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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第3章 不可能の証明
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不可能の証明 第3話

 

 ギルバートの報告書を読み終えたカミールを連れ、タリアは再びリーブラのチャニング公爵の屋敷の敷地内にある塔へと向かった。


 そこは数年前まで研究所として使われていたのだが、現在は公爵の身辺警護をしてる私兵の駐屯所になっていた。

 ギルバートはその棟に一室を与えられ、敷地内なら自由に動き回ることができる。ただし屋敷の中は公爵に呼ばれた時にしか入れないとのことだった。


 ギルバートならば逃げ出すことなどすぐに可能な環境ではあるが、オリヴァーから貰った短刀と朱雀を取り上げられてしまっていて、それを取り戻すまでは公爵の言いなりになるしかなかった。


 そのほかにも公爵の近くに留まる理由があるそうで、それはタリアにもカミールにも決して話そうとはしなかった。



 ギルバートに会って話をしたのち、カミールを連れてリーブラの用心棒紹介所へと向かった。

 兵士が人型魔獣になるのかどうか。

 それはギルバートも知らない。ただ、コロシアムから別の場所に移されているらしいとだけしか情報を持っていなかったので、リーブラ在住のカミールの仲間にコロシアムの外から監視してもらうことになった。





「それでは……鉄仮面さん、今日もよろしくお願いします」


 タリアと鉄仮面は休みのたびに公爵の屋敷と研究所に出向く。

 いつもカミールの側にいるので、毎回タリアが迎えに行く。

 声をかけると軽く会釈をしてカミールの側を離れ、タリアの肩に手を載せる。それが鉄仮面の準備が整ったという合図だった。


 タリアに触れることで鉄仮面にも白虎のカケラの本来の姿が見える。

 いつもタリアが白虎のカケラに乗るのを補佐し、それから自分も跨った。


『もう出発していーい?』


 タリアが見ると、鉄仮面は少しだけ頷く。


「ねこちゃん、お願い」

『はぁーい! しっかり目をつぶっててねー』


 程なく、目を開けていいと言われて開けて見ると、ギルバートの私室に到着していた。


 ギルバートは不在。しかしタリアと鉄仮面がここに来る日はあらかじめ伝えてあるので、テーブルの上にはカミール宛の報告書と、タリアと鉄仮面宛のメモがある。


 そのメモにはチャニング公爵のその日の予定が記されていた。


「今日は屋敷内に入っても大丈夫そうですね」


 タリアの言葉に鉄仮面が頷き、二人は再び白虎のカケラの背に跨った。

 近くへの移動に関しては、一瞬で移動することはない。

 白虎のカケラがただ走る、歩く速度での移動にはなるが、壁や扉はすり抜けることができた。


 私兵の駐屯所になる前は魔女の関わっていたという研究施設だったことは確か。

 その塔には地下があり、そこに壊れた研究機材なども残されているし、カミールの話からもそれは確実。

 しかし資料や、どんな研究をしていたのかを知れるものは何も残されておらず、最近ではチャニング公爵が不在の時を狙って屋敷に忍び込んで調べるようになっていた。


 白虎のカケラは移動に便利だし、触れている間は誰にも見つかることはない。声も誰にも届かない。

 けれど難点があり、白虎のカケラに触れている間は何にも触れることができなかった。

 それは白虎のカケラ自体が魔力の塊のような存在で、指輪を介してタリアと、タリアに触れている人間も白虎のカケラと同調するためだ。

 白虎のカケラと同調している間はタリアも魔力の塊のような実態を持たない存在となっているので、何にも触れることができない。


 だから本や資料を見たい場合、白虎のカケラに触れたままだと本を持つこともページを捲ることさえできないので、タリアのすぐ側には白虎のカケラが。タリアと手の届く位置に鉄仮面がいるという位置が定番になっていた。


 公爵は貴族爵位の最高位。

 チャニング公爵は現ルーヴィ国王の兄だった。

 しかしルーヴィは建国当時からずっと王座には女性がつくことになっている。

 国王の息子は生まれた順番に関わらず王位継承権を持たないので公爵の爵位が与えられていた。


 そして現在、ルーヴィの女王は病で寝たきりになっているようで、チャニング公爵は補佐として公務に関わっている。

 そのため、日中は屋敷を留守にすることが多いようだった。


「うっわ……あのおっさんが元凶だったんだ……」


 タリアは数年前の計画書を発見し、思うままに言葉にしていた。

 そんなタリアの言葉に、鉄仮面がタリアの持っている計画書を覗き込む。

 そしていつも持ち歩いているメモ用紙に何かを書き始めた。


 ー そんなことより、研究内容を探せ ー

「わかってますよー。それを探してる途中でこれを見つけちゃっただけじゃないですか」


 その計画書はコロシアムで行われている公開処刑のものだった。

 公開処刑をする事で人を殺すなどの残虐な犯罪を抑制し、魔獣の恐ろしさを壁の中しか知らない人々に知らしめると共に、ルーヴィの兵士の強さを国民に示すことができる。

 また、逃亡しようとした兵士を処刑する事で、亡命を阻止することができるだろうと書かれている。

 計画当初は逃げようとした兵士本人を処刑する、という内容だったようだ。


 ー チャニングはかなり前から公開処刑をすれば全てが解決すると訴えてたが、女王が聞く耳を持たなかった ー

「ってことは、女王様が病に倒れたのをいいことに実行に移した、と」

 ー 女王以外の反対勢力を体良く処刑した時期もあった ー

「ふーん。恐怖政治が長く続くとは思えませんけど」

 ー それは本人もわかってるから、私兵を抱えてるんだろ。暗殺に怯えてる ー

「悪政も命がけ、か。命をかけてあんな処刑を続けるとか気がしれない。キチガイなのかな」


 真顔で話すタリアの横で、鉄仮面の肩が小刻みに揺れた。


(今、笑ったのかな、この人)


 鉄仮面に覆われているので表情は何一つ分からない。

 声を出せないので声色から感情を読み取ることもできない。

 目元は少しだけ隙間があるのだが、長身のため、タリアの視線からその隙間を覗くこともできない。


 その動きには一切の無駄がなく、タリアはどこか人外のような存在のように感じていた。


(ちゃんと感情、あるんだ。って、当たり前かー)


 しかし少しだけ感情の動きを見せたことで、一気に親近感が湧く。


「ねー、鉄仮面さんはどこの出身なんですか? どこの兵士だったの?」

 ー そんなことより、調べる方が先だ ー

「調べてはいますよ。話しながらでもいいじゃないですか」


 タリアに構わず、鉄仮面は魔女の関わっていた研究についての資料を探している。


「あ、無視?」


 そんなタリアの言葉に、鉄仮面はメモに何かを殴り書いてタリアに見せた。


 ー お前と話してると調べ物できないだろ! ー

「……すみません」


 鉄仮面がタリアと会話をするためには、紙に書いたものを読んでもらわなければならない。

 タリアの質問に答えている間は調べ物ができなくなってしまう。


 聞かなくてもわかっていたはずなのに、とタリアは反省した。


「そうだ! 私が二択で答えられる質問すればいいんだ! はい、いいえで答えられるなら」


 鉄仮面はメモを見返し、殴るように何かに横線を何本も引いてタリアに見せた。


 ー そんなことより、研究内容を探せ ー

(……メモ、使い回された)


 ふん、と鼻息を荒くし、鉄仮面は資料探しに戻る。

 邪険に扱われたことを察し、確かに目的を忘れかけていたと猛省したタリアは黙々と資料探しを再開する。


 しかし、時間ばかりが過ぎて行く。



 その日も何の成果も無いまま、チャニング公爵の帰宅時間が近づいてきたのでカミールの元へと戻ることとなった。





「その顔、今日も不発だったみたいだね」

「……はい。公爵は研究内容を詳しく知らなかったんじゃないかとさえ思えてきました」

「でも、あそこで研究してた人が誰なのか、くらいは知りたいところだよね」

「前に調べた時も、誰が研究してるとかも分からなかったんですか?」

「内部には入れなかったもん。研究者は一切外に出た様子がなく、食事を運んでた屋敷の従者も何も知らされてなかったんだよねー」


 カミールが魔女の出入りしている研究施設の存在を知って調べていた当時、買い出しに外に出た公爵の屋敷の従者と話し、仲良くなった。

 従者はそこに毎日五人分の食事を運び、夜中のうちに塔の外に出されているゴミの処理だけをさせられていた。

 そのゴミからなんらかの実験を行なっているのだろうと推測は出来たが、内部で何が行われているのかも従者には分からず。

 ただそのゴミの中に血がつき、ボロボロになった衣服が混ざっていたこと、子供用の服も時々混ざっていたことから、危険な研究が行われていると推測された。

 当時はカミールに仲間もいなかったので、それ以上の情報を入手することはできなかったが。


 仲間が集まりだしてその研究施設を調べようとはしたが、公爵は私兵を雇って警備を固くしていたので、出入りしているコロシアムで何か掴めないものかと、ギルバートを含め数人を派遣していた。


 そして、ギルバートがチャニング公爵に目をつけられた時には研究施設が移動した後だった。


「研究施設さえ見つけてしまえばあとは楽だと思っていたんですけど」

「異動先が分かるまでが長そうだね。そうだ、話は変わるんだけど……十日後の夜の予定、空いてる?」

「夜、ですか」

「例の依頼の一週間前だから、全員で色々確認しておきたいんだ」


 例の依頼。それはオブシディアンの王都アリーズのとなりにある山の古城で行われる晩餐会に他ならなかった。


「協力者も含めて、みんなで集まれるのはその日くらいかなーって」

「わかりました。詳しい時間が決まったら教えてください」

「うん。お疲れ様」


 カミールへの報告は鉄仮面がするはずなのでタリアがする必要はないのだが、鉄仮面を送り届ける際、カミールが何かと話しかけてくるので少し話をしてから帰るのが定番になっていた。


 タリアが白虎のカケラで帰ろうと立ち上がると、鉄仮面が寄ってきて、紙を差し出した。


「これ……」


 それは用心棒紹介所に登録した際の用紙と思われるもの。

 そこには鉄仮面の出身地や、どこの部隊に所属し、どんなことをしていたのかが詳細に記されていた。

 名前は書かれていない。三十二歳で、元はルーヴィの騎士だったようだ。コロシアムがまともな闘技場だった頃、五年連続で優勝した経緯もあるらしい。

 まさか、調べものの最中の質問にこのような形で答えてくれると思っていなかったタリアは、鉄仮面の律儀さに微笑む。


「ふふっ、わざわざ用意してくれたなんて……ありがとうございます」

 ー いや、さっきはきつく言い過ぎた ー

「いえいえ、鉄仮面さんの言う通りだったじゃないですか。気にすることないですよ。でも、ルーヴィの事情に詳しかったのは、ルーヴィの出身だったからなんですね」


 鉄仮面は頷き、タリアから用紙を受け取ると部屋を出て行った。


「鉄仮面さんと仲良くなったんだね」

「そう、ですね。なんか、ちゃんと笑ったり怒ったりできる人だったんだって気づいて」

「それは何より。彼、どうしても誤解されやすいから」


 鉄仮面は首から上に火傷を負って以来、ずっと鉄仮面をつけて生きてきた。

 カッターシャツに常にベストを着用し、首から上の全てを隠す鉄仮面。

 その姿は異様としか言いようがなく、怖がられもする。

 少しでも相手の印象を良くしようと、常に身なりを整え、振る舞いにも気を使っているのだと、カミールが教えてくれた。


「火傷も治してあげられたらいいんですけど、ね」

「その言い方だと、できないってこと?」

「顔を隠したいほど肌も肉も焼けて変形して、それから何年も経ってる。火傷した直後なら治癒魔法で治せたかもしれませんけど」


 治癒魔法は怪我の治療に特化しているが、それはあくまでも元々人間の体に備わる自己治癒力を補佐し、治癒を速めるものだ。

 肉が火傷で焼け落ちたり、剣で削がれた怪我の場合、失った肉を再生出来る魔法ではない。

 無くなってしまったものを元に戻すのは治癒魔法ではなく、時間を逆行できない限り無理だろう。


「そうなんだ……ねー、エステル。あの鉄仮面を外そうとしたりはしないでね」

「しませんよ。隠したいから鉄仮面をつけてるのに」

「そう? でもエステルって思いついたらすぐ行動しちゃうじゃん。やっちゃいけないってわかってても、危険だってわかってても」

「それとこれとは話が違います。人を傷つけることはしたくないし」

「そうなの? 俺、エステルには傷つけられてばっかりなんだけどなー」

「そうでしたっけ?」

「傷つくってのは語弊があるか。振り回されてる?」

「……その自覚はあります」

「あ、自覚はあるんだ」

「そりゃ、ありますよ。振り回して、散々心配かけて……もう、しないつもりです」

「……ウィルと繋がりがあっても?」


 タリアは静かに頷いた。

 これまで散々、カミールには心配ばかりをかけてきた。

 オブシディアンに入って三ヶ月目に魔女と一緒にいた男と接触した時も、復帰してからも。


「俺を振り回すのはウィルと繋がりを持ってるってことへの腹いせなのかと思ってたよ」

「そんなんじゃないですよ。ただ、心配をかけるとわかっていたから言わないでおいたことで、余計に心配させてしまうことになってしまって」

「そっか。ねー、前々から一度聞いておきたいと思ってたんだけど……」

「なんでしょう?」

「ウィルに関わりたくないって言ってたけど、ここに戻ってきたってことは心境が変化したってこと?」


 タリアはまた頷いた。

 以前、ウィリアムと関わりたくないと言ってカミールの元を去った。

 戻ってきたのはカミールの持つ情報のためでもあり、生活するための収入を得るためでもある。

 情報のため、お金のために仕方なく戻ってきたのではなく、ウィリアムにタリアの情報がまわっても構わないと思えたからこそ、カミールの元に戻った。


「……はい。オリヴァーさんに会った時、ウィルにも会いたかったんですけど」

「所在不明」

「ええ。カミールさんは何か知ってますか?」

「いや。俺を頼らず、クオーツを出たみたいで、何も」

「……オリヴァーさんにも同じことを言われました。どこで何をしてるんでしょうかね、あの人」

「そうだね。まぁ、どこででも上手くやってるやってるとは思うよ? あの人、俺が知る中で一番、なんでも持ってる人だから」

「なんでも、か。確かに……あの顔だし、あの強さだし」

「生まれもいいし、頭もいいし、国も動かせちゃうし」

「失敗なんてしなさそうですね」


 二人は笑い合う。


「それじゃ、また次の休みの日にね」

「……お先に失礼します」


 ウィリアムの所在はわからないままだが、カミールの言う通り、ウィリアムならばこの世界のどこにいても上手く生き抜いていける。


 カミールとウィリアムの話をする機会ができてよかったと思いながら、タリアは帰宅した。




  ※ ※




 オブシディアンの国王の弟の晩餐会が行われる一週間前。


「え? カルヴァン伯爵……なんで」


 この日はタリアもノーヴァに出勤の日で、閉店後、ウォルター、ドーラと共に用心棒紹介所に入った。


 関係者全員で色々と確認しておきたいとカミールに集められた面々の中に、お忍びでノーヴァに来ていた頃の服装でカルヴァン伯爵が混ざっていることにタリアは驚く。


「伯爵は完全にこっち側の人になってくれたんだよ」

「こっち側って」

「エステルを驚かせたくて、カミール君には内緒にしててもらったんだ。驚いた顔も素敵だよ」


 にっこりと微笑むカルヴァン伯爵に戸惑うばかりのタリアだったが、カミールに促されて席に座る。


 カルヴァン伯爵とカミールが懇意にしていたことをタリアも知っていた。

 タリアがカミールの元を去る前も、戻ってからも、タリアが演奏の依頼を受けたパーティで何度も見かけていたのだから。


「伯爵は国王陛下の弟君、ファーガズ公爵を調べるようにと陛下から直々に命を受けているんだ」

「堅苦しいパーティを主催していたのは情報収拾のためでね。カミール君に声をかけて貰って以来、頼りきりなんだけど」

「目的が同じだったので、相互協力関係って感じかな」

「目的が一緒?」

「ファーガズ公爵のいる古城で行われている晩餐会への侵入方法を探ること。それはファーガズ公爵自身を調べたいから、だよ」


 カルヴァン伯爵もカミールも、ファーガズ公爵の古城を調べたいと思っていた。

 そのために、年に一度だけ貴族が集まる晩餐会へ出席したかった。

 しかし呼ばれるのはファーガズ公爵からの招待状が届いた貴族のみ。懇意にしている貴族のみだった。


 二人はこの約三年半の間に出席した貴族のパーティで、ファーガズ公爵の晩餐会に呼ばれるために必要なのは紹介だと知った。特定の人物のみが招待の権利を持ち、新たなメンバーを晩餐会に連れて行くことができる。

 ファーガズ公爵の考えに賛同できる人物を集めることが晩餐会の目的であることも掴んでいたので、招待の権利を持っている貴族を探し出し、ファーガズ公爵の考えとはどういうものなのかを探り、ファーガズ公爵と同じ考えを持っていると匂わせながら招待の権利を持っている貴族に近づいた。

 そしてこの度、三年半の歳月をかけてやっと招待状を入手することができたのだ。


(カミールさんの本当の目的はこれだったんだ……)


 オブシディアン王都アリーズ。そこで貴族との繋がりを持ちたいというカミールを手伝い、タリアはノーヴァで仕事を始めた。貴族の交友関係を調べることが目的だと思っていたのだが、交友関係を調べ、ファーガズ公爵に近づくことが真の目的だったのだと知る。


(でもなんで、公爵をそんなに知りたがってるんだろ)


 ファーガズ公爵の住んでいる古城がその昔、魔女が閉じ込められていた場所だったと知ったのは一ヶ月半ほど前。

 しかしカミールは随分と前からファーガズ公爵を調べようと動いていたということになる。

 用心棒紹介所をアリーズに作って貴族に派遣するようになっていたのも、情報を集めるためというより、ファーガズ公爵に近づくための副産物が情報だったのかもしれない。


 オブシディアン国王も弟であるファーガズ公爵を調べるため、カルヴァン伯爵にその命を与えている。

 ファーガズ公爵に何かあることに間違いなく、その何かをカミールも知りたいのだろう。


「それじゃ、全員にも伯爵の捜査内容と、今回の任務の詳細を説明するね」


 大きなテーブルを囲んで座っているのはカミール、カルヴァン伯爵、エステル。そして当日三人の護衛をすることになる、Sランクのジャーヴィス、鉄仮面。Aランクのウォルターと他三名。

 演者であるタリアにも、例年の行方不明者の件を考慮し、二人の護衛をつけていいことになっていた。

 そして今回はドーラも演者として出席する。


「移動に時間がかかるから、パーティ含め、四日間になる。これがパーティの日程表ね」


 配られた用紙には、パーティの当日に数組に分けて古城へと移動し、夜に晩餐会。最終日の夜までは自由時間に等しく、最終日の夜にまた晩餐会が行われ、翌日の朝に会議があって、その後数組に別れてアリーズに移動をする。と書かれていた。


「それからこれが、出席者名簿。ファーガズ公爵の考えに賛同する貴族の名簿って言ってもいいかな」

(賛同するって……公爵は何を考えてるのか、カミールさんもカルヴァンさんも知ってるってこと、なんだよね)


 カミールがどんな情報を欲しがっているのか、これまで知ろうともしてこなかったタリアにはよく分からないことが多い。

 ただ、それをいちいち聞いてしまうと本筋の話が進まなくなってしまいそうなので、あとでまとめて聞くことにした。


「改めて、公爵の考えについて話しておくね。ただこれは俺と伯爵の予想にすぎないから、決めつけて思い込んだりしないでほしい」


 タリアの疑問に気づいたのかどうかは分からないが、カミールはタリアの疑問に答える形で話を進めてくれた。


 カミールとカルヴァン伯爵が思う、ファーガズ公爵の思惑とはーー現国王を退け、自分が王に。そして後は息子に王位を継承させること。


 数年前にもクーデターを起こし、王の暗殺を試みて失敗。

 同時期に息子に何か大きな役割を与えていたようだが、そちらも失敗。

 その後、山頂の古城に引き篭もっている。


 クーデターを起こしたという確たる証拠はない。

 当時、国王が常飲していたワインに何かが混っていることに国王が気づき、その後すぐ従者の一人が自害。その従者がファーガズ公爵と接点を持っていたことから、暗殺疑惑が浮上した。


 そしてファーガズ公爵の息子は自分の指揮する部隊八十四名を引き連れどこかに出向き、戻ってきた時にはたったの三名のみになっていた。

 帰還した息子とその従者二名は錯乱状態で何かに怯え、詳細を話せる状況になかったが、他は全員死んだと語るのみだった。


「公爵は今の国王のやり方に不満を持っている貴族を集めているみたいなんだ。晩餐会に出席すれば、公爵本人の口から何のために不満を持つ貴族が集められているのか聞けると思うし、賛同者集めがまたクーデターを起こす計画の一端ならば、国王にはファーガズ公爵を処刑する覚悟があるそうだよ」


 つまり、オブシディアンの国王は自分の弟がまた自分を殺しに来ると考え、その証拠を掴むためにカルヴァン伯爵に探らせているということだった。


「また同じ手を使うとは思えないけど、一応……」


 カミールはテーブルの上に手のひら大のガラスの小瓶を二つ置いた。

 量の違いはあれど、二つとも黒い液体が入っている。


「これは前回、国王のワインに混入された液体。それと公爵の息子が出向き、部隊の兵士の殆どが死んだとされる場所に残されていたもの。どちらも毒ではないと思うけど、中身は不明。事実、ワインを一口飲んだ国王にはなんの変化もなく……まぁ、俺も舐めてみたんだけど平気だった」

「はぁ?」


 舐めてみたというカミールの一言に、焦った様子でウォルターが立ち上がった。


「舐めた、ですって?」


 低い声を出したドーラが、カミールを凝視する。


「あ、本当に平気だから大丈夫! 鉄を舐めたような味だったよ?」

「大丈夫って、なんでそんなことするんだ!」

「そうよ! 試すにしたってカミールが試すことないでしょう!」

「だって、危険かもしれないものを誰に試させるの? 仲間に? そんなことするくらいなら自分で試すでしょ」


 カミールは自信に満ちた笑み。

 ウォルターやドーラの心配は当然のものだが、自分の選択に間違いはないと確信しているような笑顔だった。


(……私も舐めてみたい、とは言えない雰囲気だな)


 カミールが、鉄を舐めたような味だと言ったその液体。

 タリアが一番に考えた可能性は『魔女の血』だ。


 通常、血液は空気に触れて凝固する。

 しかもそれが本当に魔女の血であるなら、オブシディアンに保管されていた期間は五百年近く。液体で存在しているはずのないものだ。


 しかし小瓶の中身は液体。匂いや味を確かめ、それが血である可能性が高くなるようであれば、その血が凝固しない理由を探してみたいところ。


 カミールもタリアと同じように考えたのだろう。


「この液体は多分、あの古城にあったものだと思う。確証は何もないけど、公爵の息子が錯乱当時、人型魔獣にするとか、それができれば被害は少なかったとか話してたそうだよ」

「それは私が直接耳にしたことだ。当時は何のことやら、さっぱりわからなかったけれど」

「だから今回の任務は、あの古城でこの液体の正体を探ること。そしてファーガズ公爵がまたクーデターを起こす気なら、その時期と方法を特定することだ」


 ファーガズ公爵の息子は秘密裏にどこかに出兵し、甚大な被害を受けて帰還した。

 その理由を知るため、当時カルヴァン伯爵は事情を聞いていたうちの一人だ。

 しかしファーガズ公爵の息子の話を鵜呑みには出来ず、錯乱状態が続いていたので何も聞き出せないに等しかった。


 カミールが持っていた情報と繋ぎ合せることで、当時、人工的に人型魔獣を生み出そうと計画していたのではないか。国王のワインに混ぜた液体が人型魔獣にするためのものだったのではないか。という疑惑が浮上した。


 ただ、ワインに混ぜた一口で魔獣化するわけでもなく、舐めた程度で魔獣化するわけでもない。

 魔女の日記によると、魔女の血を浴びた者が魔獣化したとあったが、ファーガズ公爵達は国王に飲ませようとした。

 魔女の血を飲むことで魔獣化すると知り得たから飲ませようとした。

 そう考えると、飲めば魔獣化することを知り得た情報源が必ずある。


「下調べができない場所での任務で、どんな危険が待ち受けているか全く予想がつかない。絶対に単独行動はせず、限られた日数の中でできる限りの情報を集められるよう、それぞれ考えて行動してほしい」


 カミールがそう締めくくり、その日は解散となった。


 当日、音楽隊が一番に古城へと向かうことになっている。

 タリアとドーラも第一便で出発することになるので、タリアの護衛にはウォルターと鉄仮面がつくことになった。

 ウォルターと鉄仮面の二人が、先行して下調べをし、後に合流するカミールやカルヴァン伯爵と情報を共有する。




 解散しても、タリアはその場に残っていた。

 小瓶の液体を、もっとちゃんと見せてもらいたかったからだ。

 カミールもタリアの意図がわかったのか、タリア以外のメンバーを早々に退出させる。


(よくよく見ると、赤く……見えなくもないな)


 タリアは小瓶を傾け、灯りに透かす。

 黒く見えていた液体は赤黒く見えないこともなかった。

 その匂いはツンと鼻に付く錆びたような鉄の匂い。


 タリアは目を閉じ、液体の魔力を視る。

 そしてビクッと体を震わせて目を開けた。


「なにかわかった?」

「……視たことのない魔力があること、くらいしかわかりません」

「へー、どんな?」

「黒くて、淡く発光してるんです。光の粒子が多すぎて、小瓶の中に蠢いてる感じが気持ち悪い。この液体で魔獣化すると言われれば、だからこんなに怖いのだと思えるくらいに」


 タリアはこれまで色々なものに備わる魔力を視てきた。

 視えた魔力を『怖い』と思ったのはこれが初めてだった。


「前に、オブシディアンで人工的に人型魔獣を作る計画があったって言っていたのは、この液体の存在を知っていたからなんですね」

「うん。昔、クオーツの森の中でこの瓶を見つけたんだ。遺体は魔獣や動物に食べられたのかなかったけど、傷ついた武器や防具が周りに散乱してた。八十人分くらいの、ね」

「それが……ファーガズ公爵の息子さんの部隊の話と繋がった」

「そう。どこの兵士かわからないような装備ばかりだったけど、カルヴァン公爵と知り合って、同じ瓶を見せて貰って。この瓶はね、俺が初めて本気で『知りたい』と思った物なんだ。今の俺の周りにある全てのものが、この瓶を知るために作り上げてきたものだって言っても過言じゃない」


 カミールが手がけてきた演芸場や酒場、用心棒紹介所。その全ては一つの小瓶の発見から始まっていた。

 どこの国の兵士かもわからない。しかし八十人程度の部隊というのが中途半端に思えた。戦地から離れた森の中で発見したことも違和感を覚えた。

 その部隊は戦場から逃げてきたとは考えられず、戦地に向かう途中だったとも考えられない。戦いとは違う何かをしようとしていた。それが何かを知りたかった。


(そっか。だからずっとアリーズにいたんだ……)


 これから知ろうとしているのは、カミールが一番知りたいと思っていること。

 三ヶ月周期で世界中を周って情報を集めていたカミールが、ほぼオブシディアンに留まっている。

 だからこそタリアはすぐにカミールと会うことが出来たし、復帰してからもずっとカミールがいる。

 その理由も理解した。


「ほんと、エステルには感謝してるよ。お陰でカルヴァン伯爵と知り合えたし、ねこちゃんの力を借りればどこにでも侵入できる。今回で全部知れるって、確信が持てるんだ」






 第3話 完

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