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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第3章 不可能の証明
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不可能の証明 第4話

 


(うっわぁー……廃墟にしか見えないんですけどー)


 その日、タリアは音楽隊に混ざってアリーズのとなりにある山の上の古城へとやってきた。

 その外観はクオーツの王都レオの王城、居住区の要塞に近い。

 小さな小窓はあるものの、ほぼ壁。その壁にはアイビーという星型の葉のツタ化の植物に侵食され、扉や窓がなければ周囲の木々に溶け込む緑色の巨大な塊だ。

 近づくと葉の隙間に見える壁に大きな亀裂がいくつも入っているのが見える。アイビーの根に侵食され、老朽化が進んでいるようで、場所によっては壁が崩れている箇所もある。


(壁が壁の意味をなしてない。魔獣だって入ってきちゃうんじゃ……)


 軽く数百年放置されてたこの古城に、よくも住む気になったものだと、タリアはある意味感心しながら内部へと足を踏み入れた。


 門を潜ると、狭く灯りのない通路を進み、その先は広大な中庭。その中庭の中央に大きな建物があり、そこがファーガズ公爵の住まいとなっている。


「見てわかったと思うが、擁壁が意味を成していない箇所があるから、時々魔獣が中庭に迷い込むことがある。滞在中、決して建物から出ないように」


 そんな注意を受けつつ建物の中へと入ると、広い玄関ホールがあり、正面奥には大きな扉。入り口を入ってすぐ両脇には二階へと続く階段がある。


 正面の扉の奥には大きなホールが二つあって、手前に舞踏ホール。奥が晩餐会の会場となる。


 音楽隊は玄関ホールに楽器などの機材を置き、三日間寝泊まりする部屋に着替えなどの荷物を置きに行くことになった。


「わー、広い! ベッドルームが四つもある! やだ、景色もすっごいわー!」


 音楽隊で女性はタリアとドーラだけ。

 タリアには護衛が二人つくことになっているので、護衛しやすい部屋を用意していてくれた。


「こんないい部屋に泊まれるのはエステルのおかげね! なんだか旅行にきた気分」


 音楽隊に女性はタリアとドーラしかおらず、同じ店から派遣されているということもあって同室。

 ほかの音楽隊は二階の部屋なのだが、タリアとドーラの部屋は三階。貴族用に用意された区画の一番奥で、宿泊予定の貴族の部屋から離れた場所にある。

 四つのベッドルームの中心に広いリビングのある、貴族ひと家族とその従者が寝泊まりできる広い部屋だった。


「ドーラ、あまりはしゃぎすぎるなよ」

「ごめん。でもさー、アリーズを出るの久しぶりで、楽しくって興奮がおさまらないの!」

「……わかる」


 普段、ほぼノーヴァと用心棒紹介所の行き来しかしていないウォルターとドーラは、久々の遠出だった。

 もちろん、ノーヴァの寮以外の場所で寝泊まりするのも久しぶりで、いつもと違う個人の部屋に大興奮だった。


「任務で来てるのは重々承知してるんだが」

「今だけ! ちょっとだけ! きゃーーっ! ベッドが大きい!」

「ベッドがふかふかだぞ!」

「なんなの! 貴族っていつもこんなベッドで寝てるの? ずるい!」


 ウォルターとドーラが別々の部屋に飛び込んでベッドを堪能している中、タリアと鉄仮面も残った二部屋にそれぞれ入る。


 タリアは荷物の中から着替えを取り出し、素早く着替える。

 動きやすいパンツスタイルでリビングに戻ると、準備を終えた鉄仮面が待っていた。


「ウォルターさん、ドーラさん、行ってくるので後のことは宜しくお願いします。一時間前には戻りますので!」


 リビングから声をかけると、ウォルターとドーラがそれぞれ部屋から顔を覗かせる。


「すまん、宜しく頼む」

「こっちのことは任せて!」


 ベッドではしゃいで髪の乱れに気づいていない二人に苦笑し、タリアは鉄仮面と共に白虎のカケラに乗った。


 貴族が順次到着するまで、音楽隊はチューニングや音合わせをする予定になっていた。

 貴族は昼過ぎから移動を開始するので、数時間の猶予がある。


 護衛には建物の見取り図が配られている。

 しかしあるのは一階から三階まで。この建物は四階建てになっているし、もともと籠城が目的の場所なので大量の食料を保管できる倉庫もあるはずだった。

 魔女が閉じ込められていた経緯もあるし、牢獄も存在しているはず。

 見取り図にはない場所や空間も把握すること。それがタリアと鉄仮面の役割だった。


 タリアは演奏をするために呼ばれているので、その役割はしっかりと果たすべき。

 見取り図にない場所を探す手伝いをし、後のことは護衛チームが調べることになっていた。

 ただ、護衛チームが入り込めない場所があった場合には、タリアと白虎のカケラの手を借りて侵入することにもなっている。


 そのため、滞在中のタリアは度々体調不良になる予定だ。


 建物内を一通り見て周り、部屋に戻ったタリアは再び着替えた。

 鉄仮面は簡易ではあるが新たな見取り図を描き、カミールとの合流に備えていた。



 招待の貴族が到着する約一時間前、部屋に迎えに来たウォルターと一緒に一階のホールへと向かったタリアは、音楽隊と合流して最後の音合わせをする。


 そして貴族が到着するたびに出迎えの演奏をして、最後の貴族を出迎えた後に小休憩。

 その後、立食形式の晩餐会が行われ、音楽隊は交代で四時間以上、音楽を奏で続けることとなった。


(すっご……ドーラさん、貴族相手でも堂々としてる……)


 ドーラにとっては今回が初めての貴族のパーティだった。

 この依頼が舞い込んできた当初はタリアのみだったのだが、出演依頼を申し込んだ貴族がたまたま市民街に出向いた際、ノーヴァから漏れ出すタリアの演奏とドーラの歌声を聴いたことがきっかけで、ドーラも呼ばれることとなった。


 タリアがノーヴァに復帰してすぐ、ドーラの歌とタリアの演奏を聴かせる演目が増えた。

 その曲はウォルターが作曲し、ドーラが作詞。瞬く間に人気の演目にはなったが、タリアの演奏を聴けるのは週に二回、貴族の依頼がない日なので曜日は不定。その演目を聴くために毎晩満席になるほど人気の演目になっていた。


 初日の晩餐会も、最後の曲はドーラの歌とタリアの演奏にしてもらうと、演奏が終わってすぐに貴族たちが集まって話しかけてきた。

 タリアは顔なじみの貴族も多いのでさほど苦ではなかったが、ドーラは初めてのことで戸惑っているのではないかと思って様子を見ると、全く心配いらなかったと安心する。


 この仕事を初めて受けた時、ドーラの方が向いていると思ったことを思い出したタリアは、やはりドーラの方が向いているのだと実感していた。


「エステル、そろそろ」


 ウォルターに呼ばれ、集まっていた貴族に丁寧な挨拶をしてその場を離れたタリアは、そのまま鉄仮面と合流した。


「カミールが、詳しく調べて欲しいところがあるって」

「わかりました」

「部屋に戻ったら鉄仮面に場所を教えてもらってくれ」


 鉄仮面がカミールと接触し、見取り図にない場所を含めた簡易の見取り図を見せ、護衛チームは手分けをしてそこに侵入を試みた。

 しかし、地下だけは侵入経路が見当たらず。

 タリアの手を借り、鉄仮面が地下を調べることになったようだ。


「ドーラさん、すごいですね」

「ああ。予想以上の働きだ。俺もいるし、何かあればフォローはするつもりだったが、それもいらなそうだ」


 聞けば、ドーラはどうしてもこの晩餐会に来たかったらしい。

 けれどドーラに貴族からの依頼が来るような状況にはなく、諦めてもいた。

 それがこの場に来ることが叶い、実は張り切っているのだとか。


 ドーラは特殊魔法の適正を持たず、内部の捜索をすることは決してない。

 しかし、体調不良になるタリアの代わりに貴族の相手をすることがドーラの役割となる。


「カミールが一番知りたいものがあるかもしれないこの場所で役立ててる。それがドーラには嬉しいんだろ」


 鉄仮面は会場の隅で待機していて、ウォルターと共に鉄仮面の元へと行ったタリアは、そのまま鉄仮面と共に部屋へと戻った。


 着替えを済ませたタリアは白虎のカケラを使い灯りを持って地下へ。

 調べると地下は建物の下だけでなく、中庭や外壁を含めた要塞の地下になっていて、かなりの広さがあった。


「鉄仮面さん、これ……」


 出入り口の捜索中、タリアはつま先になにかが当たったのを感じ、灯りでそれを照らしてみた。


「かなり埃を被ってるし、中になにか入っていた形跡はありますけど……」


 そこには無数の小瓶が散らばっていた。

 殆どが割れて小瓶としての機能を果たしてはいない。


 鉄仮面はその中から無傷の小瓶を探し、拾い上げた。

 なんらかの理由で地面に落ちた際に蓋が外れてしまったのか中身は空だったが、瓶のそこに黒い何かが付着している。

 何よりその小瓶は、カミールに見せてもらった黒い液体の入っている小瓶と同じ形をしていた。


 ー 持ち帰ってカミールに見せる ー


 鉄仮面の言葉にタリアは頷き、出入り口の捜索を再開した。


 地下への出入り口はいくつかあり、そのほとんどは建物の外へと繋がっている。

 そして建物内で繋がっている場所は隠し扉になっていて、一つは暖炉の奥に、もう一つは調理場の倉庫の床にあった。


 地下への侵入経路が判明したので、タリアは鉄仮面と共にカミールの部屋へと行って報告をする。


「ほんと、エステルとねこちゃんの力は甚大だね。こうも簡単に地下への入り口がわかっちゃうんだから」

「役に立てて嬉しいですけど、実質的な潜入は皆さんにお任せしっぱなしで申し訳ないです」

「そこは適材適所ってね。エステルにはほかの役割もあるんだから、調べ物は慣れてる人に任せちゃえばいいんだよ」


 この古城に魔女と人型魔獣に関わる何かがあるかもしれない可能性を見て、タリアはこの依頼を受けることに決めた。

 しかし、捜索の手伝いはしているものの、タリアが率先してなにかを調べて回っているわけではなく、カミールの元に集まってきた情報をもらう約束になっていた。


「はい? あ、そうでしたね」


 肩を叩かれたタリアが振り返ると、鉄仮面が小瓶をタリアに差し出した。


「カミールさん、これ」

「……もしかして、地下にあったの?」

「ええ。床に落ちたのか、割れたものが大量に」

「そっか。魔女が暴れた時に割れたのか、魔女が割ったのかはわからないけど……やっぱり出どころはここだったみたいだね」

「あとはこの瓶の中身に関する資料さえ見つかれば」

「うん。あと二日で見つけてみせるよ。エステルは明日も演奏あるし、早めに休んで? 鉄仮面さん、エステルをよろしくね」


 タリアは鉄仮面と白虎のカケラを使って部屋に戻った。

 ドーラとウォルターは戻っておらず、深夜0時を回ろうとしているが、まだ一階のホールにいるのだろう。


 お風呂に入り、寝支度を整え、タリアはリビングを覗いた。ダイニングテーブルでは鉄仮面が書き物をしている。


「鉄仮面さん、おやすみなさい」


 そう声をかけると鉄仮面は小さく頷いた。

 タリアは鉄仮面に軽く手を振り、ベッドルームの扉を閉める。


 夜、ウォルターと鉄仮面は交代で眠り、この部屋の警護をする予定になっていた。


 ファーガズ公爵の思惑や魔女、人型魔獣についての問題のほかに、毎年十代後半行方不明者が出ているということもあり、ウォルターと鉄仮面は交代でしか調べに行けないことになる。


 現在、ウォルターはドーラの補佐に付いているはずなので、今、タリアを警護できるのは鉄仮面のみ。

 古城に入る前から、タリアが部屋にいる間、警護はいらないとカミールに提案もした。

 タリアには白虎のカケラがあるので、もし攫われても自力で逃げることが可能だからだ。

 しかしカミールに却下された。

 タリアを一人にすると、一人で危険に飛び込んでいきそうだから、護衛はその監視でもあると。

 つまりはカミールに、少しも信用されていないということだ。


 信用されなくなってしまったのは自分のせいなので、タリアは護衛も監視もしかたのないものだと容認した。


 ベッドに入るとすぐに睡魔がやってきた。


「エステルー、一緒に寝ていい?」

「うん、どうぞ?」

「やった!」


 勝手に実体化した白虎のカケラが布団に潜り込み、グルグルと喉を鳴らす。


「エステル、くすぐったいよ」

「顔を埋めたくなる頭頂部してるから仕方ないよ」

「えー、ボクのせい?」

「う、ん……」

「おやすみー」


 程なく、タリアは眠りに落ちた。

 白虎のカケラは魔力の塊のようなもので、一般的な生物とは違い眠ることを必要としていない。


 タリアは時折眠れなくなる。眠っても悪夢で目覚める時がある。

 しかし白虎のカケラがそばにいると不思議とよく眠れた。

 それをお互いによく知っているので、タリアと白虎のカケラは毎晩一緒に眠っていた。




  ※ ※




「……頭痛い。エステル、今日もお願いしていいかなっ」

「ふふっ、お安いご用ですよ」


 何事もなく迎えた三日目の朝。

 エステルが起きてしばらくして、ドーラがベッドルームから出てきたのだが、顔面蒼白だった。


 初日の夜からドーラは貴族たちと酒盛り。

 酒に強いドーラだったが、貴族の嗜む酒が美味しすぎて飲みすぎ、翌朝になると二日酔いになっていた。

 二日目の朝にも治癒魔法で二日酔いを治していたので、この日も治癒魔法をドーラにかける。


「ほんとごめん! 二日酔いで治癒魔法とか恥ずかしいっ!」


 平謝りするドーラに治癒魔法をかけると、顔色が見る見るうちに良くなっていく。


「はー、すっきり! 治してもらっておいてなんだけど、エステルの魔法ってほんと好きだー。ありがとう。これで今日も美味しいご飯が食べられる!」


 古城に滞在中、音楽隊と護衛、従者は専用の食堂で食べることになっていた。

 食事の内容は朝食、昼食はブッフェ形式で、夜はコース料理という貴族の食事の余りだ。

 毎食食べきれないほどの量が用意されているので、余る量も多い。

 残り物とはいえ、普段大衆向けの料理や家庭料理以外を口にしない護衛や従者にとってはご馳走に他ならず、食事を楽しみにしているのはドーラだけではなかった。


 そろそろ貴族の朝食の時間が終わるので、従者用の食堂に行けば朝食にありつけるのではないかと話していた時、遠慮がちなノックが聞こえ、ウォルターが部屋の扉を開けた。


「エステル、子供達がきてるぞ?」

「子供達?」


 突然の来訪に驚きと疑問を抱えて入り口へと向かうと、八人の子供達がタリアの姿を見て喜び、飛びかかってきた。


「エステル! おはよう!」

「お、おはよう。どうしたんです? こんな早くから」

「ご飯食べ終わったから遊ぼう!」


 ほぼ自由時間だった昨日、タリアは貴族の連れてきた子供達に絡まれ、遊び相手にさせられていた。

 貴族の子供達とはいえ、親に連れてこられている。特に遊ぶものもなく、外で遊べるわけでもなく、暇を持て余していた。


 暇を持て余していたのはタリアも同じで、演奏時間以外はカミールの手伝いに駆り出されない限り何もすることがなく、ヴァイオリン奏者にヴァイオリンの弾き方を教わっていた。

 それが余りにも聞き苦しいものだったので、面白がった子供達が集まってしまって、そこからタリアの周囲は託児所のようになっていた。


「見て! これボクのヴァイオリン!」

「一緒に練習しよ?」

「……いいけど、私、まだ朝ごはん食べてないから、それが済んでからでもいい?」

「えーー」

「いいよ! 昨日の場所で待ってる!」


 タリアに手を振って駆け出し、部屋を離れていく子供達が見えなくなるまで見送って、タリアは部屋に戻った。


「随分と懐かれたわねー」

「ですね。でも、動く時はちゃんと具合悪くなりますから」

「あはは、ちゃんとってなに!」


 ウォルター、ドーラ、タリアは三人で朝食会場へと向かい、深夜から護衛のために起きていた鉄仮面は仮眠。ドーラに鉄仮面用の朝食を部屋に持ち帰って貰う。

 朝食を済ませたタリアはウォルターに付き添って貰って、子供達のいるホールへと向かった。




(さすが、貴族の子……英才教育受けてるんだなー)


 貴族の子供達はオルガンやヴァイオリンを弾ける子もいて、さながら発表会のようになっていた。

 特に最年長の十一歳の女の子と十二歳の男の子のヴァイオリンは大人顔負けだった。

 その子達にヴァイオリンを教わるも、タリアのヴァイオリンからは相変わらず耳障りな音しか出ず。


「おっかしいな……同じ弦楽器で、弦を弓で弾くのは同じなのになんでだ!」

「アルフーしか弾けないの? 変なの!」

「リュートも弾けるもん!」


 アルフーを奏でる姿からは想像も出来ない音だと、子供達に大笑いされていた。


「あはは! 変な音ー」

「どうやれば綺麗な音が出るのか分かんない! あっ!」


 一生懸命に綺麗な音を出そうと奮闘しているタリアだったが、仮眠を終えてウォルターと交代した鉄仮面にヴァイオリンを取り上げられた。


「なんです? 急に」


 鉄仮面は首を振る。タリアは首を傾げる。


「もう、弾くな、と?」


 鉄仮面は頷いた。


「耳障りだからやめろってこと?」


 再び頷いた鉄仮面から、タリアはヴァイオリンを奪い返す。


「もう少し!もう少しだけ練習させてください! ヴァイオリン格好いいんですもん! 自分で綺麗な音出してみたいんですもん!」


 ヴァイオリンを抱えて懇願するタリアに、鉄仮面は紙に書いた文字を見せた。


 ー ヴァイオリンの才能はない。諦めろ ー

「そんなの、まだわからないじゃないですか!」

 ー それだけ教わって無理なら無理だろ ー

「〜〜っ、諦めろっていうのは簡単ですけど、努力もしないうちに諦めるのは嫌です! プロ並みになりたいわけじゃない! ただ一度でいいから、綺麗な音を出してみたいってだけなんです!」


 タリアの言葉に、しばらくじっと考えた後、鉄仮面はタリアの後方に回り込んだ。


「え? なに? 構えろってこと?」


 タリアの持っていたヴァイオリンを構えさせて左手で支え、弓を持つ右手を掴んだと思えば、弦に押し当てゆっくりと引く。


「あ、なんかわかったかも」


 タリアがそう言うと、鉄仮面は右手を離した。

 今度はタリアだけで弓を引くと、きちんと綺麗な音が出た。


 タリアは驚いて思わず、すぐ後ろにいる鉄仮面を見上げていた。


「すごい! あっさり綺麗な音がでましたよ! 圧、ですね!」


 アルフーを演奏する際は弦に弓を滑らせるように引く。しかしヴァイオリンは滑らすのではなく、弦に弓を押し当てながら引く感覚に近い。

 弓にかかる力が弱かったため、耳障りな音しか出せなかったようで、鉄仮面はタリアに弓を引く際の力加減を教えたのだ。


「鉄仮面さん、ヴァイオリン弾けたんですね! それならそうと早く言ってくださいよ! っていうか、弾いてほしい!」

 ー 顎、載せられないから無理 ー

「ああー! そっかー! 残念すぎる! でもこれで、簡単な曲ならなんとか弾けそうな目処が立ちました! ありがとうございます」


 タリアは満面の笑みを鉄仮面に向けた後、感覚が残っているうちにコツを掴んでしまおうと、何度も音を出してみた。


 そこからの進歩は早く、貴族の子供から教わった練習用の簡単な曲ならば弾けるようになっていた。




 昼食の時間がやってきて、親たちが子供達を迎えにやってきた。


「やぁ、子供達の世話まで、すまないね」


 そう話しかけてきたのは、最年長、ランスロットという少年の父親だった。


「昨日から君の話ばかりしてるものだから、私も話してみたくなって」


 その男性はファーガス侯爵の息子、ジェイコブその人だった。

 子供達の親が誰かまで把握していなかったタリアは、一番懐いていると言っても過言ではないランスロットの父親がまさか、ファーガス侯爵の息子だとは思っておらずに驚く。

 しかしそれを顔に出すことはなく、上品な笑みで握手に応える。


「ジェイコブ様からお声をかけていただけるなんて光栄です」

「下界には君のような美しい奏者がいたとはね。演奏も素晴らしかったよ」


 ジェイコブとの会話を続けながらも、タリアは焦っていた。


(久々に未来、見ちゃった……まずいな。早くカミールさんに知らせないと)


 ジェイコブと握手を交わした瞬間、タリアは白昼夢でも見ているような感覚に襲われた。

 未来と思われるものを見るときの、独特な感覚。

 頻繁に見るものではなく、忘れた頃にやってくるこの感覚に、タリアは目眩すら覚える。


「ご昼食前にお時間を取らせてしまって申し訳ありません」

「いやいや。今夜の演奏が終わってからでも、また」


 早々に会話を切り上げられてホッとしたタリアは、楽器を片付ける。


「至急、カミールさんに報告したいことがあります」


 片付けを手伝ってくれていた鉄仮面にそう言うと、鉄仮面は少し考えたあと、紙に何かを書き始める。


 ー カミールは今から昼食だ。その後でも間に合うか? ー

「わかりません。さっき握手をした時、ジェイコブ様がカルヴァン伯爵の胸をナイフで刺すのが見えたんです。周囲が明るかったから夜ではない。直ぐかもしれないし、明日の朝か。もしくはもっと先のことなのか私にも分からなくて」

 ー わかった。直ぐに動こう ー


 白虎のカケラのことも理解をしている鉄仮面は、タリアが時々未来を見ることも把握していたようで話は早く、直ぐにカミールの元へと行くことになった。


 昼食の時間で貴族たちは続々と会場に集まっている。

 その中にはまだカミールがいなかったので、急ぎカミールの滞在している部屋へと向かう。

 その途中、昼食会場へと向かうカミールたちと遭遇した。


「鉄仮面さん、ここまで来たのはいいですけど、どうやって接触すればいいんでしょうか?」


 周囲にほかの貴族もいる中で、貴族として招待されているカミールと、奏者として招待されているタリアが個別に接触して話すことはこれまでなかった。

 情報を集めるために二人が結託してることを誰にも知られたくなかったからだ。


 緊急事態かもしれない。しかし、緊急ではなかった場合も考えると、ここで二人の関係を周囲に感づかれることは避けたいところだった。


 ー ジャーヴィスがこちらに気づいた。カミールに任せてみよう ー


 ジャーヴィスがカミールに耳打ちした後、頷いたカミールは満面の笑みでタリアに向かって進む。


「やぁ、エステルじゃないか! 相変わらず君の演奏は素晴らしいね! 私故郷にも出張してくれたらいいのに!」


 出会い頭、カミールからの抱擁に、タリアは耳打ちで返す。


「ジェイコブ様がカルヴァン伯爵を手にかけるかもしれません。日時は不明です」

「……二人はねこちゃんで昼食会場に。昼食後に俺の部屋に集合で」


 タリアが小さく頷くと、カミールが抱擁をやめる。


「じゃ、夜の演奏も楽しみにしてるよ」

「はい、ありがとうございます」


 タリアはカミールが見えなくなるまで見送ってから、自分たちの部屋に戻ってすぐに鉄仮面にカミールの言葉を伝え、貴族たちの昼食会場へと急いだ。



 何か起こるかもしれない。そう警戒しながら昼食風景を見ていたタリアと鉄仮面だったが、何事もなく終了し、貴族たちは解散していく。


 カルヴァン伯爵が護衛とともに先に戻り、最後まで残っていたカミールも会場を後にしたのでタリアたちもカミールの部屋に行こうとしたその時だった。


 ファーガス公爵がその息子、ジェイコブに近づくのに気づいた鉄仮面が指差すので、タリアは白虎のカケラに二人のところまでの移動を頼んだ。


「そんなものを持ち歩いて、感づかれたらどうする」

「裏切り者が近くにいると思うと落ち着かなくて」


 ファーガス公爵の言葉に、ジェイコブは腰に携えた短剣に触れながら答えた。


「明日にはいなくなるんだ。焦ることはない」

「わかってはいるんですが、ね」

「お前は少々焦りすぎる。全ての準備が整う前に事を起こして反撃でもされたら計画が」

「わかってますって。明日までは我慢しますよ」

「頼むぞ? 七年前の二の舞だけは」

「だから、わかってますって」


 面倒臭そうに話しを切り上げたジェイコブが会場を後にして、ファーガス公爵が呆れたようにため息をついて使用人と今夜の晩餐会の確認を始めたので、タリアと鉄仮面は今度こそ、カミールの部屋へと向かった。




「やっときた! さっきのエステルの話が気になりすぎて、落ち着いてご飯なんて食べられなかったよ!」


 そんなカミールの言葉に出迎えられ、タリアはジェイコブと握手を交わした際に見た未来と思われるものと、先ほど昼食会場で聞いたファーガス公爵とジェイコブの会話の内容を報告する。


「ふむ……エステルの見る未来って、変えられるものだって聞いてるんだけど」

「はい、たぶん」

「このままいけばカルヴァン伯爵がジェイコブ様に殺されるのかもしれないって理解でいいとすると、すでに伯爵と俺が裏切り者だと知られてるって思っていいかな」


 カミールとカルヴァン伯爵はファーガス公爵の考えに賛同する者と認められて、この古城に招待されている。

 しかしタリアの見た未来と、ファーガス公爵とジェイコブの会話を合わせて考えれば、少なくともカルヴァン伯爵は裏切り者だと知られていて、ジェイコブが殺す気でいるということになる。


「それにしてもジェイコブって人は、ファーガス公爵の足を引っ張ってきたのかもね。七年前の二の舞、かぁ。まさに、オブシディアン国王暗殺未遂と、クオーツの森での事件があった年だし」

「その七年前の引き金を引いたのがジェイコブ様とも取れますよね」

「うん。思いついたらやっちゃうっていうか、功を焦るとか。あまり深く物事を考えないタイプの人なんだろうね」


 カミールがニヤリと怪しげに笑う。


「カミールさん、笑顔が怖いんですけど……なにか思いついたんですか?」

「ふふっ、いいこと思いついちゃった。エステル、ちょっとアリーズまで連れて行ってくれない?」

「それは構いませんが、何をする気なんです?」

「もう一人、証人として立ち会って欲しい人がいるんだ。明日の朝、その人を連れてくる手筈を整えたい」

「証人、ですか」

「残念だけど、物証はなにもないに等しいんだ。だから自供してもらうしかないんだけど……カルヴァン伯爵の証言だけでは不安だったし」


 七年前に起こったオブシディアン国王の暗殺未遂の証拠。そして今後起こるかもしれない国王暗殺に関する明確な証拠は今のところなにもない。

 この古城で話される内容で暗殺計画はわかるだろうが、同席している貴族がファーガス公爵を庇うと考えられる。そうなればカルヴァン伯爵の証言のみになってしまうので、証拠としては弱いのではないか。

 そう思い、カミールはもう一人証人を用意したいのだ。


 今からアリーズに行き、その証人を手配する。エステルには晩餐会の前に迎えに来て欲しいといい、その証人を明日の会議の前に連れてきて欲しいとのことだった。


 エステルは言われるままカミールをアリーズの用心棒紹介所まで送り、夕方、晩餐会の演奏のための練習を途中で抜けて迎えに行った。





 第4話 完

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