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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第2章 死の森の魔女
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死の森の魔女 第15話 ②

 

 クオーツ国の王都レオ。その王城のとある一室。


「で、タリアの様子は?」

「だから、早くても三ヶ月おきにしか情報は入らないと何度も言ってるだろ!」


 ウィリアムの執務室にはここ一ヶ月、二、三日おきにオリヴァーがやって来る。


「次は少なくとも一ヶ月先! 大人しく待ってろよ!」

「しかし、タリアに変な虫がつくんじゃねーかと思うと気が気じゃなくてだな」


 ウィリアムは帰還してすぐ、魔力を吸い取る水晶を発掘するための準備に取り掛かった。

 それと同時進行でオリヴァーが中心となり、魔獣、人型魔獣に対抗するための道具作りをする体制を整えた。


 それから五ヶ月経過し、クオーツ国内で発見された洞窟の近くに鉱夫達が暮らせる環境が整い、国内各地から集まられた鉱夫が現場に派遣される運びとなった。

 対魔獣、人型魔獣用の道具も、あとは水晶を入手でき次第、実験に入る段階まで順調に進んでいる。


 オリヴァーにタリアのことを問われるのも、初めのうちは何かとやることが多くて頻度は少なかったのだが、実験が行われるようになるまで時間ができたオリヴァーは、思いつくとすぐにウィリアムの元を訪ね、タリアの近況を聞き出そうとしていた。


「だいたい、私がいるのに変な虫がつくわけがない!」

「お前、まだそんなこと言ってんのか。ロルフにも言われただろ。脈なんてないって」

「うぐっ……それは……でも、枷には該当してる」

「そう思いたい気持ちはわかるが、気のせいだったんじゃねーのか?」


 タリアがパトゥサでいなくなってすぐ、何事もなくレオに向けて出発ーーとはいかなかった。

 タリアがいなくなった。その理由を、ルドルフは知りたがった。

 タリアの素性を知らない面々には「タリアの出身がパトゥサで、実家に帰っただけ」と説明すれば済む話だったかも知れないが、ルドルフには通用しない。


 ルドルフは根掘り葉掘りウィリアムから事情を聞き出し、説明を求めた。


 そして全ての事情を把握し、タリアが安全であることを理解し、やっと納得してくれた。


 しかし。


「ウィル、お前さー、やり逃げされたの認めたくないだけじゃないの?」


 と。


 ウィリアムとタリアの関係を聞いたルドルフは客観的な意見を述べた。

 話を聞いているのがウィリアムのみで、タリアの心象を把握は出来ないので、推察しかできない状況ではあるけれど、と前置きをして。


 聞く限り、ウィリアムとタリアの関係はウィリアムの片思いでしかないように思える。

 タリアから誘ってきたという話ではあるが、あの当時のタリアの追い込まれようを考慮すれば、タリアが逃げ道として手近にいたウィリアムとの肉体関係を望んでもおかしくはない。

 前世で二十七歳までの記憶を持っているタリアだからこそ、というのも頷ける。


 タリアがウィリアムを求めたのはその夜だけで、その後、ウィリアムへの態度は以前と変わらず、ウィリアムを拒絶していた節もある。


 ウィリアムを拒絶していた理由は、単に嫌だから拒絶していたと考えられる。

 もし、タリアが本当に誰でもいいと思っているのなら、ただ性的な快楽を求める人種であったとするなら、拒絶する必要はない。

 だから拒絶をしたのは、誰でもいいと思ったのは、自暴自棄になっていたあの夜に限られるのではないか。

 タリアはただ性的な快楽を求める人種ではなく、快楽に溺れることもなかったのでウィリアムを拒絶した。


 つまり、タリアはウィリアムにも、他の男にも抱かれたくなどない。



 ウィリアムを気絶させる前に目を閉じ、泣きそうな顔を見せたという話については、ウィリアムが枷に該当していたことに驚き、戸惑ったと考えられる。


 しかし、ウィリアムを拒絶していた理由が、単に嫌いだったから。そう考えると見え方が変わってくる。


 タリアは旅の始まりからウィリアムを実験台に、火魔法の応用を模索していた。

 相手を気絶させたり、止まった心臓に衝撃を与えて蘇生させることも可能。しかし、使い方を間違えれば相手を死なせてしまう可能性がある危険なものだった。


 旅の間でタリアはウィリアムを気絶させたことは初めてだった。

 もし、力加減を間違えれば死なせてしまうかもしれない。けれどウィリアムを気絶させることができなければ去ることはできない。

 だから覚悟を決めるために目を閉じた。

 自分の手で殺してしまうかもしれない。そんな恐怖が表情に出た。


 そんな考え方もできる。


 それを踏まえ、「やり逃げされたことを認めたくない」ウィリアムは自分に都合のいい解釈だけをしたのではないか。と、カミールは言ったのだ。



 これまで女性にちやほやされ、女性は思い通りになると思い込んできた、というか、それが当然だと思ってきたのがウィリアムという男。

 タリアが初恋で、強烈なまでに想っているのなら、盲目的に恋をしていてもおかしくはない。

 タリアがいつかは自分に向いてくれると信じるのは構わないが、好きでもない男に付きまとわれてもタリアは迷惑にしか思わないだろう。

 迷惑程度にしか思わないならまだマシで、好きになるどころか心底嫌いになる可能性だって十分にある。


 ウィリアムはそれを理解する必要があると、ルドルフは真剣に語った。


 そんなルドルフの意見に一理あるとオリヴァーは思ったし、ウィリアムの恋を応援したい気持ちもあるが、タリアがウィリアムを迷惑だと思っているのならタリアの味方になりたいオリヴァーだった。



 ノックが聞こえて、話は中断された。

 ウィリアムが入室を許可すると、入ってきたのはカミールだった。


「なんで……まだ一ヶ月は先になると……ってまさか!」

「タリアに何かあったのか!」


 カミールの姿を確認し、オリヴァーとウィリアムは同時に立ち上がっていた。


「オリヴァーさんもいらしてたんですね、丁度良かった」


 カミールは疲れ切った表情で、深々と頭を下げた。


「タリアさんを見失いました。すみません」

「見失った、って……」

「忽然と姿を消してしまったんです。一ヶ月捜索をしましたが、見つかりませんでした」

「カ、カミール……一から、全部説明してくれっ」


 オリヴァーは椅子に倒れこむように座り、ウィリアムは呆然と立ち尽くす。


「私がウィルと繋がっていると悟られ、それで……」


 カミールは順を追って起こった全てを話した。


 タリアが魔女と一緒にいた男に接触し、攫われかけ、脅され、もう魔女には近づかないと言ったこと。

 仕事の継続が可能かを、それから一ヶ月間、試用期間を延ばして考えてもらったこと。

 仕事を辞めると決断したので、レオに送ると言ったら断られ、帰るつもりはないと言われたこと。

 町に留まり、貴族の世話になると言われたこと。


「ウィルとは、できれば二度と関わりたくないって、ウィルと関わっている可能性がある私とは関わりたくないって言ってまして」

「そんなに……ウィルと関わりたくねーのかよっ……」

「アリーズの貴族は全て調べました。だけどタリアさんはいなくて……どこに行ったのか、検討もつかない状況です」


 カミールはタリアがいなくなったという報告と謝罪のため、タリアを一ヶ月捜索してから来訪していた。

 そのついでに、タリアが行きそうな場所に検討がないかを二人に聞くために。


「タリアが頼れる場所はクレアの実家くらいしか」

「そこはすでに探しました。タリアさんを可愛がっていたドーラという女性にお願いをして」

「そこにいなかったとなると、俺には思いつかない。ウィルは?」


 呆然と立ち尽くしたままに見えたウィリアムだが、ちゃんと話を聞いていたようで、小さく首を振ってやっと椅子に座った。


「なんでだよ……少しくらいほだされてると思ってたのに」

「ウィル……こう言っちゃなんだけど……タリアさんとの関係は無理矢理だったんでしょ?」

「それを、タリアが言ってたのか?」

「ウィルと恋仲だったんじゃないかって聞いたら否定されたよ。気晴らしに利用しただけ。無理矢理で、強引で、なにをしても、なにを言っても聞き入れてくれないから、面倒で放任してただけだって言われた」


 カミールの言葉に、ウィリアムは返す言葉も出なかった。


 タリアの枷に該当していると思っていた。

 しかしルドルフの言葉で、タリアの枷に該当していると思いたい、と少し弱気になった。

 そしてカミールの言葉で、タリアの枷に該当していると思い込んでいただけだと思い知らされた。


「カミール、タリアの捜索は続けてくれるか?」

「もちろん。できる限りのことをするつもり」

「頼んだ。何か分かれば、オリヴァーに報告してくれ」

「え? ウィルには、しないでってこと?」

「タリアは……私に情報が伝わるのを嫌がってるんだ。これ以上、嫌われるような真似はしたくない」


 静かに語るウィリアムに、オリヴァーとカミールは顔を見合わせた。

 ウィリアムからは自信に満ちた雰囲気が急に消え、二人とも驚いたのだ。


「カミール、ルドルフさんの件はどうなってる?」

「あ、ああ……さっきまで一緒だったんだけど、店に荷物を置いたら来るって言ってたから、そろそろ来ると思う」

「戻ってきてたのか」

「うん。タリアさんの捜索も手伝ってくれたよ」

「そうか……で、もう一人のスティグマータの乙女について何か掴めたのか?」

「ここで報告するって言われて、何も聞いてない」

「わかった。オリヴァーも聞いてくだろ?」

「あ、ああ……」


 何事もなかったかのように執務に戻ったウィリアムに、オリヴァーとカミールは再び顔を見合わせた。


 先ほどまでのウィリアムの言動からは、失恋を受け入れたようにしか思えない。

 傷心の中にあることは明白で、それを二人に悟らせたくないことも理解できる。


「俺、茶でも頼んでくる」

「じゃ、ルドルフさんを出迎えてくるよ。一人だとここに入るのに時間がかかるだろうから」


 オリヴァーとカミールは居た堪れず、ルドルフが来るまで退室することを選んだ。


 執務室に一人になったウィリアムは、深くため息を吐き出す。


「やらなきゃいけないことが山積みで、よかった……」


 そう呟き、仕事を続ける。



 タリアに嫌われていると、突きつけられた事実。

 タリアはほだされてもいないし、ウィリアムの気持ちに応えてくれることはない。

 だからといって、すぐに忘れることは出来ないだろう。

 時間がかかることは間違いない。


 幸いにも、やるべきこと、考えるべきことは沢山ある。

 それを消化しているうちに、タリアへの想いも薄れてくれるだろうか。

 やるべきことの全てを終わらせる頃にはーー



 オリヴァーが戻り、カミールがルドルフを連れてきてすぐ、ルドルフからの報告を受ける。


「結論から言えば、もう一人のスティグマータの乙女はラズの王都近くに幽閉されてた」

「幽閉? 連れ出せなかったのか?」

「悪いけど、連れ出すつもりもなかった。悪用はされないだろうし、ラズも利用するつもりがないから幽閉したんだと思うし……」


 ルドルフはギルバートの母親を捜す旅から帰還してすぐ、もう一人の『スティグマータの乙女』の捜索に向かった。

 オリヴァーがあの事件の直前まで行なっていた任務では、カミールの手を借りて他国へ入っていた。カミールの仲間にも情報収集を手伝って貰っていた。

 それと同様にルドルフも一人で捜索をしているわけではなかった。

 まずはタリアを保護したと報告に来る予定になっていたカミールが来るまで待機をし、人員を借りてレオを出発。

 そしてラズに入り、もう一人の『スティグマータの乙女』を発見した。


『スティグマータの乙女』はルドルフが前の世界で生まれ育った島で生贄にされた少女。

 ナターシャが生贄にされ、何事もなければ五十年後に誰かが生贄にされる筈だった。

 しかし、ナターシャが生贄にされてからたった十年後、島に疫病が蔓延し、生贄にされた少女がいる。

 その少女は間違いなく、ルドルフの幼馴染だった。


 もう一人、『スティグマータの乙女』がいるとわかった時点では、先にナターシャや村人の保護が最優先だったため、誰もすぐに捜索するべきだとは言わなかった。


 けれど幼馴染だとわかったはずのルドルフが何も言わなかったことが不思議で、知り合いがこの世界に『スティグマータの乙女』として来ているのなら、ルドルフならすぐに捜しに行きたいと言っても良かったのではないか、とオリヴァーが言った。


「オレは、そいつがどうなろうと知ったこっちゃない。だけど捜すのは、デュランが心配してるからだ」


 ルドルフと最後の生贄に選ばれた少女は確かに幼馴染ではあった。しかしルドルフは「この世で一番嫌いな人間」だと思っていて、その少女がこの世界に転移され、どんなに過酷な運命を辿ろうが構わないし、もしそうなれば「ざまーみろ」と思うだけだとも言った。


 しかし、『スティグマータの乙女』を守る使命を与えられた男の子孫で、その力を受け継いでいるデュランは違う。

 その少女の行く末を案じているし、本来なら自分の足で捜しに行くべきだとも思っている。


 デュランにはクオーツでやって欲しい重大な役割があり、そちらに集中して欲しい。

 だからこそ、今後、特に役割を持っていないルドルフが捜索に行くのが一番だと判断し、名乗りを上げただけだった。


「あいつ、この世界に放り込まれて少しは変わったかと期待してたんだけど、何も変わってなかった。幽閉されたのも、我儘過ぎて手に負えなかったらしいんだ」


 九年前、ラズの特殊部隊によって連れ出された少女は王都で保護された。

 当初、ラズでは少女を保護しつつ、王族と結婚でもさせて、都合の良いように使う計画だった。

 少女は程なくして目覚めた。しかし、少女と全く言葉が通じない。その上、横柄で高慢な態度。

 少女と意思の疎通を図る方法を一つだけ見つけた。少女の書く見たこともない文字を、解読出来る従者がいたのだ。


 その従者を通して少女との対話を図ってはみたもののーー


 少女は自分の要求ばかりを突きつけ、ラズの要求や言い分を全く聞き入れなかった。

『私が特別なんでしょう? だったら言うこと聞きなさいよ』

 という姿勢を何年も崩さず、言葉を覚える気もなかったことから、歩み寄りは不可能だと判断し、深い森の中に塔を建て、そこに少女を幽閉したということだった。


 王都にほど近い森の中。壁の外で魔獣がいる。外には出ないだろう。

 事情を知ってほかの国に狙われたとしても、少女の性格を知れば悪用も出来ないだろう。


 そんなラズの判断で、幽閉と言う名の飼い殺しをされている。


「ま、悪用もされないし、保護されてるってことに変わりはない。なんの心配もないってわかったから、デュランにもそう説明するさ」


 仮にも『スティグマータの乙女』を幽閉されたまま放置していて良いものか。

 ウィリアムもオリヴァーもそうは思ったが、ルドルフの調べた内容はカミールの仲間の集めた情報でもある。

 調べた内容に虚偽はないし、事実であると確信もできるのでーー


「オレからの報告は以上。デュランが商品を作る暇ができるまでは、これまで通り店で大人しくしてることにするよ」


 今後は幽閉されている『スティグマータの乙女』の周囲に変化がないかを確認するだけに留めることになった。






 死の森の魔女 完

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