまた三日後。タリアはオリヴァーに連れ出され、王城の近くまでやってきていた。


「オリヴァーさん、いい加減、どこに行くのか教えて貰えませんか?」

「もうすぐわかる」


 そう言って、オリヴァーはにっこりと微笑むばかり。

 出かけると言われてついてきたものの、オリヴァーに行き先は明かされないまま馬車に乗せられた。

 家にいると常にカーラがそばにいるので、カーラに聞かせられない場所なのかと思い、深くは追求しないでおいたのだが、馬車に揺られてしばらく経ってもオリヴァーは行き先を教えてはくれなかった。


 馬車は一時間ほど街を走り、その後、王城を取り囲む柵に沿ってしばらく進んだ後に停まった。

 オリヴァーが先に降り、タリアも降りようとすると手が差し出された。


「っ、ユーゴ! リアムも! お久しぶりです!」


 その手の主はユーゴだった。その横にはリアムもいる。


  (やっぱり、髪型以外全部一緒!)


 最後に二人にってからまだ二ヶ月も経過していないが、タリアの王城に軟禁されたり、オリヴァー邸で寝る間も削られカーラにしごかれたり、やっと魔法の勉強ができると喜んでいたら一週間で投げ出されて落胆したりと色々あって、五人で旅をした日々を懐かしいと思えるほどになっていた。


「久しぶりですね。あの時はまさか僕らの妹になるとは思ってもいませんでしたが」

「あはは、そうですよね。私もびっくりです。でもどうして二人が……」

「ここは聖騎士団の駐屯所。お前が実戦経験積めるように、許可は取ってある。週に一度だけだが、この施設の中で限り、魔法の練習し放題だ」


 タリアの疑問に答えたのはオリヴァーだった。


 タリアに家庭教師がつけられないことにはオリヴァーも頭を悩ませた。


 タリアの場合、自分に魔法をかけて実践することができない。その魔法を使い、実際にどんな効果を得られるのかという実体験に繋げられない。それを補うために、他者に魔法をかけて感想を聞く。現状はそれくらいしかできない。


 聖騎士団であればオリヴァーの元部下。国王直属の部隊なので秘密保持厳守。国王の命令がなければ待機という名の訓練に明け暮れているので、タリアの秘密が漏れることも防げるし、練習台になってくれる。実際にタリアの魔法を経験しているリアムとユーゴもいるし、二人がいればタリアも安心して練習できると思い、内緒で話を進めていてくれた。


「自分自身に魔法が効かないってことの解決にはならないが、何もしないよりマシだろ?」

「ありがとうございます! オリヴァーさん、本当にありがとうございます!」


 リアムとユーゴに会えて嬉しい。

 加えて、魔法の発動をする際、特に『完全防御魔法』と『完全治癒魔法』、ドリスにしたような治癒魔法はオリヴァーの許可を得てから。という決め事をしていたので、魔法の練習し放題の場があるというのは嬉しい限りだった。

 家庭教師に見放された時からタリアは、どんな魔法が使えるのか、どんな効果があるのかを自分自身で知っていかなければならないと覚悟を決めたものの、自分自身に魔法をかけられないという枷がある限り、誰かの協力を得なければ何も分からないままだと自負もした。

 だからこの環境を用意してくれたオリヴァーには多大な感謝しかない。


「それじゃ、夕方には迎えに来る。二人とも、後のことは任せたぞ」

「え? オリヴァーさんは一緒じゃないんですか?」

「遊びに行きたいんだそうですよ」

「違う! 少し羽を伸ばしにだな……」


 言い澱み、居心地が悪くなったのか、オリヴァーは足早に馬車に乗り込んでしまった。

 タリアがオリヴァー邸にやってきてから、オリヴァーだけどこかに出かけるということはなかった。

 家に来たばかりのタリアに不便がないか。有名人であるオリヴァーが里親になったことで騒ぎにならないか。タリアに危険はないかを確認するため、タリアを決して一人にしなかったのだと、ユーゴがこっそり教えてくれた。


「オリヴァーさん、いってらっしゃい!」


 馬車に向かってそう声をかけると、照れ笑いしたオリヴァーが少しだけ顔を出し、手を振ったところで馬車が動き出した。


「さて、まずはここでのタリアの扱いを説明しつつ、駐屯所の案内と、仲間の紹介をしますね」


 タリアがこの聖騎士団の駐屯所で魔法の練習をするにあたって、『スティグマータの乙女』の可能性があることはリアムとユーゴ以外に話さないことを約束させられた。

 二人はタリアを迎えに行く際、『スティグマータの乙女の可能性がある少女を保護せよ』と王からの命令を受けている。

 だから二人以外の聖騎士には知られないようにすることが、ここでタリアが魔法の練習をする条件の一つになっているということだった。


 まだ十三歳ではあるが防御系魔法と治癒系魔法において類稀なる力を持っていると分かった少女なので、里親志願の貴族に目をつけられ取り合いになる前に、王の命令でオリヴァーが里親になったことになっている。

 その少女の力の大きさは、一般の養成学校の手に余ることは確実なので家庭教師をつけたが、それも意味を成さなかった。

 それならばこの国で一番の兵士たちの訓練に参加し、その中で自分で何かを掴み取って貰うしかない。

 という王の判断があってオリヴァーが連れてきた。


 という設定になっているそうだ。


「つまり、防御系魔法と回復系魔法以外は使用禁止……とまではいかないけど」

「使ってると分からないようになら使っていいと?」

「そう。特に魔力を視るの。特殊すぎますからね」

「ついたぞ。訓練場だ」


 聖騎士団の駐屯所は中心が野外の広い訓練場になっていた。その周囲四方を囲むロの字型の建物があって、王城と龍脈を囲む策に隣接した南側が居住区画。東側に会議室や食堂、談話室。西側に浴場と武器庫。町に面した北側には玄関と、馬やワイバーンを飼育する施設があった。


 訓練場には東西南北のどこからでも入れる作りになっていて、砂地、草原、岩場、水場、その中心部には数十本の木が植えられ、さながら小さな森になっていた。

 とにかく広いその訓練場は、ワイバーンを運動させる施設も兼ねている。


  訓練場では十数人の兵士が訓練を行っていた。


「……訓練場って言うから、もっとこう、全員で掛け声とかかけながら走り込んだりしているものかと」


 見る限り、訓練はそれぞれにしたいことをしているようで、木の枝に登って精神統一している人もいれば、実戦さながらに戦っている人もいれば、木刀で素振りをしている人もいる。


「朝と夜に訓練所内を全員で走ることはしてるけど、何か起こるまでは自由なんですよ。訓練といってもそれぞれ鍛えたい内容が違うものですし」

「内容が違うって?」

「僕とリアムなら、僕は回復系なので体力をつけること。攻撃を回避することも重要なので、その二点を重点的に。リアムは攻撃系なので戦闘訓練を重点的にします。攻撃系魔法の身体強化魔法。あれは使い方とセンスによって、身体強化魔法を目に使って遠くを見たり、暗闇でものを見たり。耳に使って小さな音を聞き分けたりもできるので、隠密活動にも向いているんです」

「すごいですね! 攻撃系魔法! 格好いい!」


 攻撃系魔法とは、魔力を体外に放出して対象物を操るものと、体内の魔力を部分的に集めてその部分を操作することを指す。走る時、攻撃系魔法の身体強化を使えば足の筋力が上がり、踏み込む力が強くなるので一歩がより大きくなる。とは教わっていた。


(やっぱり欲しかったなー、攻撃系!)


 その体内で魔力を部分的に集めて操作できる部位に、目や耳といった部位も含まれていた。

 それが隠密活動に向いていると聞くと、無い物ねだりだと理解はしつつ自分にも備わっていて欲しかったと、タリアは思わずにいられなかった。


「攻撃系魔法は特に、使い勝手がいいですよね。僕も羨ましいです」

「あそこで戦っている二人、見てみろ」

「デュランダルとポーラ。二人とも攻撃系です」


 ラウルが指差した先には、実戦さながらに剣を振るって戦っている男女がいた。剣が交わる度に火花が散り、激しい金属音が鳴り響く。


「分かりにくいが、二人とも障壁を応用してる」

「ああ。えっと、攻撃系が使える障壁って覚えてます?」

「はい。オリヴァーさんがギルに向かって投げた水を弾いたりした見えない壁、ですよね」

「それ。その障壁って本当に壁みたいなもので、あんな至近距離の攻防戦の時には向かないんですよ」

「でも、あの二人は使ってるって今……」

「二人をよく見ててください。盾を持っていないのに、剣を弾く……ほら、今!」


 確かに二人とも盾を持ってはいなかった。

 しかしユーゴの言う通り、相手の体に触れそうになった場所で剣が弾かれているように見えた。


「あれ、高等技術らしいですよ? 攻撃される瞬間に場所を特定して、そこに小さな障壁を作る。でもそこに障壁が残っていると邪魔なのですぐに消す」

「あれは、いくら訓練を積んでもやり足りないくらいだ」

「リアム。あれをやるときは目にも身体強化魔法を使うって言ってませんでした?」

「動くものを目で捉える。その力を強化しないとできない」


 攻撃を繰り出しながら、相手の攻撃を予測して避ける。避けきれないと判断するとすぐに小さな障壁を作って攻撃を防ぎ、すぐに消して次の攻撃。

 目に強化魔法を使うのは動体視力を上げるためだ。動体視力は魔法で補えても、瞬間的な判断力は鍛えなければいけないので、繰り返しの訓練をするしかない。


「人間業とは思えないです。どんなに鍛えたって、生身じゃ太刀打ちできないですね」


 タリアは、まだ魔法が使えなかった頃のギルバートが、兵士になれなかった理由をようやく理解した。

 ギルバートにどれだけの身体能力が備わっていたとしても、動体視力を上げ、筋肉を強化し攻撃力を上げ、見えない障壁で防御してくる攻撃系魔法の使い手には太刀打ちできるとは思えない。


「あの、攻撃系魔法って他の人に使えないって聞いたんですけど、本当に使えないんですか?」


 タリアは家庭教師にも同じ質問をしたが、家庭教師は防御系魔法と回復系魔法の適正者。攻撃系魔法は使ったことがないので、詳しくはわからないと言われた。

 その上で、特殊魔法においての基本は、自身の魔力に意思を伝えることだと教わった。

 防御系魔法は防御にしても身体操作にしても、その対象の表面全てを覆う。魔力に伝える意思は単純明快なもののみで、「外部からの攻撃を防ぐ」や、「動きを速く」といった内容一つになる。

 回復系魔法も、人間に備わる自己治癒能力を助ける。それが怪我に対してなのか、疲れに対してなのか、どちらかに絞って意思を伝える。と。


「攻撃系魔法を他人に使えないことはない」

「本当ですか!」

「だが、あまり意味はない」

「えーと、意味はないって言うのはつまり……タリアが望むような使い方はできないってことなんです」


 攻撃系魔法は体外で魔力を操作できるのだが、意思の届く範囲に限られている。

 魔力を放出できるとは言っても、放出したそばからその魔力は崩壊を始め、やがては消える。


 例えば、一度出した障壁は、何もしなければ十秒程度で消えてしまう。そこに魔力を流し込み続けることで障壁を維持することができる。

 魔力を流し込めないほど離れてしまっても障壁は崩壊する。その距離は十五センチ程度だと言われていた。


 他人に攻撃系魔法を使うとすれば、十秒程度視力を良くする程度。

 他には、保護対象に安全な場所まで避難して欲しい時、身体強化の魔法を施し、その場から逃す。といった使い方しかできない。


 リアムもユーゴも、タリアが強くなりたいと願っていることを知っている。

 だからこそタリアの質問の意味を理解し、あまり意味がないと、タリアが望むような使い方はできないと言ったのだ。


「……そっか。できないものは仕方ないですね」

 

 確かにタリアは攻撃系魔法を他人にかけて貰えば、魔法の効果がある間だけは強くなれるのかもしれないと期待していた。

 しかし家庭教師に「攻撃系魔法は他人には使えない」と聞かされた時から、使えないのなら仕方ないと諦めていた。

 それに他人に一時的に力を借りて強くなるのは、タリアの求めている力とは違う。タリアが欲しいのは一人でも戦える強さだ。


 特殊魔法について知れば知るほど、攻撃系魔法こそ戦いに向いている力なのだと思い知らされる。

 それと同時に、攻撃系魔法を持ち合わせていないタリアには、攻撃系魔法を持っている者に決して勝つことは出来ないという事実を突きつけられている。


「諦めるのはまだ早い。タリアには防御系魔法があるだろ」


 暗く陰っていたタリアの表情が変わる。リアムとユーゴは微笑みを携えタリアを見ていて、そんな二人の表情にタリアの目に輝きが戻った。


「攻撃系魔法の使い手が一番戦いたくないのは、防御系魔法の使い手なんですよ?」

「タリアの望むものとは違うかもしれない。だが使えれば、戦闘において有利にはなる」

「早速、聖騎士団一の防御魔法の使い手に会わせたいところだけど、先にここにいる団員を紹介します。今後、練習相手になってもらう人たちですから」


 聖騎士団は一番隊、二番隊、三番隊部隊があり、その総勢は約八十人。

 一番隊から三番隊はそれぞれ二十〜三十人で構成され、一番隊は王都レオに、二番隊はキャンサーに、三番隊はヴァーゴに常駐している。

 一番隊には三十人の聖騎士と数人の聖騎士見習いがいて、普段は王城の警備を交代で行なっていた。


 現在、この訓練所にいるのは非番の聖騎士。非番とは言え、いつ国王からの命令があるかわからないので、王城警備の任務以外の日は基本、ここで待機をしていて、休日は別にあった。


 ユーゴが声を掛けると、自主訓練中の聖騎士たちがわらわらと集まってきて、それぞれまず第一声はタリアの容姿を賞賛する言葉。そしてもっと近くで見たいと前のめりになり、我れ先にと押し合いが始まる。

 女性も二人いるが、他は全員屈強な男性ばかり。十数人に一気に詰め寄られてたじろぐばかりのタリアを見かねたリアムとユーゴに救出されて、強制離脱しようとしたその時だった。


「なんの騒ぎだ!」


 空気を切り裂くようによく通り、冷たい女性の声。団員の動きが止まる。そして強張った表情で直立、敬礼をしてまた止まる。

 リアムとユーゴも振り返って敬礼をしたので、何が起こっているのかわからないタリアも振り返ってみると、一人の女性がこちらに向かって歩いてきているところだった。


「状況を説明しろ」

「申し訳ありません! 例の少女が到着したので、皆に紹介しようと」

「ああ……それでこんな騒ぎに」


 その女性はリアムの説明と、タリアを見ただけで状況を把握。


「紹介は必要な時、個別に行う! また、ワタシの許可を得ずに話しかけることを禁止する! 挨拶だけならよし! 以上! リアムとユーゴ以外は解散!」

「「了解しました!」」


 蜘蛛の子を散らすように、集まっていた団員は先ほどまで自主訓練をしていた場所に戻り、何事もなかったように訓練を再開した。


「ぺニナ副隊長、申し訳ありませんでした」

「二人とも、彼女の知り合いだったんだろう? 配慮が足らん」

「申し訳ありません!」

「タリア、と言ったか? 怖がらせてすまない」

「い、いえ! 少し驚いてしまっただけです」


 ユーゴに「ぺニナ副隊長」と呼ばれた女性は、リアムとユーゴと変わらないほどの長身で、黒髪の短髪ではあるが、癖のある前髪だけは顎にかかるほど長い。浅黒い肌に真っ白な歯を見せてにっこりと笑うその表情からは、さっきまで団員を怖がらせていたその人とは思えないほどに柔和だった。


「皆、オリヴァー元隊長のご令嬢が来ると、楽しみにしていたんだ。こんなにも可愛らしいとは思っていなかったので、少々興奮してしまったようだ」


 ぺニナの手が延び、タリアの頬に触れる。


(やだ! 格好いい! 宝塚だ!)


「ワタシはぺニナ。聖騎士団一番隊の副隊長の一人だ。隊長ともう一人の副隊長は基本不在なので、ここの指揮を任されている。困ったことがあれば、すぐにワタシのところに来なさい」

「は、はいっ」

「ぺニナ副隊長はタリアと同じ、防御系と回復系の二種持ちなんですよ?」

「本当ですか!」


 思わず、タリアは頬にあったぺニナの手を取り、羨望の眼差しを向けた。

 戦闘に向かないと思っていたタリアの特殊魔法。防御系と回復系の二種持ちは希少とは言え、そこに強さは求められないと思っていたのだが。

 ぺニナはタリアと同じ特殊魔法の二種持ちでありながら、この国で一番強いと言われている聖騎士団の一番隊の、しかも副隊長。その階級はぺニナの強さを表しているに違いなかった。


「タリアは、一人で戦える強さが欲しいんだそうです」

「なるほど」

「どうすればぺニナさんのように強くなれますか!」

「……気持ちいいな! こんな美少女に熱い視線を向けられるのは! な! な!」


 リアムに、ユーゴに同意を求める視線を投げ、同意を得られて満足そうに微笑んだぺニナは、女性ではあるが少年のようだった。


「よし。リアム、一本勝負だ」

「は? 今、ですか? お忙しいんじゃ」

「やることは山積みだ!」

「ならば勝負はまた今度で」

「このくらい平気だ。それに、タリアにいいところを見せたい」

「いや、それはつまりオレが格好悪いところを見せることになるわけで」

「口答えするな!」

「っ、申し訳ありません」

「副隊長、少しハンデとして、リアムにはタリアの防御魔法をかけさせてはいただけませんか?」

「構わん!」

「タリア、リアムに『完全防御魔法』をかけてあげて?」


 言われるままに、タリアはリアムに完全防御魔法を施した。

 ぺニナは軽く体を伸ばし、小刻みに飛び跳ねたり、シャドーボクシングのような動きをしながら臨戦態勢を整えている。

 リアムは心底嫌そうに肩を落とし、タリアに完全防御魔法をかけてもらってもため息。


「リアム。準備はいいか?」


 リアムが頷いて、剣を鞘から抜く。


「最初から全力で来い」


 ぺニナも剣を抜き、タリアはユーゴに連れられて少し離れた場所に移動した。

 これから何が起こるのかと、さっき散った団員たちも遠くから様子を伺っている。


「それでは……始め!」


 ユーゴの掛け声に、最初に動き出したのはリアムだった。


 最初の一撃を交わし、ぺニナの左手がユーゴの脇腹に触れた。そのまま身を翻してユーゴの背後から剣を振り下ろしたのだが、その攻撃は『完全防御魔法』に弾かれた。


「ふふっ……ははは……あーはっはっはっはっ!」


 ぺニナは狂ったように、楽しげに笑いながらリアムに向かっていく。





 それから激しい攻防戦は五分ほど続き、その勝負の勝者はぺニナだった。


「タリアの完全防御魔法? 凄いな!」


 最後は体術でリアムを投げ飛ばしたぺニナは息を切らし、生き生きとした表情でタリアの前にやってきた。


「いえ! 凄いのはぺニナさんです! 攻撃系のリアム相手に終始攻めっぱなしで!」

「いやいや、いつもなら手加減しても一分持たないからな。久し振りに本気の勝負ができて楽しかったよ。完全防御魔法、解けるまで二分ってとこか」

「だいたい百秒くらいです」

「副隊長の『無効魔法』も効かないんですか?」

「ああ。こんなの初めてだ」

「『無効魔法』ってなんですか?」

「防御魔法研究所とオリヴァーさんが共同で開発した魔法で、相手の魔法の全てを無効化する。タリアの完全防御魔法は無効化できなかったけどな」

「つまり、それが使えたら攻撃系魔法の使い手も普通の兵士になっちゃうってことですね!」

「聖騎士団の中でも戦闘中にこれを使えるのは副団長だけなんですから、かなり訓練が必要でしょうけどね」

「ぺニナさん凄い! ほんとうに凄い! ありがとうございます!」


 堪えることもせず、タリアは喜びそのままにぺニナに飛びついた。


「わー!ご褒美! こちらこそありがとう! って、なんでワタシにお礼?」

「さっき、攻撃系の使い手には太刀打ちできないって思ってしまったばかりなので」

「あー、防御魔法でも太刀打ちできるって教えてくれたお礼、ね。しっかし可愛いなー!」

「あの、副隊長、リアムに回復魔法を……できればタリアちゃんの完全回復魔法をかけていただきたいんですが」

「なにそれ! 見たい!」


 抱きついてきたタリアを抱きしめてくるくる回ったあと、名残惜しそうにぺニナはタリアをそっとおろした。


 そしてリアムに完全回復魔法をかけに向かう。


「あ、リアムごめん。腕の骨、いっちゃってる? 手加減忘れてた」

「〜〜っ、タリアがいて良かったです。じゃなきゃ本気で怒ってました」


 本気で怒っているリアムに平謝りするぺニナ。その横でリアムの腕に触れたタリアは治癒魔法を発動する。


「完全回復魔法と労回復魔法をかけておきます。一日は固定して安静にしてて下さいね」

「ちょっと待って。一日大人しくしてれば治るの?」

「ギルは……あ、弟はそのくらいでした」

「嘘でしょ? 多分、これ骨折だぞ!」

「驚く気持ちはよくわかります。あ、軽い傷はもう治り始めてますよ?」

「えっ! 今の今で治るのか!」

「リアムが本気で怒らないのは、タリアの力を知ってるからですよ」


 驚愕し続けるぺニナだが、これ以上説明するよりも、明日、治った腕を見せる方が早い。ということになった。


 その後、夕方まで安静にしつつも腕以外は元気なリアムに練習台になってもらって、見せてもらったばかりの『無効魔法』の練習をした。


 攻撃系魔法発動中のリアムに触れて『無効魔法』発動。

 今日はドレスを着ているし、動きながらの練習は次回以降にすることとなった。




 第5話 完

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