聖痕の乙女 第3話
この世界は四つの国に分かれていた。それぞれに三つの龍脈を所持していて、全部で十二箇所ある龍脈にはそれぞれ町の名前と同じ名前が付いている。
この世界の西に位置するクオーツという国。その王都はレオと呼ばれ、龍脈を所持していた。
王都レオの龍脈は堅牢な柵で囲われ、限られた者のみがその内側に入ることを許されている。
龍脈は巨大な六角柱状の碧く透明な水晶がいくつも地面から突き出していて、その中心に王城が造られていた。
「すごい……としか言えません」
「この城を建てたやつの気が知れねーよな」
王城へは横倒しになった水晶を削って造られた階段を登って入る。しかしその階段は気が遠くなりそうなほどに長く、オリヴァーはタリアと荷物を抱え、回避魔法を駆使して王城入口へと向かった。
「これから、まずは王に謁見してお前を見せて、俺の任務は完了だ。今後、城の中で色々と検査を受けることになるとは思うが、丁重に扱われるし、何も心配はない」
オリヴァーは複雑に入り組んだ廊下や階段を迷うことなく進んでいった。すれ違う人は多く、誰もが立ち止まってオリヴァーに道を譲る。
到着したのは謁見の間。その手前にある控え室だった。
タリアはそこで待つように言われ、オリヴァーは王との謁見にどれだけ時間がかかるのかを聞きに行った。
聖騎士は王直属の部隊で、王の命令でしか動かない。とはいえ、王はいつでも聖騎士を呼び出せるが、逆は王の都合次第だった。
暫くしてオリヴァーが戻ってくる。
王は不在だったようで、謁見は王が戻り次第。ということになった。
オリヴァーの報告は後日改めて。今日は報告書の提出のみになったらしく、帰宅することになったようだ。
「で、報告書を書くにあたって確認なんだが、俺が把握している以外で何かを見たり、知らない魔法が発動したとかはなかったか?」
タリアはこの二週間を思い出し、一つ、誰にも言わずにいたことを思い出した。
「私には多分、時々ではあるんですけど未来を見ることができるみたいです」
「それは本当か!」
「一度目はオリヴァーさんと初めてお会いした時、町の人全員が殺されるのを見ました。その原因はお祖父様が、領主が私を助けるため、オリヴァーさんから隠そうとしたからです」
「……なるほど。急な話だったのにあっさりと出発を決めて家族を説得したのは、未来を知っていたからか」
「はい。それともう一つ、未来かどうかはわかりませんが……」
「なんだ?」
「白銀の鎧を着て、綺麗な装飾のある剣を受け取るギルを見ました」
「……そりゃまた、嬉しい未来だな。ギルには教えたのか?」
「いいえ。私が見たものが本当に未来かはわからないし、もし未来だったとしても確定ではないと思ったので言いませんでした」
「未来は変わる、か。お前、本当に十三歳か? まー確かに、お前は町一つの未来を変えたことになるしな。しっかし、『スティグマータの乙女』に近づいてたんだな。クレア領主からは聖痕の報告は受けていないが」
「聖痕はないです」
「自分じゃ見えないところにあるのかもしれないし……それはこれからの検査でわかるか」
部屋の外には城に滞在する間にタリアのせわをする侍女が待機していると、オリヴァーは続けた。そして、ここでお別れだと言って握手を求める。
「改めて礼を言わせてくれ」
「お礼なんて。お礼を言わなければいけないのは私の方です。ここまで無事に旅ができたのはオリヴァーさんたちのお陰ですし、魔法の使い方だって教えてくれて」
「それは任務だったから、礼を言われるようなことじゃない。タリアが未来を見てくれたお陰で、後味の悪い任務にしなくて済んだ。実はな、今回の任務が俺の最後の任務だったんだ」
この任務に就く前からオリヴァーは引退が決まっていた。最後の任務ということで王から温情を貰い、息子三人と任務に就くことを許された。普段は一緒に任務に就くことなどない街の護衛兵見習いのギルバートも同行させてもらえた。
その最後の任務で、息子たちとクレアの住民全員を殺さずに済んだこと。それがタリアの未来を見る力があってこその結果だと、オリヴァーは心からの感謝を示した。
「それとギルのことだ。あいつには目的があって、強くなりたいと強く願っていた」
オリヴァーはギルバートを拾った時のことを話した。
七年ほど前、人型の魔獣がギルバートの村を襲った。それを聞いて駆けつけた時には既に村は壊滅。龍脈から離れていたこともあり、人型の魔獣は魔力を使い切ったのか絶命していた。
その村の唯一の生存者が八歳の少年だった。少年は記憶を失くし、自分の名前すら覚えていなかった。覚えているのは目の前で人型の魔獣に村人が殺されていく様子と、自分の無力さを嘆く強い想いだけだった。
オリヴァーは少年を引き取り、ギルバートと名付けた。
ギルバートは優れた身体能力を持っていたが、生活魔法すらままならない。十三歳にになって特殊魔法の適性なしと分かったのだが、人型魔獣への復讐心は強くなるばかりだった。
しかし人型魔獣はオリヴァーであっても勝てるかどうか。聖騎士複数人で挑まなければ倒せないほどに強い。
そんな人型魔獣に身体能力が高いだけのギルバートが挑むのは自殺行為でしかなかった。
「お前のお陰でギルは聖騎士になれるだろう。人型魔獣に立ち向かうための仲間もできる。本当にありがとう」
ギルバートにそんな辛い過去があったなんて思っていなかったタリアは言葉を失った。
人型の魔獣。それは人間の魔力が暴走した成れの果てだ。一歩間違えばギルバートも、タリアが力を解放した際に魔獣化していたかもしれない。
憎むべき魔獣になりたくないという強い思いがあって、ギルバートは自制できたとも考えられるが。
「さて、そろそろ俺は帰るとするよ。王に謁見するときは俺も同席するから、またその時にな」
王が不在とはいえ、『スティグマータの乙女』の候補者が到着した場合に備えて準備は整っていた。
話が終わるとオリヴァーは部屋の外に待機していた侍女を迎え入れ、タリアに紹介した。その侍女が王城滞在中のタリアの世話をしてくれる。
タリアは見送りは不要だと言うオリヴァーに別れを告げ、タリアのために用意された部屋へと案内された。
※ ※
タリアが王城で生活し始めて一週間が経過した。
その間にいくつかの検査を受けたが、魔法に関しては何も進展しなかった。現状の技術では特殊魔法の三種類しか判別できない。
未来を予知する力に関しては常に予知できるわけではなく、検査期間中に未来を見ることはなかった。
『スティグマータの乙女』である可能性に関しても文献が少なく、前回存在が確認された五百年以上前には水晶で特殊魔法の適性を判別する方法も確立されていなかった。
だから実際にどんな魔法が使えたのかという詳しい内容も分からない。
ただはっきりとしているのは体のどこかに聖痕を持っていることと、銀色の髪と瞳を持っているという身体的特徴のみだった。
タリアは『スティグマータの乙女』ではないかもしれない。しかし元聖騎士団長で『生きた英雄』のオリヴァーからの報告では、未来を予見する力と、触れた者の魔力を視る力、防御系魔法と回復系魔法の二種持ちであることが認められている。しかも『完全防御魔法』と『完全回復魔法』という、タリアにしかできない強力な魔法も持っている。
一般的な特殊魔法適性者であれば王都に限らず龍脈を保有する大都市の養成学校で一年間、実戦形式で魔法の使い方を学ぶ。
その後、本人の希望と適性を踏まえて、攻撃系魔法の特性がある者は兵士学校に。防御系魔法と回復系魔法の適性がある者は魔法研究の学校へと三年間通い、十七歳で全国各地の各部署に見習いとして配属されることになる。
二種の特殊魔法適性を持つ者は、その数が少ないため王都に召集され、養成学校で基礎を学んだ後すぐに聖騎士養成学校などでより高度な魔法の使い方を学んだ後に、見習いとして配属される。
しかしタリアの場合、そのどちらにも該当しない。
一般と同じ扱いをして特殊な力があることを世間に知られると、その力を悪用したがる存在に利用されることもあり得る。
今はまだ確定事項ではないが、もしこの先『スティグマータの乙女』だと確定した場合、その存在が公になれば国内外問わず、その力を求める者が現れるだろう。
歴史上公にはされていないが、『スティグマータの乙女』を巡って世界規模の戦争が起こったと言われており、そんな経緯から『スティグマータの乙女』を保持する国はその存在を隠し、保護をするようになった。
王が不在。王政に関わる者は皆、タリアをどう扱うべきか判断が出来ず、検査が終了してもただ城内に留め置くしかできなかった。
タリアはそんな状態を軟禁だと思っていた。外に出ることも許されず、侍女以外に話相手もいなかったからだ。その侍女も必要最低限の会話しか許されていないようで、生活する上で必要な会話以外は「申し訳ございませんが、わたくしには何も」と言われるだけだった。
暇を持て余したタリアは侍女に暇潰しが欲しいと懇願した。そして一日に何冊か書庫から本を持ってきてもらえるようになり、日がな一日を読書をして過ごすようになっていた。
持ってきてくれる本は十三歳のタリアにも読みやすいものばかりだった。その中に、人間が魔力を持つようになってからの物語があった。
昔、人々は魔力持たず、魔獣に脅かされていた。そこに救世主が現れ、人間には魔力が備わっていることとその使い方を、そして龍脈の存在を伝えて周った。
龍脈の周りは土地が豊かで、自然と人が集まり町を作った。
救世主は十二箇所全ての龍脈に名前をつけて区別していたので、その名前がそのまま町の名前になった。
町は発展し、国となっていった。
そして国は多くの領土と龍脈を求めて争うようになった。
救世主が現れたのが約二千年前。それから人々は戦争を繰り返して今に至る。
ただ五百年ほど前に起こった戦争は世界を覆すものとなり、十二あった国が四つにまとめられた。
大陸の北をまとめているオブシディアン、東をまとめているラズ、南をまとめているルーヴィ、そしてタリアの生まれた西をまとめているクオーツだ。
一番の国土と戦力を所持しているのはオブシディアン。
魔法研究に長け、戦略を得意とするルーヴィ。
武力主義のラズ。
その三国は現在も小競り合いを続けている。
最初はルーヴィとラズが領土を取り合って戦争をしていたが三百年経っても決着がつかず、それ以降はオブシディアンをルーヴィとラズが攻め続け、少しずつオブシディアンの戦力を削っている。
しかしルーヴィとラズは決して折り合うことが出来ず、オブシディアンとラズが戦っている間にルーヴィも便乗してオブシディアンを攻めるといった感じで、現在は三国の力が拮抗している。
オブシディアンに次ぐ戦力を持ってはいるが戦争を好まないクオーツだが、売られた喧嘩は買う。喧嘩を売ってきた相手を徹底的に叩きのめすことで領土を広げてきた。
また、助けを求める弱者を助けることもする。近年では二国から同時に攻め込まれることの多いオブシディアンを助けることはあっても、ルーヴィとラズに協力を求められてオブシディアンを攻めることは決してなかった。
二十年ほど前、それが気にくわないルーヴィとラズに攻め込まれることもあったが徹底的に返り討ちにした。
その戦いで戦力を失った二国は大人しくなり、戦力を削られ続けていたオブシディアンも失った戦力を補強している状態なので、仮初めではあるが戦争のない平穏が訪れていた。
その平穏を迎えたのは、その戦争で多大な功績を残したオリヴァー率いる聖騎士団だったこともあり、オリヴァーは『生きた英雄』と呼ばれるようになった。
そしてその戦争の総指揮を取った現王は『英雄の父』と呼ばれている。
そんな『英雄の父』と呼ばれるクオーツ国王との謁見が叶わず、王城での軟禁生活が続いていたタリアだったが、二週間経ってやっと謁見が叶うは運びとなった。
謁見の日、侍女が用意したドレスを着させられ、謁見の間に向かう。
すると謁見の間の扉の前にオリヴァーがいた。二週間ぶりの再会だった。
タリアは侍女の制止も聞かずに駆け寄る。
「オリヴァーさん!」
タリアはただ嬉しかった。知り合いのいない王城内で、唯一の話し相手だった侍女には打ち解けてもらえず。つまらない日々だったから、見知った顔が見られただけでも嬉しかったし、向けられた笑顔に安心もしていた。
「よう、元気そうだな」
「オリヴァーさんも! 今日は鎧じゃないんですね」
「一応、引退したからな」
最後の任務を終えて、引き継ぎも引退式も終え、もうただの貴族になっていたオリヴァー。本来なら引退前に国王への報告をする予定だったのだが、国王が不在だったので報告が書面でのみになっていた。
この謁見が済めば本当に引退出来ると言って笑う。
その後、オリヴァーから謁見の際の注意事項を教えられた。
タリアはオリヴァーの後ろに控えていればよく、お辞儀をしたり、膝をついたりはオリヴァーに合わせて行う。
国王から何か質問された時のみ言葉を発していいが、それ以外に口を開くことは許されないという。
また、国王の許しがあった場合を除き、顔を上げてはいけない。顔を上げることを許されても国王を直接見てはいけないので、顔をあげても視線は国王の足元に向けるようにと言われた。
「では、行くか」
緊張はしていたがタリアは頷く。
侍女が扉を開き、タリアはオリヴァーに続いて謁見の間へと進んだ。
扉から真っ直ぐに敷かれた赤い絨毯は長く、そのずっと先には階段。その上に王座があり、王座の背後には猛々しい白虎が描かれていた。
絨毯の両脇には二十三人が並んでいる。年齢層は幅広く、最年少でも三十代。最年長は七十代。全て男性だった。
(オリヴァーさんが止まって跪いたら、真似すればいいんだよね?)
二十三人の視線がタリアに集まっており、緊張に拍車がかかる。
バン! っと、激しく音を立て、王座左手にある扉が開いたので、タリアを含めた全員の視線がその扉に向けられた。
そこから仮面をつけた男が姿を表すとオリヴァーは立ち止まり、周囲にいた二十三人はざわめいた。
仮面の男は面倒臭そうに短い金色の髪を乱暴に掻きながらオリヴァーの前へと進む。
「オリヴァー、申し訳ないが、王がどっか行った」
「……今日は戻って来てると言われたから来たんだが」
「さっきまではいた。これが残ってた」
仮面の男は一枚の紙を持っていて、オリヴァーに見せた後、二十三人も回して読むようにと言った。
その紙には「この件については皆で相談して決めよ」といった内容と、国王の押印があった。
タリアの扱いに関しては王にしか決められない。だから指示を仰ぐため、その指示がどんなものであってもすぐに対応できるようにと、この国のトップが集結していた。
参ったな、とオリヴァーが呟く。この国のトップの面々も騒めきを増す。
「ここに来るまでに各方面からの報告書は見た。聖痕もない、髪の色も違う。一般と同じ養成学校に行かせていいんじゃないのか?」
そう言ったのは仮面の男。
「いえ! 容姿はともかく、強い力を持っていることは明らかで、一般人扱いはできないかと」
そう声をあげたのは同席している者の誰か。
「じゃ、二種持ちと同じで」
「それでも一年は一般と同じ養成学校に行くことになります」
「だっだら、どうするのがいいか意見を出せ」
仮面の男が意見を求めると、誰もが閉口した。
「意見がないのなら、その女には適当に仕事でも与えてこの城から出すな」
「適当にと申されますが、適性を判断しかねるのでどうしたものか」
(ちょっと待って。この話の流れって、軟禁状態が続くってことなんじゃ……)
仕事を与えるという話ではあるが、城から出ないで働くことになる。侍女としか会話ができない状況よりはましになるが、城に閉じ込められていることにはかわりなく、タリアが望む冒険など夢物語になってしまう状況だった。
「なんらかの適性があったとしても、その女には攻撃系魔法が使えなんだろ? その上、自分には一切魔法がかけられないってなると、戦場ではただのお荷物だ」
「それはそうですが」
「とりあえず、防御系と回復系魔法の研究の手伝いをさせるってことで。それくらいしかできないだろ」
(……うん。この仮面男、嫌い)
会話の内容から、ここに居合わせる人の中で仮面の男が一番発言権を持ち、決定権も仮面の男にあることがわかる。
その男が言っていることは事実なのだが、事実だからこそ認めたくないので癪に触る。
(本人を目の前にしてお荷物だとか、それくらいしかできないとか……もっと言い方ってもんがあるでしょうがっ)
この二週間、タリアは我慢をし続けてきた。自由のない生活も、謁見さえ終われば解放されると信じて我慢してきた。
それなのに、軟禁生活の継続が決まりつつある。それに加えての横暴とも思える男の言動に、溜め込んだ鬱憤が爆発しそうになる。それを必死に堪えていた。
(許さない。例え謝罪があったとしても……この男は絶対に許さない)
そんなタリアに唯一気づいたオリヴァーは咳払いをする。
「あー、なんだ……仕事云々は先延ばしにしないか? まだ十三歳でこれからどんな適性を見せるかわからんし、基礎的な知識もないのに研究所に放り込んでも、本人も、周りも大変だろう」
「それはそうだが、養成学校には入れられないんだろ」
「だから、一年間は個別に教師をつけるってことにする。魔法の知識を深めれば新しい魔法を使えるかもしれないし」
「教師はどうする。ここには王族用の教育係しかいないし、その女のためだけに外部から教師を招くなんて面倒だぞ?」
王城の周辺には堅牢な柵があり、国王に直接仕える者のみがその中に入ることを許されている。
現在のタリアに関しては来賓扱いで、国王もその存在を特別視しているので滞在が許されていた。
しかし、その来賓のために教師を招くとなると、また別に国王の許可が必要になる。
それはつまり、この場でタリアの扱いを決定できないということになる。
「それで、だ。タリアの身元を俺が引き受けるというのはどうだろうか」
オリヴァーの言葉に、周囲は騒ついた。しかし、先ほどまでの騒つきとは異質で、声色の高いものだった。
「それは名案です。元とはいえ騎士団長の保護下にいれば安心ですし」
「貴族の家ならば家庭教師が出入りしていても怪しまれませんし」
「その家庭教師の選定さえ慎重にすれば、特殊な力の存在が公になることも防げますし」
オリヴァーの提案は好感触で、その場にいる全ての人間が仮面の男に視線を投げ、判断を仰ぐ。
「では、その女はオリヴァーに任せることにする。なにかあればすぐに報告するように。必要な手続きは皆で手分けしてやってくれ」
そう言って、仮面の男は去った。
姿が完全に消え、タリア以外、その場にいる者全員がほっと溜息をついた。
一時はどうなるかと思った、と談笑し始め、オリヴァーにタリアを任せるにあたって必要な手続き等を話し合い始めた。
その輪にオリヴァーが加わっていないのを見て、タリアはオリヴァーを覗き見る。
「悪かったな。お前の希望も聞かずに話を進めちまって」
「いえ、オリヴァーさんがいてくれてよかったです。でも、私を引き取る流れになっちゃって。お世話になっても大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。引退して暇になったし、ギルが居なくなって寂しくなってたとこだし」
「ギルが?」
「養成学校だ。この街にはいるが、一年間は寮生活で帰って来られないんだ」
「あ、そっか。なら寂しくても、ギルにとってはすごくいいことですね」
「ああ。だから安心して俺の家に来るといい」
「嬉しいです、すごく。やっとお城の外に行ける! 街の中も歩き回りたかったし、バルコニーから大きな噴水とか、時計台とか市場とか見えるのに、いつになったら近くで見られるのかと」
「よっぽど退屈だったんだな」
「部屋からも出してもらえなかったんですよ? 危うくその生活が継続するところでした」
あの仮面の男のせいで。そう言いそうになって、タリアは言葉を飲み込んだ。
この部屋に集まっている人の中で一番偉いと思われる仮面の男。その男の悪口を大声で口にするのは絶対にしてはいけないと思ったのだ。
「あの、さっきの仮面の人はどういった立場の人なんですか?」
タリアはオリヴァーにしか聞こえないくらいの小声で聞いた。
「んー、なんて説明すればいいか……第二王子? いや、国王補佐……いや、それもちょっと違うか。まー、複雑な立場のやつだ」
「なんか、オリヴァーさんだけは砕けた感じで話してましたよね」
「第二王子時代って言えばいいか? まだ立場もそんなに複雑じゃなかった頃、教育担当の一人だったんだよ」
王族は幼少期から複数の教育担当者に様々な教育を受ける。それが王位継承権を持つ者ならば、より高度で質の良い教育を施されることになる。
オリヴァーは聖騎士団長だったので、主に特殊魔法を駆使した戦闘法を教えていた。
「俺が砕けた態度で許されるくらい、普段はいい奴なんだが」
「いい、やつ?」
「最近国王が留守で、しかも今日また雲隠れしたんで……かなりイラついてたな」
(つまり……タイミングは最悪で、八つ当たりされたってことか。理不尽か!)
王族という人種に会ったのはこれが初めてで、王族と田舎の平民の関係性や立場の違いについて、タリアにはよくわからない。
タリアが元いた世界にも王族はいるが遠い異国の話。実感の伴わない存在だった。
タリアは乏しい知識ながらも、国民を平等に愛するのが王族なのではないかと思う。
だからこそ、タリアを『その女』呼ばわりし続け、例えイラついていたとしても面と向かって『お荷物』だの『それしかできない』だのと言われた。その横暴な言動が許せなかった。
オリヴァーとタリアが話している間に当面の方針が決まったようで、タリアは明日の夕方からオリヴァーの屋敷に移動することになった。
それまでに必要な手続きは済ませ、家庭教師は適任が見つかり次第派遣するということになった。
手続き等は大人たちに任せ、タリアは部屋に戻って明日に向けての準備をすることになる。
オリヴァーに「また明日」と別れを告げて侍女に連れられ部屋に戻ると、そこは沢山の荷物で溢れていた。
「差し出がましいとは思いましたが、当面のお召し物を用意させていただきました」
「私に? こんなに沢山?」
「はい。タリア様のお召し物では城内で目立ちますし、お立場を説明するわけにもまいりませんので」
タリアの持っている服は平民の着ているもので、王族やそれに仕える者が暮らす王城では悪目立ちするものだった。「なぜ王城に平民の娘が?」と問われても、タリアの事情を知らない者には何も答えられず、妙な憶測を呼びかねない。
「ここには国賓や遠方の貴族様が滞在できる設備が整っていますので、装いさえ変えればタリア様も部屋の外に出られるかと」
タリアが滞在していたのは王城内の来賓用に用意された区画だった。そこには書庫もあるし中庭もある。遊技場もある。
服装さえ変えればタリアもその区画の中であれば自由に行動できるようになるので、謁見用のドレスを作る際に侍女が発注していたドレスや小物類が届いていたのだ。
「えっ……もしかして、これ全部、無駄になっちゃったんじゃ」
「いいえ。先程、全てタリア様にお渡ししてもいいと許可を貰いました。どうぞオリヴァー様のお屋敷にお持ちください」
オリヴァーは貴族。その屋敷で世話になるのに貴族の装いは必要だろうと、そのままオリヴァーの屋敷に届けてくれるという。
「あの、今更ですけどお名前を聞いても?」
「フィオナと申します」
「フィオナさん、色々と気を使ってくれてありがとうございました。明日まで短いですけど、どうぞよろしくお願いします」
二週間の滞在中、最低限の会話しか出来ずにいた。侍女は食事を部屋に届けて、ベッドメイクや部屋を掃除してくれるだけの存在だと認識してしまっていたが、タリアは認識を改めた。
タリアが部屋から出られないのは周囲に疑問や誤解を招かないための配慮だったし、なにかと行動を制限されていたタリアが少しでも気晴らしができるようにと考え、準備を進めていてくれた。
会話らしい会話はほとんどしなかったにも関わらず、フィオナがタリアのために考え、動いてくれていた。その気遣いには感謝しかなかった。
タリアの感謝の言葉にすこし驚いた顔を見せたフィオナだったが、すぐに笑顔を見せた。
タリアの荷物は少ないので明日荷造りをすることにして。
謁見用のドレスから貴族の普段着に着替えさせて貰い、来賓用の区画を案内してもらえることになった。
そして翌日の夕方、タリアはやっと城の外に出ることが叶い、迎えに来たオリヴァーと共に屋敷へと向かった。
第3話 完