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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第2章 死の森の魔女
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死の森の魔女 第15話 ①

 

「篝火だ。お前を探しに来たのかもな」


 男に抱えられ、森の上空を進むタリアの目にも、森の端に篝火が見えた。


「あそこの近くに下ろして貰うことって可能ですか?」

「出来るが、お前は美味そうらしいから、魔獣が来るぞ」

「そっか。どうしよ」

「引き返して姫に頼むか」

「魔女さんならどうにか出来るんですか?」

「魔獣は力関係に従順だからな」

「あははっ、つまり魔女さんが魔獣の頂点ってことか」


 男は直ぐに引き返し、魔女に事情を伝えた。

 そしてタリアには決して危害を加えないように命令を出して貰い、魔獣達はそれに従った。

 タリアは他の人間よりも魔力を持っているため、他の人間の区別はつかなくともタリアだけは判別できるようだ。


 魔獣に襲われる心配がなくなったので、男には森の端、篝火からすこし離れた場所で降ろしてもらった。

 改めて次に迎えに来て貰う日と待ち合わせ場所を確認し、男に別れを告げて走り出す。


(あ、カミールさんだ)


 篝火で照らされた一帯にいる人の顔を確認し、タリアは走る速度を速めた。

 カミールの他にドーラもいる。ジャーヴィスほか数名は森に近づくための護衛だろう。


 多分、タリアが男と接触したのを、男を監視していた人が目撃している。

 その後、男と壁の外に向かったのも見ていただろう。

 それを自らついて行ったと思ったか、攫われたと思ったか。

 なんにせよ、森に入ったと思われ、心配して駆けつけたが森の中には入れずにいることは分かる。


「エステル!」


 走って来るタリアに真っ先にきづいたのはドーラだった。

 駆け寄り、タリアを抱きとめる。


「もう! 心配かけて! 怪我はない? どこも痛くない?」


 タリアの顔を、肩を、腕を、全身を確認するドーラの奥で、カミールがよろけ、それをジャーヴィスが支えた。


「無事、だった……あの男に連れ攫われたって聞いて、もうダメかと」


 やはり、攫われたと思われていた。

 それはタリアにとって好都合だった。


「心配かけてごめんなさいっ!」

「全くよ! 無事で良かったけど、なんであの男に話しかけたりしたの!」

「魔女のことを聞けるかと」

「バカ! また何かされるって、考えなくても分かるでしょう!」


 またーードーラはタリアに何が起こったかを知っている。

 いや、こんなことがあったから、カミールから聞かされたのかもしれない。


「ごめんなさい」

「無事だったから良かったようなものの……森にいて無事だったなんて」

「森には入ってません。必死で逃げて、壁伝いに門まで行こうと思ったんですけど方向がわからなくて」


 これは男と考えた言い訳だった。

 魔女と接触し、協力することになったことは言わないでおきたかったからだ。

 森の中には龍脈が点在している。

 人間一人よりも多くの魔力を持っている龍脈に魔獣は集まる。

 タリアは魔力が多いので例外のようだが、それは魔獣にしかわからないことなので人間には例外だとは思われない。

 タリア以外の人間にとって森のすぐ側は意外と安全なので、この言い訳で十分に通用するだろうと男は言っていた。


「篝火が見えたので、助けてもらおうと……」

「ああもうっ! 本当に無事でよかった!」


 ドーラに強く抱きしめられ、どれだけ心配させていたのかを痛感する。

 もう夜だ。ドーラは店を休んでまで、心配で駆けつけていてくれたのだろう。


(罪悪感、半端ないっ! けど……)


 何があったのかは誰にも話さないと決めた。

 決めたことに後悔をしていないので、タリアはドーラにしがみつき、ただ謝り続けていた。



 タリアは怖い思いもしたし疲れているだろと、何があったのかの詳しくは翌日に持ち越されることになった。

 タリアよりもカミールとドーラのほうがよほど滅入っていて、タリアの罪悪感はさらに強くなった。






 翌日、タリアはドーラに連れられ、男子寮の一室の前に来ていた。

 そこはカミールがアリーズ滞在中に使っている部屋だった。


 中に入ると、床が見えないほどの紙が散らばっていた。


「カミール! カミールってば起きて!」


 部屋にベッドはあるが、そこも紙で埋め尽くされていた。

 カミールは紙に埋もれたデスクに突っ伏し、眠っていたところをドーラに叩き起こされている。


「エステルから昨日のこと聞くんでしょう? 起きて!」

「う、ん……起きたい、起きたいけど……」

「エステル、ちょっと待っててね? カミールってば寝てる時間が勿体無いって、あまり寝ないのよ。でも一度寝ちゃうとこんな感じで、完全に覚醒するまで時間がかかるの」


 昨日のカミールはかなり疲れていた。タリアのせいで。


「ドーラさん、私のこと、カミールから聞いたんですよね?」

「……うん、ごめんね、勝手に」

「いえ、知ってるなら隠すこともないでしょうし」


 タリアは部屋の扉を閉め、奥へと進み、カミールに触れた。


 すると、カミールはパッチリと目を見開き、体を起こす。


「今の、何?」

「疲労回復魔法です」

「いやいや、そんな……って、そうか。完全、が付くやつか」

「え? 何? なんでカミールはそんなにスッキリした顔してるのよ」

「私の力です。回復系魔法の一種で」

「いやー、改めてすごい。こんな即効性のある魔法は初めて経験したよ」

「エステル!」


 急にドーラに抱きつかれ、タリアは何が起きたのかと戸惑った。


「ドーラさん?」

「そんな力なんてあるから、こんなことになってっ……」


 ドーラの肩が震えているので、顔を覗き込むとドーラは泣いていた。


「魔法使うのに、なんて辛そうな顔するのよ……カミール! あなたのせいよ!」

「ご、ごめん」

(……ダメ……無理……誰も愛さないで生きるなんて、できない!)


 タリアが辛そうな顔をしたのは、カミールを疲れさせたのはタリアだからだ。

 疲れ切ったカミールを見て、罪悪感でいっぱいになったからだ。


 しかしドーラは勘違いをした。

 タリアの身になにが起こったのかを知り、魔法を使いたくなくて辛い顔をしたと思い、気遣いと優しさをぶつけて来た。


 タリアの身を、心を案じてくれるドーラに、タリアの目からは涙が溢れ出していた。

 声を上げて、泣き出していた。


「エステル……辛かったね。好きなだけ泣いていいよ……カミール、エステルに説教なんてしたら許さないから!」

「そんなの、するつもりなかったよ」


 二人の声は聞こえていた。けれどタリアは泣き続けていた。






 涙なんて枯れたのだと思っていた。


 散々泣いたから。





 もう誰も愛さないと心に誓った。


 けれど、こんなにも心配してくれる人たちがいる。


 こんなにも優しい人たちがいる。


 その人たちを大切にしたいと思ってしまう。


 それを止めることなどできない。





 どうして枷なんてものがあるんだろう。


 どうして人を愛せなくなるような枷が存在するんだろう。


 存在する意味がわからないのに、それに苦しめられてばかりいる。


 それにこれからも、苦しめられ続けるのだろう。


 誰かの優しさに触れるたび、誰かを大切にしたいと思うたび、その人に何もしてあげられないと失望するのだろう。





 タリアはしばらく泣き続け、気分を変えられたら、とカミールが持ってきたお茶とお菓子を口にしてやっと少し落ち着いた。


「エステルがあの男に接触しようと思った理由を知りたいんだけど、話せそう?」


 タリアはしっかりと頷く。


「少し、ヤケになっていたんだと思います」


 仕事の試用期間が間も無く終わる。

 このまま仕事を継続するのか、辞めるのか。それを考えるのには、魔女について考えなければいけなかった。

 この三ヶ月、魔女に動きはなく、このまま何事もない可能性はある。

 しかし、近くに魔女はいる。安心は出来ない。


 ウィリアムには、また魔女が何か仕掛けてくる可能性が高いし、タリアを覚醒させて何がしたいのかが不明なままだと言われていた。

 その通りだと思ったし、何よりタリア自身が魔女の目的を知りたいと思った。

 その目的を知れば、今後の魔女の動きが読めるかもしれない。

 魔女に怯えずに生きていけるのかもしれない。

 そう思ったら行動に移していた。


 と、昨日、寝る前に考えていた内容を話した。


「そっか。それで、目的はわかったの?」

「いえ。ただ……あの男の人は、魔女に手を出すのなら容赦しないと言ってました。だから、こちらが手を出さなければ、もう何もしてこないのかもしれません。本当に私を殺すつもりなら、追いかけて来たはずですし」


 この話を信じて欲しい。

 そんな思いから、タリアは手を握りしめていた。


「うん、確かにね。エステルを連れ去った方法を使えば、簡単に追いつけたはず。それをしなかったのは、ただ脅したかっただけって考えるのが自然だ」


 タリアは嘘を並べている手前、顔を上げてカミールを見ることはできなかったが、カミールの言葉に安心した。


「それで、これからのことだけど……仕事、続けられそう?」

「それは……もう少し、時間をください」

「わかった。最低でも一ヶ月くらいここに滞在することになりそうだから、それまでに決めてもらうってことでいい?」

「……一ヶ月も?」

「うん。エステルのお陰で見えてきたことがあってね。もっと詳しく調べておきたいんだ」

「……それなら、その間の仕事は継続します。保留の依頼もあるし」

「助かるよ。それじゃ、試用期間を一ヶ月くらい延長ってことで」


 ひとまず、この先一ヶ月のことが決まり、ドーラはウォルターに報告に行き、タリアは部屋で休むように言われた。

 保留にしていた貴族の依頼を受ければ忙しくなる。

 その前に、仕事にきちんと向き合えるだけの心の休息を取るようにと。


「あ、忘れるところだった」


 部屋に戻ろうとしたタリアは呼び止められ、カミールに差し出されたものを受け取る。


「指輪?」

「うん、スティグマータの乙女がしてた指輪、らしいよ?」

「どうして、そんなものが」

「本物かどうかも、実際にしてた指輪かも全くわからないよ。だけど、以前、知り合いがその指輪を手に入れたって言ってたの思い出して、貰ってきた」

「貰ってきたって」

「その指輪にはあまり価値がないからね。ただの水晶だし」

(このデザイン……昨日見たばかりだ。四つ目ってことかな?)


 その指輪は、昨日、魔女に見せて貰った指輪と同じデザインだった。ただ、はめ込まれた石は無色透明だが。


「もし、スティグマータの乙女にしかわからないなにかがあれば、と思って貰ってきたんだけど」

「……ただの指輪にしか見えないですね」

「それは残念。あ、返さなくていいよ。持ってたら何かわかるかもしれないし、わかるとしたらエステル以外にはわからないだろうし」


 少し調べてみるとカミールに伝え、タリアは今度こそ自室へと向かう。


(なにこれ、ヤバい!)

『やばいってなーに? どういう意味?』

(話しかけてきたっ!)

『そりゃ、ボク話せるもん』

(しかも心の中で会話してる!)

『ボクは違うよ? 口、動かしてるでしょ?』


 タリアは急ぎ足で自室へと飛び込み、扉を閉め、そのまま扉に張り付いた。


 部屋の中心には図体は大きいがちょこんと行儀よく座る白い虎。


(この指輪持ってからだし、昨日のこともあるし……この子、白虎?)

『違うよ! ボクはカケラ。白虎のカケラ!』


 タリアは今、見えているものが信じられなかった。

 今日は三つの指輪を試してなにも起こらず、魔女の手を借りて玄武を見た。

 それが今日になって、まさかカミールからもたらされた指輪で白虎を見ることになるとは思っていなかったのだ。


 昨日の経験があったからこそカミールの前でしらを切れたが、昨日がなければ悲鳴を上げていたに違いない。


 タリアは深呼吸をして心を落ち着かせる。


「あの、白虎のカケラ、さん?」

『なーにー?』

「なんで私にだけ、あなたが見えて、話せてるんでしょうか?」

『うーんと、その指輪がキミの力と反応してボクを呼んだから?』

「私の力……でも、この指輪と似たようなものに触ったけど、なにも反応しなかったよ?」

『それは生まれが違うからでしょ』

「生まれ、って?」

『キミたちが最初に目覚めた場所だよ。キミはボクの土地の中で目覚めた。だからボクとしか共鳴できないんだ』

「共鳴……あの、あなたの役割は?」

『キミをこの世界のどこにでも連れて行くこと!』


 この世界は四龍の守り神に守られている。北の玄武、東の青龍、南の朱雀、西の白虎。

 それに当てはめるのなら、タリアはクオーツで生まれた。まさに西の白虎が守る土地で。

 魔女は玄武の指輪を使った。つまり、魔女は北のオブシディアンで目覚めたということなのだろう。

 ナターシャは東のラズ、青龍の守る土地ということになる。


「私をどこにでも連れて行くのが役目なら、どうして生まれた時からいてくれなかったんですか?」

『だって指輪は四つしかないんだよ? でもキミたちは九人いて、全員にあげられないでしょ?』


 キミたち。九人。それは『スティグマータの乙女』を指しているのだろう。

 この世界では、実際に何人の『スティグマータの乙女』がいたのか正確には把握できていない。

 けれど白虎のカケラは九人だと断言した。

 その言い回しから、タリアもその中に含まれていることがわかる。


「あの、聞きたいことが沢山あるんですけど、聞いてもいいんですか?」

『聞くのはいいけど、ボクはただのカケラだから、役割以外のことはなにも知らないよ?』

「この世界にはどうして前世の記憶を持った人が生まれてくるのか」

『知るわけないじゃん!』


 白虎のカケラの即答に、タリアはうな垂れる。

 白虎が目の前に現れ、話すことができる。

 この世界に来てから抱えている疑問の全てを解決できるのではないか。

 そんな期待が掻き消された。


『あのね! ボクね! 誰かに見てもらうのも、話すのもすっごく久しぶりなんだ! すっごく嬉しいんだ! なにも知らないけど、行きたい場所には連れて行ってあげられる! どこにでもすぐに着いちゃうんだよ?』


 タリアをがっかりさせてしまったと思ったのか、白虎のカケラはタリアに歩み寄り、タリアの目前をウロウロ、ウロウロ。心配そうに見上げている。


「……抱っこしたい」

『いいよ! なにも知らなくてごめんね?』

「可愛いから許す!」


 タリアは衝動のまま、思い切り白虎のカケラに抱きついた。


 猛獣に抱きつくなど、よほど特殊な環境にいなければ無理だろう。

 それが今、思うままに抱きつけていることにタリアは感動していた。


 その毛並みは硬くない。もっと硬いと思っていたが、猫並みだった。

 もっと獣臭いのかと思ったが、匂いは全くなかった。


『ねー、どこか行きたいとこない?』

「……ある」

『それじゃ、行こう! ボクに乗って目を閉じて、行きたい場所を思い浮かべるだけでいいよ!」


 タリアは言われるまま白虎のカケラに跨り、目を閉じて行きたい場所を思い浮かべた。


『目を開けて』

「……うっそ」


 目の前には、深い森。魔女の棲家の目の前だった。

 タリアは試しに、と、魔女の家を思い浮かべたのだ。


「ほんの少し、目を閉じてただけなのに」


 白虎は走って移動をしたらしいが、その速さが尋常ではない。

 まるで瞬間移動だ。

 白虎のカケラにとっては当たり前のことで、その原理は不明。

 タリアが指輪を身につけた際にも同じように、自分の棲家から移動して来たとのことだった。


『ボクに触れてる間はキミの姿も、誰にも見えないんだよ?』


 タリアは白虎のカケラから降り、距離を置いてみたが、特に変化を感じることはなかった。

 しかし、タリアの気配を感じて、魔女の家から男が出て来てタリアの姿に驚いた。

 その上、タリアが白虎のカケラに触れると驚いて辺りを見回したので、確かに触れている間はタリアの姿も気配も消えると確認。

 移動手段を手に入れたので、来週は男に迎えに来てもらう必要がなくなったことを伝えて帰宅した。




  ※ ※




 ネーヴェでの試用期間が一ヶ月延長され、タリアは貴族からの依頼をこなしつつ、週に一度は魔女の家に通った。

 先日、魔女と行動を共にしている男に攫われた一件もあるので、ノーヴァでの演奏は控え、必ず護衛がつけられる貴族の依頼のみをこなす。


 タリアが演奏に招待される日、その貴族の屋敷にはカミールが来賓として出席していた。

 タリアたちとは完全に別行動。オブシディアンの龍脈のある都市の一つ、トーラスの貴族の息子として出席しているのを目の当たりにしたタリアは「その貴族の弱みを握ってるのか」と理解した。


 カミールの出身はクオーツらしい、とドーラが言っていた。

 それが本当ならばオブシディアンの貴族なわけがない。身分を偽るにしても、アリーズの貴族の区画に入る為には許可証や書状が必要になるし、貴族のパーティに潜入して身分を偽っていたと知られれば、二度とその町の貴族に接触することができなくなる。

 情報に目がないカミールが、二度と情報を得られなくなるような潜入手段を選ぶとは思えなかったので「貴族の弱みを握り、怪しまれずに潜入する手段を得ている」と思えたのだ。


 特に、カミールはカルヴァン伯爵と懇意にしている。

 タリアが招待されるパーティには大抵、カルヴァン伯爵も招待されていた。

 最初にタリアの存在をアリーズの貴族に知らしめた人でもあるので、それに敬意を評して招待しているのかもしれなかった。


 タリアの周りに集まり、話しかけてくる貴族から聞いた話だと、カルヴァン公爵は随分前に二人の息子を亡くし、夫人は二年ほど前に病気で亡くなって天涯孤独の身になっていた。


 最近になって社交の場によく顔を出し、自らも主催するようになったのは跡取りを探すためではないかと噂されている。

 貴族の家業を継ぐことのない長男以外の子息を養子に迎えるためではないかと。

 養子候補にカミール入っているのではないかと。


 タリアはカルヴァン伯爵が鎮魂歌で涙した理由を知ると同時に、社交の場によく顔を出す理由を知った。

 しかしカミールに関しては、カルヴァン伯爵の養子になりたいからではなく、もっとほかの理由でカルヴァン伯爵と懇意にしているのだろうと思う。


 そこに深く踏み込むつもりはないが、カルヴァン伯爵はカミールの目的を知った上で懇意にしているように思えて仕方がなかった。



 そして、約一ヶ月が経過し、貴族からの最後の依頼の前夜。

 タリアはカミールの部屋にいた。


「そろそろ、決まった?」


 タリアが仕事を継続するか否かの確認をするため、カミールはタリアを部屋に呼んでいた。


「はい。辞めます」

「理由を聞いても?」


 タリアは首を振る。理由を話す気は無かった。


「この一ヶ月、魔女にも男にも動きは無かったけど、やっぱり不安?」


 タリアは困ったように微笑み、首を振る。


「仕事に不満があるとか、給料を上げて欲しいとか?」


 また首を振ると、タリアが何も言う気がないとわかったのか、カミールは困り果てて唸った。


「すみません。辞める理由を言えば、カミールさんはその理由の打開策を出してきそうで」


 魔女のことが不安だと言えば、常に護衛をつけると言い出しかねない。

 仕事や給料に不満があると言えば、カミールは簡単に改善するだろう。


「……つまり、俺に打開も改善もさせる気はないし、継続して欲しいって説得させても貰えないってことかー」

「お世話になりっぱなしだのに、勝手なことばかり言ってすみません」

「いや。そのための試用期間だったわけだし、短い期間でエステルは俺が思っていた以上の働きをしてくれたからいいよ」

「そう言っていただけると……ありがとうございます」

「それじゃ、明日の仕事が終わったらレオまで送る」

「いえ。この町には留まります」

「そうなの? 家は?」

「仲良くなった貴族の方のお世話になります」

「え? 誰?」

「カミールさんなら、すぐに調べられるでしょ? では、明日も早いので部屋で休みます。おやすみなさい」

「ちょ、エステル!」


 カミールの制止を無視し、タリアは自室に戻った。

 そしてベッドに飛び込むと、深く息を吐き出す。


(この一ヶ月、嘘ついてばっか……でも、それも明日までだ)





 翌朝、タリアは護衛とともに貴族の屋敷へと向かい、いつものように打ち合わせや音合わせ、練習をして過ごした。

 貴族の屋敷で演奏をしている音楽隊はいくつかあり、毎回同じ音楽隊ではなかったが、大抵の音楽隊と顔馴染みになっていた。


(今日は護衛兼、監視って感じだなー。仕方ないか)


 その日のタリアは護衛の五人に監視されていた。

 タリアが誰かと話すとき、練習の最中も、パーティが始まってからも、その会話が聞ける位置に必ず誰かがいた。

 タリアの会話から、どの貴族の世話になるのかを知るためにカミールから指示が出たのだろう。


 多分、今後ノーヴァにいる間、ノーヴァから出るとき、出た後、ずっと監視されることになるのだろう。

 カミールは本当にタリアを心配してくれているし、タリアをオブシディアンに連れてきた責任を感じているのだとも思う。

 だからこそ、タリアがこの先、危険な目に遭わないよう、これから向かう先に危険がないのかを調べ、安心できるまでは監視が続くはずだった。


 監視されても仕方がないと思えるのは、カミールを不安にさせるだけのことをしていると、タリアに自覚があるからだった。



 無事に社交界を終え、ノーヴァへ向かう馬車の中でタリアが入手した情報を報告する。

 そしてノーヴァに到着すると、先に帰っていたカミールに出迎えられた。


「お疲れ様。はい……最後の報酬ってことになるね」

「ありがとうございます」

「ねー、やっぱり教えてもらえない? お世話になるっていう貴族の名前。男性か女性かくらいは教えてくれない?」

「内緒です」

「いやいや、性別だけでもっ」

「だから、内緒です」


 これ以上、下手に嘘を重ねると勘ぐられる。すでに勘ぐられているのだが、墓穴を掘りたくないのでタリアは全てを秘密にすることにした。


「もしかしてその貴族とか、その関係者と結婚とか?」

「それはないです」

「えー、それは即答してくれるんだ」

「……結婚はあり得ませんから。誰とも」

「誰、とも……か」


 タリアから少しでも情報を引き出そうとしていたカミールが、急に何かを考え込み始めた。


(……ん?)


 そんなカミールに、タリアは違和感を覚える。


(意外……結婚しない理由、聞いてこないんだ……)


 これ以上、なんの情報もカミールに与えたくなかった。しかし結婚を疑われて思わず即答してしまい、カミールは間違いなくその理由を知りたがって食いついてくると思い、失敗したと思ったタリア。

 しかしカミールの反応は予想外に静かで、タリアは違和感を強く感じる。


「私には、結婚なんて考えられません」


 違和感の正体に検討がついたタリアは、カミールにカマをかけてみることにした。


「そっかー、それは仕方ないのかもね」


 その返答に、タリアは少々驚き、状況を整理する。


 そして、にっこりと微笑んだ。


「カミールさんって、ウィルの知り合いなんですね」


 そんなタリアの言葉に、一瞬だけ、カミールが息を飲んだ。


「ウィルって、あの……聖騎士団の副団長、だよね?」

「ええ。ウィルの知り合いに世界を股にかける商人がいるのは知ってました。それがカミールさんだったとは気づきませんでしたけど、情報も商品。そう考えると確かに、カミールさんは世界を股にかける商人ですね」


 タリアの、『スティグマータの乙女』の枷については、クオーツの王都レオの研究室で資料を読んだところで記載されていないはずだった。

 枷について知っているのは限られている。一緒に旅をしていたオリヴァー、ルドルフ、ウィリアム。そしてナターシャとデュランのみだ。

 カミールはその中の誰かと繋がり、情報を得ている。

 だからこそ、枷があるから結婚を考えられないと理解し「それは仕方ない」という結論で納得をした。



 カミールと繋がっているとしたら、ウィリアムしか思いつかない。各国の龍脈を入手する際、世界を股にかける商人が知り合いにいると言っていた。


 カミールは世界を股にかけて情報を集めていることは知っているが、ネーヴェやノーヴァを経営している印象の方が強かったので、商人という認識が薄かったのだ。


 オリヴァーはタリアとレオに帰るのだと、疑いすら持っていなかったと思われる。

 ルドルフはそれほど親しくもなく、そこまでの人脈があるとも思えない。

 ナターシャとデュランも同じく。

 消去法で、ウィリアムしか考えられなかった。


 カミールとウィリアムが繋がっている。つまり、タリアの情報はカミールからウィリアムに伝わるということ。


 それに気づいたタリアは笑い出す。


「エステル?」

「ウィルと、繋がってたんですね。どうりで、タイミングがいいと思った。私にばかり都合のいい条件を並べたのも、そのせいだったんだ」

「ちょっと待って、なんの話なのかさっぱり」


 カミールはそれを否定したが、タリアは確信していた。


「私、あの人とはできれば……関わりたくないんです」

「その人って、恋仲だったんじゃ」

「違いますよ。気晴らしに利用しただけ。ただ、そのあとは無理矢理で、強引で、なにをしても、なにを言っても聞き入れてくれないから、面倒で放任してただけです。あの人と関わっているかもしれない。その可能性だけで、カミールさんも関わりたくないくらい、あの人とは二度と関わりたくない」

「……その人と関わりがあると、俺に嫌疑がかかったってこと、か。弁解はさせて貰えないの?」

「弁解? それじゃ……カミールさんが私の枷を知ってた理由を教えていただけますか?」

「枷って……そりゃ、調べたし」

「レオにないはずの情報を、どうやって? あの事件の際に私が魔女と話した内容や『クレメントの手記』の内容については、ギルの故郷で『スティグマータの乙女』について調べてからまとめるってウィルが言っていたんです。だから、枷についての情報を得られるとしたら……」


 タリアの言葉を聞く、カミールの顔つきが変わっていた。明らかに、しまった、という顔をしている。


「では、荷造りがあるのでこれで失礼します。お世話になりました」


 最後まで説明しなくてもカミールは理解したようなので、タリアは深々と頭を下げてその場を後にする。


 カミールとウィリアムが繋がっていたと確信できたことで、タリアの罪悪感は薄れていた。

 カミールには本当に世話になったが、騙されていたということでもある。


 多分、ウィリアムはタリアがレオに帰りたくないと察し、タリアがレオにいなくても安全に保護されるよう手配をしていたんだろう。


 ウィリアムはタリアの行動を先読みし、先に手を回しておくのは初めてのことじゃない。



 部屋に戻ったタリアは灯りを灯し、早速行動開始。

 まとめておいた荷物を、白虎のカケラを使って魔女の家に運び、部屋を空にして灯りを消した。



 荷物を運び終えしばらくすると、魔女の家のタリアの部屋に、魔女と男がやってきた。


「上手くいったようじゃの」

「ええ。お待たせしてすみません。明日の朝、出発しましょう」

「ほっほ……待ち遠しいのー」


 明日、魔女を連れて魔力の墓場に行く。

 この一ヶ月、仕事をこなしながら週に一度、魔女の家に通いながら計画していたことだ。


 魔女の魔力を見る限り、魔女は人間というより魔獣に近く、人型魔獣の魔力を見たことはないが、魔女は人型魔獣と似たような存在なのだろうと予想できた。

 タリアの持参したネックレスでは魔女を無力化することはできなかったが、魔力の墓場なら、原石の沢山ある場所でならーーそう期待できる。

 まずは魔力の墓場に連れて行き、そこで魔女が望む結果にならなければ他の方法を探すしかない。


 タリアに残された時間は四年半ほど。それを過ぎれば魔女は世界中に人型魔獣を放つ。

 どうやってそれをするのかは、聞いても答えてくれなかった。

 それは、人型魔獣を世に放つ方法をタリアが知れば、魔女を殺すことよりも世界を救う方法探しを優先にしてしまう恐れがあるからだそうだ。


 その期限は魔女の記憶が五年で消え去ってしまうことにあった。

 記憶が消えるというより、頭の中の過去が消えると言った方が相応しいと魔女は言う。


 タリアを覚醒させるために起こした事件を例にあげるなら、その事件を忘れてしまう。

 五年後、またタリアの大切な人を殺し、魔女を憎み、殺しに来るように仕向ける。

 前回、同じことをしたと気づきもせずに。


 だから魔女は、あの事件から五年を過ぎる前に、タリアが来なければ人類を滅ぼしてしまうつもりでいるのだ。


 滅ぼすため、人型魔獣を世界中に放つ方法を今の魔女は把握している。

 しかし、その方法が確立したのは二、三年前で、五年後の魔女はその方法を忘れているだろう。

 だから定期的に男がその方法を魔女に教えることで、期限までその方法を覚えておけるようにしていた。


 男がいなくなれば、その方法も一緒に消えるのだろうが、すでに魔女はそれを男から何度も聞かされており、あの事件から五年後もしっかりと覚えているので、今更男がいなくなったところで魔女の計画には支障がない。


 期限まであと四年半。


 大切な人を無残に殺した魔女を、タリアは仇を討ちたいと思えるほど恨むことができない。

 けれど魔女に協力し、無力化、もしくは死に至らしめることができたのなら、あの事件のかたがつく。


 魔力の墓場で魔女を無効化することができないことも考え、その場合、期限までの四年半という歳月を魔女のために使うと、タリアは決心していた。






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