不可能の証明 第5話
古城での最後の晩餐会。警戒はしていたが滞りなく終了してしまった。
ファーガス公爵とジャミールが裏切り者を釣り仕上げるのは翌朝。朝食か会議のどちらかと思われるが、朝食には貴族の家族も参加するため、事を起こすのは会議になるのだろうと予想された。
「カミールさんの使いで参りました。ローガンさんでお間違いないですか?」
翌朝、貴族の朝食が始まる時間。タリアは鉄仮面と共にアリーズの用心棒紹介所に人を迎えに来ていた。
その人はカミールが用意したもう一人の証人で、これから起こることの顛末を一緒に見てもらうことになっている。
ローガンは初老の男性で、タリアが話しかけるとソファーから勢いよく立ち上がった。
「ええ。間違いなく。貴女がエステル? カミール君の言っていた通り、なんと可愛らしい!」
両手を広げて感動を表した後、ローガンはタリアに握手を求め、両手でタリアの手を握りしめると大きく何度も縦に振った。
リアクションの大きい人たど思いながらもタリアは笑顔で握手に応える。
「早速ですが、移動をします。移動方法についてはカミールさんから聞いてますか?」
「なにやら白い虎で移動する、とだけ」
「はい。後ろを見てください」
ローガンの後ろには白虎のカケラが座っていた。
タリアと握手したままなので、実体化していない白虎のカケラの姿をその目に捉えたローガンは一瞬たじろいだ。
「……カミール君の冗談だと半分疑っていたんだが、これはっ」
「驚かせてしまってすみません。私を通してしか見えない子なんです。こちらへ」
タリアはローガンを白虎のカケラに横向きに乗せ、その隣に乗る。最後尾には鉄仮面が乗った。これからどれだけ白虎のカケラに乗って過ごすかわからないので、三人はベンチのように横並びに乗っていた。
「この白虎に乗っている間は誰に見られることもありませんし、会話も誰にも届きません。では、目を閉じてください」
ローガンが目を閉じたのを確認し、タリアは鉄仮面に合図してから目を閉じた。
「ねこちゃん、さっきの場所まで、お願い」
『うん!』
程なく、白虎のカケラから目を開けても大丈夫だという声が聞こえて三人は目を開ける。
「なんてことだ……ここは?」
「古城の朝食会場です。朝食は済んだようなので、テーブルが片付き次第、会議が始まる予定です」
タリアは朝食会場の厨房からの出入り口にほど近い場所にローガンを連れて来るように、カミールからの指示を受けていた。
白虎のカケラの存在をローガン以外に知らせたくはない。ローガンが白虎のカケラから降りるときは、一度扉の外に出てからとなる。
会議に護衛は出席できないので、鉄仮面が中に飛び込む自体になったとしても同じく。
ホール側の出入り口には貴族たちの護衛が暇を持て余してウロウロしているはずだし、厨房側の出入り口なら使用人も会議中に近づくことはない。
「本当に、私たちは誰にも見えないんだね」
「ええ。ですので安心して証人になってください」
話している間にテーブル上が片付き、会議に出席する貴族たちが着席し出す。
いよいよ、オブシディアン国王の暗殺計画を聞く時が来たのだ。
タリアには緊張が走る。
この会議の中、カルヴァン伯爵がジェイコブに刺されるような事態になるかもしれないのだ。緊張もする。
「あの、会議の前に少々お時間を頂戴してもよろしいでしょうか」
そんな声に、その場にいた全員がカミールに注目した。
カミールが全員に見えるように掲げているのは、魔女の血と思われる液体が入っていたのと同じ、空き瓶だった。
「先ほど、朝食の際に出されたワインのデキャンタの側にこれがあったのですが、なのかご存知の方はいらっしゃいますか」
突然のカミールの行動に首を傾げる貴族が多い中、ただ一人、ジェイコブだけが勢いよく立ち上がり、カミールに詰め寄った。
「これが、ワインの側にあっただと? 中身はどうした!」
「え、いや、この状態で転がっていましたので私にも」
「〜〜っ、ワインを飲んだ者は!」
険しい表情で周囲を見渡すジェイコブには焦りも見える。
「ワインを飲んだ者は、と聞いている!」
貴族はなにが起こっているのは分からず、周囲の顔色を伺いながら恐る恐る手を挙げた。
「私も飲んだが、その瓶はなんだ?」
「父上も、ですか!」
「お前も飲んでいただろ。朝っぱらから五杯も」
「っ、会議は中止だ! 全員今すぐこの古城から去れ!」
「ジェイコブ、一体なんなんだ。この小瓶に毒でも入っていたのか?」
ファーガス公爵はその小瓶にどんな意味があるのかを知らないようだった。
その事実に、タリアも鉄仮面も、騒ぎの中にいるカミールもカルヴァン伯爵も目を見開いて驚いていた。
「いいから今すぐここから立ち去れ!」
「ジェイコブ! 客人に失礼だ!」
「そんなことはどうでもいい! 父上はここで魔獣が暴れてもいいとおっしゃるんですか!」
「魔獣? ここで? はっはっは、馬鹿を言うな。ここのどこに魔獣がいると言うんだ」
「父上! 冗談ではありません! この小瓶はこの古城の地下で見つけ、確かに人が魔獣化する秘薬なのです!」
「人が魔獣化する、だと? そんな秘薬があるなどと、それこそ馬鹿げた話だ」
魔女の存在や魔女の血を知らない者からすれば、魔獣化する秘薬など笑い話にしか聞こえないのだろう。
ファーガス公爵を始め、その場に居合わせた貴族から笑いが漏れる。
「会議の前の余興にしては、実にくだらん」
「〜〜っ、本当なのです!」
「もう良い、わかったわかった」
「父上! 時間がないんです!」
ファーガス公爵は呆れながらも、なだめるようにジェイコブの肩を叩いた。
「この話はこれで終いにしよう」
「父上!」
「恐れながらファーガス公爵。ジェイコブ様のご様子から、もう少し話を聞いた方がよろしいかと」
「しかし」
「ジェイコブ様、この小瓶の秘薬で人が魔獣化するとは本当なのですか?」
話を切り上げたがったファーガス公爵だったが、カミールがそれを許さなかった。
「本当だ!」
「実際に確かめてみたのですか?」
「ああ! 何度も確かめた! しかし、もうその秘薬は底を尽きたはずで」
「何度も、と言うことは、これを使った何人もが魔獣化したと?」
「した! 何人かに一人ではあったが……ここにいる全員がこれを飲んだのだとしたら、何人かはもうすぐ魔獣化する!」
話が進むにつれ、貴族たちの顔色が曇り始める。
父親も、誰も信じてくれない。そんな落胆からか、ジェイコブは乱暴に椅子に腰掛け、頭を抱えた。
カミールはそんなジェイコブに寄り添うように、そっと肩に手を載せる。
「誰で、試したのです?」
「……初めは、罪人だった」
「罪人で何人かに一人は魔獣化するとわかり、他にも試しました?」
「……気にくわない貴族に」
「他には?」
「国王に。あいつが死ねば父上が国王だ。魔獣化して周囲を殺し回ってくれれば一気に邪魔者も片付けられると思ったが、失敗した」
「……失敗して、その後どうしたんです?」
「国王をもっと確実に魔獣化させるために、実験をしようとして」
「それも失敗したんですか?」
「……命の危険が迫っていると魔獣化しやすいのかもしれない。そう言った研究者がいた。だから旅の一団めがけ、土砂崩れを」
「それはどこで」
「クオーツの深い森の中だ。だけど銀色の悪魔が来て、私の部隊とともに秘薬を全部破壊してしまったんだ!」
「……その旅の一団の中に、クオーツ国王がいたと知ったのはいつです?」
「逃げ戻ったあとだ! まさかクオーツの国王が一般の旅人に扮していると誰が気づく!」
「ジェイコブ、お前……それは本当なのか」
頷くジェイコブに、その場はざわつく。
全ての話を信じるべきか、全て嘘だと笑い飛ばしていいのかわからないようだった。
「この小瓶は、一つはカルヴァン伯爵から頂戴しました。オブシディアン国王暗殺未遂事件の際、残されていたものです。そしてもう一つは私が持っていました。クオーツの森の中で土砂崩れに遭い、その後、私が発見したものです」
カミールの言葉に、その場は一気に静寂に満たされる。
カミールはにっこりと微笑み、続けた。
「身分を偽り、申し訳ありません。すでに私は一般人ですが、クオーツの元、第三王子でして……国王が亡くなった際、傍におりましたし、あの土砂崩れが人為的なものであったことも知っております。そして、皆さんに飲んでいただいたこの小瓶の中身が、確かに人が魔獣化する秘薬であったことも」
頭を抱えていたジェイコブがゆっくりと顔を上げ、ゆっくりとカミールを見る。
「自白していただきありがとうございます。さて、命の危機が迫っていると魔獣化しやすいとの話でしたが、まさに今、命の危機を感じませんか? クオーツ国王を暗殺した張本人と、それと結託する方達にはどのような処分が下されるのでしょうか。処分されずとも、クオーツとの全面戦争になったらきっと、最前列にお並びになるんでしょうね」
貴族の一人が後ずさり、ホールに繋がる扉に飛びついた。
ジェイコブとカミールの言葉を信じたのだろう。この中の誰がか魔獣化するかも知れない。ジェイコブと結託していると思われたくない。そんな思いだったのだろう。
一人が逃げ出そうと動くと、周りもつられたように逃げ出す。
(え? カミールさんが第三王子って言った? え? どういうこと?)
カミールが話した小瓶を入手した経緯。タリアが聞かされていたものとは違う内容だった。
土砂崩れがあったその場にいたとは聞いていないし、もちろんクオーツの第三王子だという話も聞いていない。
(そもそも第三王子なんていたの? ウィルの弟ってこと? え? 全然似てないし……あ、自白をさせるための嘘ってことも……)
カミールの言ったことにタリアが混乱していると、ローガンはやれやれと言って頭を掻く。
「エステル。扉の外に出てくれるかい?」
「は、はい。出るんですか?」
「うん。四人しか残らなかったみたいだし、ちょうどいい」
(ちょうどいい?)
ローガンの言葉に疑問を持ちながらも、扉の外に出た。
「さて、鉄仮面の……ウィリアム殿、と言ったかな。一緒に来てくれるかな」
「はい」
「……え?」
鉄仮面がローガンにウィリアムと呼ばれた。
鉄仮面は声が出せないはずなのに、ウィリアムの声がした。
「おやおや、これはまた派手なお顔立ちをされて……確かに目立ちますな」
「顔を隠すなどという非礼、申し訳な」
「そんなことより、先に……」
ローガンが扉の奥を指差し、ウィリアムが頷く。
「ウィル……」
振り返り、申し訳なさそうに目を細めたウィリアムは、すぐに正面を見据え、扉に手をかけた。
「ウィル!」
「……お前はここに。心配しなくても、この一件が済めば私は去る。お前と関わる気はない」
(もう、何がなんだか……)
それでなくてもカミールがクオーツの第三王子だったという発言に混乱しているのに、鉄仮面がウィリアムだったという事実がさらにタリアを混乱させる。
(鉄仮面さんはずっとウィルだったってこと? 気づかずに傍にいたってこと? っていうか、カミールさんは知っててわざと私の護衛を……)
もしカミールが本当にクオーツの第三王子なのだとしたら、第二王子であるウィリアムと親しくても何も不思議はない。
「陛下! なぜここに!」
ファーガズ公爵の悲鳴のような大声に、タリアは我に返った。
「銀の、悪魔っ! なぜ貴様がここに! なぜ陛下の横に!」
怯え、椅子から転げ落ちるように地面に尻をついたジェイコブが、後ろに逃げようと必死にもがいていた。
「ジェイコブはこちらの御仁に覚えがあるようだな」
「忘れもしない! あの森で私の部隊をたった一人で壊滅させた男です!」
「つまり、やはりお前がクオーツ国王を暗殺したことに間違いはない、ということだな」
「いや、それは間違いで」
「間違いであっても許されることではない。ファーガズ、申し開きはあるか」
「……何も。愚息の行いに、私にも、相応の処罰を」
「そんな! 父上! 私は何も悪くない!」
「愚かな息子だと思ってはいたが、これほどまでとは……」
ファーガズ公爵は肩を落とし、近くの椅子を引き寄せて腰掛けると、天を仰ぐように背もたれに頭を載せて目元を手で覆った。
「くっそ! こんなことでっ……おい! 侵入者と裏切り者がここにいる! 今すぐ始末しろ!」
「ジェイコブ、悪いがこの城は占拠済みだ。お前の兵は皆、拘束されている。早々に逃げ出した貴族たちもな」
ジェイコブはしばらくキョロキョロと辺りを見回し、兵が誰も部屋に入ってこないことに体を震わせて憤慨している。
アリーズの部隊は明け方近くに出発し、朝食前には古城の周辺に配備。
朝食の間に護衛を無力化。朝食後に部屋に戻る貴族の家族たちを部屋まで連行し、会議から逃げるために飛び出した貴族たちを拘束していた。
「カルヴァン、カミールくんも……協力を感謝する」
「こちらこそ、我儘を聞いてくださって感謝します」
「陛下、申し訳ございません。暗殺計画については何も」
「私が暗殺されるなら国内のみの問題だが、今回発覚した件はそうとはいかない。こちらの方がよほど重大だし、暗殺計画があったのなら……ファーガズ、全て話してくれるね?」
「……はい」
これで一件落着だろうか。
オブシディアンがクオーツの国王を殺害した事実が明るみに出たことで、国同士の大きな問題ができたことは確かだった。
しかしこの古城での一件は一先ずの解決を見た。
そんな安堵の空気が流れていた。
そんな中、座り込んでいたジェイコブがゆらり、立ち上がる。
腰に携えている短剣に手をかけたのが見えて、タリアは思わず飛び出していた。
「カミールさん! 危ないっ!」
タリアの声に振り返ったカミールは、正面にジェイコブを見た。
「お前さえ、いなければっ」
目が座り、ふらふらと一歩一歩ゆっくりと進むジェイコブは短剣を持った手を振りかぶり、振り下ろした。
カミールは身じろぎもせず、その短刀を胸で受け止める。
その光景にタリアは立ち止まり、口元を手で押さえる。
国王、ファーガズ公爵、カルヴァン伯爵は驚愕して一瞬固まり、ジェイコブを止めようと動き出した。
それよりも一瞬早く、頭で考えるよりも先に動き出していたウィリアムがジェイコブを弾き飛ばし、膝から崩れ落ちるカミールを支えた。
「カミール! カミール!」
ウィリアムの必死の呼びかけだけが部屋に響いた。
「カミール! なんでお前、避けられだだろう! お前まで、私を置いていくな!」
カミールの胸に刺さったままの短剣を引き抜こうと、ウィリアムの手が延びた。
「っ! 抜いちゃダメ!」
やっと動き出したタリアは駆け寄り、カミールを挟んでウィリアムの正面に進んだ。
「そっと寝かせて」
ウィリアムはゆっくりと視線をタリアに向けた。
「今なら間に合うかもしれない。言うことを聞いて……お願い」
「助かる、のか?」
「わからない。でも、まだ死んだと決めつけられない!」
「胸に、こんなに深く」
「いいから早く寝かせて! そっと!」
ウィリアムはゆっくりとカミールを横たわらせた。
タリアはネックレスを外し、天を仰ぐように顔を上げて目を閉じる。
(落ち着け……落ち着け……短剣は心臓あたりに刺さってる。普通なら即死。だけど……)
深呼吸をし、目を開けたタリアはカミールの魔力に驚く。
カミールの体内の魔力は生活魔法と同じ色の一色のみなのだが、体内を循環してはいない。
タリアは一度だけ、同じような魔力を持つ人を見たことがある。
サラだ。
タリアは左手でカミールの胸に刺さる短剣に手をかけ、右手の指で短剣を挟むようにカミールの胸に置いて治癒魔法をかけた。
渾身の、自分に出せる最大限の魔力で。
(短剣が引き抜かれた先から治すイメージで、ゆっくり……ゆっくり……)
ゆっくりと短剣を引き抜きながら、その刀の先から順に治癒をしていく。
そうしなければ一気に出血し、出血性ショックを起こしてしまう恐れがあるからだ。
そうなれば傷は治せても出血死してしまう可能性がある。
(短剣が刺さったままだったから、内出血もそんなに多くはないはず……あとは全身に治癒魔法をかけて……)
短剣を胸から引き抜くと同時に、傷が塞がっていく。
しかしカミールに意識はなかった。
(心臓が動いてない。肺も……)
傷は癒えてくれたはずだった。
けれどカミールの胸に耳を当てても鼓動は聞こえず、胸も上下しない。
「ウィル、少し離れて」
ウィリアムを押してカミールから距離を取らせたタリアは、カミールの胸に再び手を載せ、今度は火魔法による電気を発生させた。
人を気絶させるほどの電圧を意識して。
「タリア! 何を!」
ぼんっとカミールの体が跳ね上がったのでウィリアムが驚いて声を上げたが、タリアは構わずカミールの胸に耳を当てた。
(よかった! 一回で動いてくれた!)
すかさず、タリアはカミールに人工呼吸を施す。
息を吹き込み、カミールの胸が上下するのを確認しながら。
カミールはすぐに喘ぐような息を漏らし、苦しそうに数回呼吸を繰り返した。
タリアはその場に座り込み、ふぅーと息を吐き出した。
「……生き、返ったのか?」
「うーん、生き返ったって言うのは語弊があるかも。心臓も肺も停止はしてた。だけど、処置が早くできたから……」
呆けているウィリアムと見つめ合っていて、タリアは気づいた。
(ウィルしか見えないとか……勘弁してよ)
ネックレスを外したタリアの目には、魔力しか視えない。
『枷』に該当する人物以外は。
タリアは失笑しながらネックレスをつけた。
カミールをきちんと観察するためだ。
(短剣が刺さってから何分で蘇生できたんだろ。脳に障害が残ってなきゃいいけど)
魔力しか視えない状態だと、カミールは人型の魔力の塊にしか視えないので、顔色などが確認できない。
ネックレスを外し、しっかりとカミールの顔色や呼吸を観察する。
「まだ安心はできません。意識が戻るまでは。もしかするとこのまま眠り続けることも有り得るので……ベッドに寝かせたいんですけど」
ローガンと名乗っていた国王とカルヴァン伯爵がすぐに動き、カミールを寝かせる部屋の準備とジェイコブを拘束した。
ローガンと名乗っていた国王は、落ち着いたら王城へと来て欲しいと言ってアリーズに帰り、国王の兵がカルヴァン伯爵に任され、古城を制圧。貴族たちは古城に閉じ込められ、事情聴取を受けることとなった。
貴族たちは護衛がいないと古城から出られないため、素直に応じているとのことだった。
カミールはカルヴァン伯爵の紹介でオブシディアン国王に謁見し、それを機に懇意になっていた。
そして今回、カミールは直接国王の元へ行き、古城の制圧を頼んでいた。
騒ぎを起こすので、その前に護衛を無力化しておいて欲しいと。
国王の暗殺よりももっと重大な秘密が明かされることになるはずなので、それを直に聞いて欲しいと懇願された。
自分の弟が何をしたのか。何をしようとしているのかを自分の目で確かめてもいいと思い、動くことに決めていた。
制圧から数時間経っても、カミールは目覚めなかった。
タリアと鉄仮面を身につけたウィリアム。そしてドーラとウォルターが交代でカミールの看病をする。
「すみません。少し家に帰ります。すぐに戻ってこれるとは思うんですが」
カミールはただ眠っているようにしか見えないので、容体は安定していると思われた。
「もしカミールが急変したらエステルにしか」
「……それはわかっているんですが、どうしても今日中に帰らないといけなくて」
心配すぎてカミールの傍を離れようとしないドーラに引き止められ、タリアはどう説得しようかと悩む。
タリアにもカミールを心配する気持ちはあるし、容体の急変も考慮すればそばにいるべきだとも思っている。
しかし、どうしても今日中に一度帰宅しなければならなかった。
悩んでいると、鉄仮面に肩を叩かれた。見ると、扉の外を指差している。
鉄仮面としてではなく、ウィリアムとして話がしたいのだと察したタリアは、少しだけここを離れるとドーラに伝えて鉄仮面と部屋を出た。
近くの空き部屋に入ると、ウィリアムは鉄仮面を外す。
「タリア……私からも頼む。カミールが目覚めるまでは」
「私だってそうしたい。だけど、どうしても……三十分だけでいいから、一度家に帰りたいんです」
「……同居人に知らせるため、か」
ウィリアムの言葉にタリアは驚き、息を飲む。
「……どうして、同居人がいると?」
「それが可能性として一番高いと思っただけだ」
タリアがノーヴァに戻った時、情報と仕事を欲していた。
この三年半で他に仕事をしていれば新たに仕事を探す必要性は少ないし、それまで仕事をしていなかったから、仕事が欲しいと思った時に前職に戻れないかと考えたのではないか。
以前、タリアがノーヴァで働いていた期間は四ヶ月。たった四ヶ月分の給料で一人で三年半も暮らしていたと考えるより、同居人がいてタリアの生活の面倒を見てくれていると考える方が容易い。
そしてこの場を離れて欲しくない状況下であっても帰宅したいというタリアに、三日も家を空け、カミールが目覚めるまで帰宅できそうにないことを同居人に伝えに帰りたいのではないかと、ウィリアムは考えていた。
「本当に三十分でいいのなら、私も一緒にドーラに説明しよう」
「いいんですか?」
「タリアにはタリアの事情があって、それよりもカミールのことを優先にしたい。そのための一時帰宅、だろ?」
タリアは強く頷く。まさにウィリアムの言う通りだったからだ。
「では戻ってドーラを説得しよう」
「ウィルも一緒に来ます?」
「は? 私、も?」
「はい。ウィルさえ構わなければ」
「……私が行っても、いいのか?」
「いてくれた方が、時間で戻って来られそうなので」
「……わかった。じゃぁ、一緒に」
カミールのいる部屋に戻った二人は、三十分で戻るとドーラに約束し、早速白虎のカケラでタリアの住む家へと向かった。
「ここ、どこだ……」
「綺麗なところでしょう? 」
「あ、ああ。でも、そこにいるの魔獣じゃないのか?」
「魔獣ですよ? だってここ、死の森の中だし」
「死の森って」
「ねー、エステル! 時間ないんでしょ? ボク、先に中に入ってていーい?」
「うん、少ししたら私も行くから」
「はーい!」
ウィリアムとタリアが降りると、白虎のカケラはすぐに家の中に入っていった。
「タリア、死の森って、あの死の森か?」
「アリーズの隣の、龍脈の森、ともいうんでしたっけ」
「ここが死の森の中だというなら、同居人は……待て待て、そんなはずは」
「魔女と、その連れの男ですよ」
ウィリアムは目を見開いて固まり、タリアは苦笑する。
「驚いて当然だと思います。でも事実なんです」
「嘘だろ……だってその二人は」
「うん、憎むべき相手なんでしょうけど」
「だったらなぜだ!」
「憎めなかったんです。ウィルも会えば分かると思いますよ? 驚くことは多いでしょうけど、今は時間がないので、聞きたいことがあれば戻ってからなんでも答えます」
中に入りましょう。タリアがそう言おうとした時だった。
「あーー! ねこちゃーー!」
「ねこちゃーー!」
建物の中から外まで誰かの甲高い声が響いた。
「今の、魔女と男の声、じゃないよな」
「……中へ。私から離れると魔獣たちが襲ってきますよ?」
戸惑い、立ち止まったままのウィリアムを急かし、タリアは建物の中へと入っていった。
第5話 完




