不可能の証明 第8話
「ほんと、疑いようもなく二人の子供ね! 可愛い! 可愛すぎる!」
「だ、抱っこしていいか?」
「いやー、親がすごいと子供も凄いんだな! 幼児からこんなに顔立ちって整うもんか?」
子供達を初めて見たドーラ、ウォルター、ジャーヴィスは興奮していた。
しかし子供達は知らない場所、知らない人に囲まれ、場所見知りと人見知りを発揮。タリアとウィリアムに抱かれたまま警戒している。
抱っこしたいと手を差し伸べたウォルターに、嫌っ! と言わんばかりにタリアに、ウィリアムに抱きついた。
「ちっさいタリアに抱きつかれてる……信じられないっ」
「それ、いちいち言わないと気が済まないんですか?」
ヘレンに抱きつかれている感動と幸せを噛み締めているウィリアムに呆れながらも、タリアはカミールに近づく。
「ねんねしてる」
「うん、そうなの。起きてくれないんだ。このお兄ちゃんが起きてくれるまで帰れないの」
「どうして、起きないの?」
「どうしてかな。みんなわからなくて困ってるんだ」
タリアとリュカが話していると、ヘレンがカミールを指差してウィリアムを見るので、ウィリアムも移動し、ヘレンが見やすいように枕元にしゃがんだ。
するとヘレンがカミールに手を延ばす。ヘレンの手が届くよう、ウィリアムはヘレンを抱き直した。
ヘレンの手がカミールの額に届く。
「……お兄ちゃ、起きたくないって」
「わっ! リュカ!」
リュカが急に暴れ出し、タリアの手をすり抜けてベッドに着地。そのまま飛び上がった。
「おにちゃー! 起きてーっ」
「ぎゃーー! それ、じぃじにしかしちゃダメなやつー!」
どんっ、とカミールの胸部にお尻を落としたリュカに、タリアは慌ててリュカを回収しようと手を延ばした。
「ウィル、エステルも、なんでちっさくなってるの?」
「違うよ! ヘレンとリュカだよ!」
ヘレンとリュカが覗き込んでいるので、その声の主の顔は見えない。
まさかと思い、子供達を退かしてみると、カミールが目を開けていた。
「え? ウィルもエステルもいて……じゃ、この小さいのは?」
カミールが目を覚ました。
タリアはリュカを抱き上げ、ウィリアムはヘレンを抱いたまま立ち上がる。
「カミール!」
場所を開けると、ドーラがカミールに飛びつくように抱きついた。
「心配したんだから! このまま目を覚まさなかったらどうしようかとっ」
「目覚めてくれてよかったよ」
「ほんと、よかった」
「俺、寝てた? ってか、体が動かないんだけど、どうなって」
一週間、ずっと寝続けていたカミールは体が動かせないようではあったが、意識はしっかりとしている。もう心配はないだろう。
状況の把握できないカミールに、ドーラたちが詳細を報告している。
ウィリアムとタリアは部屋の隅で子供達の相手をしながら、カミールが現状を把握するのを待った。
「イル、お兄ちゃ起きたから、かーさまおうちに帰れる?」
「ああ、帰れるよ」
「そっかー、よかったー。あのね、ばぁばが、かーさまいないとつまんないって言ってたの。それでね、ヘレンとリュカがばぁばと遊んであげてたんだ。それからじぃじは……」
リュカは床に紙を広げて大人しく絵を描いているのだが、ヘレンは椅子に座ったウィリアムの膝の間に挟まって、一生懸命ウィリアムに話しかけていた。
(あーあ、ヘレンのおしゃべりが止まらなくなっちゃった。まぁ、いいか。ウィル、嬉しそうだし)
三歳を超えた途端、ヘレンは急に言葉数が増え、今では家の中で一番のお喋りだ。それに比べ、リュカはまだ殆どが単語を組み合わせただけの会話ではあるが、リュカの方が一般的と言えた。
ヘレンより言葉を覚えるのがゆっくりなリュカではあったが、身体能力はすでに高く、遊んでいてもすぐにへばってしまうヘレンに比べ、リュカはどんなに激しく遊んでいても疲れる様子が見られない。その代わり、食事の途中で電池が切れるように眠ってしまうことも多々あるが。
体を使って遊び始めるとタリアでは動きに追いつけないことも多いので、リュカを遊ばせるのはじぃじの係りになっているほどだった。
「ジャーヴィスさん、ちょっと」
カミールに状況の説明が終わると、ウォルターとドーラによる説教が始まった。
タリアは小声でジャーヴィスを呼ぶ。
「すみませんが、カミールさんの食事を用意して欲しくて」
「おう、任された」
一週間も食事を摂っていないカミールには少量で、かつ栄養価が高く消化しやすいものを。
タリアの細かい指示にもジャーヴィスはすぐにキッチンに向かってくれた。
そしてジャーヴィスがカミールの食事を持ってきて、やっと説教も中断となりーー
「よかった、延々と説教が続くのかと」
カミールはホッと息をつき、久しぶりの食事にありついた。
「かーさま、お腹すいた」
「おなかすいたー」
「二人はおやつね」
目の前で誰かが食事を始めれば、子供達がお腹がすいたと言いだすだろう。それがわかっていたタリアは即座に作っておいたお菓子を渡した。
「かーさまのお菓子、おいしー!」
「おいしー」
「ありがと。かーさまのご飯も食べてくれると嬉しいんだけど」
「えー、だってじぃじのご飯の方がおいしいもん!」
「じぃじのご飯、すきー」
「……あ、そうですかっ」
「ふっ、タリアは料理、下手なのか」
「失礼な! 普通ですよ。ただ、じぃじが上手すぎるの! だからお菓子だけは私の担当にしてもらってて」
じぃじとタリアのご飯では、子供達の食べっぷりが違う。だから食事はじぃじが専門で作るようになっていた。
しかしお菓子は作ったことがないというので、お菓子だけはタリアが作り、じぃじには手を出さないようにと言ってある。
じぃじがお菓子を作るようになれば、すぐにタリアよりも美味しいものを作れるようになってしまうだろうし、そうなればタリアの料理の一切を子供達が口に運ぶ機会を失うからだ。
「そうでもしないと、この子達にとってお母さんじゃなきゃダメなものがなくなっちゃうんですよ」
タリアが出かける時に毎回笑顔で見送られることもそうだが、子供達を見ていると母親として必要とされていないのではないかとさえ思ってしまうので、少しでも母としての自尊心を保つための苦肉の策がお菓子作りだった。
「あのー、そろそろ、その子たちについて聞いても?」
カミールからの遠慮がちな声。見れば食事は終わっていた。
「もう、ずーっと気になって仕方ないんだよね。俺、二、三年寝てたわけじゃなさそうだし」
カミールは状況を聞きながら、説教を聞きながらも視界に入る子供二人の存在が気になって仕方がなかった。
それはそうだろうと、タリアは子供達を紹介し、魔女にまつわることを省いた、ウォルターやドーラに話したような内容を話した。
「まさか、姿を隠してる間に二人も子供を産んで育ててたとはっ。ウィルが父親かー。信じらんない……」
子供達をウィリアムに見ていてもらい、タリアはカミールのそばに行って頭に手を載せ、魔力を視る。
「体は動きそうですか?」
「うん。動けなかったのはさっきだけだった」
「それは良かった。魔力も回復しつつあるみたいだし、もう心配いらなそうです」
安心してカミールの傍を離れたタリアは、子供達の傍に戻る。
「それじゃ、ホールで子供達を遊ばせてくるので、カミールさんはしっかり、説教の続きを聞いてくださいね?」
「えっ、まだ続くの?」
「当たり前よ!」
「ヘレン、リュカ、おいでー。もっと広い場所でウィルに遊んでもらおっ」
「ってことでカミール、しっかり反省しろよ?」
「ちょ、置いてかないで欲しいなー、なんて」
もう説教を聞きたくないカミールに引き止められはするものの、ウィリアムとタリアは気にせず子供達を連れて部屋を出た。
説教が食事で中断されてしまいウォルターもドーラも言い足りなさそうだったし、散々心配をかけたのだ。満足するまで説教を聞くのもカミールの役目だと言わんばかりに。
子供達をホールに連れて行くとまた場所見知りを発揮したが、すぐに白虎のカケラとかけっこをし出し、楽しそうに声を上げて走り回った。
(まさか、こんな光景を見る日が来るなんて……)
ウィリアムは率先して子供達と一緒に遊び、走り回る子供達を追いかけて笑顔を見せる。
子供達も「イルは遊んでくれる人」と認識したのか、体当たりで容赦のない絡み方をしていた。
そんな光景を感慨深く見ながら、タリアはより一層、子供達の未来を守る努力をしなければいけないと思った。
※ ※
「……もっと一緒にいたかった」
「だから、寝る前には帰るって言ってるじゃないですか!」
子供達を家に送り、じぃじとばぁばに託した後、ウィリアムとタリアは白虎のカケラでギルバートの元へと移動をする。
「私も一緒に帰って大丈夫なのか?」
「ウィルさえ良ければ大丈夫でしょ」
「しかし」
「一緒に寝るってヘレンと約束したのウィルじゃない」
「そうだけど! あんなお願いの仕方されて断れるわけがない!」
子供達にすっかり懐かれたウィリアムは、子供達を家に送ると「イル、一緒にお風呂に入ろう!」と誘われた。
これから行くところがあると言って断ると、ヘレンがいじけたのだ。「一緒にお風呂に入って、一緒に寝るの!」と言って。
タリアが宥めるため寝る頃には帰って来ると言うと、「じゃぁ、一緒に寝てくれる?」と泣きそうな顔でウィリアムに抱きついた。
そしてウィリアムは抱き返し、「一緒に寝る! 約束する!」と即答してしまったのだ。
「ばぁばに平手打ちされたこと、気にしてる?」
「ああ。本当に、言われた通りだからな」
ウィリアムは魔女と初対面で、会話より先に頬を叩かれた。
『女一人に子供を産んで育てさせるとは、男として恥ずかしくないのか! 今更現れおって!』
「だからそれは私が何も言ってなかったからで、仕方ないじゃないですか」
「いや。言われた通りだ。タリアにそう選択させてしまったのは、確かに私なんだから」
「何も教えなかった私のせいにしちゃえば楽なのに」
「そんなこと出来るかっ」
「あははっ。子供達を魔女に預けるのに不満とかないんですか?」
「あの平手でなくなった。タリアを心から想ってなきゃしないだろ?」
「……そう、ですね」
「タリアの言ってた通り、愛情深く、憎めない人なんだって思った。複雑だよ。タリアにしたことは許せない。だけどタリアが一番大変な時期に支えてくれた人でもあるんだから」
「その複雑さに、私も困ってます」
「あと一年か。子供達が心配だな」
「ええ……本当に」
あと残り一年。一年後には、魔女は確実に子供達の前から消える。
タリアが魔女の希望を叶えるにせよ、世界を滅ぼすために動き始めるにせよ。
魔女がいなくなり、子供達がそれをどう理解し、受け止めるのかを考えると心配は尽きなかった。
「それじゃ、行きますか」
「ああ。早く済ませて帰ってこないと」
家を出たところで話し込んでいた二人は、やっと白虎のカケラに跨った。
そして着いたのはルーヴィの王都リーブラにある、チャニング公爵の屋敷。その敷地内の塔の内部にあるギルバートの私室だった。
いつもギルバートは不在で、デスクの上に報告書とメモが置かれている。報告書はカミールに宛てたもの。メモはチャニング公爵の周辺を調査しているタリアに向けてのもので、チャニング公爵の予定等が記されたものだった。
「ん? 手紙?」
いつものようにギルバートは不在。いつものように報告書は置いてあるのだが、今日はメモではなく数枚の折りたたまれた紙の束だった。
ー タリアへ ー
そう書かれた紙の束に、タリアは首を傾げつつも手紙に目を通す。
「ちょ……ウィル、これ……」
手紙を読み進めていたタリアはその内容に驚いた。
「ちょっと待ってくれ。こっちもなんかやばそうで……カミールに知らせた方が良さそうだ」
その場でそれぞれに一通りの内容を確認し、すぐにカミールの元へと帰ることになった。
「もう、立って歩けるのか」
「あ、ウィル、エステル、お帰りー」
「本当にただ寝てただけ、だったから? ほかの人は?」
カミールの部屋に入ると、ベッドに資料を並べているカミールに出迎えられた。
カミールが起きて安心したのか、ウォルターとドーラは疲れが溜まっていたようで一眠りしに行き、ジャーヴィスはカミールが目覚めたことをアリーズの用心棒紹介所にいる仲間に伝えに行っていた。
「ごめん、散らかして。でも、俺たちが集めた情報もまとめて、カルヴァン伯爵に渡さないとって思って」
もう終わるから少し待ってて。そう言われ、ウィリアムとタリアは資料の片付けを手伝った。
「私たち、ギルのところに行ってきたんです。それで」
「タリア、その前に確かめておきたいことがある」
ギルバートが残していった手紙と報告書の内容を伝えようとしたタリアをウィリアムが止めた。
「カミール、お前……いつから、計画の中に自分の死を組み込んでた?」
「ん? なんだよ、ウィル。怖い顔して」
「茶化すな。仕組んだんだろ? ジャミールのナイフが自分に向くように」
ウィリアムの言葉にタリアは驚いていた。
カミールは眉を寄せながら微笑む。
「やっぱ、ウィルにはバレちゃったか……計画に組み込んだのは、エステルが未来を教えてくれた時。最初は俺が出しゃばる計画じゃなかったし」
「カルヴァン伯爵が殺されるかもしれない。だからその代わりに、か」
「それもある。だけどエステルが教えてくれた未来で、調べる相手を間違って他のかもしれないって気づいたし、これまでの情報をファーガス公爵ではなく、その息子が主犯だって考えると情報は証拠にもなってた」
「つまり、誰も殺されずに済む方法もあった。だけどお前はあえて、殺されるように仕向けたってことだな」
頷き、ベッドに腰かけたカミールはウィリアムとタリアにも座るように促し、二人は近くの椅子に腰かけた。
カミールはファーガス公爵ではなくジェイコブが主犯だった可能性を考えて手持ちの情報の全てを精査した。
そして全ては、ジェイコブを庇うためにファーガス公爵が隠蔽をしていた証拠も掴んだ。
その証拠さえあれば二人を拘束し、オブシディアン国王に引き渡すことも可能だった。
「なぜだ。なぜ、わざわざ殺されるようなことを」
「そりゃ、ずっと生きていることが嫌だったからね」
「カミールさんは、お兄さんの事件を解決することだけのために、生きてきたってことですか?」
「うん。俺さ、この世界とは違う世界で生きてた記憶があるんだよ」
「は?」
「エステルもだろ? オリヴァーさんや、ルドルフも」
カミールは前の世界の記憶があることを隠して生きてきた。
しかし、タリアが忽然と姿を消し、その報告のためにルドルフとクオーツの王都レオへと入った時、ルドルフが調べていた攫われた『スティグマータの乙女』についての報告の際、ルドルフは当然のことのように前の世界での話をし、その場に居合わせたウィリアムとオリヴァーも当然のように聞いていた。
「だったら、なんであの時に自分もそうだと言わなかった!」
「うーん、ただ、言いたくなかったってだけ、かな」
「生きていることが嫌だった、その理由でもあるから、ですか?」
「……うん。前の世界での俺は、殺されるのが先か、自殺するのが先か。自殺なんてしなくても殺されるんだろーなーって、そんなことを毎日、いやふとした拍子にそう考えてしまうような生活をしてた。母親がね、色々とダメな人で」
前の世界でのカミールは母子家庭だった。カミールが生まれる前から体を売って生計を立てている母親で、父親が誰なのか、母親でさえもわかっていなかった。
過去の男に貢いだ多額の借金もあって生活は貧しく、電気やガス、水道の料金が払えず止まることなど日常の一部だった。
「虐待、されてたってことですか?」
「うん。酒に逃げる人でね。暴力は小学校低学年くらいまでだったかな。そのあとは暴言の方が多くなってた。ああ、でも、俺の最後の記憶は……中学に入って新聞配達のバイト始めてさ、夜に宿題してたら電気代無駄にすんな! って怒られて、この電気代払ったの俺だよ! って言い返しちゃって。誰のおかげで生きてると思ってんだ! って包丁突きつけられてた時なんだ。多分、俺は母親に殺されてこの世界にきた。って、エステル、泣くようなことじゃ」
「〜〜っ、私が泣くようなことじゃないかもしれないけど、でも……」
タリアは知っている。
前の世界での記憶が呪縛のようになってしまう人がいることを。
ナターシャとの約束を忘れられず、誰とも結婚することもなく四十年以上を過ごしていたオリヴァーや、こちらの世界で性別が変わっても男性を好きになることに戸惑っていたサンドラを。
母親からの虐待を受けて育ち、母親に殺されてこの世界に来たというカミールが、どれほど前の世界の記憶に縛られてきたのか。
殺されるのが先か、自殺するのが先か。そんな記憶を持ってこの世界にやってきた。
サンドラが言っていた。前の世界での記憶は強烈だと。魂に刻まれたもののように強く、頭では「前の世界と今は違う」と理解していても、前の世界の記憶に引っ張られてしまうと。
「慰めるのはウィルの役目でしょ」
「……そうだな」
ウィリアムは立ち上がり、カミールの頭を撫でた。
「いや、俺じゃなく」
「タリアが以前、前の世界での記憶は呪いのようだと言ったことがあった。お前にとっては本当に、呪いのようだな」
「…………確かに、呪いみたいだね」
目を伏せ、悲しげに笑うカミールの頭をぽん、ぽんと叩き、ウィリアムはタリアにハンカチを渡す。
タリアのすぐ横に椅子を移動させ、肩を抱いて座り直した。
「ぎゃ! 近い!」
「逃げるな。慣れろ」
「無理無理! こんな近いの無理!」
「カミール……これどう思う?」
「ふはっ、どうって言われても」
近いと文句を言ってウィリアムを押し退けようとするタリアと、ビクともせずそこにい続けようとしているウィリアム。
タリアの涙はすっかり止まっていた。
「もう、まともに考えられなくなるから離れて!」
「もうずっと私のことだけ考えてればいいのに」
「すみませーん、子供最優先でーす」
しぶしぶ、と言った様子でウィリアムが少し離れた場所に椅子を移動させたので、タリアは安心して、そして頭の中を整理するため、深く息を吐き出した。
「……お兄さんのこと、聞きたいです」
前の世界での記憶を持ち、カミールはこの世界に来ても「生まれ変わって解放された」とは思えないはずだった。
今のカミールの全てが情報を集めるために在ったとするなら、そのきっかけとなった兄の存在の大きさがやはり気になる。
「兄はフレデリック。まぁ、自由で奔放な人だったよ」
「やたら手のかかる人だった」
「ウィルは尻拭いばっかりさせられてたからねー」
「放っておくとフレディにも従者にも泣き付かれるからな」
(なんか、思ってた王様と違う……)
ウィリアムに聞いた話と、カミールの状況から、タリアは優しく寛大な人物を想像していた。
これまで兄弟二人で亡き兄の話をするのはなかったようで、ウィリアムとカミールは思い出話に夢中になっていった。
二人の兄、フレデリックは二十七歳でこの世を去った。ウィリアムとは十二歳、カミールとは十四歳も離れた兄だった。
「ちょっと待って。ウィルって何歳なのか聞きそびれてました」
「え? ウィルの年齢も知らないの? 子供までいるのに?」
「……興味持たないようにしてたんですもんっ。第二王子と婚約するって話になった時、オリヴァーさんが言ってた気がするんですけど」
「忘れたんだな」
「だってあの時は形式上の婚約者って話だったし、一、二年すれば婚約解消? 相手に興味持つ必要を感じなかったんですもん」
「はーーーっ……今、二十三だ」
「え? 若っ! ならカミールさんは二十一ってこと?」
「老けてるって意味か?」
「いや、なんか、若いのに色々人生経験を積んでるなーと」
「エステルに言われたくない!」
「いやいや、私なんて二人の足元にも及びませんって」
「十五歳で、一人で双子産んでおいて?」
「それは成り行きでだし」
ウィリアムは第二王子で国王の手伝いをしながら、聖騎士団の副団長もしていた。その上、特殊魔法を持ちながらも他者にかけることが出来ず、それをきっかけに魔法を持ち歩くための研究をしていた。もちろん戦場にも行っている。
タリアが知り合った当時で十九歳。その若さで全てをこなしていた。
そしてカミールも十三歳で王位継承権を放棄し、単身、商人に弟子入り。
タリアと知り合った時が十八歳。その時にはすでに各国に情報収集のための酒場や演芸場、用心棒紹介所を作っている。
(十八、九で……この兄弟、怖っ!)
改めて二人の年齢を知り、タリアは驚愕するしかなかった。
「二人とも、お兄さんのこと、大好きだったんですね」
「何するかわからなくて、面白い人だったよ」
「俺は最初、ほんと迷惑にしか思ってなかったけどねー」
「カミールは誰とも関わろうとしなかったからな。私の尻拭いの全ては、フレディがカミールにちょっかい出しに行っている間に家庭教師が残していった大量の課題だ」
「今考えると、十二歳違う兄の課題を手伝えるウィルって異常だよね」
フレデリックは歳の離れた二人の弟をとても可愛がっていた。
しかしカミールは五歳で前の世界の記憶を取り戻し、そこから一切、人との関わりを断とうとした。
それでも御構い無しにフレデリックはカミールに絡み、どんなに酷い扱いを受けても毎日何度もカミールに会いにいった。
硬く閉ざしていたカミールの心を、フレドリックは強引にこじ開けていったのだ。
「衝撃だったよ。フレディとの出逢いは。あんなにも真っ直ぐに愛情表現をぶつけてくる人は、初めてだったから」
前の世界で母親に抱きしめられた記憶はない。この世界での母親はカミールが二歳の時に病死してしまい、やはり抱きしめられた記憶はない。
フレデリックはカミールに愛情を注いでくれた初めての人だった。
そんな人が目の前で、ウィリアムとカミールを庇って亡くなった。
そんな人が目の前で、死んでしまった。
「あの時はこの世の終わりかって思うくらい、この世界はこの人を殺すのか! って絶望した。だけど誰かに殺されたんなら、その理由を知りたくなった。それにあの時はウィルが半狂乱で暴れまわってたから、フレディの死に浸ってもいられなかったんだけどね」
「銀色の悪魔……でしたっけ?」
「よく覚えてない」
「大の大人を、しかも兵士を八十人以上殺しておいてよく言うよ! まだ残党がいるかも、って一人で突っ込もうとするウィルを止めるの大変だったんだからね! それにほぼ全員殺しちゃったから犯人突き止めるのに七年もかかっちゃったんじゃないか!」
「……生き残りがいてよかったな」
「そうだね! 解決して本当に良かったよっ!」
「……すまん」
過去のウィリアムに文句を言うカミールが元気そうで、タリアは安心して笑いをこぼした。
「エステル……ごめんね」
「……何が、です?」
「最善を尽くしてくれたのはわかる。でも、お礼は言えない」
「……うん」
「みんなにも物凄く心配かけたこともわかってる。だから、これだけは言っておくよ。もう、自分の手で自分を殺すような真似はしない」
「うん……十分です」
死を望み、自らが死ぬために動いたカミールの命を救ったのはタリアだった。そんなタリアに、命を救ってくれたことへと感謝は出来ないとカミールは言ったが、もう自分で死を選ぶようなことはしないと言ってくれた。
それだけでタリアは十分だった。
「ウィルに保護して欲しいって言われてエステルを初めて見た時さ、俺と同じだと思った。この世界を嫌って、死にたくても何かに縛られててそれが出来ないって。だけどこの前、言ってたでしょ? この世界でしぶとく生きぬく覚悟をしたって。その覚悟は、子供がいたからなんだね」
「……ええ」
「……俺にも、覚悟できるといいんだけど。そしたらきっと、前の世界に縛られずに生きていける気がする」
「見つかるといいですね。覚悟をくれる何かが」
これまでカミールはフレデリックを殺した誰かについて調べるために生きてきた。生きていたいとは思えないのに、調べることに縛られて生かされてきた。
それが解決し、死ねるように仕組んだにも関わらず、生かされてしまった。
カミールの前の世界でのことを話されたタリアには、どうして助けたんだと文句を言われても仕方なかったようにも思える。
しかしカミールは文句は言わなかった。
この世界で生きる覚悟ができれば、前の世界に縛られずに生きていける気がする。
それはこの世界で前向きに生きていこうとしているからこそ出た言葉だった。
「とりあえず……」
ウィリアムはカミールに封筒を手渡した。
「今しばらくは面白く生きられるかもしれない情報を提供しよう」
「あ、それなら私も!」
タリアもカミールに手紙を渡す。
「これから予定があるんで、明日の朝までに目を通して、どう動くか考えておいてくれ」
「え? もう夜なのに、これから予定?」
「ヘレンと一緒に寝る約束をした」
「ああ、そう」
「それじゃ、カミールさん、また明日!」
「う、うん。おやすみー」
ウィリアムを連れて、タリアは子供達の待つ家に帰る。
ギルバートからもたらされた情報は、カミールに託した。
その情報によると、今後もカミールの力は必要不可欠なことは確か。
その情報を知ってしまったウィリアムとタリアはもちろん動くつもりだったが、そこにカミールが加わってくれるのかどうかが重要でもあった。
明日の朝にはカミールが加わるかどうかが決まる。それまでギルバートから得た情報を手にどう動くのかを考えるのはお預けになる。
とりあえず今は、ウィリアムに子供達との約束を果たすこと。
それが二人にとって最重要案件だった。
第8話 完




