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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第3章 不可能の証明
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不可能の証明 第2話

 

 ノーヴァでの仕事も、依頼もない休日。


(いい加減、研究施設を突き止めたいんだけどなー)


 タリアは南の国、ルーヴィの王都リーブラの地図を広げながら、買ったばかりのドーナツにかぶりついていた。

 その地図にはいくつものバツ印がつけられてる。

 タリアはノーヴァに復帰する約一年ほど前からリーブラに通い詰めていた。


 それは以前、カミールが初めて魔女を見て、身辺を調査していたのがここ、リーブラだからだ。

 魔女はリーブラで何か危険な研究の手伝いをしているらしいとカミールが言っていたので、その研究の内容を知るために、タリアはリーブラに来ては研究室と思われる場所に潜入していた。


 ルーヴィという国は色々な研究が盛んに行われている国で、リーブラにはその研究施設が数多く存在している。

 そのためなのか、ルーヴィの龍脈都市にはエンジン音の全くしない自動車が走っていたりする。

 原動力は風魔法。風圧で動かしているので速度はあまり出ず、タリアはゴルフカートのようだと思っていた。

 数に限りがあるのか貴族しか使えないようで、貴族の区画でしか見かけることはなかった。


 また、ルーヴィには魔力石と呼ばれる手のひら大でバラのような形の石が売られ、生活の必需品となっていた。

 火魔法で着火すれば火を纏い続けるので調理の際に使われ、水魔法をかけて桶などの容器に入れておけば勝手に水が集まり、風魔法をかけると風を起こし続けるので洗濯物を乾かすのに使われていたりする。


 魔法石を加工して首輪にすると、動物の魔獣化を防ぎ、飼いならすことができるようだった。


 魔法石は国の直営店で誰でも購入できるので、購入してタリアが調べてみたところ、その石には魔法を維持する効果があった。


 効果は維持だが、石の中に凝縮されている魔力が少しずつ発散していて、その石の中の魔力が尽きればただの石になり、割れてチリと化す。


 動物の首輪の場合、生きている間、動物の体内から魔力が出ることはなく、水や食物を摂取する事で魔力が溜め込まれていく。

 溜め込まれた魔力が容量を超えると魔獣化するのだが、魔法石が体に触れていると魔法石を介して体内の魔力が少しずつ発散するため、魔獣化を防いでいるのではないかとタリアは仮説を立てていた。



 リーブラの研究施設は主に、魔法石の軍事転用を目的としているものが多かった。


 魔女が関わっていた研究施設がどこなのかをカミールに聞けば早い話だが、カミールが情報を掴みきれなかったという事は、危険で断念する他になかった。と、取ることも出来る。

 もし本当に危険が原因で断念したのであれば、そんな場所にタリアが潜入すると分かれば止められるに決まっている。

 魔女の手伝っていた研究施設はどこか。そう尋ねるだけで、タリアのしようとしていることを悟られる恐れがあるので、カミールには聞かない方がいいと判断した。



 タリアが公園のベンチで広げた地図から顔をあげると、沢山の人が列を成して移動しているのが見えた。


(また、アレに連れてかれてるのか……)


 苦い顔でその列を見ているタリアは、食欲を無くして食べかけのドーナツを紙で包んだ。


 その人の列は武装した兵士に見張られながら、町の中心部にあるコロシアムへと移動している。

 二ヶ月に一度、リーブラで必ず見られる光景だった。


 ルーヴィ国内の龍脈都市のいずれでも、同じことが行われていると聞いた。

 コロシアムでは二ヶ月に一度、罪人の処刑が行われている。

 罪人は闘技場の真ん中に放り出され、そこに放たれた魔獣の餌にされる。

 それを見るために、住民は強制的に連行されていくのだ。

 それぞれ仕事もあるし、全員を一度に連れて行く事はしない。

 少なくとも年に一度はコロシアムに行けるよう、交代で連行されるようになっていた。

 歯向かう住民を脅すため、歯向かう気を起こさせないため、必ず見るようにと義務付けられ、行かなければ処刑される。


 その話を聞いたタリアは、コロシアムには絶対に近づかないと心に誓った。

 罪人とはいえ、誰かが処刑されるところを見たいとは思わないからだ。

 つくづく、ルーヴィに生まれなくて良かったとさえ思っていた。



 その列を見送る町の人々も、その目には同情の色が濃い。そして、近いうちに回ってくる自分の番を考え、列から目を背けていた。


「なぁ、あの噂、本当なのかな」

「人型魔獣のやつか?」


 タリアの近くで囁くように話している二人の男の会話の内容に、タリアは過剰に反応し、聞き耳を立てた。

 しかし小声になって聞き取れなくなってしまい、急ぎ物陰に隠れ、白虎のカケラに跨って二人の男のすぐ近くに移動する。


「俺も聞いた。商人がスコーピオで聞いた話だろ?」

「本当だったらこの国も終わりだ」


 スコーピオはルーヴィの所持する龍脈都市の一つだ。


「信じたくないねー。人型魔獣がルーヴィの兵士だった、とかさ」

「家族を処刑されて、自分は魔獣になっちまうとか、そんな話、信じたくもねーなー」

「兵士になれば壁の外に行ける。亡命出来るって期待してた奴らも、噂聞いたらガッカリするんだろーな」

「全くだ。亡命出来るやつが羨ましく思ってたけど、なぁ」


 二人の男の近くを散歩している人が通りかかって、噂話はそこで終了し、別の話に変わってしまった。


 タリアはその耳で確かに聞いた内容に混乱し、先ほどの物陰に戻り、そこで噂について頭の中で整理をし始めた。



 人型魔獣がルーヴィの兵士。

 それはここ一年で世界中に現れている人型魔獣を指しているのだろう。


 大都市は魔獣対策の壁に囲われ、護衛なしに町の外に出る事は自殺行為でしかないため、護衛を雇えない一般人は壁の外に出たいと思っても出る事は出来ない。

 しかし兵士としてなら壁の外に出ることが出来る。近年の戦地は国境付近で魔獣がおらず、逃げ出してしまえば目の前には他国。

 それを期待し、逃げた兵士は捕らえられる。家族を処刑され、その兵士は人型魔獣となってしまう。


 もし人型魔獣がルーヴィの兵士だというのが本当であれば、人型魔獣の出現に甚大な被害を被っている他国が黙っているはずもない。

 ルーヴィが人工的に人型魔獣を作り出しているという疑惑が浮上するし、その事実が明るみに出れば他国が一斉にルーヴィに攻め込むこともあり得る。

 そうなればルーヴィは終わりだろう。


(あの人たちはあの列を見てた。だからあの会話も、あの列に関わってるってことなんじゃ……)


 人工的に人型魔獣が作れると、魔女の日記から判明している。

 ルーヴィが人型魔獣を人工的に作っているのだとすれば、数年前まで魔女が関わっていた危険な研究が関与している可能性が高い。

 そうなると噂は噂ではなく、事実の可能性が高くなるということだ。


 逃げた兵士の家族が処刑。

 コロシアムで行われている罪人の処刑。


 タリアは再び白虎のカケラに跨り、絶対に近づかないと決めていたコロシアムに自らの意思で潜入することにした。




 その処刑は、タリアが聞いていた以上に残虐を極めているものだった。

 コロシアムの中央の円形の闘技場。

 数人の罪人がそこに置き去られ、武器も何も持たされていない罪人はその場で魔獣に食い殺される。

 ここは龍脈都市。龍脈が近くにあることで凶暴化している魔獣から逃げはするものの、なす術なく。


 そして、それが終わると魔獣のいる闘技場に二つの檻が下される。

 一つは逃亡しようとして捕まった兵士が。

 もう一つにはその家族全員が入れられている。


 檻が地上に到達すると蓋だけが釣り上げられ、支えを失った柵の四面が倒れる。

 片方の檻だけ、家族全員が入れられた檻だけが解放されるのだ。


 兵士は縛られ、檻の中で家族が魔獣に殺される様をただ見せられる。


 全員が魔獣に食い殺されると、兵士のいる檻は釣り上げられ、全身を鎧で武装した一人の兵士が登場し、魔獣を完膚なきまでに一層し、処刑の全てが終了。

 集められた住民は解放となる。



 コロシアムの片隅で、周りに人のいない場所で全てを見ていたタリアは、その光景に何度も吐いた。

 胃液まで出し尽くしたのではないかと思うほど吐いたのだが、吐くものが何もなくなっても吐き気が治らなかった。


 吐き気が治まるのを待って、タリアは動き出した。


(あんなものを見せられたんだ。ただ胸糞わるい思いをしに来たんじゃない!)


 この処刑の首謀者を見つけること。

 そして家族を目の前で殺された兵士がどんな処遇を受けるのかを確かめなければ、ここに来た意味はない。


 あの兵士が人型魔獣にされるのであれば、処刑の首謀者がそれを知らないはずはない。

 首謀者と一人生かされた兵士の処遇を調べられなければ、二ヶ月後にまたコロシアムに来ることになる。


 この場所に二度と近づかなくて済むように、タリアは急ぎコロシアム中を調べて回った。




 真っ先に向かったのは、客席の一階部分。闘技場を一番近くに見ることができる場所だ。

 タリアが見ていた限り、そこには煌びやかな衣装を纏った人ばかりだった。王族や貴族のみ入ることができる場所なのだろう。

 目的の人物のうちの一人、もしくはそれに近い人物は確実に一階にいると思われた。


 集まっている王族や貴族の中からどうやって目的の人物を探そうかと思って観察していたタリアには気付いたことがあった。


 処刑を見終わった反応の違い。

 大部分は一般の住民と同じような反応だ。残虐な処刑を強制的に見せられて滅入っている。

 その中に談笑している一団がいて、その一団に関わらないよう、近づかないようにしているように見えた。


 その一団の中心にいて、チャニング公爵と呼ばれている人物が、コロシアムで行われている処刑の首謀者らしい事は会話の内容からわかった。

 チャニング公爵の周囲に集まっている貴族たちは皆、公爵の機嫌を損ねないよう、公爵に気に入られようとしている。


 一般市民とは違い、貴族は二ヶ月に一度のコロシアムでの処刑に毎回参加しなければならない。

 それは国政に反発しようと目論む貴族を洗い出すことが目的の一つにあり、反発すれば貴族も逃げ出した兵士と同様の処刑を行うという脅しでもあった。


 この処刑が行われるようになってすぐ、反発した貴族はいた。

 しかしその貴族たちは次々に処刑され、もう誰も反発をしなくなっていた。




 そしてタリアは家族が処刑された兵士を捜しに向かう。

 兵士の入れられてた檻は闘技場の魔獣が一掃された後に再び地上に降ろされ、兵士は檻から解放され、闘技場の出入り口から建物の内部へと連れて行かれるのを見ていた。

 タリアは闘技場への出入り口から内部へと入る。


 兵士の居場所はすぐにわかった。

 声が響き渡っていたのだ。殺してくれと、懇願する声が。


 この建物はコロシアム。元々は牢獄などなかった建物のため、牢獄として使用されているのは元は選手の控え室などに使われている部屋の扉を鉄製に替えただけのようだった。

 鉄製の扉の部屋はいくつかあり、その一つに家族を処刑された兵士がいた。

 タリアが兵士の元にたどり着いた時には、気絶させられたのか兵士は手足を拘束された状態で倒れていた。


(ずっとここに閉じ込めておくのかな……それとも……)


 この兵士が人型魔獣に変貌するとして、この場で人型魔獣になることはないと考えられた。

 ここは龍脈都市だとは言え、ただ魔力を欲する人型魔獣になった状態で連れ歩くことは不可能だろう。

 だからどこかに連れて行き、現地で魔獣化させるはず。

 現地に行く時までここに閉じ込めておくのか。それとも別の場所に閉じ込めておき、時が来たら現地へと連れて行くのか。


(どちらにせよ、せめてどちらかはっきりしときたいな)


 耳にした噂が本当かどうかを確かめるのは、この兵士が魔獣化するその時を確認しなければならない。

 そのためにはこの兵士がこれからどのような処遇を受けるのかを見続ける必要がある。


(あ、もしかしてカミールさんなら既に情報持ってたりするのかな? 持ってなかったとしても、食いついてくれれば私の代わりに……)


 ルーヴィが人工的に人型魔獣を作り出し、各国に放っているかもしれない。


 もしカミールがすでにその情報を持っているのなら食いついて調べていると思われる。

 今まさに、オブシディアンの王都アリーズで人工的に人型魔獣を作っていた可能性が高いという事実に食いつき、詳しく調べようとしているのだから。


 もしカミールがその情報を持っていないのなら、確実に食いつく情報であることに間違いない。

 そうなればカミールの人脈を使って、この兵士がいつ、どこで人型魔獣になるのか。もしくは人型魔獣にされるという事実はないと判断できるまで観察してもらうことができるだろう。


 タリアがルーヴィの王都リーブラに来ていたことはカミールには内緒にしておきたかった。

 しかし状況が変わり、タリア一人で抱えられる問題ではないと判断し、すぐにでもカミールの協力を仰ぐべきだと思えた。


 とりあえずは監視、警護の兵士の動き、話しを盗み聞き、せめて今日明日、家族を処刑された兵士の扱いを探るべく、タリアは兵士の詰所へと向かった。


(……え? まさか、なんで?)


 兵士の詰所は牢獄として使われている場所と廊下で繋がった場所にあった。

 詰所の内部にはいくつかの部屋があり、牢獄の監視の交代要員と思われる数人が中でカードゲームをしながら待機していた。


 そこで鎧の手入れをしている黒髪の男性に、タリアは目を奪われていた。


(人違いなんかじゃない! ギルだ……)


 腰まであるだろう黒い髪を低い位置で束ね、少し吊り上がった目尻と真っ黒な瞳。

 タリアが最後にギルバートと会ったのは、あのオリヴァー邸での事件の最中だった。


(海外の人から見て日本人は童顔だって言われてた意味、やっと実感できた気がする……)


 ギルバートを見るのは三年半ぶり。ギルバートは二十一歳になっているはずだった。

 しかし変わったのは髪の長さだけのように思える。見た目は十六、七歳にしか見えない。

 背も伸びているのかもしれないが、あの事件の歳はギルバートの背がどのくらいだったのか確かめることもできなかったので分からない。


(って、悠長なこと考えてる場合じゃない! なんでギルがこんなとこにいるのかが問題なんだよ!)


 ギルバートは一人になるタイミングを見計らって接触し、事情を聞きたい。

 ギルバートが手入れをしている鎧は、処刑の最後に魔獣を一掃した兵士が身につけていたものと酷似している。


 なぜ、ルーヴィにいるのか。

 なぜ、こんな場所にいるのか。

 なぜ、その鎧を手入れしているのか。


 タリアはこのコロシアムの存在を知った時から、ルーヴィという国が嫌いになった。

 そして今日、コロシアムで行われていることをその目で見て、ますます嫌いになった。

 ルーヴィを嫌いになった元凶とも言えるこの場所で、どうしてギルバートが兵士に混ざっているのか。


 その鎧を着ていたのがギルバートならば、あの惨劇を見ていたに違いない。

 それなのにどうして、平然とこの場にいられるのだろうか。


 処刑された兵士はタリアと同じ。

 なす術なく目の前で家族を殺されている。

 あの事件を思い出さずにいられなかった。


 それはギルバートも同じのはず。しかしギルバートは平然としているようにしか見えなくてーー


「迎えが来るまで向こうで寝てる」

「おうっ、迎えが来たら呼びに行くなー」

「お疲れー」


 鎧の手入れを終えたギルバートが待機中の兵士と話し、詰所を出て行く。

 タリアはそれを追い、ギルバートが入った部屋の中に誰もいないことだけ確認して廊下に出た。

 そして白虎のカケラから降りる。

 部屋の中で急に姿を現わすことも考えたが、驚いて大声を出されてはゆっくり話すこともできないと思ったので、廊下に人がいないことも確認して、白虎のカケラから手を離した。


 扉を叩こうとしたその時だった。

 内側から扉が開き、扉を叩こうと上げていた手を取られ、部屋の中に引き込まれる。


「わっ!」

「声を出すな!」


 タリアは抱えるように口を塞がれ、扉を背にしたギルバートに背後から拘束されていた。


 ギルバートは扉越しに廊下の気配を探り、近くに誰もいないと判断してからタリアを解放した。


「はー、なんでお前がこんなとこに……」


 解放されたタリアは振り返り、扉に寄りかかってため息をついたギルバートを見た。


「って、タリア? じゃない?」

「はい?」

「……なんか、違う」

「違わないよ」

「いや、だって……あいつもっと目ぇでかくて、髪ももっとこう……」

「タリアです!目は知らないけど髪は切ったの!」

「……カーラに怒られるぞ」

「……そうだね。この前、オリヴァーさんにも同じこと言われたよ」


 クオーツを出る日。髪を切ったタリア。一度バッサリ切ってしまった髪は手入れが楽で、伸びてきたと思う度に切っていたので短いままだ。


「……ん? オリヴァーにも言われたって、どういうことだ?」

「どういうことって、久々に会ったから?」

「はぁ? 久々ってどういうことだ! オリヴァーと一緒にいなかったってことか!」

「う、うん……色々あって、しばらくオブシディアンに」


 ギルバートは深く長いため息を吐き出しながら、背中を扉に預けたままズルズルとその場に座り込んだ。


「やっぱ、飛び出したか。そうならねーように、副団長に頼んでたのにっ」

「ん? 副団長って、ウィル?」

「そうだよ!」

「それなら……まぁ、今も保護下にいると言えば、いるのかも」


 タリアはその場に座り、これまでのことを手短に説明した。

 ギルバートの母親を探す旅に出た経緯や、ナターシャと村の子供たちをレオで保護していること。

 その旅の途中でウィリアムの知り合いの手助けを得てオブシディアンへと入り、住まいと仕事を提供してもらったこと。

 最近、仕事に復帰。オリヴァーに会いに行ったこと。


「って、そんなことより! なんでギルがこんなところにいるの!」

「それ、そっくりそのまま返す。どうやってここに入って来たんだよ! 急にお前の魔力感じて心臓止まるかと思ったんだからな!」

「魔力、感じて? 扉開ける前に私がいるって気づいてたの?」

「……なんか、わかるんだよ。変な魔力のやつは」

「変って……」

「コロシアムでは気のせいかと思ったが、お前のはただ変でわかりやすい。人型魔獣のは気持ち悪い」

「……もっとわかりやすく説明して欲しいんだけど」

「無理」


 ギルバートはあの事件の日、遠くにいる人型魔獣の気配を察知していた。

 あの時は無意識に感じていただけなので「嫌な感じがする」程度のものだったが、死にかけ、目覚めてからはタリアの魔力を強く感じるようになっていたのだとか。


「そんなことより、お前がここにいる理由だ。どうやって入ってきた」

「ああ、それは……」


 タリアは侵入方法について、白虎のカケラについて説明をした。


「そんな便利なもんがあるのか……」

「ギル、ここから逃げよう。白虎のカケラがあればギルも一緒に出られる」

「それはできない」

「なんで!」

「目的があってここにいる」

「目的ってなに!」

「言えない。目的を達するまでは、ここを離れるわけにはいかない。だけど、頼みがある」




  ※ ※




「カミールさん! いますか!」


 オブシディアンの王都アリーズに戻ったタリアは、すぐにノーヴァ隣の用心棒紹介所に駆け込んだ。


「エステル? どうしたの? 今日は休みのはずじゃ」


 用心棒紹介所のいつもの部屋にカミールはいて、鉄仮面の男と一緒に大量の資料を見ていた。

 紙だらけのデスクの上、カミールの正面に叩きつけるように、タリアは分厚い封筒を置いた。


「これは?」

「ギルからの報告書です」

「ギル? ってもしかしてギルバート? ギルバート! 生きてたんだ!」


 勢いよく立ち上がったカミールは大急ぎで封筒を開け、中に入っていた紙の束を食い入るように確認し出す。

 そんなカミールから、タリアは紙の束を取り上げた。


「あっ!」

「生きてたんだって、どういうことですか?」

「……エステル? 怒ってる?」

「説明してください。なんでギルがあんなところにいたのか」

「……えっと、どこにいたのか、ものすごーく気になるんだけど」


 タリアは無表情でカミールを見つめていた。


「ギルに何をさせているのか。それを教えてくれたら答えます」

「……わかった。ちゃんと話すから、座らない?」


 鉄仮面の男が持って来てくれた椅子にタリアが座ると、何から話せばいいかなーと頭を掻きながらカミールも椅子に座った。



 ギルバートは用心棒紹介所の登録している三人のSランク、最後の一人だった。

 カミールはレオを去るろうとしているギルバートに声をかけ、情報集めの手伝いをして欲しいと頼んだのだ。

 ギルバートは「魔女に関わっていて、一番危険な仕事を回してくれるなら」という条件を出し、カミールはそれをのんだ。


 そして、当時は純粋に強さを競う闘技場の主催者の一人が、魔女の関わっていた研究所を作った本人だったこともあって、ギルバートを闘技場の出場者に仕立て上げた。

 強いやつと戦いたい。そんなギルバートの希望も叶えられる場所でもあった。


 しかし、コロシアムで公開処刑が行われるようになった頃、ギルバートと音信不通になってしまった。


 ギルバートは連絡の取り用のない場所に行った。もしくは、考えたくはないが殺された可能性も考えてはいたという。


「俺が把握してるのはここまで。ってことで、この報告書は音信不通になって以降のギルバートの状況も記されてると思う」

「……それを読めば、私がどこでギルと会ったのかわかるってことですね」

「あ、エステルの口からは言ってくれない気?」

「……リーブラのコロシアム。処刑の最後に魔獣を退治してたのがギルでした」

「エステルまさか、あの処刑を見たの?」

「人型魔獣が、家族を処刑された兵士だったという噂を聞いて」

「っ、そんな噂が? って、あんな危険な場所に一人で行ったってことか! あの処刑、ルーヴィの国民以外はコロシアムに近づいただけでもその場で殺されるんだよ!」


 立ち上がったカミールはデスクを回り込み、タリアに詰め寄る。


「俺もおいそれとは近づけない危険すぎる場所なのに! 白虎のカケラがあるからって、なんであんな場所に一人で行っちゃうかな!」


 怒りをあらわにするカミールに、タリアは驚いていた。

 怒るカミールを初めて見たのだ。


「姿を消してた間にも危険なこといっぱいしてたんだろーね! でもここに復帰したからには勝手な真似は許せない! もしエステルがどっかで誰かに捕まったりしたら、どれだけ俺たちに迷惑かかるか分かる? エステルだからって依頼を受けてんのに、当日になってエステルいないとか、断るとか、どれだけうちの信用失くすか分かる?」

「は……はい」


 カミールに詰め寄られ、タリアは椅子に座りながらも背筋を伸ばしていた。


「わかったなら、俺のお願い聞いてくれるよね?」

「お、お願い?」

「うん。エステルに護衛をつけたい。できればずっと」

「ずっと、とは?」

「仕事以外も全部」

「それは無理! 困ります!」

「それなら、エステルがなにかを調べる時だけでいいよ。今日みたいな休みの日になるのかなー。出かける前にここに立ち寄って、護衛を連れて行くって約束してくれるなら、護衛をずっとつけたいとか我が儘言わないよ」

「……断ったら?」

「今後一切、仕事も情報もエステルには回さない」

「……今、受けてる依頼も、ですか?」

「エステルが暴漢にでも襲われて死んだことにしたら、貴族も文句言えないよねー。当日キャンセルにもならないし、仕方ないって諦めてくれるだろうし、信頼もそんなに失わずに済むんじゃないかな」


 これは脅しだ。とタリアは思った。


 もともと、リーブラで研究施設を探していることもカミールには言わないでおきたかったのだが、ギルバートの出現で状況が変わってしまっていた。


 ギルバートからの預かりものを渡した時点で、危険に首を突っ込んでいる可能性を指摘されることも覚悟していたが、まさか仕事を盾に護衛を強要されることになるとは思っていなかった。


 タリアには一応の選択肢を与えられている。

 四六時中護衛をつけるか、調べに出かける時に護衛をつけるか、護衛を付けずに仕事と情報源を失うか。

 選択肢は三つあるとはいえ、タリアには一つしか選びようがない。


「わかりました。どこかに出かけるときは必ず、ここに立ち寄ります」

「うん。よし、そうと決まれば……」


 カミールは足取り軽く自分の席へと戻り、ギルバートの報告書に目を通して行く。


「エステル、今後もリーブラに行くことありそう?」

「ええ。魔女が関わってた研究所を探しているので」

「ああ、それでリーブラに行ってたのか。って、今、ギルバートがいるの、その研究所だ」

「え? あそこが?」

「エステル、そこにも行ったの?」

「ギルにその封筒を託されたとき、ついて行ったので。でもあそこ、公爵の屋敷の敷地内でしたよ?」

「そう! だから俺らも侵入に困って……そうか。ギルバートもそこにいるし、エステルがいたら出入り自由……」


 カミールは無言になり資料を次々に読み進め、読み終えてから顔を上げ、タリアに向かってにっこりと微笑んだ。


「俺らとエステルの目的は同じようだし、護衛兼情報収集係として鉄仮面さんを連れて行ってもらうことにするよ」





 第2話 完

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