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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第3章 不可能の証明
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不可能の証明 第6話

 

「ただいまー! じぃーじー、ばぁーばー、時間がないのー。ちょっと出てきてー」


 入り口から入ってすぐのホールで立ち止まったタリアはどこへともなく叫ぶ。


「ちょっと待っておれ! 急に客人なんぞ連れてくるでない!」

「急いでるからそのままでいいって!」


 待っていたら時間がなくなってしまう。来客用の身支度なんていらないのに。そうボヤいてタリアは建物の中を移動していき、一室の扉を開けた。


「ばぁば、本当に時間がないの。話したらすぐに行かないといけなくて」

「あ! かーさま! おかえり!」

「おかえり!」


 その部屋にいたのは大人が二人と、幼い子供が二人。

 幼い子供は白虎のカケラに抱きつき、のし掛かり、のし掛られ、揉み合うようにじゃれあって遊んでいたのだが、タリアを見るとすぐに駆け寄ってきて、しゃがんだタリアに抱きついた。


「ヘレン、リュカ、ただいま。じぃじとばぁばの言うこと聞いていい子にしてた?」

「うん!」

「いい子、してた!」


 一人はタリアをそのまま幼くしたような栗色の髪と瞳の女の子で、もう一人は銀色の髪と瞳の、幼いと言うのにやたらと顔の整った男の子だった。


「かーさま、この人だーれ?」

「この人は……」


 女の子に話しかけられたタリアは少し考えた。なんといえば幼い子供に理解できるのかと。


「この人は、ウィル」


 しかしすぐに面倒くさくなって考えるのをやめた。


「イル?」

「イウ?」

「……うん、イルでいいや」

「おい、タリア」

「だって、この年齢の子にウィルって言えないと思うから」

「それはいい! それより」

「見ての通りの理解で大丈夫です。説明は後で……」


 立ち尽くし、目下に広がる光景をどう理解していいか混乱しているウィリアムに、部屋の中にいた女性が近づき、そして平手打ちをした。


 パンっ! と乾いた音が響き、頬を打たれたウィリアムも、タリアも、子供達も面食らった。


「女一人に子供を産んで育てさせるとは、男として恥ずかしくないのか! 今更現れおって!」

「ば、ばぁば……この人は何も知らないの。私が何も言わなかったから」

「エステルは黙っておれ! この顔を見よ! 数多の女を泣かせてきた顔だろう!」


 ビシッとウィリアムの顔を指差した着物の女性は魔女は、ウィリアムを睨みつけていた。

 男の子の顔立ちはウィリアムに似ている上、髪と瞳の色が同じことから、子供達の父親だと信じて疑っていなかった。


「ばぁば!」


 そんなウィリアムと魔女の間に割って入ったのは、幼い女の子だった。


「ケンカはダメってばぁばが言ったでしょ! なんで叩いたの! ごめんなさいして!」

「……へ、ヘレン、これはケンカでは」

「ごめんなさいして!」

「……ごめんなさい」


 ヘレンと呼ばれた女の子はふんっと鼻を鳴らし、振り返ってウィリアムを見上げると、部屋の隅に行って棚の中から何かを探している。


「あーあ、ヘレンに怒られちゃった」

「怒り方がそなたとそっくりになってきたのー」

「私、あんな怒りかたする?」


 ヘレンは目的の物を見つけ、大切そうに抱えて戻ってくると、ウィリアムのズボンを引っ張る。


「ヘレン、ちゃんと言葉に」

「あ、そうだった。イル、座って?」

「え、ああ……」


 ウィリアムがしゃがむと、小さな手が顔に延び、その手が届きそうになかったので完全に床に座り、背を丸めた。そうすることでやっと、ヘレンの手がウィリアムの頬に触れる。


「大丈夫? 痛かった?」


 思わず、ウィリアムは目元に手を当てる。


「泣かないで」

「え? ウィルが泣いてるの? なんで!」

「ちっさいタリアが私に優しい……信じられないっ」

「エステル、そなた、こやつにこれまでどんな扱いを……」

「あ、あはっ」

「これ塗ると痛いのなくなるから大丈夫」


 ヘレンは持っていた容器を開け、中の軟膏をウィリアムの頬に塗る。


「平気? 大丈夫?」


 ウィリアムはヘレンの問いに何度も頷いて答えていた。


「あーあ、ヘレンが手当てするの、じぃじの特権じゃなかったんだ」

「これは嫉妬するぞ」

「嫉妬などしません! そんなことよりエステル、急ぎではなかったのか?」

「あ、そうだった。ばぁば、またしばらく子供達をお願いしたいの。短時間なら帰って来られると思うんだけど」


 タリアは目が離せない重病人がいること、またすぐに戻らなければいけないことを話す。


「我らは構わん。子供達もエステルが顔を見せるなら心配ないとは思う」

「この三日間は平気だった?」

「平気ではない! リュカが大変だった!」

「リュカが? 元気そうに見えるけど」

「そうではない! そなたの代わりに朝まで一緒に寝てみたら、何をしたと思う!」

「寝相悪かった?」

「違う! 今朝、我の頬を指で突き」

「うん」

「目が合うとにっこり微笑み、あさ、おきて、と言って」

「うん」

「我の額にキスをっ! 心臓が破裂して死ぬかと思うたわ!」

「なにそれずるい! 私にはそんなことしたことないのに!」

「そなたが教え込んだのではないのか!」

「教えないよ!」

「では、そやつの女たらしの血か!」


 またも魔女に指さされたウィリアムだったがーー


「もう痛くない。ありがとう」

「よかったね!」

「ああ、ヘレンのおかげだ」


 照れ笑いするヘレンの頭を何度も撫でていて、自分が話題にされていることにも気づいていなかった。


「もう、ヘレンの虜ではないか」

「そうみたい。ヘレン、リュカ」


 タリアが呼ぶので、ヘレンはウィリアムの傍を離れ、リュカとともにタリアに寄った。


「ごめんね、また出かけなきゃいけないの」


 そう言って二人を抱きしめる。


「大怪我した人がいて、治してあげなきゃいけないんだ。寂しいかもしれないけど、今日もばぁばと一緒に寝てくれる?」

「リュカ、ばぁばと寝る!」

「ならヘレンはじぃじと!」

「うん。それじゃ、行ってきます」


 名残惜しそうに二人から離れたタリアは、ウィリアムを引き連れて部屋の外へと向かう。

 その後ろを白虎のカケラが付いてきていた。


「明日また来るから、いい子で待っててね」


 扉の前で振り返ったタリアに、子供達は満面の笑みで行ってらっしゃいと手を振った。

 手を振り返しながら部屋を出たタリアは、深いため息を吐き出しながらも建物の外へと向かって歩いていた。


「また笑顔で見送られたっ! じぃじとばぁばに懐いててくれて本当にありがたいし助かるけど! もう少し恋しがってくれてもいいと思うの! あの子達にとってお母さんの意味って何だろって本気で悩むのよっ」


 愚痴を言いながらも建物の外に出たタリアは、立ち止まってウィリアムに向き直る。


「聞きたいこと、山ほどあるでしょう?」

「ああ」

「ひとまず戻りましょ。話はそれからで」

「ひとつだけ……先に聞いておきたい」

「……どうぞ」

「私は……タリアの枷、か?」

「うん、その通りです。ごめんなさい」

「その通りなら、なんで謝る」

「だって、私の身勝手で振り回してきたから……あ、子供達には会わせたけど、ウィルは自由にしてくれていいから」

「……は?」

「この一件が終わったらどこかに行くんでしょ? ほら、ウィルってば第二王子なわけで、あの子達にも王位継承権とか付いちゃうかもしれないから、一応知らせとかないとって思って」

「……え?」

「私は言わないでおきたかったんですけど、オリヴァーさんがウィルにちゃんと話せって。でも、こちらは大丈夫なんで、自由に生きてくださいっ」

「…………えよっ」

「え? 聞こえなかったのでもう一回お願いします」

「ここはっ、責任取って結婚しろって言えよっ!」




  ※ ※




 古城へと戻ったタリアはカミールの容体に変化がないことを確認し、向かいの部屋にいるので何かあったらすぐに呼んでほしいとドーラに伝えてから、鉄仮面を身につけているウィリアムと部屋に入った。


「その鉄仮面、ドーラさん達の前でも外さないんですね」

「私の容姿は目立つらしいからな。カミールの素性にも関わるし」


 鉄仮面という男はカミールが用心棒紹介所を立ち上げた当初に、最初に用心棒登録した架空の人物だった。

 それはウィリアムのために用意されたもので、兄王が殺された一件を調べ、犯人の特定ができた場合にウィリアムをその場に立ち合わせるために作った設定でもあった。


 カミールは仲間にもクオーツの第三王子だったことを隠しているし、出身地などの情報も相手によって全く別の内容を伝えていた。


 各国で情報を集めるために、自らの身分を隠しているのだ。


 そのため、銀髪という珍しい髪色のウィリアムとの関係があると知られると、クオーツの聖騎士団副団長を知っている者はカミールがクオーツとの関係が深いと勘ぐる恐れもある。


 だからウィリアムはカミールの傍に来てからずっと、鉄仮面を身につけ、声を出さずに過ごしていた。


 はぁーと深いため息を漏らし、ソファーに深く沈み込むように座り直したウィリアムは背もたれに頭を載せて天を仰ぐ。


「正直、聞きたいことが多すぎて何から聞いたらいいかわからない」

「そうでしょうね」

「私たちの元を去った理由から、順にこれまでの全てを話してくれないか?」

「……わかりました」

「私を気絶させた時から、私はタリアの『枷』だったんだろ」

「うん」

「だったら、なぜ去った」

「近い未来、死ぬと確信してたから」


 当時のタリアは、オリヴァーにもウィリアムにも秘密にしていたことがあった。

 オリヴァー邸での事件の際、魔女に言われたことの全容だ。


「みんなが殺されたあの日、魔女に言われたんです。殺しに来いって。もう、二人のスティグマータの乙女が魔女を殺すことに失敗してる。私も失敗すれば、もしくは魔女を殺しに行かなければ、五年後、世界中に人型魔獣を放ち、世界を滅ぼす、といった内容でした」


 ギルバートの母親であるナターシャと出会ったあの旅で、タリアは自分がどれだけ中途半端な力を持っているのかを痛感していた。

『スティグマータの乙女』が落ち着くという『魔力の墓場』には他の人と同じ五分しか滞在出来ず、覚醒したと言うのに元々あった力が強力になっただけ。

 もしタリアが本当に『スティグマータの乙女』だったのなら、覚醒後に攻撃系魔法の適正が備わってもおかしくはなかった。


 中途半端な『スティグマータの乙女』であることを理解し、本物の『スティグマータの乙女』が二人も失敗したと言う魔女殺しを出来るはずがない。

 どう考えてもそうとしか思えなかった。


「これ以上、知っている人が、大切な人が無残に死んでしまうのは見たくなかった。だけど私には魔女を殺すだけの力がない。だから他に魔女を止める方法を考えるしかなかったんです」

「それで、自ら魔女の元に?」

「クレメンスさんの手記の内容や、あの事件で話した時の印象から、もしかすると愛情深い人なんじゃないかと思えて」


 オブシディアンに入り、ノーヴァでの仕事をしながらもずっと魔女のことを考えていたタリアは、もう一度魔女と直接話をしたいと思うようになっていた。

『スティグマータの乙女』としてこの世界に転移し、大切な人を殺され、この世界を憎み、嫌い。その世界から死んで逃れることも出来ず、数百年の時を過ごしていると思われる魔女と。


「会いに行けばその場で殺されることも覚悟していたので、ノーヴァでの次の仕事が保留になっていた三ヶ月目に……実際に会って話してみて、魔女が死ぬ方法を必死に探している事、そして決して憎めない人だってわかりました」

「みんなを殺したのに、か」

「はい。一歩間違えば、私も魔女と同じ道を辿っていたのかもしれない。そうなれば私も魔女と同じことをしたと思うから。だから、心の底から憎むことができなかった。私の力では魔女を殺せないし、別の方法を一緒に考えることにしたんです」

「それで、同居を?」

「同居をするつもりなんてありませんでしたよ。だけど……帰り際、私のお腹に、私の魔力とは別に、二つの魔力がある。妊娠してると言われて」


 妊娠を知ったタリアは本当に驚いた。

 十五歳という年齢もあって、月経はまだ安定してはいなかった。そんな時に起こったオリヴァー邸での事件のショックで月経は止まっていた。

 ウィリアムとの体の関係を持ったのは、月経が止まっているので妊娠する可能性は低いと考えたからでもあった。

 オブシディアンに入ってからも月経は止まったままではあったが、オリヴァー邸での事件のショックと、環境が変わったせいだとばかり思っていたのだ。


「妊娠がわかったのなら、その時に戻って来ても良かっただろ」

「……その選択肢はなかったです」

「なんで!」

「だって……もし、銀髪の女の子が生まれたら? 双子だってわかってて、どちらかが……両方が銀髪だったら? って思うと、戻ることは考えられませんでした」

「……サラのようになるから、か?」

「はい。五年以内に魔女をどうにかしなきゃいけないし、子供と離れて暮らすって選択肢はない。サラのように王城で保護されるわけにはいかなかったんです」


 妊娠が発覚してすぐにクオーツに戻ったとして、もし銀髪の女の子が生まれればその子はサラと同様に『スティグマータの乙女』の可能性があるため、最重要保護対象となり、王城で暮らすことになる。

 タリアもまた最重要保護対象なので王城で暮らし、自由に出歩くこともままならなくなってしまう。

 そうなってしまえばただ五年を待つだけになり、世界は滅びてしまうのかもしれない。


「でも、双子の妊娠がわかって、一人で産んで育てることを考えると状況はかなり厳しい。その時は自覚症状はないくらいでしたけど、お腹も目立つようになれば仕事もできなくなる。産んでしばらくは働けるわけもない。そしたら魔女が、ここで暮らし、ここで産めばいいと言ってくれて」


 タリアの妊娠は、一人で産んで育てること以外の選択肢がない状況下で発覚した。

 絶望的とも言えるその状況を口にすることはなかったが、そんなタリアを察した魔女が協力を申し出てくれたのだ。

 魔女の望みを叶えるための協力をすると言ったタリアに、協力で応えたいと。


「そんなときにカミールさんがこの指輪をくれたもんだから」

「その指輪……私がカミールに託したんだ」

「そうだったんですか? なんでこれをウィルが?」

「クオーツの国宝なんだよ。いつなのかは正確にわからないが、スティグマータの乙女の遺品として保管されてた」

「へー!」


 タリアが無事にアリーズに入り、ノーヴァでの仕事も問題なさそうだと報告するため、クオーツに入ったカミールにウィリアムは指輪を預けた。

 王城内で保管されていたその指輪は『スティグマータの乙女』の遺品だと伝えられていた。

 クオーツ王都レオに帰ったウィリアムはまず、ナターシャにその指輪を見せた。しかし、ただの指輪にしか見えないと言われてしまい、もしかするとタリアになら何かわかるのではないかと思い、カミールに託すことにした。


 国宝とは言ってもその指輪自体に価値はほとんどなく、失くしてしまっても誰も気づかないだろうと、勝手に持ち出したものだった。


 話が脱線してしまったので、ウィリアムは先を話すようにとタリアを促す。


「魔女を魔力の墓場に連れて行けば、魔女の望みがあっさり叶う可能性もありました。だからノーヴァでの試用期間を一ヶ月延長してもらった後、魔力の墓場に行ったんです」

「でも、ダメだったのか」

「ダメでした。魔女はその空間から拒絶されるみたいに、入ることさえできなかった。魔力の墓場は全部試したんですけどね」

「全部?」

「この世界には全部で四つあったんです。ナターシャさんのいたラズ、水晶の採掘をしているクオーツ、オブシディアンにも、ルーヴィにも」


 もし、『魔力の墓場』で魔女の望みが叶ったなら、タリアはクオーツの実家に、クレアにいる両親の元に帰るつもりだった。

 魔女の脅威がなくなるので、クオーツで安心して子供を産むことが出来る。魔獣に怯えることなく自然に囲まれた長閑な町で子育てが出来る。


 しかしそれは叶わなかった。


「それからはお腹もどんどん大きくなって、動きにくくなって。産んでからは、魔女の望みを叶える方法を探すどころじゃない、子育ての日々でした」


 双子を育てるのは、食事をするのも、眠るのも苦労を強いられた。

 子育て経験のある魔女の協力が本当に助けになり、大変ではあったが安心して子供を育てることができた。


「子供たちが三歳になって、だいぶ手が掛からなくなってきたので、仕事の再開と、魔女について調べることを再開するためにノーヴァに復帰した、というわけです。まさかノーヴァでウィルと再会するとは思ってませんでしたけど」


 これまでのことを一通り話し終えたタリアは、少し休憩しようとお茶を淹れた。

 ウィリアムが聞きたいことにはなんでも答えるつもりでいたし、これまでの話を踏まえて聞きたいことを整理する時間が必要だと思ったからだ。


 お茶を淹れて元の場所に落ち着いたタリアは、ウィリアムが口を開くのを待った。


 お茶を口にしたウィリアムが長く息を吐き出した。


「変わらないな、この味」

「変える気ないですもん」

「……魔女の望みを叶える方法は、まだ見つかってないんだよな?」

「ええ。ただ、一つ試したいことはあります。でもそれを試すのは、まだ先。最後の手段というか、他に方法が見つけられなかった時のためにとっておきたいと思ってます」

「最後に、ってことは、魔女の脅威を失くす自信があると思っていいか?」

「自信は少し。でも、選択肢を増やしておきたいんです。それが失敗したら、って考えるのが怖いから」

「魔女が人型魔獣で世界を滅ぼすなら、その方法は?」

「教えてくれないんです。魔女の望みを叶えることより、そちらに集中されては困ると言って」

「なるほど。だから人型魔獣にも興味を示してたのか」

「今の人型魔獣の出現に、魔女は直接関わっていないのは確信してます。私の留守中の子守をお願いしてますし、溺愛してるあの子達の前で残虐なことをするとは思えません。それに……」

「それに?」

「魔女が本気で動いたら、龍脈都市だけを狙うなんてしないし、一気に数十、数百の人型魔獣を放つことも可能なはずですから」


 カミールに翻訳してもらった魔女の日記の内容を考えれば、魔女の持つ玄武のカケラを使って世界中のどこにでも行って血を浴びせて周ればいい。血を飲ませても効果があるのなら、飲み水の水源に混ぜればいい。

 どんなに出血しても死ねない魔女は、血を惜しまず世界中にばら撒くだろう。


「魔女の言う期限まで、あと一年と少し、ってとこか」

「ええ」

「魔女の方はタリアに任せるしかなさそうだが、もしもの時に備えはしないとな」

「そうして貰えると、私も少し楽になりますね」


 タリアが魔女の望みを叶えることに失敗した場合、魔女は間違いなく本気で動く。

 そうなった場合、人型魔獣対策の道具を世界中に配るなり、対策をとっておけば被害が大きくても世界が滅ぶということは避けられるかもしれない。

 世界が滅ばなかった場合、魔女は別の方法を探すのかもしれないが、ある程度時間を稼ぐことは出来る。


「それじゃ、本題にか入らせてもらう」

「本題? 今までの話じゃ満足出来なかったってことですか?」

「当たり前だ!」

「え? 怒るような内容なんですか?」


 声を荒げたウィリアムは、表情でも怒りを露わにしていた。


「ほんと、なんなんだよ……何を考えてるんだよ、お前はっ」


 怒っている理由に察しがつかないタリアに、ウィリアムはうな垂れ、額に手を当てる。


「私の子供がいて、タリアは私のことが好きで……なのになんで、私を頼らないんだ!」

「え……だって、もう四年近く会ってもいなかったし」

「それがなんだ!」

「ウィルが何歳かも知らないけど」

「知らないのかよ!」

「恋人がいたり、結婚しててもおかしくないでしょ」

「…………」

「ウィルと関わりたくないって言ってカミールさんの元を離れたのは私だし、四年も経ってれば心変わりの一つや二つ」

「…………」

「いや、ウィルのことだからもっと?」

「…………私を、なんだとっ」

「だってウィルだよ? その顔で、みんな憧れ聖騎士団の副団長で、女性慣れし過ぎてて、しかも第二王子? 遊び放題じゃないですか。違います?」

「違う!」


 勢い任せに立ち上がったウィリアムが、二人の間にあるローテーブルに膝をつき、タリアの胸ぐらを掴む。


「遊んでなどいない! これまで何度もタリアを諦めようとした! だがそれも出来ず、ほかの女に触れることさえ嫌になって、その度に何度もお前のことばかりを思い出してしまうことに、私がどれだけ苦しめられてきたと思ってるんだ!」

「そ、そう……」

「それなのに平然と私の前に現れて、鉄仮面としての私には興味を持つし、それに昨日! ヴァイオリンを少し教えただけなのに間近で笑いかけるなどっ! 私には決して見せなかったと言うのにだ!」

「う、うん、なんかごめん」

「あの笑顔で、私が特別嫌われていたのだと痛感して、どれだけ胸が痛んだかわかるか! それなのに今日になったら私が『枷』だと? 子供がいただと? それなのに私を頼らず、どこにでも行けとっ……」

「わ、わかったから、少し離れて」

「タリアは全然わかっていない! なんでだ! 私のことが好きなのに、なんで傍にいたいと言わないんだ! なん、で……」


 ウィリアムに胸ぐらを掴まれたタリアは、突然のウィリアムの行動に固まったまま話を聞いていた。

 しかしそれに耐えられなくなり、瞼を伏せ、視線を逸らしながら、ウィリアムから少しでも離れようと両手で押し退けようとしていた。


「この距離は無理っ、少し離れて」

「なん、で……」

「無理でしょ。こんな距離にウィルがいるとか、ドキドキし過ぎて意識飛びそうっ」


 この距離に耐えられない。そう言わんばかりに強く目を瞑ったタリアを間近に見ているウィリアムは苛立ちも忘れ、見たことのないタリアの反応に釘付けになっていた。

 ただの抵抗ならば慣れていると自負しているウィリアムだったが、このタリアの反応はこれまでの抵抗とは異質のものだった。


「急に、どうして」

「わかりません! ずっと、誰にも言わなかったことを口にしたから?」


 タリアにはウィリアムがいつ自分の『枷』になったのかわからなかった。

 覚醒後、ネックレスを入手するまではウィリアムの魔力が見えていた。

 その後、ギルバートの故郷への旅に出て、ウィリアムの元を去る時にウィリアムが『枷』であることに気づいた。


 けれど長くても五年、それよりも早く自分が死んでしまう確信があったため、ウィリアムには気持ちを伝えずに去った。

 魔女を殺せず、世界が滅びてしまうと信じて疑ってもいなかったのだが、例え五年しかなくともその期間は幸せに過ごしてくれればいいと願い、魔女がしようとしていることも誰にも話さなかった。


 子供が産まれ、魔女の望みを叶えられるかもしれない方法を見つけ、クオーツでは人型魔獣への対策も進んでいると知り、世界が必ずしも滅ぶことはないのかもしれないと希望を持つようになった。

 そんな時にウィリアムと再会し、改めてウィリアムが『枷』であると自覚した。


 ウィリアムがタリアを好きでいてくれたのは四年近くも前。当時のタリアはウィリアムを傷つけることしかしなかった。

 だから今更気持ちを伝えても困るだろうとも思ったし、とうの昔にウィリアムは心変わりしていて当然だとも思った。


「〜〜っ、もう、勘弁してっ……頭おかしくなりそうっ」


 そんな時、ウィリアムからこれまでの想いをぶつけられた。

 タリアを諦められず、他の女性に触れることさえできなかったと言われれば、例えそれが嘘であっても、タリアにとっては嬉しくて、喜ばずにはいられない。


 初対面の第一印象からウィリアムの顔を「出会った中で一番」と評価してきたタリアには、その顔が目前にあると言うだけで心が乱れる。平常心でなどいられなくなる。


 抵抗してもウィリアムが離れてはくれないと思ったタリアは、距離を保つために使っていた手を顔を隠すことに使った。

 両手で顔を覆い、ウィリアムを視界に入れないように。


 そうすることでやっと、少し落ち着きを取り戻した。


「タリア……」


 ウィリアムはローテーブルを乗り越え、タリアを抱きすくめる。


「やっと捕まえた」





 第6話 完

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