不可能の証明 第7話
どれだけ待っただろうか。
諦めなければいけないと何度も自分に言い聞かせながら過ごした日々。
それでも諦めることなど出来ず、この手でタリアを抱きしめることができたらどんなにいいかと考えるばかりの日々だった。
それが今、タリアの想いを知り、自分を大切に思ってくれているタリアを抱きしめている。
信じられない気持ちは少しあった。しかしそれよりも幸福感の方が勝り、ウィリアムはその幸福感を噛みしめるように抱きしめる腕に力を込めた。
「……吐きそう」
「悪い、つい腕に力が」
「いや、そうじゃなく……心臓が口から出そう」
「シンゾウ?」
「あーー……いや、なんでもないです」
「そういや魔女も、シンゾウが爆発、とか言ってたな」
この世界に医学は発展していない。体の臓器の名前など出しても伝わるはずがなく、心臓が口から出そうや、心臓が爆発する、などの比喩が伝わるはずかなかった。
(説明面倒っ……って言うか、説明の仕方を考える余裕もないし!)
ウィリアムに抱きしめられている現状に、タリアの体は心臓が限界値で高鳴ったままだし、頭の中は体の反応を処理しきれず思考回路にまで神経が回っていない。
(まともな恋愛する前に母親になったから、この世界でこんな感情になるとは思ってなかったんだよ!)
心の中で悪態をつきながら、少しでも落ち着こうと試みるタリアだったが、ウィリアムに抱きしめられているこの状況が続くかぎり落ち着けるはずもなく。
やはり距離を取るべきだとやんわりとウィリアムを押しのける。
するとウィリアムが少しだけ離れた。
これで現状の打破が叶う。そう安心したタリアの視界が暗くなった。
「ぎゃーーー!」
「おい、なんだよ、この手は」
「だって今、キスしようとしたでしょ!」
「するだろ!」
「無理! 死ぬ!」
「死ぬか!」
「そんなんしたら絶対死ぬ!」
渾身の力でウィリアムの顎を突き上げるタリアと、タリアから離れまいとするウィリアムの攻防。
「なんだ! 今の悲鳴!」
そこにウォルターが飛び込んできた。
勢いよく扉が開いて声がしたので、ウィリアムとタリアの視線は扉に向いていた。
「って、あんた誰だ?」
「え? もしかして鉄仮面さんの、中の人?」
「マジか! すっげー美形! なんで鉄仮面なんてつけてたんだよ!」
ウォルターの後ろからはドーラとジャーヴィスも覗き込んでいる。
タリアが休んでいる部屋に、鉄仮面は護衛として入室していた。
しかしその部屋から話し声が聞こえる。内容までは聞こえないが、時々声を荒げているようだ。と、不審に思ったジャーヴィスがウォルターとドーラに報告。部屋の外で様子を伺っていると聞こえてきた悲鳴に、思わず飛び込んでいた。
「……ウィル、どうします?」
「……言い逃れできるわけがない」
「ですよねー」
「……話せるところだけ、私が話そう」
「お願いします」
やっと離れた二人は、カミールのいる部屋で事情を話すことにした。
ウィリアムは鉄仮面を持ち、タリアの肩を抱いて移動をする。
(ふおぉぉっ! さらっとこういうことしないで欲しい!)
タリアは平静を装いながらもウィリアムのちょっとした行動にもドキドキしつつ、五人はカミールのる部屋に入った。
そしてウィリアムは鉄仮面として姿を隠していた事情を話す。
今回のファーガス公爵絡みの一件がクオーツ国王暗殺にも深く関わっていた。
カミールはオブシディアン国王の暗殺疑惑とクオーツ国王暗殺事件が繋がっていると睨んでいて、鉄仮面を架空の人物として用心棒に登録し、事件が解明する時にはクオーツからの証人を鉄仮面として迎え入れるつもりでいた。
カミールからの報告を受け、クオーツの聖騎士団副団長であるウィリアムが来た。
という説明をした。
ウィリアムとカミールがクオーツの王子であることは、王子の顔も名前も公表されていないので明かさないことにしたようだ。
「わかった。鉄仮面さんの正体については、この場だけに留めておこう」
カミールが集めた仲間は特殊な事情を抱えている場合が多く、お互いに詮索を好まない。
ウォルターもドーラもジャーヴィスも、話した内容以上のことを聞こうとはしなかった。
「それで、さっきの悲鳴と、二人の関係について聞いても?」
ウォルターが飛び込んだ時の二人の状況を見れば、ウィリアムが襲いかかってのタリアの悲鳴とも取れる。
しかしその後のタリアはウィリアムに肩を抱かれてこの部屋まで移動し、それがあまりにも自然だったので、以前から面識以上の関係があったのではないかという印象を与えていた。
「二人の関係、ねぇ」
ウィリアムの視線を感じ、タリアは悩む。
今の二人の関係を明確に表現する言葉が見当たらなかったのだ。
それはウィリアムも同じ。
「……私、この人との子供がいるんです」
「……はぁ?」
「二人ほど」
「は? 子供? しかも二人!」
「双子でして……」
タリアは現状を話すことにした。
カミールがいつ目覚めるかわからない。何日も、何週間も目覚めない可能性だってある。
子供がいると知って貰っておいた方が、子供の顔を見に帰ることもしやすくなると思ったのだ。
それに今後、仕事をする上でも子供がいることを知っていて貰った方がいいと思ったので話すことにした。
「それでさっき、顔を見に一度家に帰ったというわけで」
「私も子供に会って来た。驚くし、信じられない気持ちはよく分かる。私もさっき子供の存在を知ったばかりで」
ノーヴァから去った時に妊娠が発覚し、子供たちが三歳になったのを機に仕事に復帰する気になったことを話す。
十八歳のタリアに子供が二人もいたことに驚愕し、固まったままの三人にウィリアムは続けた。
「一応、成り行き上の婚約者で、私はプロポーズもしていたんだが、タリアは妊娠が発覚しても戻ろうともせず。さっきお互いの気持ちは確認しあったんだが」
「関係、と言われるとなんて説明したらいいものか」
「これから決めるというか」
「……そうですね、これから色々話し合って決めていかないと、って感じで」
タリアの言葉に、ウィリアムが目を見開いた。そしてニッコリと微笑む。
ウィリアムの笑みは、タリアの口から、これからの二人の関係を話し合って決めていくという言葉に安心して溢れた笑みだった。
どこにでも行き、自由に生きていいと言っていたタリアが、ちゃんと二人の未来を考えていると分かる言葉だったから。
タリアと子供達の未来に、ウィリアムも加われたのだと分かる言葉だったから。
(やめて! 笑いかけないでっ!)
しかしタリアはすぐに視線を外し、両手で顔を隠す。耳を赤くして。
そんなウィリアムとタリアの様子を見ていた三人は、二人が今はまだ言い表すことはできないが、とてもいい関係であることは察した。
「関係についてはなんとなくわかったが、ならエステルはどうして悲鳴を」
「……ウィルが突然キスしようとしやがったからですっ」
「それが当然の流れだっただろ!」
顔を隠したままのタリアに、ウィリアムが反論する。
「当然? そんな流れじゃありませんでした!」
「は? あの流れならするだろ! あの雰囲気で嫌がるか? 普通」
「はぁ? 普通って何?」
「普通は普通だ」
「ああ、今までウィルがタラし込んでた女の人たちの普通、ね。はっ、その人たちと一緒にされても」
顔を上げたタリアは失笑し、蔑むような目をウィリアムに向ける。
「〜〜っ、どうして、お前はっ……タリアだって私のことが大好きだろう!」
「大好きですけど、ほかの人と同じだと思われるのは嫌ですぅー!」
「ぷっ……あははっ」
睨み合っていたウィリアムとタリアの口論に割って入ったのは、ドーラの笑い声だった。
「もう、お互いに大好きなのはわかったから、喧嘩はやめよう」
ひとしきり笑って、最後に長く息を吐き出したドーラはカミールに視線を移した。
「こんな状況で笑えるとは思わなかった」
「ドーラさん……」
タリアはドーラの隣に進み、その体を支えるように腰に手を回す。
「こんな状況で心配し過ぎは良くない、なんて言っても心配してしまうのは仕方ないです。ただ、気を張りすぎるのは身が持ちません」
「……カミールは起きてくれるよね」
「そう、信じるしか……」
「うん」
「ここ一ヶ月以内が勝負どきだと覚悟はしてください」
「一ヶ月……」
人間は全く飲まず食わずの状態では七十二時間しか生きられないと言われている。
ただ、水を飲んでいれば一ヶ月まで延びるのだ。
人間の体の六五パーセントが水分で、血液やリンパ液、細胞の活動に使われている。
食べ物のみでは二週間と言われているので、どれだけ体に水分が必要で重要なのかが分かるのだが、起きてくれなければどうしたって一ヶ月程度しか生きられないということでもあった。
「すぐに起きてくれればそれでいい。だけど長期戦になることも考えておかないと」
「……うん」
この世界に点滴は存在しないし、直接胃に栄養分を送り込む機材もない。もちろん、生命維持装置の類もない。
一ヶ月以内にカミール自身で目覚めて貰わないと、それ以上は生きていられないと考えられた。
カミールが死んでしまうことは考えたくない。
けれど目覚めるかどうかはカミール次第なので、最悪の事態も想定して覚悟もしておかなければいけない状況だった。
「ウィル、薬酒って持ってます?」
「手持ちは三本だけだ。タリアがいるのに、必要なのか?」
「はい。薬酒には色んな薬草も入ってるし、栄養も少しは補給できるはずなので」
ウィリアムは荷物の中から龍脈の小瓶に入った薬酒を取り出す。
「エステル、それは?」
「薬酒は知ってます?」
「え、ええ。たまに持ってる薬師さんがいたから」
「これはその薬酒に治癒魔法をかけられるようにしたものなんです。クオーツで、私とウィルが開発したもので……」
今後、カミールには水はもちろん、タリアの治癒魔法を施した薬酒も少しずつ口に含ませることにする。
そのため、追加の薬酒をクオーツに取りにいくことになった。
「開発、か……エステル……いえ、タリアと呼ぶべきかしら?」
「エステルでいいです」
「そう? エステル……カミールを、助けてくれて本当にありがとう」
「いえ、まだお礼を言われるには」
「言わせてっ。エステルがいなかったら、カミールはこうしてただ寝てることもなかったんだから……わかってはいたの。カミールにとってこの一件がどれだけ大きなものだったか。この件が片付いたらどこかに行っちゃうんじゃないかって、ずっと思ってた」
「俺たちもだ。刺された状況を聞いて、死にたかったんだなって思っちまった」
「今、死なれるのは困る! オレのクオーツ永住の鍵はカミールだしな」
ドーラがこの依頼に来たがっていたのは、カミールの今後を左右するとわかっていたからだった。
カミールが一番知りたがっていたこの一件が解決する場に立ち会いたいという気持ちもあったからだった。
ウォルターもジャーヴィスも、この一件が終わればカミールの中の何かが変わるのだろうと思っていた。
しかし避けられたはずの剣をそのまま受けたと聞き、この一件はカミールにとっての全てだったのだと思った。
全容が明らかになって、もう全てを終わらせてもいいと思い、抵抗もしなかったのではないかと。
「カミールに死なれて困るのはみんな同じよ。カミールがどれだけ、死ぬ準備を整えてたとしてもね」
「カミールさん、死ぬ準備をしてたんですか?」
「うん。死ぬ準備というか、私たちの元を去る準備、かな」
ウォルターやドーラは、前々からカミールの行動に違和感を覚えていた。
カミールが一箇所に身を置かないこと。最初の頃は単に情報を集めたいからだと思っていた。
それがカミールと過ごすうち、別な意味を持っているように思えるようになっていった。
カミールはどこであっても、店や演芸場、用心棒紹介所を立ち上げる時に責任者を決める。立ち上げが済んだらその責任者に全てを任せる。
経営方法や売り上げに苦言を言うが、基本的には責任者が全てを考え、改善していくように促していた。
勝手な改善はさせず、長期的な経営をしていくための改善策ではないものを選ばせなかった。長期経営するにあたっての考え方を植え付けるように。
カミールがいなくなっても、責任者が自発的に長期的な経営をしていけるような教育をしていたのだ。
「環境的には、そこで働く人が長く、安心して働けるように。そのくせ、店の名前はノーヴァやエキュームでしょう? ネーヴェ以外、儚いものの象徴だったし」
演芸場として立ち上げたクオーツのネーヴェは娯楽の発信源としての役割と、才能のある人の職場を確保する意味合いだったので「新星」という意味のネーヴェと名付けられた。
しかしノーヴァは「雪」。この世界では一部地域の山の上にしか降らず、降ってもすぐに解けてしまうものだった。
他にもノーヴァと同じような形態の店がラズとルーヴィにあり、「夢」と言う意味のレーヴ、「泡」を意味するエキュームという店名だった。
情報を集めるために立ち上げた店の名前は全て、時が来れば消えてしまうものが名前になっていた。
「わざとなんだか、無意識なんだか知らないけど……どうしたって、消える事を前提にしているとしか思えなかったのよ」
ノーヴァでも後々は演者の接客をせず、ただ酒と音楽を楽しめる店にしていきたいというのがカミールの想いだった。
カミールの経営方針からは長期的な経営をしたがっているとしか思えなかったが、情報収集はいつかしなくなる。
それがカミールにはわかっていたから、いつかは消えてしまう、儚いものを連想する店名にしているのではないか。
カミールに近しい仲間は、漠然と共通の思いを持っていた。
考えすぎだと思いたかった。
儚いものを連想させる店名は、店にいる間は、短い時間であっても現実を忘れて楽しめるようにしたいという願いを込めたとも考えられるからだ。
しかし今回のことで、考えすぎなどではなかったのだと知った。カミールは消えたかったのだと知った。
「どんなに準備をしていようが、カミールに消えられては困る。起きたらまず、そこを理解して貰わないとな」
「説教よ、説教! ほんとにバカなんだからっ」
カミールがクオーツの第三王子で、ウィリアムと同様に目の前で兄を亡くしたと知っているタリアは、二人にとって兄がどれほど大きな存在だったのだろうと思う。
特にカミールは兄王の一件のために情報を集め、解決とともに死んでも構わないと思っていた節さえあるのだ。
それほどまでに心を占めていたのだとわかる。
タリアはカミールの枕も移動し、カミールの額に手を当てて目を閉じる。
タリアにはカミールの安定した魔力が視えていた。
(カミールさん、本当に死にたかったの? )
ウィリアムも兄の死を受け入れることが出来ず、寝る間も惜しんで仕事に没頭していたと聞いた。
カミールもまた、兄の死を受け入れられずにただ、情報を集めることだけに生き、もう知ることがなくなったから死んでもいいと思ったのかもしれない。
(ダメだよ、そんなの。情報を集めるためだけに生きてたの? そうじゃないでしょ? それだけじゃないでしょ?)
死んでしまいたくなるほど悲しみ、それでも生きるために、情報を集める事だけを考えて生きたのかもしれない。
だけどその中でウォルターやドーラ、ジャーヴィスのような仲間と出会っている。
悲しみに暮れるだけの日々ではなかったはず。苦労を共にしながら楽しく笑って過ごしてきたはず。
カミールが魔女の血を毒味したといった際のウォルターとドーラの怒りようを見れば、常にカミールを大切にし、心配してきたのだとタリアにだってわかる。
(悲しくて仕方がない時、自分のことしか考えられない気持ちはよく分かる。でも、カミールもちゃんと、心の深いところで受け止めなきゃいけないんだよっ)
オリヴァー邸での事件の直後、オリヴァーとギルバートの生存を知らずにいたタリアは何度も自害を試みた。
その時のタリアも、ウィリアムやフィオナ、聖騎士の人たちがタリアを心配してくれている事をわかってはいた。
けれどそんなことどうでもいい程に、みんなを死んだのは自分のせいだとしか思えず、自分に向けられてる心配を他人事のように感じていた。
しかし時が経ち、あの頃を振り返って思うのは、あの時どれだけの人が心配をしてくれていて、助けようと手を差し延べてくれていたか、ということだ。
その手に気づかず、心配など無用だとばかりにタリアは一人で全てを抱え込んでいた。
この悲しみや辛さは誰にも理解出来るはずがない、うわべだけの心配や優しさなど無用だと。
そんなタリアの心を解してくれたのはオリヴァーとギルバートの生存でもあり、タリアがどんな扱いをしようが傍にい続けてくれたウィリアムだった。
(カミールさんにもいるでしょう? どんな時にもそばにいてくれる人。死んでしまったらその人たちがどんなに悲しむのか。その人たちがカミールさんを助けられなかったって、無力感を持って生き続けることになる。お兄さんを亡くした時のカミールさんと同じになるって……カミールさんだからこそ、分かるはずなんだよっ)
※ ※
ジェイコブが起こした全容を知ることになった事件から三日後。
部屋に閉じ込められていた貴族の家族たちが順に家に帰されることとなり、古城は一気に騒がしくなった。
そして一週間後、カルヴァン伯爵は残っていた当事者の貴族たちを連れて、アリーズの王城へと移動することになった。
「カミール君が目覚める時、その場に居たかったんだけれど」
カルヴァン伯爵はこれから貴族たちがどこまでジェイコブの行動を知り、どのような協力をしようとしていたのかを追求することになる。
ファーガス公爵が以前から国王に成り代わりたいとなんらかの計画を立てていたことはわかっている。
そんなファーガス公爵の思惑を利用し、ジェイコブをそそのかした者がいるかもしれない。
現在の国王に何らかの汚名を着せて亡き者にし、ファーガズ公爵を国王にする。ジェイコブの性格は扱いやすく、言いくるめることも容易いので、ジェイコブが王位を継承すれば地位も名誉も思うがまま。
そう考えた者が紛れているようなので、それが誰なのかも追求しなければならない。
カミールが目覚めた際には必ず会いに行かせると約束し、カルヴァン伯爵は兵士全員を引き連れて帰っていった。
事情を聞くため、そして次の仕事の斡旋もしてやる必要があるコックなどの従者もアリーズに連れていかれてしまったので、古城に残ったのは六人だけになった。
「ウィルって……ほんとムカつく」
「何なんだよ、急に」
食料は大量に置いていって貰ったのでしばらく困ることはないが、食事を作るのは自分たちで。掃除や洗濯も自分たちでやらなければいけなかった。
そんなある日の昼食。担当はウィリアム。
厨房で調理しているウィリアムに、その横で作業をしていたタリアがボヤいた言葉を、ウィリアムは聞き逃さなかった。
「だって、普通に料理してる。王子様なのに」
「王子様だが、兵士でもあるんだよっ。料理くらい出来る。それより、タリアは何を作ってるんだ?」
「子供達のお菓子です。今朝、せがまれて」
「へー。今朝? また私の目を盗んで会いに行ったと?」
「あ……」
タリアは日に何度か、隙を見ては子供達に会いに行っていた。
少し戯れて帰ってくるだけなので、誰にも気づかれない程度の帰宅だった。
「行くなら行くと言えばいいだろ!」
「だって、行くって言ったらウィルも来たがるじゃないですか」
「当たり前だ! 自力でいけるくらいなら入り浸ってる自信がある! だけどあの場所じゃ、タリアに連れて言って貰わないと命がけだからな」
「は、ははっ」
「早く二人に懐かれたい。急に父親だとは認識してもらえないはずだし。だいたい、タリアは私を避けてるだろ」
「避けてませんよ。それならこうして同じキッチンに立ってないでしょ?」
「いいや、避けてる。私の手の届かないところに位置どりしてるだろっ」
しまった。バレてた。
顔には出さないものの、タリアは焦っていた。
この一週間、平静を保つため、タリアはウィリアムを避けてきた。同じ空間にいてもある程度の距離を保ち、できる限り視界に入れないように。
タリアは子供達に会う時間も考えて夜にしっかり寝るようにと言われている。カミールに何かあった場合は叩き起こして欲しいと言ってあるが。
タリアとの関係も考慮しウィリアムも夜は休むことになっているので、ウィリアムは当たり前のようにタリアと一緒に眠るつもりでいた。
しかしウィリアムがただ大人しくタリアの横で眠ることはないし、一度で事足りるはずはないタリアが言い張り、ウィリアムもタリアに手を出さないという自信が全く持てなかった。
カミールの容体が急変した時にタリアが動けないのでは意味がないと、お互いに合意の上で別々の部屋で寝ているのだがーー
「あ! そうだ! 兵士さんたちもいなくなったことだし、子供達連れてきちゃダメですかね?」
「……いいと思う。その方が長く一緒にいられるし」
「ドーラさんたちにも紹介したいし」
子供達は昼食後に昼寝をする。その後にお菓子を食べて遊ばせる。夕食前にはお風呂に入れて、夕食後は興奮するような激しい遊びは控えて絵本を読み聞かせたりする程度なので、子供達を連れてくるならばお昼寝後からお風呂の前までが丁度いい。
古城には広いホールもあるし、貴族の家族を迎えるために用意されていた子供用のおもちゃもある。
どんなに大声ではしゃぎまわっても平気な環境でもあるので、連れてきても飽きさせることはないだろう。
「ジャーヴィスさんが戻って来たら、少しだけ交代してもらいましょうか」
「そうだな」
上手く話を変えられた。そう思ったタリアだったが、ウィリアムは深いため息。
タリアが話を変えたかった事を悟り、ウィリアムを避ける理由をタリアに言う気がないのなら無理に聞くことはやめた方がいいと、諦めるようなため息だった。
(ごめん、ウィル……私だって避けたくはないんだけれども……この体の反応が過剰すぎてついていけないんだよっ!)
ウィリアムが視界に入る。傍にいる。触れる。
それだけでタリアの体は過剰に反応した。
心臓が高鳴り、息苦しくなり、頭の中がウィリアムでいっぱいになる。
判断力が低下し、思った事をそのまま言ってしまったりする。
それが結果、ウィリアムを傷つけることしかできていないという現状だった。
折角想い合える関係になったというのに、タリアの口から出る言葉はウィリアムを傷つけ、怒らせるような内容ばかりだ。
(もう少し、慣れる時間が欲しい……いつまでもこのままなのは嫌だし)
このままウィリアムを避け続けることはできないし、したくない。
ウィリアムを深く傷つけてしまう前に、慣れる方法を考えなければと思うタリアだった。
「そういえば……ギルのところにも行かないとな」
「……そうでした。すっかり忘れてました」
ルーヴィの王都リーブラにいるギルバートは軟禁状態にある。魔女が関わっていたと思われる研究室の調べは終わっているが、ギルバートが何か情報を掴んでも報告に外に出ることはできない。
だからタリアが報告書を受け取る役割を担っているのだが、古城での晩餐会の間は行けないとだけ言ってはあった。
しかし、晩餐会の日程が終了して一週間が経過し、その間に一度も顔を出していないので報告書が溜まっている可能性もあるし、何よりタリアが来ていないことに「何かあったのでは?」と不安や心配をさせている可能性もある。
「子供達を送った後にでも寄るか」
「そうですね」
報告書を確認するカミールが眠ったままの状態ではあったが、ギルバートに要らぬ心配をさせる必要はない。報告書を持ち帰るだけでもいい。
昼食とお菓子をそれぞれ作り終えたウィリアムとタリアは、ドーラたちと昼食を摂り、子供達を連れてくる旨を話す。
子供達を連れてくる事を快諾してくれたので、子供達が昼寝から起きる頃を見計らって迎えに行くことになった。
(あああっ、こればっかりは仕方ない! 仕方ないから落ち着け、私!)
子供二人を迎えに行くので、ウィリアムも一緒に行く。白虎のカケラで移動する際、同乗者は必ずタリアに触れていなければならず、それだけのことなのにタリアの体は過剰に反応した。
しかし触れている時間は少なく、すぐに死の森の中の建物に到着。
「多分、ばぁばの部屋で寝てると思うんですけど」
「ボク、二人起こしてくる!」
「うん、お願い」
到着してすぐに実体化した白虎のカケラは家の中へと飛び込んでいく。
「なぁ、なんでじぃじとばぁばなんだ?」
「あーー、二人とも名前教えてくれないんですよ。あの二人でさえ、お互いの名前を知らないみたいで」
魔女と連れの男が二人でいる分には呼び名など必要もなかったし、そこにタリアが加わっても少々不便を感じる程度だった。
ただ双子が増え、五人で生活するようになると呼び名がないのが大変不便になり、それならば二人のことはじぃじとばぁばでいいか。とタリアが決めた。
「タリアって名前付けるの面倒くさがるのか?」
ウィリアムは白虎のカケラを初めて見たとき、タリアに「ねこちゃん」と紹介をされて思わず「なんでねこちゃんなんだ」と叫びそうになっていた。
一応、鉄仮面としてその場にいたので、叫びたい衝動をぐっと堪えはしたが。
「いや、別に面倒では……ねこちゃんに関しては言い始めたのヘレンだし。犬はわんわん、豚はぶーぶー。なのになんでか猫は、ねこちゃんって言うんですよね。それで白虎のカケラ見てもねこちゃんって呼び続けて、リュカも真似して。本人も気に入ってるから、そのままねこちゃんになっただけです」
「ヘレンとリュカはタリアが名前を決めたんだよな? 意味も知ってて?」
「意味はばぁばに教えて貰って……というか、光を意味する名前にしたいって言ったら、いくつか候補を教えてくれたのでその中から選びました」
「光、か」
「産まれた時はまだ、魔女の希望を叶える方法を一つも見つけられない頃でしたし」
ヘレンは「太陽の光」。リュカは「光をもたらす」という意味が名前に込められていた。
その時の魔女は『魔力の墓場』に入ることも叶わず、魔女の希望を叶える手立てを失っていた。
子供達は無事に産まれた。しかし、四歳になる頃には世界が滅びてしまうかもしれない。
そんな想いからタリアは子供達の未来に光があるようにと願い、名前をつけていた。
「さて、知らない場所に子供達を連れて行って、どんな反応するか見ものですね」
「あと、私に懐いてくれるかどうかも」
「ヘレンは大丈夫でしょ」
「そうだといいなー。リュカはこの前絡めなかったし」
「リュカは目が離せませんよ?」
「そうなのか?」
「男の子と女の子を同時に育ててつくづく思うんですけど、男の子の方が数倍手がかかります。危ないことしてばっかりだし」
「その違いも面白そうだ」
その後、タリアは魔女に夕食の前まで子供達を遊ばせてくると言って、ウィリアムにはヘレンを、タリアはリュカを抱き、古城へと連れて行った。
第7話 完




